場所はルーマニアのシギショアラの山上教会、そこで聖堂教会から派遣された監督役の神父であるシロウ・コトミネは資料を読み耽っていた。
そんなシロウに声がかかる。
「戻ったぞ。シロウ」
「アサシンですか。
声をかけたのは、シロウのサーヴァントである《赤》のアサシンであった。
アサシンはシロウの質問に鼻をならす。
「ふん、誰に物を言っている。神秘の薄れた時代の魔術師ごときが我が神代の毒に抗える訳がなかろう。それで、何を見ておるのだ?」
「これは、残りの《赤》のマスター2人の資料です」
シロウの答えにアサシンは呆れた声を出す。
「まったく、お主は勤勉が過ぎるぞ。
アサシンの発言はとんでもないものであったが、シロウはただ肩を竦めるだけだった。
「念のためですよ。この先何が起こるか分かりませんからね……それよりも、もうすぐマスターの1人が到着します。
「ほう、もう次の傀儡が来るのか。一体どんな奴だ?」
「自称『夏の天使』だそうです」
シロウの言葉にアサシンは露骨に眉をひそめる。
「なんだ、そのふざけた二つ名は? 大方自意識過剰で高飛車で身の程知らずな女なのだろう。我とは肌が合わーー」
「またの名を『筋肉天使』だそうです」
アサシンは少しの間固まった後、先ほどよりもさらに眉をひそめる。
「……イメージがかなり崩れたぞ」
「多分、そちらのイメージで大体あってます」
そう言うと、シロウは手にある資料に目を落とす。
「『夏の天使』サマーソウル。『夏を夏にする』という使命を帯びている男で、活動する時季は夏。夏がすぎれば、その国を離れて時季が夏である国を目指す。その奇行から一部の魔術師からは『夏の狂人』、『
「……色々と言いたいことはあるが……その訳の分からん使命は何だ?」
「これは本人が言っているだけなので、誰にも分からないようです……っと、どうやら来たようですよ」
シロウは資料を机に置き、出迎える為に入り口の扉へ向かう。その後ろに霊体化したアサシンも付いて行く。
すると、外から扉越しにブツブツと声が聞こえた。
「……な……えも……ずに…き……よ…とび………ける…は」
「?」
何を言っているのか分からず、シロウが首を傾げていると、いきなり扉が勢いよく開かれた。
「私だーーー!!!」
シロウは使い魔や資料で知っていたので平静そのものだったが、アサシンはその姿を見た瞬間に絶句した。
そこには男が1人いた。そこはいい。アサシンも『筋肉天使』の時点で男だというのは予想していたし、何よりシロウの説明でハッキリと男だと言っていた。だが、その格好は完全に予想外だった。一言で説明するなら『とびきり派手で暑苦しい海パン野郎』だったからだ。
「ようこそ」
シロウは、そのうち回復するだろうと、アサシンを放置して海パン男を歓迎する。
「ふむ、私を呼び出したのは君か?」
「ええ、私です」
シロウは肯定の後に右手を差し出す。
「初めまして。シロウ・コトミネです。今回、聖杯大戦の監督役を務めさせて戴きます。サマーソウルさん……ですね?」
サマーソウルは躊躇なくその右手をがしっと掴む。
「そう……私こそが『夏を夏にする夏の天使』ーーサマーソウルだ!」
「『時計塔』から送られてきた資料でだけですが、存じております。ーーそれでは、さっそくサーヴァントを召喚しますか?」
シロウの提案は、サマーソウルがまだサーヴァントを召喚していない事を確信している口ぶりだったが、それも当然だろう。何故なら、サマーソウルは『時計塔』によらずに日本からルーマニアを目指したのだ。故に『時計塔』の一級講師であるブラム・ヌァザレ・ソフィアリが選定した聖遺物を直接渡す事が出来ず、その聖遺物がこの教会にサマーソウルの資料と一緒に送られてきているのである。
だと言うのにこの男はーー
「ん? 私の相棒ならば、もう召喚したぞ♪」
ーーなどとのたまった。サムズアップで。この答えに対して、シロウが「え?」と思わず素で返してしまったのも無理のないことであろう。
「あの……あなたがサーヴァントを召喚する際に使わせるようにと預かっている聖遺物があるのですが……召喚用の触媒はどのように?」
「ふっ……そんな物は要らん!」
あまりの驚愕で思わず恐る恐るになったシロウの質問を、バッサリ切り捨てる海パン。
「未知なる出会い……育くむ友情……それも夏だ♪」
(……まさか。こやつ、相性召喚をやったのか!?)
