モーレツ銀河海賊   作:ノナノナ

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第53話

 帰宅した茉莉香を迎えたものは、懐かしい匂いだった。ここのところ目まぐるしかったから余計そう感じた。

 「わあ、ポトフだぁ♡」

 「お帰り。もうすぐ出来るから着替えて来な」

 「うん。お母さんもお帰りなさい」

 「――ああ。」

 久し振りに自分を、お母さんと呼んだ娘に加藤梨理香は鼻白んだ。

 煮立ったポットを鍋敷きに置き、カタカタと副菜と食器を並べる。

 パタパタと着替えて降りて来る。

 すっかり整ったダイニングに着く母娘。

 「「いただきます。」」

 ふたりで料理にお辞儀する。これも久し振り。

 「こうして、親子水入らずの食事も、あと少しなんだね」

 あつ。

 唐突な言い様に、茉莉香はポトフを噴いた。

 「なにその娘を嫁に出す親のようなセリフ」

 「はあ? だってお前大学に行くんだろ」

 「ああ、そうか――」

 でもこうして母親の作るポトフを味わえるのも、あと僅か。大型船舶免許を夏休みに取った茉莉香は、商船大学の推薦枠を取り付けていた。だからといって試験が無くなる訳ではない。成績如何によっては推薦を取り消される。だから定期考査も入学試験も手を抜くことは出来ない。

 「明日の期末試験もだけど、入試対策は大丈夫なのかい?」

 食後の洗い物をしながら梨理香が言った。

 「まあまあ、かな。夏休みに大型免許取っておいたのが効いてる」

 茉莉香は洗った食器の布巾掛け。

 「よく取ったな。ネヴュラ・カップやら聖王家のお家騒動やらで、結構ドタバタだったと思うけど」

 「うん、頑張った」

 仕事の合間に第二種免許を取得したから、茉莉香の大変さが判る。それは茉莉香も、母親の大変さが理解できたことだった。

 「四月からは、本格的に一人暮らしか―。船長のIDリングを返す前に、中にあった『加藤家秘伝のレシピ』をマスターしとかなくちゃ」

 片付けが終わって、焙じ茶を口にしながら茉莉香は言った。

 テレビでは、『戦争、突然の終結か!?』と特番を流している。まあ事実はほとんど報じられないだろう。

 その横に座る梨理香。

 「あれかい。大抵は私のレシピだが、とんでもないゲテモノもあるから気を付けな」

 「ゲテモノ?」

 「ゴンザエモン・加藤のサバイバル料理。あれで先代のクルー達は死にかけた」

 いったいどんな物を食べさせられたのだろう。でも以前に、ミーサが『かつてブラスター・リリカの料理で死にかけた』と言っていたよーな。

 「IDリングを返すって事は、弁天丸は降りるんだな」

 「うん。とっても楽しい船だし、クルーたちには迷惑かけちゃったけど、私にとっては一番の宝物の船。淋しい気持ちもあるけれど、やっぱちゃんとした船乗りになって船長をするべきだと思う。ミューラやケンジョーさんや、他の海賊船長たちを見てそう思った」

