秋が終わり、冬。
期末考査の結果も、茉莉香の言うところでは「まあまあ」だったとのこと。
三年生たちは部活を後輩たちに譲り、本格的な受験シーズンを控えて自由登校に入っている。普段お気楽な性格のハラマキやウルスラたちも目の色が変わっている。正に真剣モードだ。
ハラマキは帝国艦隊士官学校を目指している。どうやら火器管制での快感が忘れられないようだ。でも士官候補生になって亜 「つい押しちゃった」が心配だ。新たな銀河大戦の火種とならねばよいが…。
ウルスラは地元の普通大学、サーシャは家政科系の大学だそうだ。順当と言えば順当。でも優等生のサーシャならもっと上の大学だって目指せただろうに。
以外だったのはリリィだ。なんと、宇宙大学を目指すのだそうだ。浪人覚悟で学びたいことがあるのだという。それは比較文化学。統合戦争で目にしたアテナさんのフィールドワークに影響されたらしい。
そしてチアキは、彼女は進学を志望しなかった。父親の下で海賊業を磨くとの話。
加藤茉莉香も、推薦枠があるとはいえ只今臨戦態勢中。目指すはポルトセルーナ商船大学。連日四当五落の生活を送っている。
バイトも十一月から行っていない。ランプ館へはたまに気晴らしに行く程度だった。補習の後にでも、疲れた頭を休めに覗きたい所なのだが、営業時間を過ぎてしまっている。土日にも補修があるから、昼間にランプ館の扉を訪ねるのは久しぶりだ。
かららん――。ドア鈴の軽い音と共に、迎えてくれるいつもの声。
「いらっしゃい」
親友のマミはウェイトレスのバイトを続けている。彼女はオペレーターの資格を見事に取り、中継ステーションに就職の内定をもらっていた。だから受験とは無縁の生活。
カウンター席の隣りの椅子にカバンを置いたところで注文を取りに来る。
「お疲れのようで。何にする?」
「頭煮えてるから、ハーブティー」
ミントの爽やかな香り。ひとくち口に含むと、仄かに花の香りがする。
「いつものとブレンド変えた?」
「判る? より鎮静効果にセントジョーンズワートを加えてみました」
「うん。癒されるわあ~」
さりげない気配りに、ほうっと息を付く茉莉香。
「進路が決まってる就職組はいいわね。お気楽で」
「そりゃ、その分資格試験で頑張ったもん。茉莉香だって推薦貰ってるんでしょ、あなたの実力なら志望校余裕だと思うんだけど」
「でもねえ、一般の学校と違って公民が入ってるからねえ。あと数理が必須」
「公民も、茉莉香船長やってたじゃん。一般よりは詳しいんじゃない」
「その船長やってたってとこが問題なのよ~。ほら弁天丸の船長だったでしょ、勉強し直すと、色々交通法違反をしてたなあって…。なんか冷や汗もの」
「履歴書データで、折角の推薦枠が相殺されると」
「ああああ……」
絶望的な声とともに、カウンターに突っ伏す茉莉香。
「でも後悔はしてない。やっちゃったもんは仕方ないから、いまを頑張ると」
マミの言葉に突っ伏したまま、こくんと頷く。
「それで目下全面戦争中です。撃沈されないように。でも、マミのお茶で頑張れる」
「ありがと」
お互いに小さい頃からの気心が知れた仲だ。こんなときは持つべきものは友だって思う。その親友とも、あと数ヶ月で別々の道を歩むと思うと、やっぱり寂しい。
「ヨット部はどうしてるの?」
「全面的に後輩に譲ってる。だからあんまし覗いては居ないけど、次期部長はアイちゃんに決まったみたい」
「へえアイちゃんかあ。てっきりヤヨイだと思ってたけど」
