DEVIL SURVIVOR 2  You changed my world.   作:ルーチェ

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「デビルサバイバー2」の二次小説です。
ニンテンドーDSソフト「デビルサバイバー2」
TVアニメーション「DEVIL SURVIVOR2 the ANIMATION」
アース・スターコミックス「デビルサバイバー2 Show Your Free Will 」
Gファンタジーコミックス「DEVIL SURVIVOR2 the ANIMATION」
上記4作品を自分の中で消化し、新たな物語として再構成したものになります。

登場人物はほぼ原作通りですが、オリキャラを主人公にしたため、うさみみフードの少年は出てきません。
悪魔使いは13人という数が相応しく、またうさみみ少年が活躍する機会がないからです。

物語の中でヒロインが語ることは、作者自身の気持ちです。
ゲームをプレイした時はまず実力主義ルートでクリアしたのですが「これじゃない」感があって、全ルートクリアしてみました。
ですがそれでも納得できるものがなく、ならば自分で別の形のエンディングを作ってしまおうということになった訳です。

ヒロインはかなりのチートキャラですが、それについてはご勘弁を。
でも才能があって、子供の頃から訓練を受けていればビャッコくらいは召喚できるはずとして、彼女は初期から大活躍する設定です。
また峰津院家に引き取られて教育を与えられているため、普通の17歳より知識や学力はるかに上です。
しかし未熟な部分もあります。

また物語の流れの上で、ヤマトの父親の名前を出さざるをえなくなったため「峰津院瑞穂(ほうついんみずほ)」と勝手に命名してしまいました。
国の守護者としての名前なので、命名に苦労しました。
またヤマトの母親は彼が生まれてすぐに亡くなったということにしています。

登場人物のセリフの中で原作(上記4作品)で使用されたものと同じものも含まれますが、それはパクリではなく、自分の言葉に置き換えようと十分に考えた末に、その言葉がもっとも相応しいと考えて使用しています。

ヒナコとケイタの関西弁に関してはかなり怪しいです。
ネイティブの方からすると「ちゃうやん」と思える部分もあるでしょう。これもご勘弁を。


以上、注意点。続いて、主人公設定。

名前:紫塚雅(しづかみやび)
年齢:17歳
誕生日:11月9日
外見:腰まで届く黒髪を後ろでひとつに束ねている
特技:速読、美味しいお茶を淹れること
趣味:読書(特に好きなジャンルはなし。興味があればなんでも読む)

7歳の時にジプス局員だった両親を事故で亡くし、峰津院家に引き取られた。
使用人(見習い)として働き、将来の戦力として教育される。
ある出来事がきっかけでヤマトに認められ、専属の使用人(という名目の学友)となり、彼と同じ学問を身につけていった。
14歳でジプスに入局。一般局員を経て、局長補佐となる。
そして《審判の日》の半月前に東京支局長に就任した。





Prologue 平穏の土曜日 -1-

 

朝から秋らしい青空が広がり、峰津院家の庭のイチョウは鮮やかな黄色の葉を散らしていた。

この時期にしては少し肌寒いが、落ち葉の絨毯が柔らかい午後の日差しを反射している。

この穏やかで静かな日常が今日で終わりとなることを知る者は数少ない。

 

《古よりの盟約》に記された《審判の日》が明日に迫っていた。

国民の殆どは明日に訪れる有史以来最悪の大災害のことを知らないでいる。

哀れだがこれは仕方のないことである。

仮にそのことを国民に告げればどうなるかは火を見るより明らかだ。

もっと悲惨な結果を迎えるとわかっているからこそ、政府は国民には公表しないと決めた。

これは当然の処置である。

人類は神 ── ポラリスの審判など受けずとも自滅する。

それほど人類とは愚かで儚い存在なのだ。

 

そんなことを考えながら、紫塚雅(しづかみやび)は主のもとへと向かって歩いていた。

彼女の主とは峰津院大和(ほうついんやまと)のこと。

平安時代から続く名家の嫡男である彼は、2年前の15歳の誕生日に父親の峰津院瑞穂(ほうついんみずほ)から当主の座を受け継ぎ'、同時にジプス局長に就任した。

ジプス(JP's)とは「Japan Meteorological Agency, Prescribed Geomagnetism research Department」の略で、気象庁指定地磁気調査部という名称が正式なものである。