アサシンが念話でシロウに驚愕を伝えるが、それも無理からぬことだった。
相性召喚とは、触媒無しでの召喚のことで、座に居座る全英霊の中で召喚者の精神性に似通った英霊がランダムで召喚される。つまりは、戦力無視のマスターとの相性優先の召喚である。
しかし、この聖杯大戦は言うなればチーム戦だ。通常の聖杯戦争よりもサーヴァントと一対一で相対する場面は少ない。故にまずは『マスターとの相性』よりも『戦闘力』または『他のサーヴァントとの戦術的な相性』が重要になってくる。相性召喚が絶対に弱いサーヴァントを引き当てるとは言わないが、強いサーヴァントを召喚できる触媒があるのに、それを無視して行うのは愚行であると言わざるをえない。
(待って下さい、アサシン。まずは、そのサーヴァントを見ない事には始まりません)
あまりに考えなしな行動に、呆然とした状態から徐々に怒りが湧き上がってきたアサシンをシロウがやんわりと押し留める。
(くっ……それもそうだな……)
「それでは、あなたのその相棒を紹介してもらえませんか?」
「そうだな」
そう言うと、サマーソウルは出入り口に向き直る。
「さあ来い! ミスター・ゴールデン!」
そして大声で自らのサーヴァントと思わしき者の名を呼ぶがーー
「…………」
「…………」
一向に現れる気配はない。暫くしてサマーソウルはシロウへと向き直る。
「ふむ、どうやらまだ遅れているようだな」
「? 遅れているとは?」
シロウの疑問にサマーソウルは経緯を説明しだす。
「私が聖杯大戦に参加を決めた時、私がいたのは日本だったのだが、そこでミスター・ゴールデンを召喚した後にルーマニアを目指した。しかし、彼は泳ぎで私はサーフボードだったせいか……海では私の方が速くてな。結果として彼を置いてくる形となってしまったのだ」
「………それは、霊体化させれば問題なかったのでは?」
シロウの疑問はもっともなものであったが、その言葉を言った瞬間にサマーソウルに、くわっと睨みつけられた。
「バカヤロウ! 海をその身で感じずに夏が感じられるか!」
この時点でシロウは『今の季節は秋』などというツッコミは意味をなさないだろうと悟っていた。その代わりに思いついたのがーー
(狂化EX……ですか)
(何だ、それは?)
シロウの心の呟きにアサシンが反応する。
(バーサーカーのクラススキルの狂化は、サーヴァントの理性を奪い意思疎通すら出来なくなるスキルですが、EXーーつまり規格外だと言葉を話せるそうです。……ただ、思考が一定に固定されていて誰の言葉も受け入れない為に言葉が話せても意思の疎通が出来ない。というのを何故か今、ふと思い出しただけです)
(……何故かではなかろう。『
(そうですね。ただ、まだ聞きたいこともありますので少し待って下さい)
そこでシロウは、心の中で狂獣扱いしていたことをおくびにも出さずにサマーソウルに問いかける。
「ところで、あなたのサーヴァントのクラスを教えていただけませんか?」
「バーサーカー……それは夏の獣。夏を本能のままに堪能するそのクラスは我が相棒に相応しい……」
その会話になってるか甚だ疑問な答えを聞いた瞬間、シロウとアサシンは内心でほくそ笑んだ。
(バーサーカーですか。ならば、今の内に彼に傀儡になってもらいましょう)
(召喚時に顔を合わせていて、その後一切顔を見せなかったら怪しまれるだろうが、バーサーカーならそんな事を考える頭はあるまい)
シロウは念話の内容とは裏腹に聖人のような笑みを浮かべて教会の奥へとさそう。
「それでは、これからの戦いに向けての打ち合わせをしますので、こちらへどうぞ」
「夏を満喫する為に計画を練る……それもまた夏だな♪」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
教会の奥の部屋についたシロウとサマーソウルは、机に座り向かい合った。
そこでシロウは今思い出したというようにハッとした表情を
「そういえば私のサーヴァントの紹介がまだでしたね。ーー実体化しなさい、アサシン」
「心得たぞ、我が主」
突如響いた声にサマーソウルが意識を向けると、いつの間にか自分の横に黒いドレスを纏ったどこか退廃的な雰囲気を漂わせる美女がいた。
「ふむ、これが霊体化というやつか」
「そういえば、あなたはまだサーヴァントに霊体化させた事が無かったのでしたね。彼女が私のサーヴァントです。……っと、これから話し合いをすると言うのに飲み物を出すのを忘れていました。飲み物を取ってきますので少々お待ちを……アサシン、話し相手になってあげて下さい」
アサシンはその命令に嘆息した。大方、その間にこの男を魅了なりなんなりして少しでも出された飲み物に意識を向けないようにしろという意味なのだろう。
「ふぅ、まあそれくらいならよかろう」