「うん。でも部長にはいざという時に意外な実力を出せる人材がいいんだって。普段アタフタしてる方が守り甲斐があるとゆうか、イジリ甲斐があるとゆーか」
「なにそれ、丸っきり茉莉香じゃん」
部員たちの意見では、周囲からコワモテ部活と思われている現状を打破するには、顔となる部長は萌えキャラがいいのだそうだ。アイは「えええええ!?!」と困惑していたが、ナタリアが『いわゆる一つの萌えってやつ!』などと強引に決めてしまった。ヤヨイちゃんが副部長に就きバックアップするという。
「でもこの頃、ぜんぜん練習航海にも中継ステーションにも行ってないよね」
「いまオデットⅡ世がオーバーホール中なの。追い出し航海の時に無茶な使い方したのと大分改造しちゃってたから宇宙大学で整備受けてる。戻って来るのは新年度あたりかなあ」
太陽帆に単結晶コーティングを施したり、船首衝角から転送ビームをぶっ放したり、戦艦とネットワーク張ったりと、女子校の練習帆船で普通そんな使い方はしない。
「チアキちゃんも帰っちゃったよね」
「海森星で卒業するんだって、学籍があっちだから。いっしょに卒業したかったなあ――」
残念そうな茉莉香。チアキに言わせると「卒業式の時に、アンタのフニャフニャした顔は見たくない」のだそうだ。涙でフニャフニャになった自分を見せたくないのだろう。
「もうすぐ卒業だね」
「うん」
「いろいろあったね」
「うん」
「六年間、茉莉香と一緒に居られて本当に良かった」
「私も。マミに助けられた」
「何か役立つような事しましたっけ」
「山ほど。マミが居たから海賊出来た。帰る場所があるって」
「そりゃあ、私は港ですから。」
そう言ってお互い笑い合う。
しかしそこでマミが注文を付けた。
「でも茉莉香さん。卒業前に大学入試突破しないと」
「そこで、それ言うかなぁ~」
仰げば尊し我が師の恩。
巡る三年間の思い出。
送る側も送られる側も、みな涙を浮かべている。とくに白鳳ヨット部はそうだった。高等部生は泣きじゃくっているのに、中等部のグリューエルとヒルデ、リーゼの三人は、気丈にも涙を浮かべず外交的微笑みで茉莉香たちを送っている。流石は高貴な血筋というやつか。
みんな校長の送別の辞なぞ聞いていない。茉莉香も泣いた。
そして、加藤茉莉香は、海賊を辞めた。
茉莉香は、無事に商船大学の入学を果たした。
四月から始まる新しい生活。新しい出会い。
ドンパチを交えた刺激的な日常とは無縁になるけれど、これで普通の女の子の生活に戻れる。ちょっぴり残念さはあるが、これからの大学生活を思うと期待が膨らむ。思わず鼻歌なんぞも出てしまう。
「なんだい? 浮かれてるねえ。こっちはまた二足の草鞋を履かなくちゃならないってのに」
そんな茉莉香に梨理香から愚痴が入る。
ゴンザエモン・加藤は、やはり素直に弁天丸船長に戻っては来ないようだった。船を空ける方が多く、その分、梨理香が船長代理をすることになったのだ。
「でも保険会社の方は喜んでいたじゃない。ブラスター・リリカが復活するって」
女子高生海賊で評判だった弁天丸が、またむさい男海賊に戻るという事で、ハロルド・ロイド保険組合は苦い顔をしていたのだ。それが梨理香が空きを務めると聞いて安堵した。
「その保険会社が問題なんだ。弁天丸の担当が代わった」
「ショウさんじゃないの?」
「ハロルドの奴さ。あああ嫌だ。あいつの顔を思い浮かべただけで虫唾が走る!」
本当に嫌そうな梨理香。ショウさんから契約内容を巡って殴り合ったこともあると聞いたことがある。