《古よりの盟約》に記された《審判の日》に備え、ジプスの創始者である峰津院の血脈を持つ者が代々局長を歴任してきた。

ジプスは国の組織であるが、その実態を知る者は政府のごく一部の人間だけである。

ジプスの活動内容が国家機密に属する以上、その存在理由や任務内容等については公にできるものではないのだ。

そのジプスのトップに君臨する17歳の青年 ── 実年齢よりはるかに大人びていて少年とは言い難い ── はジプスの最高権力者として多忙な毎日を送っていた。

その補佐をするのがミヤビの役目である。

朝から局長補佐として官公庁の関連部署との最終調整やジプスのパトロンである代議士や大臣らとの連絡など、ヤマトに言わせると「愚民どもに関わる雑事」という仕事を半日かけて終わらせたばかりだ。

峰津院家の本宅は京都にあるが、それは長い間日本の都が京都であったからである。

そのためジプスの本局も大阪にある。

それが明治維新後に東京が首都となったため、峰津院家は屋敷を東京にかまえることとなった。

日本の政治の中心が関西から関東に移ったことで、ジプスの中枢も移動せざるをえなかったからだ。

東京支局が永田町の国会議事堂の地下深くにあるのも、ジプスのパトロンである政治家らが峰津院の人間を自分たちの手元に置きたがったためで、よって東京支局が実質的な本拠となり、ヤマトも通常は東京支局で采配を振るっている。

ヤマトにとってもっとも忌み嫌う人種 ── 彼の言葉を借りるなら「俗世の毒に染まり切っている無能」── に頼らざるをえない状況は、彼にとってもっとも不本意なものであろう。

しかし国の守護という目的のためにはやむなしと、彼は割り切って己の務めを果たしている。

この国でジプスの果たしてきた役割は大きい。

ジプスはこの国の霊的防衛を司ってきた組織で、国の中枢への影響力も計りしれないものがあったが、峰津院の名が歴史の表に出ることはなかった。

峰津院の人間がこれまで世の中で認められることがなかったのは、彼らが偽りの強者によってその存在を隠ぺいされ、影の存在であることを強制されてきたからであった。

力あるゆえに時代の為政者によって恐れられ、不遇な立場に甘んじるしかなかった。

それでも峰津院一族が綿綿と国防を担ってきたのは一途にこの国を憂い、愛してきたからである。

つまり峰津院一族の犠牲によって今の我々の暮らしがあるといえるのだ。

 

 

 

 

ミヤビはヤマトの私室の前で深呼吸をし、自分の服装のチェックをした。

ヤマトは厳しい人間である。

峰津院家は国内有数の名家であり、彼は幼い頃からその当主として相応しい教育やしつけをされてきた。

よって自分に厳しく、他人にも同等のものを求めようとする。

もっとも完璧を求めるのは無理だと本人が一番良く知っているので無茶な要求はしないのだが。

だからこそ些細なことで注意を受けぬよう、ミヤビは常に心がけていた。

ミヤビがドアをノックすると中から穏やかだが威厳のある返事がした。

 

「入れ」

 

ヤマトの許しを得て、彼女はドアを開けた。

 

そこは峰津院家当主が日常の激務から解放される唯一の空間である。

高級ホテルのスイートルームと見紛うほどの広さがあり、かなりの年代物とわかるアンティーク家具が鎮座している。

そして部屋の主は窓際にある安楽椅子にゆったりと腰を掛けていた。

 

「関係官庁との擦り合せ、及びジプス本局並びに各支局との最終確認は完了いたしました。なお詳細については ──」

 

ミヤビが詳細の書かれた書類を渡そうとしたが、ヤマトは軽く手を挙げてそれを遮った。

 

「ご苦労だった。お前の仕事は常に迅速、丁寧かつ完璧だ。確認するまでもなく、その成果は承知している」

 

「恐れ入ります」

 

ミヤビは恭しく頭を下げた。

 

「おかげでチェスを一局楽しむくらいの時間ができた。相手をしろ」

 

「はい。ではその前にお茶をお淹れいたします」

 

そう答えたミヤビはアンティークな部屋に似つかわしくない唯一の家電であるIHコンロで湯を沸かし、緑茶を淹れる支度を始めた。

そのてきぱきとした仕事の様子をヤマトは横目で見ながら思った。

 

(いつもながら手際が良いな。ひとつひとつの所作も無駄がなく洗練されている)

 

そんな感想を抱きながらチェス盤に視線を戻す。

 

(こうしてミヤビとチェスを楽しむのもこれが最後になるか否か。それはあいつ次第だな…フッ)

 

ヤマトはほくそ笑むと駒を並べ始めた。

 

「ヤマト様、何か良いことでもございましたか?」

 

ミヤビは湯呑茶碗を載せた盆を持ったまま、ヤマトに訊いた。

 

「いや、そういうわけではない。…だが、なぜそう思う?」

 

「微笑んでいらっしゃるから。ヤマト様のそのような表情を見たのはしばらくぶりでしたので、何か嬉しいことでもあったのかと思ったんです」

 

