白鳳女学院。先の統合戦争を奇蹟的な終結に導いた英雄、キャプテン・スズカが創設した名門の女子校。今年で百二十年目を迎える。
名門とは言っても、この地方でだけ通じるだけで、銀河帝国から見たら何の変哲もない普通の田舎学校だ。創立千年を誇るセレニティーの王立学習院や核恒星系にあるユニバニティー校と比べれば芥子粒の様な存在。しかし弁天丸が銀河帝国のお尋ね者になった時、今の校長であるブラックばばあは茉莉香を庇ってくれた。それだけのことが出来る学校という事だ。白鳳女学院は、宇宙大学のような権威が無くても学生の味方だ。
白鳳女学院のヨット部には、一隻の練習帆船がある。名前はオデットⅡ世、船齢二百年を超えるロートルだが、昔は海賊船として活躍した船だといわれる。そのいにしえの白鳥号が、いま海賊船オデットⅡ世として復活する。
乗り込むのは伝説の白鳳海賊団。白鳳海賊団の名は、帝国の中でまことしやかに囁かれてきた。曰く、あ 『分身の術を使い、核恒星系中枢まで乗り込み帝国艦隊を翻弄させた。』『帝国が認めた最後の海賊で、帝国を揺るがす鍵を握っている。』しかしどの資料に当たってもその名前は出て来ない、歴史の闇に包まれた存在。知っている者は、百二十年前に直接関わった事があるごく一部の人間だけだ。それが、あの時と同じクルーで乗り込むのだ。
「皆さん、いよいよ本番です。お仕事するのはうちの会社のビギン・ザ・ビギン号、乗客の皆様にも前評判上々です。前にも言ったけど、護衛するのはヒュー&ドリトルの会社艦隊。商売敵に恥をかかせるって、手薬煉引いてるわ。ま、その方が臨場感あるし」
事も無げに重大な事を言うジェニー。
「ええええ? お相手するのジェニー先輩とこの会社艦隊じゃなかったですか!?」
茉莉香がとんでもない変更に驚いた。
「そうだったんだけど、海賊するのが『あの時と同じ』女子高生たちって聞きつけて、無理矢理ゴネ入りして来ちゃったのよー。まあ相手方へのキャンセル料も他への斡旋料も全部向こう持ちだから」
「ジェニー先輩、ぜったい二重取りしてますでしょ」
チアキがジト目する。こうなるとヒュー&ドリトルへの最初の海賊紹介も架空請求ぽい
「あら何の話かしら。」
と涼しい顔。
「それで話を戻すけど、護衛艦はコーバック級護衛艦三隻の代わりにジャバウォッキー、あとタルボット級が三隻ね」
「戦艦四隻の輪形陣って、戦力差があり過ぎます。こちらは旧式巡洋艦一隻に太陽帆船ですよ。しかもジャバウォッキーて、バリバリの新鋭艦じゃないですか。統合戦争の追体験じゃなかったんですか」
「そーなんだけどねー。絶対入れろってヒュー&ドリトル側から猛烈な圧力。他の観光航路にも補給とかで影響がね。渋々条件を飲んだけど、あちらさん凄く張り切ってたわよ」
困った風な表情を作るジェニーだが、絶対この状況を楽しんでいる。
「それから、向こうさんからの伝言があるわ。『ガチでいく。事前の打ち合わせは無しだ』ですって。良かったわね茉莉香さん。余計な面倒をしなくて済んで」
事前の摺合せをしないという事は、実戦モードで行くという事だ。実弾こそ撃っては来ないだろうが、確実にこちらをボコボコにする気でいる。小娘共にしてやられた遺恨があるから、まあ当然だろう。
トホホな顔の茉莉香だが、内心危機感はない。あのオデットの戦い方を見て思った。大丈夫、このクルー達ならいける。
静止軌道上に浮かぶ海明星中継ステーション。
『こちら白鳳女学院オデットⅡ世、船長のチアキ・クリハラです。C-68埠頭からの出航許可を願います。』
チアキの声が管制官のインカムに流れる。
『お、いよいよ初仕事か。頑張ってらっしゃい』
返ってきたのは、まえの航海の時と同じく加藤梨理香の声。白鳳女学院と名乗っていたが、トランスポンダーには『白鳳海賊団、私掠船オデットⅡ世』と出ている。
『弁天丸、船長の加藤茉莉香です。同じく出航許可願います』
『よう弁天丸、死なない程度にやって来な』
梨理香さん、対応があっちとえらい違いじゃない。ぷうとふくれる茉莉香。そんな船長を見てクスリとする海賊たち。
今回のミッションは、クライアントのジェニー、オデットのチアキ、弁天丸の茉莉香の、三人で最終的な打ち合わせを行った。もちろん顧問、部員代表、部長としても。
まず航海の学校への届け出。『大型連休を利用して、新入生を交えた外宇宙に翔くための(海賊の)実習航海』というのが名分。何の実習かは微妙に伏せられている。それでもチアキは「実習じゃなく実戦航海でしょうが」とぼやいていたが。