「もともとハロルドが軍や海賊などコワモテ担当さ。ロイドって人が企業や大口個人、星系政府や国際機関を相手してたのがショウだ。それが、弁天丸の船長に茉莉香がなるってんで代わったと聞いている」
「星系政府や国際機関て、エージェントがする相手じゃないじゃん」
「そうさ。大方、誰かさんの不可侵協定について調べたんだろう。彼の肩書は、代表取締役だ」
「それって…」
「社長。」
そういえば、ヒュー&ドリトルから取引を止めるって脅された時も、陰険なやり口は嫌いだって即決してたもんなあ。でもあのアフロ怪人が社長て、大丈夫なんだろうかハロルド・ロイド保険組合。
「茉莉香が海賊船を降りたことで、元の仕事に戻ったという事さ。いまは宇宙大学を担当してるそうだ」
そうなんだ。
自分の周りで、確実に変化が起きている。大きな変化と言えば、やはり銀河帝国だろう。もともと大幅な自治を認めてはいたが。帝国はこれまでの支配する側という立場を変えて、緩やかな連合体の形を取る方向で動いている。帝国艦隊も、ナンバーズフリートが星系ごとの連合艦隊となる様子だ。これは辺境星系連合がとっていた体制で、辺境星系連合側も帝国版図に入りやすいようにとの配慮からだ。勿論、各星系軍に御目付艦隊などはつかない。
核恒星系も銀河系の一員という立場だ。帝国は確かに学んだのだ。
でも、変わらなかった事もある。グリューエルとヒルデは、そのまま白鳳女学院の生徒。リーゼも核恒星系には戻らず留学している。
リーゼが白鳳に残れた理由は、白紙免状だった。白紙免状によって白鳳海賊団の帝国への宣戦布告は無かったことにされたのだ。派手にネット中継されたガーネットAでの顛末も、殺戮兵器への人道的方針転換を行った帝国との、新技術実験と軍事演習という事になっている。秘密条約を消すことは出来ないが、帝国内では降伏という不名誉を無かったことに出来る。そこに白紙免状は使われた。もっともリーゼ本人が白鳳女学院に居ることを強く望んだことが大きいが。
皇女三人は引き続きヨット部員だ。きっと素晴らしい学園生活を送ってくれる事だろう。
そして四月。
桜の花とともに、それぞれの新生活が始まる。
加藤茉莉香も、生まれ育った海明星を離れる日が来た。目指すはポルトセルーナ商船大学。
だが、
大学で新生活を送ることは叶わなかった。
「ええええええ、なんで大学じゃなく『ここ』なんですか!!」
茉莉香が盛大に文句を言う。
「私、まだ入学式も済ませてないんですよ!」
大学の門をくぐるどころかポルトセルーナすら着いていない。彼女が立っているのは、海明星中継ステーションC-68埠頭。
目の前には、改装なったオデットⅡ世が横たわっている。
見たところ、改装前とあまり変わっていない。
船体の単結晶コーティングもそのまま。船首には単結晶衝角が付いている。
「いや、君は我が校から留学という事になってね。たってのお願いに大学としても断る理由が無いんだ」
ポルトセルーナ商船大学の航海学部長が言った。
「留学って、どこ…」
わざわざ新規改装のオデットを前にするって事は、嫌な予感しかしない。居並ぶ人たちも胡散臭い。星系軍のお偉いさん。フォン・カイデル将軍(このたび帝国艦隊の提督に復帰した)。それにナット・ナッシュフォールさんにヨートフさん…。ブラックばばあ、もとい校長先生までいる。
「それはウチよ」
馴染みある凛とした声。そしてニヤニヤ笑いを浮かべているボーイッシュな赤毛。
ジェニーとリンだ。
そしてアテナ教授も居た。
「てことは、宇宙?大学??」
急な成り行きに目を白黒させる茉莉香。でも何で私なんだ???
