顧問のジェニー・ドリトルからの講評は上々だった。特に操船については、自分たちの時よりも数段上だとの御言葉。
「電子戦についても、なかなかなもんだったぜ。オデットⅡ世の、容量は多くても装備が古いって欠点を最新鋭機を使う事で補ってる。それに、あのクーリエさんの手際に対応できたんだ。素直に凄いと思うよ」
「そんな、あれはサイレントウィスパーが優れてからです。私たちのせいじゃありません」
「どんなに優秀な機材があっても、それを扱うのは人だ。最後は人の側のコマンドだよ」
むず痒いくらいなリン先輩の評価。
「全体の作戦はチアキちゃんが立てたようだけど、その要諦は何処だったの」
オデットⅡ世の医務室でずっと流れを見ていたミーサが尋ねた。彼女は練習の時はさまざまなアドバイスをしたが、作戦立案からミッションのあいだは一切口を出していない。
「それは、茉莉香ならライトニングⅪの立場で考えるだろうと思ったからです。場所も設定もあの時と同じ、しかもあの時はオデットの中心に彼女が居た。一連の流れは彼女が一番よく知っている。ならライトニングⅪはどう動けばよかったかなって」
「相手の立場に立って考えるという事は、作戦の基本ね」
「だから、立場を逆転させたんです。オデットが襲う側のライトニングⅪになろうって。それはサイレントウィスパーがあったから出来た事ですが」
「でもあの最新鋭機をまるまる隔離領域に使うなんてね。処理能力も早いし、普通は乗っ取りのメインに使うわよ」
「それはクーリエさんのテクニックが半端ないから。オデットを隔離領域にしたら、こちらがサイレントウィスパーでコマンド打つ間に、メインシステムごと丸裸にされちゃいます」
そう答えるリリィに、そうでもないかも、と付け加える。
「それはそうと、オデットの船首を立ててステルスしようというアイデアはどこから?」
「オデットⅡ世が白鳥号だった時、太陽帆船で海賊してたんですよね。あの統合戦争や七つ星共和連邦でのスズカちゃんや梨理香さんの戦い方を参考にしたんです。細身の船体を立てれば弾に当たりにくくなる。ならジャマ―を掛ければ姿も消せるんじゃないかと」
操船担当のサーシャ。
「上手い考えね。案外白鳥号はそうやって海賊していたのかもしれないわ。小回りはきかなくても無航跡航行で敵に近付くことが出来る。今後のお仕事のヒントになるかもしれないわ」
そうミーサの言葉に、顎に手を当て考える茉莉香。
「でも最後の最期で弁天丸は停電しちゃいましたよね。何があったんですか?」
「ああ、あれは弁天丸のブレーカーが落ちちゃったのよ。電子戦で負荷がかかっていたところにスタンドアロンで動き回ったから電圧に無理が来たのね。うちの船古いから」
ハラマキの質問に適当に返事する。海賊船は家電でも無かろうに。
しかしタッチダウンされたが、最期は弁天丸側の謎のブラックアウトで勝ったという事実に、素直に喜ぶヨット部員たちだった。
あくる日、オデットⅡ世の医務室に、センテリュオが呼ばれた。
コンコン。
軽いノックの音と「入ります」の声。
医務室で待っていたのは、茉莉香とチアキにミーサ。顧問のジェニーの姿はない。センテリュオにはグリューエルが付き添っていた。
緊張気味な様子のセンテリュオに、ミーサは咎める様子もなく優しく聞いた。
「どうして、あんなことしたの」
「タッチダウンで、もう勝負はついていたのに。恒星に近い宙域でのブラックアウトって、結構危ないのよ」
恒星からは重力もだが熱や宇宙線などいろんな有害放射が出ている。恒星に近いほどその影響も強い。宇宙船の外壁はそれを遮蔽できるよう作られているが、冷却システムや保護シールドによっても護られている。当然電気が無ければ働かない。普段宇宙船が電源を切るのは、それらのものから安全な錨泊空域かドックの中だけだ。
「勝ちたかったからです。負けたら終わりですから」
言葉少なに少女は言った。それを心配げに見守るグリューエル。
「でも、ブラックアウトするなんて知りませんでした」
「そりゃ電源切ったのは茉莉香の判断だったから。でもあのプログラムの使い方は知っていたのよね」