今回はオデットにミーサは同乗していない。これは正式なお仕事で、彼女は弁天丸の副長だからだ。あくまで受け手は弁天丸、クライアントの要望に応えるために、弁天丸が海賊船オデットⅡ世に協力をお願いした流れになっている。ちゃんと保険会社を通してだ。それに海賊船オデットⅡ世が始まり、いつまでも副長を取られているわけにもいかない。
クルーが違う船に乗り込んで、海賊どうしが馴れ合っていると取られるのは得策ではない。これはミーサからのアドバイスだった。
以前、ミーサは茉莉香にこう言ったことがある。
「海賊が海賊でいられる訳は何?」
その答えは、海賊だから。
海賊は基本一匹狼。それを海賊たちは誇りとしているし、地方自治の尊重という大義名分もあるが、帝国もお目こぼししてくれている。では同じく辺境にいる「辺境海賊ギルド」はどうか。彼らは海賊掃討戦争時の残党、帝国はその存在を警戒し続けている。それは、海賊(戦力)たちが徒党を組んだギルドだからだ。帝国は海賊との戦争以来、新たな勢力が生まれることを決して許そうとしていない。
「ねえ茉莉香。オデットⅡ世はこの界隈とは違った括りの海賊船なの。そのクルーの部長が弁天丸の船長。そしてバルバルーサの乗組員もいる。この意味解るわね。」
当然、保険医として同乗するものと思っていた茉莉香に対する注告だった。
ラグランジュ点に係留してある転換炉ブースターを装着し、カテゴリーⅠの恒星間宇宙船となったオデットⅡ世。海賊するのに超光速跳躍は欠かせない。複雑な外付け動力の取り付けも、いまは慣れたものだ。
「しつもーん、火力もシールドもないオデットで、どうやって戦艦を相手しますか」
ぴっと手を挙げてナタリアが質問する。
「それにジャバウォッキーといえば、新型の電子戦艦です。電子戦も難しいのでは」
一年生のファムは不安げな様子。
「それなら心配ないよ。私たち一度お相手してるから、ねー」
「ねー」
とウルスラとリリィが、相槌を打ちながら返事する。
「それに今回はサイレントウィスパーもいるからな。最新鋭ってことなら負けはしない」
腕を組んだリンが力強く保証する。
「戦艦の相手ですが、それは弁天丸がします。作戦の骨子は練習航海の時と同様にステルス。弁天丸はあくまで陽動で、相手の隙を突きます。名付けて霧隠れの術!」
びっと指を立てて宣言する茉莉香に、一同おおーと感嘆の声。
「霧隠れか雲隠れか知んないけど、要はタイミングと相手に合わせた操船がキモって訳」
「チアキちゃん、雲隠れは逃げるときに使う言葉だよ」
「言い間違い、あんたに言われたくないわよ。それとちゃんじゃないっ」
茉莉香の突っ込みに赤くなるチアキ。
「でも、そんな複雑な操船、私に出来るでしょうか」
「スラスターの調整もかなり繊細です」
「大丈夫よ。アイちゃんの操船も、ヤヨイちゃんの調整も、ジャバウォッキーの鼻先を掠めたことで証明付き」
十字砲火の中ジャバウォッキーすれすれに擦り抜けたと聞いて、尊敬のまなざしを送る新入生たちだった。そしてこの先輩たちとなら何とか行けそうという安心感が生まれる。依存心ではないが、相手に呑まれたままでは身体が動かない。
「サイレントウィスパーの操縦はヒルデにお願い。ネビュラ・カップ準優勝の腕を見せてあげて」
「――わかりました――」
言葉少なく返事するグリュンヒルデ。
「それで、電子攻撃の方なんだけど――」
「それは、私にやらせてください」
人選に迷っていた茉莉香にリーザが手を挙げる。
「え、リーザちゃん電子戦経験あんの」
「嗜み程度ですが…」
電子戦で嗜みって何よと思わなくもないが、ああ、あの人の手解きだなと納得する。
「じゃリーザちゃんにお願いするわ。でも、変なコマンドは禁止よ」
耳を赤くしてハイと返事するリーザ。
「では、私は戦況分析と通信に努めますわ」
「いえグリューエルには、もっと重要な役目があります。船長は私とチアキだけど、たった二隻でも、いやサイレントウィスパーを含めれば三隻か、これはもう立派な艦隊よ。艦隊である以上、必要なものがあります」
「まさか茉莉香さん。またアレをやれと仰るのですか」
「そお、お願いね海賊提督」
かくして白鳳海賊団の陣容は定まった。目指すは銀河回廊。
用意万端整ったことを確かめて、顧問のジェニードリトルは宣言した。
「白鳳海賊団、出陣。さあ海賊の時間よ!」