アテナが説明する。
「このたび宇宙大学は一大プロジェクトを立ち上げたの。ポルトセルーナ商船大学と銀河連合との共同でね」
銀河連合というのは、銀河帝国と銀河系全体の統合体の呼称だ。
それに航海学部長が続けた。
「ポルトセルーナ商船大学は、今年創立一二〇年にあたり記念事業を立ち上げた。これは銀河系の新たな第一歩となる事業だ」
ポルトセルーナ商船大学は、統合戦争で帝国に組み込まれたオリオンの腕の船乗りたちに帝国航海法を習得してもらう目的で創設された歴史を持つ。だから旧宗主星や植民星の航海士たちはここの卒業生が多く、茉莉香が選んだ理由でもある。
「それは深宇宙の探査よ。銀河系の外に拡がる外の世界、銀河系が一つとなった事でそれが可能になったと大学統括理事会がそう決定づけたの。銀河文明の次のステップね。宇宙大学は新しい知識を必要としている」
ほえええと茉莉香は感心したが、すぐ我に返った。それが自分の編入と何の関係があるのだ? それに今立っているのはオデットの前。
「まさか……」
「そのまさかよ。以前に話したでしょ、この船は宇宙大学の実験船だったって。これは元々深宇宙航海用に設計された船だったの。ただ当時の技術がそれに追いつかなかった」
「それが今回可能になったと!?」
満面の笑みで頷く教授。
対ステラスレイヤー用にライジングロッド・システムを取り付けたが、もともと宇宙大学はこのミッションを考えていたのではないだろうか。と、勘繰ってしまう。
「なんで、初の深宇宙航行船がオデットなんです? 帆船ですよ、はんせん。もっと高性能な船なら幾らでもあるのに、例えばデアフリンゲ級とかノイシュバンシュタインとか」
茉莉香の疑問にリンとジェニーが答えた。
「それ、みんなカテゴリーⅡの転換炉だろ、転換炉のエネルギーじゃ精々一回分のワープしか出来なくて一万光年がやっとなんだ。光年距離をちまちま飛ぶ戦術的価値ならあるだろうけど、それじゃ無理だ。大マゼラン雲までは十六万光年、アンドロメダなら250万光年もある。とてもじゃないが近傍の銀河すら辿り着けやしない。もし行くんなら、転換炉を幾つも束ねて、使い捨てにしての世代間宇宙船が必要になるだろうな」
「それは解ります。だから銀河系の外探査はあまり進まなかったって。でも何でオデットなんですか」
「帆船だからよ。自前で燃料を持つ必要がない。帆で深宇宙に流れるエーテル流を捉えて、還流させてワープするんだって。航行にエーテルを使う事は前から研究されていたけれど、銀河系の中では恒星の重力波やらが邪魔をするし、利用できたとしても亜光速までしか行かない。そこに重力制御推進がぴたりと嵌った訳。最新鋭の技術よ。銀河じゅうがいま残っている太陽帆船を探してるし新造も進んでいる。その中でも、オデットはワープ航法を済ませてるどころか四回もタイム・ワープを経験してるから、ワープの信頼性が段違いなのよ。既に航行テストを済ませているようなものだから。」
「太陽帆船が最新鋭だなんて、どんだけ周回遅れなの…」
「この船を設計した老教授、二〇〇年温めて来た技術をぜんぶぶち込むぞって張り切ってたわ。今回も一人で図面引いていたし」
と、アテナも付け加える。カングリじゃなくてヤッパリだった。
「まあ元々星系内航行船だったからな。その次が星間宇宙船に世代間宇宙船だろ、でもって超光速跳躍がくる。そして次の段階――、それが先祖返りとは驚きだよな」
「これまでの超光速跳躍は、いわば亜空間に飛び込むまでの手漕ぎ船のようなものよ。あとは潮流に乗ってゆらゆらと。その点ワープは文字通り航海よ。深宇宙という大海原に乗り出していく大航海時代の幕開けね。」
大航海時代はいい。それにオデットを使うという事も理解できる。なんせ現役で航海している太陽帆船なんてオデットぐらいなものだ。それは太陽帆船レースで実感できた。問題は、ここに校長が居るって事だ。そして何より問題なのが、オデットのエンブレムだ。女学院のものでなく『白鳳海賊団』のものが付いている。