 「鉄の髭を見てもかい」

 「あれは――ちょっと、なんとゆーか…」

 梨理香の問いに微妙な顔になる。

 「鉄の髭さんがお父さんだったって知った時は驚いたけど、正直実感湧かない。お父さんが居たって聞いた時と同じかなあ。」

 「あれが父親だよ。いい加減で格好付けで面倒臭がり屋で、その癖いいところは持って行こうとする。それでも船長は務まるものなんだ、クルー達によってね」

 梨理香が笑いながら言った。

 「ねえ、お父さんて弁天丸の船長してくれるかな。だってパラベラムって大型戦艦持ってるし」

 「あれかい? あれは旧植民星の黒鳥号と同型の中古品さ。個人で買えなくもないがレンタルだ」

 「レンタルって何処!?」

 確かに統合戦争時を彷彿とさせる旧式だが、戦艦は戦艦。気軽にレンタルなんかできるものだろうか。

 「聖王家だよ」

 あ、そこも黄金髑髏繋がりか、と思った。

 「船長するかって? さてねえ。気紛れな奴だからねえ。ま、名義だけゴンザエモンで、実際の営業は船長代理って事もあるが――」

 お気楽にそんな事を言う。

 「そんないい加減!」

 茉莉香が目くじら立てて文句を言った。

 「お前だってあっただろ、大した事ない仕事はクルーに任せて早退」

 「あ。」

 指摘されて口をぽかんと開ける。思い当る節は…いっぱいある。

海賊営業のあと、残りの生体コンテナ輸送を振ったことがある。実はコンテナの中身が生物兵器実験用のネコザルで、クルー達が感染してえらい目に遭った。テスト前なんかは特にそうだ。ランプ館のバイトを優先して、なんてのもある。

 「まあ、そんなもんだ」

 でも、船長不在で海賊って、成り立つものなのかなあと思う。

 「期末テストが終わったら、正式に名義変更の手続きしようと思ってるんだけど、また大変なのかな」

 「ああ、それ申告書一枚で済むと思うよ」

 「へ、私の時はお役所周りしたりハンコ押したり、書類を整えるの大変だったのに?」

 意外な返事に茉莉香は意表を突かれた。

 「あれは新規の更新手続きだったからさ。ゴンザは前にやってる」

 「そうそう、そこよ。前から不思議だったの」

 身を乗り出して梨理香に迫る。

 「私が弁天丸の船長になったのは、先代が亡くなったことが理由だったでしょ、直系の子孫でしか私掠船免状が下りないから」

 「そうだよ」

 「食中毒で急死と公示に出てたけど、本当は生きていた。そんなに私掠船免状の更新はいい加減なものなの? そりゃあ申請出すのに書類は山ほどだったけど、肝心な事実関係の審査がおざなりになってる。だって海賊船は軍務に準ずるんだよ」

 「まあ、お役所仕事だからね」

 「この界隈に海賊が居るのは自治って建前だけど、帝国は公式には海賊を認めて来なかった。出来れば居なくなって欲しいと思ってる。これは海賊ギルドがいい例、でもここの海賊だけ違ってる。どうも帝国は植民星のと私掠船免状は保全したいように見える」

 「統合戦争の件があったからね」

 統合戦争は銀河帝国の版図拡大でも、最も理想的でスムーズに行われた事例とされているが、実際は征服する側される側ともに疚しい所を抱えた併合だった。それが超新星爆弾だったステラスレイヤーで、植民星海賊たちは、その解決と、実際は合併だった併合に深く関わっている。――そして今回も。

 「ねえ、梨理香さん。お父さんはいつから関わっていたの?」

 茉莉香の問いに、「そう来たか」と、梨理香は話しをした。

 「ここの海賊だけ違ってると言ったがその通りさ。その訳はお前にあるんだよ茉莉香」

 加藤茉莉香に理由がある、そしてゴンザエモン・加藤の失踪も。

 「お前、去年に一二〇年前の統合戦争でやらかしただろ、弁天丸とオデットを使ってね。時系列が前後するからややこしいんだが、いまの弁天丸とオデットでこの世界が守られたようなものだ。それは統合戦争から一二〇年後に起きる時間跳躍が切っ掛けで、この世界を護るために、この界隈の海賊をその時まで保全しなければならなかったということさ。これは必要条件。そして茉莉香、お前が海賊になる事は絶対条件だったんだ。統合戦争の立役者であるキャプテン・スズカに影響を与えてしまったからね。これが『加藤茉莉香に関する不可侵協定』の中身だ」

 「加藤茉莉香に関する不可侵協定…」

 この世界を護るためには、統合戦争時の殲滅兵器を阻止しなければならない。それには白鳥号とキャプテン・スズカに影響を与えた人物を、その時が来るまで守らなければならない。特に白鳥号は重要だ。その周囲を含めて全力で、秘密を保持しながら保持しなければならない。失われれば、自分たちの存在意義を無くす。海賊や星系軍やマフィアや警察が、合い入れぬ者たちが不可侵協定を順守した理由がこれだ。