その言葉を聞くと、シロウは飲み物を用意しに行く。
アサシンはそれを確認するとサマーソウルへと向き直る。
「改めて、我は《赤》のアサシン。よろしく頼むぞ、サマーソウルとやら」
そう言って、うっすらと微笑みながらサマーソウルの手に指を這わせる。
そんな仕草にサマーソウルはーー
「快活さが足りないが……これも色香、夏の色香か……」
「は?」
何やらブツブツと呟いていた。いや、アサシンはサーヴァントの聴覚でちゃんと聞こえていたのだが、呟いた言葉の意味が分からず
しかしサマーソウルは、そんなアサシンを無視して(気づかなかっただけかもしれないが)アサシンが這わせていた手をがしっと掴む。
「言葉はいらねぇ! ナイス夏♪」
「そ、そうか」
この瞬間、アサシンは理解した。この
こうなっては、最早シロウが戻るまで本当に話し相手になるしかやる事がなくなってしまい、アサシンは自分が気になった事を聞く事にした。
「そう言えば、お主は夏にしか活動しないそうだが……何故、秋であるこのルーマニアに来たのだ?」
「それは私も気になりますね」
そこにちょうど飲み物を持ってきたシロウが口を挟む。
「あれは、そう、私が野暮用でブラジルからイギリスに向かっていて、途中の日本で休憩がてら用のあったロードに電話をかけていた時だ」
シロウは、3人分の飲み物をそれぞれの席の前に置いて、自分の席に座り、アサシンはシロウの隣の席に座る。
2人共、この程度では、もう心の中ですらつっこまない。
「その用というのも、私の左手に痣がいつの間にか出来ていて、洗っても落ちないうえに魔術的な何かを感じとってな。『ロードに見せたら一発だろ♪』と思っていた訳なんだがーー」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「は? お前、今何て言った?」
「赤い痣が左手に出来てな。洗っても落ちんのだ。しかも魔術っぽい」
「…………」
「なんか三画の痣で……っていきなり黙ってどうした? おいおい、ロードのお前でも分からんとか言い出すんじゃないだろうな? このままだと、この痣の分、私の肉体が夏の日差しを浴びる事がーー」
「これ……しろ……う…よ………の…は? 私と…ては本……………杯に…興味……い」
「おーい、聞いてるかー?」
「こい……参………ばメチャク………なる。……すれ…ユグド…………もただ……済まな…。そうだな、よし」
「バカヤロウ! 人の話はちゃんと聞け!」
「……お前がそれを言うのか。まあいい、お前のその痣には心当たりがある」
「何? それは本当か!」
「ああ、それは令呪というものでカクカクシカジカ…………という訳でお前にはルーマニアに向かってもらう」
「おいおいおいおい、待て、ちょっと待ってくれ。私は『夏の天使』サマーソウル。今のルーマニアは……秋だ」
「ふっ……はたしてそれはどうかな?」
「……どういう事だ?」
「そもそも、今のルーマニアが秋であると誰が決めた?」
「そ、それは何か昔の偉い人が決めたんじゃーー」
「違う! そう決め付けたのは、お前の心だ!」
「な…ん……だと……?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「その言葉が大臀筋にビビッと来たのだ。そうだ、私の夏はまだ終わらない! ネヴァークロージングサマー!!!」
サマーソウルは叫び声と同時にイスから立ち上がり、両手を高々と振り上げる。何かが彼の琴線にふれたらしい。
そんなサマーソウルにシロウは、通常のトーンで話しかける。
「それは大変でしたね。しかし、そんなに話すと喉が渇いたでしょう。紅茶ですが、どうぞ」
「む? そうか! いただこう」
シロウは心の中で息を吐く。紅茶には、すでにアサシンの手によって、毒が盛られている。この毒は、弱いながらも神代の毒であり、サマーソウルの前に到着した4人のマスター全てを傀儡へと変えた。『時計塔』が選出した魔術師がそうなるのだから、現代の魔術師に抗える者はいないのだろう。故にこのサマーソウルも傀儡になる未来は決定したのだ。
「っと、その前に」
そう言って、サマーソウルは何処からともなく、スポーツドリンクでも入っていそうな容器を取り出した。
「あの、それは?」
「ん? ああ、これは私のオリジナルブレンドのプロテイン水だ。何かを飲む時は、大体これを入れている」
そう言いながら、サマーソウルはかなり独特な匂いを発生させている、プロテイン水(?)なる物を紅茶へと注ぐがーー
ジュッ
ーーと、何か人が飲む物からは鳴ってはいけない音と共に、紅茶から白い煙が上がりだした。
これを見た瞬間、シロウとアサシンはイスから跳び退き、その目に警戒の色を強める。
(毒とプロテインであの様な煙は出ますか?)