「太陽帆船を運航できるのが白鳳女学院だけなのよ。しかもオデットを使い慣れてるとなると…それで宇宙大学から打診があったの。クルーを含めて船をレンタルできないかって。勿論最初は断ったわよ、なんせ生徒だから。でもあちらさんも強引で、生徒は女子高生のまま宇宙大学に飛び級させるからって。なんでも『知性にはそれに相応しい資格が必要』だとか。二年連続で宇宙大学生を輩出して、その上毎年輩出できる。中等部も加えれば今後六年連続よ! 銀河中探したってそんな進学校ないわ!」
校長が力説する。やっぱブラックだ、学校の名声に生徒を売りやがった。
「あ、確認のため言っときますけど、生徒と保護者の了解は取ってあるわよ。キャプテン・茉莉香さん」
やっぱりかああああああ~~~。
「加藤茉莉香さん。ポルトセルーナ商船大学を志望した理由は、『もっと広い世界に出てみたい』だそうですね。それなら我が校としても、初の深宇宙探査にあなたを推さない訳には行きません。大学が迎える前に留学となってしまう事は残念ですが、我が校としても大変名誉なことです」
「銀河帝国情報部としても、オデットからもたらされる情報に期待しております」
「帝国艦隊は、あなたの船長としての力量を認めております。到底不可能と思える状況にあっても解決してみせる作戦立案力と遂行能力は、お見事の一言に尽きます」
「此度の航海は、未接触の文明にとってオデットⅡ世は外交使節団という事になりますから、セレニティーとしても姫様方がおられる事は重大です。帝国星系院もそこのところに期待しておりました。聖王家からも、良しなにとのことです」
「もし異文明との接触で問題が起きますと文明間戦争にもなりかねませんから、星系政府や銀河帝国とは無関係という事で。『自由の旗の下に』です。」
大人たちが次々と言葉を重ねる。
オデットが担う役割は、一年間の深宇宙調査実験航海。
出会う異文化との文明間外交使節。
そのため、船は特定の勢力に与しないフリーハンドな存在で、自由の旗の下に。海賊船だ。
こうして、キャプテン・茉莉香が誕生した。
「ぶちょー」
鈴を転がすような声でアイが飛び込んで来る。
「部長はあんたでしょ、だから元部長。」
ナタリアからの即突っ込みに兎耳帽を掻く。
「みんな元気そうね」
勢揃いしたヨット部員たち。ナタリア、ヤヨイ、アイ。ファム、キャサリン。自分と同じ色のパーカーを着たグリューエル、黒いパーカーのヒルデにリーゼ。ほんの数日会っていなかっただけなのに、凄く懐かしい気持ちになる。それは自分も久し振りに着たパーカーのせいかも知れない。
その中に見知らぬ顔があった。パーカーの色から、グリューエルと同じ一年生と中等部。
「あ、この子たち新入生なんですよ!」
アイに促されて三人がおずおずと前に出る。なんかシチュエーションがジェニーの前に立ったときのアイと同じだ。
「リシャール・アスールです。出身はスカルスター・フェアリージェーン校です。」
「フェアリージェーン校て、ああジェニー先輩の。リシャールて…確か、グリューエルを誘拐した少年と同じ名前ね。あ、ごめん。変なこと言って」
それを聞いたグリューエルとリシャールが目を合わせて笑っている。
「そのリシャールですよ。彼は女の子だったんです」
「家をよく空けるノエル姉さんに代わって、家族を守るには男が居なくっちゃ駄目、だから俺、いや私は男で通して来ました。ずっと男だと自分にも言い聞かせていました。でも、髑髏星もすっかり治安が良くなって、人買いも居なくなって、こうして教育も受けられるようになって、姉さんはたとえ僅かな時間でも本当の学園生活を送っておいでと、私を白鳳に送ってくれたんです。女の子としてね」
「背も私より高かったから、てっきり年上だと思っていました」
「ギャッピ・アッズッロ、一三歳です。出身はリシャール姉さんと同じフェアリージェーン校です」
彼女もノエルさんに送られた。
「ノエル姉さんから伝言があります」
「何?」
「ジャッキーが逃げたと」
ジャッキー・ケルビン、稀代の詐欺師にしてウィザード級を凌ぐハッカー。その人間離れした能力を失い帝国艦隊特別監獄に収監されたと聞いたが。本当に脱走か、それとも情報部と司法取引したか。いずれにせよ大した逃げ足だ。
そして。
「ミスティー・グラントでーす。ヨロシクお願いしまぁす」