 「加藤茉莉香は海賊にならなければならない。これは既定路線だった。だからゴンザエモン・加藤は船を降りた。ただその時期が思っていたより早かったがね」

 「早かった?」

 「本当は今年あたりと踏んでいたんだ。けれど、辺境で独立の機運が生まれた。原因がステラスレイヤーの存在、何処で嗅ぎつけやがったんだか、過去の亡霊を持ち出して来た奴らが居たんだな。それに新開発の重力制御が合わさって、高エネルギー転送技術の可能性が出て来た。けれどそれには単結晶が必須。ステラスレイヤーに利用可能な大型の単結晶といえば白鳥号の船首衝角さ。それを探しているって情報がゴンザエモンに入った。そして失踪した。黒幕と一連の流れを探るためにね」

 「今回のことは、そんな前から始まっていたの!?」

 思い返すと、ミューラやジャッキーが関わったオデット強奪未遂や、弁天丸をはじめとするこの界隈の海賊を排除しようとしたファンテンブロウでの企業連合体ラキオンの画策、そして軍事企業がスポンサーとなった、海賊狩りでの重力制御システムの実験。みんな一本の線で繋がっている。しかも帝国は、この界隈の海賊と白鳥号を知っていて黙認して、利用して、お父さんに黄金髑髏を授けた。

 つまりお父さんは帝国の、と云うより聖王家のエージェント!?

 「と言うのはタテマエで、アイツには別の思惑があった様なんだな」

 裏で色々動いいていたらしいことは茉莉香も気付いていた。そこで別の思惑とは?

 「なんでも、この界隈の海賊は大きな曲がり角に立っているそうな。いやアイツに言わせると銀河系全体だそうだ。新しい世界には新しい世代の誕生がいる、奴はそれをSTAR・CHILDと呼んだ」

 「星の子供。」

 「今回の騒動で、『確かに見届けた!』て言ってたよ」

 そう言って呵々と笑う。その母の顔は晴れ晴れとしていた。

 梨理香はセラーから一本のワインを取って来た。手には二本の細身のグラス。

 いつも梨理香が鯨飲しているものとは素性が違う、古色蒼然としたボトル。とんとテーブルに置き、慎重に封を切る。

 「一二〇年物のポルト・ワインだよ」

 深い深紅の液体がグラスに注がれる。

 「私、お酒は苦手…」

 そう後ずさるが、梨理香は顎で促した。

 「この時のためにとっておいたんだ。形だけでいいから付き合っておくれ」

 母親にそう言われ、仕方なく手に取る茉莉香。

 「STAR・CHILDに乾杯。」

 「乾、杯…」

 誘われるまま、グラスを交わす。

 陶然とした香りが口に拡がり、ふくよかな風味が鼻に抜ける……。

 というのは梨理香の方で、茉莉香にはやっぱり苦いだけだった。

 「うげ・・、やっぱジュースがいい」

 ひとくち口を付けただけで顔を顰める。

 「一二〇年物って言ったけど、ちょうど統合戦争時のものなんだ――」

 味は解らないが、年代を聞いて感慨に耽る。

 「そうだよ。これは私の祖母から受け継いだものなんだ。果たせい事だけれど、いつかお前と酒を酌み交わしたい、自分に代わって交わしておくれってね」

 梨理香さんの祖母って、確か、キャプテン・スズカ!!

 「ねえ、お母さん」

 再び自分を母と呼ぶ娘に向く梨理香。

 「今回の騒動の、本当の黒幕って、実はお父さんとお母さんだったりして…」

 

 

 加藤茉莉香に関する不可侵協定は、オデットⅡ世が無事に海明星に帰還したところで終わる。少なくとも、加藤茉莉香が弁天丸を去れば終了する筈だった。

 しかし、そうはならなかった。今現在も協定は生き続けている。それどころか、前よりもっと強力に働いている。これまで帝国は海賊と協定に見て見ぬ振りをしていればよかったが、今はそうもいかない。何しろ秘密条約上では、茉莉香は全銀河の支配者なのだ。事情を知らない星系軍やマフィアや警察に加えて、帝国情報部や統合参謀総司令部まで絡んで来た。そして渦中にあった海賊共は勿論である。

 

 

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