「どうなるかまでは知りませんでした。従叔母(いとこ叔母)からは『船の乗っ取りに使うもの』としか聞いていませんでしたから」
「で、勝ちたかったから、思わずスイッチを押しましたって訳?」
こくんと頷くセンテリュオ。
そんな少女を見て、茉莉香はふと思い出していた。
そーいえば、彼女も負けず嫌いだったなー。
容貌も年齢もまるで違っているのに、何となく二人がダブって見えて、茉莉香は一人笑いした。
茉莉香の一人笑いに四人が訝しがる。
「いや全然似てないのに、ある人を思い出しちゃってねー。どうしてるかなって」
そんな茉莉香をよそにミーサが真顔で訊いた。
「あなた、海賊さん?」
「彼女は海賊ではありません!」
すかさず強い調子でグリューエルは否定する。
「でも、あの私掠船免状の開け方を知っていた。私たちとは異なる括り『銀河帝国の海賊』免状のね。それを使える者しかキーの開け方は知らないわ。あなた何者、グリューエルは知ってるようだけど、言えないようね」
チアキがミーサの問いに続けた。チアキの父ケンジョー・クリハラも茉莉香と同様のIDリングを持っている。だから以前バルバルーサを身売りに装った時も、船のコントロールを簡単に取り戻せたのだ。
あ、そうか。と、海賊と聞いて茉莉香は気付いた。
「彼女は、海賊じゃないと思う」
人差し指に小首を乗せて言った。
「打てる手は何だって打つって海賊みたいだけど、後先考えずってとこがねー。立場上『見えなくなってる』んじゃないかな。幽霊船の時のお姫様みたいに」
茉莉香の言葉に顔が赤くなるグリューエル。
「ね、お・ひ・め・さ・ま。」
茉莉香の呼びかけに四人は驚いた。特に本人とグリューエルは衝かれたようにあっとしている。
「どうしてセンテリュオさんを、お姫様と呼ぶのですか」
動揺を隠しながらグリューエルが聞く。当のセンテリュオは押し黙ったままだ。
「だってセンテリュオ、従叔母から聞いたって言ってたでしょ。従叔母さんは海賊免状の使い方を知ってる銀河海賊、名前はクォーツ・クリスティア。この周辺の海賊と接点がある銀河帝国の海賊さんは、鉄の髭さんと彼女ぐらいよ」
クォーツ・クリスティアは重力制御の最新鋭機動戦艦グランドクロスを駆って、この周辺の海賊狩りをやっていた自分たちとは異なる括りの宇宙海賊だ。それを茉莉香たちは海賊連合を組んで艦隊戦で打ち破った。それを鉄の髭と名乗る男は、どちらにも与せず見守っていた。
「鉄の髭さんが海賊の巣に彼女を迎えに来たとき、女王陛下のご依頼によりって言ってた。結構芝居がかっていたけど、立場上目上の者に接する態度だったわ。てことは、クォーツさんは女王とゆかりの者、なんで海賊なのかは知らないけど。それにあと、グリューエルの態度かな」
グリューエルが彼女に対する態度。いつも彼女の身を案じていて、それこそ敬語は使っていないが、自分と同等かそれ以上の身分の者に接するものだ。そして聖王家の者でも、クォーツは海賊だがセンテリュオは海賊じゃない。グリューエルは海賊にあんな接し方はしない。――だとすれば。
「センテリュオさん、貴女は聖王家の王女様ですね」
「私たちに身分を隠して」
茉莉香の推理に唖然とする一同。ミーサとチアキは聖王家という意外な言葉に、グリューエルとセンテリュオは図星だということに。
やがて諦めたようにセンテリュオは口を開いた。
「グリューエルさまの言われる通りでした。海賊とは恐ろしいものですね、私のたった一言の失言から見抜いてしまうとは」
ほうっとため息をついて、優雅な仕草で続けた。
「改めて自己紹介させて頂きます。リーザ・アクシア・ディグニティ―と申します」
セレニティー(殿下)の次にディグニティ―(聖下)が来た。
グリューエルのようにスカートの両裾を摑み、ちょこんとお辞儀する。
「センテリュオ・ルクス・スプレンデンスは、従叔母の名です。此処に来る際、『名乗るんだったら私の名前にしときなさい。バレても銀河海賊ゆかりの者だと思われるだろうし、その方がむしろ抑止になるわ』と言われたので」
ということは、私たちクォーツの名前で呼んでたの!?