くるくるした赤い瞳がとても可愛らしい。プラチナブルーのおさげ髪、そして何より美人だ。まるでお人形さん。でも一二〇歳だという。長命種でグラント姉妹の従妹。
中学生だがリシャールやグリューエルよりも、ギャッピよりも若い。どう見ても小学生にしか見えない。
「ちょっと待った。一二〇歳って、メトセラの方は私たちの二〇倍の時間を生きているんですよね? てことは――」
少女というより幼女…。
「先代部長さん。いまとても失礼な事を考えてたでしょ」
ミスティーの目が、すっと細くなる。
「少なくとも貴女の母上様より長く生きておりまぁすわ」
流石はあのミューラの親戚。
「これで茉莉香やチアキが高校卒業した後でも、海賊部は安泰という訳だな」
「リン先輩!」
「何しろあのギルドの海賊ですものね」
「ジェニーさんも!!」
「わお部長に元部長、先代部長に先々代部長。部長のフォーカードだあ!」
二人に後輩たちが湧きたった。
また『教師』としてオデットに乗り込んでくれるのか。長期に渡る航海に、先例があるとして、オデット二世は白鳳女学院洋上分校扱いとなったのだ。宇宙大学生の二人には教員資格がある。
「一緒に行きたいのは山々なんだけど、これから専門課程に移るから無理」
「私も今は艦隊司令部の研究員だからなあ。いやあ宮使いじゃ自由がきかない」
統合参謀司令部付宇宙大学研究員。それがリンの肩書だった。四年制のカリキュラムをすっ飛ばして、いま大学職員に居る。彼女の電子スキルがそうさせた。帝国艦隊はワイルドカードを生み出した犯人を目の届くところに置いておきたいらしい。
「あーあ、四年間のモラトリアムが…」
リンがそうぼやく。
「いいじゃない。大学よりも、より実践的な経験が得られる場所よ」
「はいはい。裏口突破の俺としちゃ、正規の学士様(予定)には敵いません。」
「七面倒なゼミのレポートやら卒論無しで卒業よ、羨ましいわ。でも、後輩が自分より学籍名簿の上に来るなんて、なんか複雑な気分」
「その分、学生生活を謳歌しろよ。事業の人脈作りも合わせて」
「はいはい」
相変わらずの人目を憚らないイチャイチャぶり、まるで夫婦善哉。
「じゃあ、後輩たちの勉強は誰が見るんです? 私のカリキュラムも…」
「あなたたち卒業組よ。課題は定期的に送るからそのリポートを取りまとめるのが茉莉香さんのカリキュラム」
つまり通信教育。
「て、いまあなたたちって言いましたよね?先輩。」
聞き直す茉莉香に声が掛かった。
「私も乗るから、オデット。未確認地域のフィールドワークと勉強を見るのが私の課題。茉莉香は船乗りになるんでしょ、船員のリポートをまとめるスキルは船長として大切じゃない?」
リリィだった。彼女は見事宇宙大学入学を果たした。さぞスパイスの効いた査定が後輩たちを襲うだろう。
「健康管理は心配ないわよ~」
「ミーサ!」
はあい~。と部員たちに手を振ってるミーサ・グランドウッド。
どうしてあなたがという茉莉香にミーサが言った。
「弁天丸には梨理香がいるでしょ、だからゴンザエモン・加藤に副長は必要ない訳。それに彼女は救急医療の心得もあるから。弁天丸のみんなは羨ましがってたけど」
逃げた。と茉莉香は思った。
そんな茉莉香にミーサが目配せした。その先には――。
「チアキちゃん!!」
ちゃん付けされて苦い顔をするチアキ・クリハラ。
「植民星海賊の御目付よ、変なことされたら海賊の名誉にかかわるから。別にアンタと一緒に居たい訳じゃないんだからね!」
眼鏡顔を膨らませて赤くなるチアキ。
海森星に戻って父親からこう言われた。海賊狩りの時に言われた言葉だ。
「今回の闘いは植民星海賊の矜持の為だった。この家業に俺は誇りを持っている。だがそれに満足しない奴もいる。――加藤茉莉香と行くか」
それに続いた言葉が殺し文句だった。
「あの船には、キャプテン・茉莉香に魅かれた皇女様もいる」
副長ノーラによれば、その時のチアキは鬼の形相をしていたそうだ。
ポロンと、茉莉香の携帯が鳴った。普段の着信ではなく、お仕事の時の着信音だ。
携帯を開くと、あのアフロ怪人が出る。