(出る訳がなかろう)
(不味いですね。今のが何か毒を検出する液体だったならーー)
(こちらが毒を盛ったーー裏切り行為をした事がバレたという事になる。こいつ、今まで馬鹿のフリをーー)
「ん? ああ、心配しなくてもいいぞ。大抵の飲み物はこんな反応するからな」
そして、サマーソウルはプロテイン水(?)を入れ終わった紅茶を一気に飲み干した。
「よし! 本格的なはなし…を……? これ………は…………」
語尾が段々小さくなり、背もたれに体を預ける様にして沈黙したのを確認すると、シロウとアサシンは大きく息を吐いた。
「何とも紛らわしい男であったな……無駄に疲れたぞ」
「そうですね。しかし、これでーー」
言葉を途中で止めて、シロウはサマーソウルを見る。今確かにーー体がビクンと波打ったのだ。それどころかーー
「……………ま」
傀儡にした筈の
言葉を発するのは不思議ではない。この毒は意識を完全に刈り取る様な物ではないのだから。しかしーー
「……ま………ま…まままママママママ」
この反応は流石におかしい。
「アサシン?」
焦りを隠せていない表情で、アサシンは首を振る。色々な毒を使ってきた彼女ですら見た事のない反応らしい。そして、おかしい反応が明確な異常へと変化した。
「マーーーーーヴェラス!!!」
サマーソウルが先ほどと同様に、雄叫びを上げて立ち上がったのだ。これにはシロウとアサシンも開いた口が塞がらなかった。
「私は、紅茶というものを過小評価していたようだ……この天にも昇らんとする美味さ! これが……夏か」
意味のある言葉(意味は分からないが)を喋るその男は、どう見ても傀儡には見えず、どうも毒は効かなかったらしいというのは分かる。が、それだけだった。何故効かなかったのかが全く分からない。
そんな風に2人が絶句していても、事態は常に動く。具体的に言うと、入り口の方から大声が聞こえた。
「大将ーー! 置いていくのは流石に非道いじゃん!」
「この声は……来たか、ミスター・ゴールデン! 今行くぞ!」
サマーソウルは、勢いよく扉を開けて入り口へと向かって行った。残された2人は互いに顔を向ける。
「どう思いますか?」
「分からぬ。ただただ偶然にも、あの飲み物で何故か毒が中和されただけで、本人は何も気付いてない様にも見えるが、あの飲み物かそれ以外に対策をしていて、『自分には毒は効かない』とこちらを脅している様にも見える。……というか、何も分からん。あいつが本当に人間なのかもな」
「気付いているかどうかが分からないとなると、下手に追い出したり、襲ったりするのは不味いですね。手元に置いておくしかないでしょう……」
揃って2人は大きなため息を吐く。開戦前に、大きな不安材料を懐に入れなければならなくなったのだから、それも当然であるのだが……。
取り敢えず、構想はジーク君がDEBUに殺されかかってる場面まではありますが、この作品に需要があるのか分からないので、取り敢えずここで終わっときます。
ところで、相性召喚って言葉でいいんですかね? 公式でちゃんとした言葉があったら教えて下さい。