少し複雑な気がしないでもない。
「偽名まで使って、ここにいらした理由は何ですか」
それには答えてくれない。
「答えたくないですか。それなら言って頂かなくてもいいです。でも、グリューエルにも言ったんだけど、私たちに迷惑がかかるからと思っておられるんなら、駄目ですよ。貴方ほどじゃないけれど、ヨット部のみんなは、それぞれ色んな事情を抱えて集まってる。でもそんなの気にしません。だってみんな仲間だから」
ニッコリ微笑む茉莉香に、グリューエルが言った。
「亡命です。王女は誰にも告げずにここに参りました。手配したのは、うちのヨートフです。亡命の理由は、今はお聞きにならないでください」
――亡命――。ヨートフって、セレニティーの侍従長の長命種さんだ。
長命種どうしには特別なネットワークがあると、ジェニー先輩から聞いたことがある。帝国には宇宙大学のアテナ・サキュラーさん、そして海明星に中華屋のおやじさん(銀九龍)。まえの統合戦争時にはそのネットワークを使った。
ヨートフさんが動いているという事は、王女が亡命しなくてはならないほどの事態に、水面下でセレニティーは巻き込まれてしまっているんだろう。
「わかりました。貴方が王女様だってことは、貴女が自分の口から言えるまで、ここだけの秘密にしときましょう。いいわねチアキちゃん」
「わかったわ。でも帝国で何が起きてるかは、バルバルーサでも探らせてもらうわよ」
そういえば、バルバルーサにも統合戦争をリアルで見て来た長命種さんが居るんだっけ。
「んで、王女様がここに来た理由は『家出』ってことにします。家庭内のいざこざに堪らず実家を飛び出した。亡命って言うと深刻だけど、まあそんなもんじゃない?」
「家出って、あなたねえ…」
言いかけるが呆れて止めた。確かに大雑把だが茉莉香の言う通りだ。でもそういってしまえる所が茉莉香らしい。
「それで貴方の呼び方だけど、リーザじゃダメかしら。あのクォーツさんの名前だと知ったら、なんか言いにくくって…」
はにかみながら提案する茉莉香。
「その方が私も嬉しいです。ひとの名で呼ばれるのって、私の事情ですけどやはり嫌なものです」
と、嬉しそうな王女。
「でも、流石に本名そのまま使うのは、身を隠してる意味ないし――」
思案気な茉莉香にリーザが言った。
「リーザ・アクシ…。そうですね、私のことはリーザ・アクアとお呼びください」
「リーザ・アクア。うん、いいね。それで行こ♡」
練習航海を終え、中継ステーションに戻って来た白鳳女学院ヨット部一行は、そのままステーションで新入部員歓迎会になだれ込んだ。
女子高では弁天丸のクルー達を呼ぶわけにはいかないし、なによりリーザの本名(仮名)のお披露目が待ちきれなかったからだ。
「という訳で、どういう訳で――センテリュオ改めリーザさんは、『家庭の事情』で白鳳ヨット部にやって来ました。名前が変わったからと言って、これまでと変わらず接してあげてね」
顧問のジェニー・ドリトルが紹介する。
「リーザちゃんか、センテリュオよかしっくりくるよね」
「センテリュオって、気品があって彼女に合ってはいるんだけど、なんかツンとした感じだしね。やっぱ本名って凄いわー」
「うんうん」
名前がどうのこうので変化する部員たちではなかった。
とうにリーザを囲んで輪が出来ている。
「でリーザちゃん、家出して来たんだって?」
「なんかすっごーい。」
「まあ顧問のジェニー先輩も、実家のヒュー&ドリトル星間運輸会社とは犬猿の仲だし、ある意味絶縁勘当状態?」
「もしリーザちゃんの実家が無理矢理連れ戻そうとして来たら、私たちが守ってあげるからね!」
「ジェニー先輩の時と同じように、艦隊で押しかけて来ても、バーンとやっちゃうからね」
周囲からリーザちゃんと呼ばれ、嬉しそうなリーザ。それを見て本当にほっとした顔をしているグリューエル。彼女も単身この星にやってきた時の心細さを知っているから、亡命を秘めた彼女の気持ちがわかる。しかし、今後どう事態が推移していくか予断を許さないのも事実。
「リーザちゃんか。彼女もかなり訳アリのようだな」
遠巻きに、リーザとグリューエルの様子を見て感付く百目。
「でも家出っておかしくないか。家出少女が入学式の総代するのってアリ?」
三代目がジュースを片手に言う。
「少なくとも船長とミーサは理由を知っているようだ。それと学園の方も。詳しくはないようだが――」
「まあ、船長が俺達にも黙ってるって事は、それが船長としての判断なんだろシュニッツア。ミーサも了解してるようだし」
「船長からは、さっき帝国の内情について調べてみてって言われた」
ケインの判断に、口いっぱいにピザを頬張りながらクーリエが言う。
「見えない。」
「いまは見る必要ないよ」
水晶玉をかざすルカにケインが手を振る。
顎を扱きながら百目が呟いた。
「――帝国か。調べ甲斐がありそうだ」
じっとリーザを見詰めながら。