『はあ~い。保険組合のエージェント、ショウです。キャプテン久しぶりだな』
「ショウさん! でも私免状返納したんですよ、IDリングも返したし」
『そりゃ弁天丸のだろ、オデットの私掠船免状は船に与えられている。それに海賊船長の証しはIDリングじゃない。保険組合は加藤茉莉香を引き続き海賊船の船長として登録済みだ。というわけで、今後もヨロシク』
ショウが担当を代わったという理由がこれだった。
かくして銀河系初の深宇宙航海に、海賊は揃った。
知性体には様々な形態がある。生命体という枠組みにおいてでも、原子価が四つの炭素を中心に構成された炭素体生物、そして同じく原子価が四つの珪素を中心とした珪素生物。
生命体の多くが炭素体生物だが、炭素体生物のなかで知性を宿した生命体でも、植物由来のものや動物由来のもの、一般人類の十分の一以下の寿命しか持たないショートタイマーや二十倍以上の時間を生きるメトセラなど多様に存在する。その一方に珪素生物がいる。珪素生物は原子量がかなり大きくなることから反応速度も格段に遅くなり、メトセラが百年から千年単位で生きるのに対し、珪素生物の時間経過は万年単位となる。一般人類が見ていても生命活動に気付かない位のスピードだ。それは、その生命体の文明の在り方にも影響を与える。
知性体という枠組みを考えるとき、生命体は肉体という枠組みを持つことで共通している。それは、時間の長短はあるとして一様に寿命を持つという事だ。文明の在り方に多様性はあるが、炭素体生命でも珪素声明でもその点では一致している。つまり文明の違いは、時間の捉え方が違うという事に集約されている。
しかし知性体には、肉体という制約を持たないものも存在する。それが思念体だ。
思念体は、意志や意識だけで活動している存在。そこには物質の寿命という制約はない。思念体の時間経過は、ゆうに数十億年単位となる。それは、宇宙を記憶している時間なのだ。
いま、新しい地平に向かってオデットが出航する。
見送るのは、ジェニー・ドリトルとリン・ランブレッタ。
「小さい時に好きだった時代劇が、こんな言葉で始まってたわ。
『宇宙、それは人類に残された最後の開拓地である。 そこには人類の想像を絶する新しい文明、新しい生命が待ち受けているに違いない。』って」
「それ私も見てたよ。そのうち私たちの歴史も、こんな風に語られるのかな。
――『A long time ago, in a galaxy far, far away. 』(遠い昔。遥か彼方の銀河系で)。」
「そうね、統合思念体ならそう言うかも知れないわね」
統合思念体。それは統括理事会にして宇宙大学そのもの。何処から来たか由来は知らない。肉体を持たずその姿を見た者は居ない。話によれば銀河系草創期から存在していたという。
宇宙大学は決定した。外の世界への拡張を見せた彼女たちSTAR・CHILDなら、知識を新しい地平に導いてくれると。まだ宿主を変える必要はなさそうだ。
「でも、統合参謀司令部のハッカーが海賊」
「帝国気鋭の企業人もね」
「それに、聖王家の世継ぎにお姫様にギルドに、みんな海賊」
「銀河の外に打って出るには、ちょうどいい陣容ね」
「私たちは船に居ないけれど、想いはいつも後輩たちと一緒…」
そう呟いて、オデットが旅立つ満天の星空を見上げる。
オデットが目指すのは、一四万八千光年先の大マゼラン星雲の外縁部。
そして、その彼方。
「モーレツ宇宙海賊。」
「さあ、海賊の時間だ!」
――完。
これにてモーレツ銀河海賊は終わります。モーレツ併合海賊から合わせて全八五話となりました。『モーレツ宇宙海賊』の世界の、私なりの終わり方を考えてみましたが、いかがだったでしょうか。楽しめたなら幸いです。
二〇一五年の六月六日から投稿を始めて二年近く、お付き合い下さり本当にありがとうございました。Gonzakatoさん、almanosさん、ddhkさん。コメントありがとうございました。あなたの書き込みが励みになりました。おかげで結末まで持って行くことが出来ました。そしてアクセスして下さった皆さん。拙い文章に付き合いお読みくださった皆皆さん。本当にありがとうございました。