「まあ…嬉しいといえば嬉しい、か。なにしろ長年にわたる峰津院家の悲願が叶う時がとうとう来たのだ、これほど喜ばしいことはない。その勝利の美酒を共に味わう相手のことを考えていたのだからな」

 

「そうですか…。その方がどなたなのかわかりませんが、ヤマト様の隣にいらっしゃるのですから、さぞかし素晴らしい方なのでしょうね」

 

「ああ。しかし本人が自分の価値をどれだけ知っているのか疑問だがな。さあ、始めるぞ」

 

「はい」

 

ミヤビは湯呑茶碗を盤の脇に置くと、ヤマトの向かい側の椅子に腰掛けた。

 

 

 

 

「チェックメイト」

 

ヤマトの黒のルークがミヤビの白のキングを追い詰めている。

ミヤビは自分のキングを倒して言った。

 

「リザイン(投了)です。さすがはヤマト様ですね」

 

ミヤビの言葉に、ヤマトは少し呆れたような言い方をした。

 

「ここまで私を追い詰めておいて良く言うな」

 

事実、盤の上ではほぼ互角の勝負のように見える。

 

「しかし詰めが甘い。それとも私に花を持たせようとして手を抜いたか?」

 

「いいえ、そんなことはございません。全力を尽くした結果がこれです。どんな場合においても手を抜けばヤマト様に軽蔑されてしまいます。この結果が示すのは、わたしの腕前がまだヤマト様の域には達していないということ。これがわたしの本気の限界です」

 

「フム…たしかにお前の戦い方を見るに戦略面では優れているのだが、戦術面で劣る部分があるのは否めない。特にコンビネーションに関しては度胸がないというか、甘い手が目立つぞ」

 

コンビネーションとは駒の犠牲を払って優位な形やチェックメイトを狙うものである。

チェスにおいては相手より駒が多いか少ないかが重要な意味をもつ。

駒の価値は一般に、ポーン=1点、ナイト=3点、ビショップ=3点強、ルーク=5点、クイーン=9点とされ、合計点数が1点でも違うと大きな差となる。

戦略面で重要なポイントであるためミヤビは深く考えすぎてしまい、甘い手と言われても仕方がない結果となってしまったのだ。

 

「しかしこの私と互角に戦えるだけの力はある。誇っても良い」

 

「はい、ありがとうございます」

 

ミヤビは最高の賛辞に身が震えた。

ヤマトは滅多に他人を褒めない。

そんな彼が褒めるということは、その言葉どおり誇っても良いということだ。

ヤマトの自分に厳しく他人にも厳しい態度は仕事においてさらに顕著に表れる。

例えばジプス局員が任務でミスをした場合、彼の反応は2種類ある。

局員に対して厳罰を与える場合と、何のお咎めもない場合だ。

任務内容の重要性とか、ミスの度合いなどで反応が変わるのではない。

彼が叱るのはその局員に伸び代がある場合のみで、そうでないと叱りもしない。

つまり叱らないというのはその局員に対して何も期待していないという証拠である。

ミヤビもジプスに入局したばかりの頃には慣れない仕事でミスを繰り返していた。

毎日のようにヤマトに叱咤されていたが、彼女はそれをヤマトの期待の大きさであると理解して歯を食いしばってきたのだ。

そのおかげで彼女は東京支局長兼局長補佐という役割を完璧に勤めている。

当初は経験の浅い少女に対してベテラン局員は彼女を軽んじていたが、彼女が実力を見せつけて局員を納得させた。

そこまで成長した彼女のことをヤマトは頼もしく、そして好ましく思っている。

その「好ましい」という気持ちがミヤビにはしっかりと伝わっているのだが、それゆえに彼女は複雑な気持ちも抱いていた。

 

ミヤビはポケットに手を入れて、中から父親の形見の懐中時計を取り出した。

 

「あと30分ほどでお迎えの車がまいります。お支度をなさってお待ちくださいませ」

 

「わかった。後は頼む」

 

ヤマトはそう答えると、寝室のドアを開けて中へ消えていった。

彼の背中を見送ったミヤビは湯呑茶碗を片付けると、部屋をゆっくりと見渡した。

 

(わたしがこの部屋へ初めて入ったのは5年前。ヤマト様にお仕えすることに決まって、メイド頭に連れて来られた日のことを今でもしっかりと覚えているわ)

 

彼女は微笑みながら昔を懐かしむ。

 

(ヤマト様はわたしを単なる使用人としてだけでなく、ひとりの人間として認めてくださった。さらに同じ学問を与えてくださったおかげで、わたしはあの方のお仕事をサポートできるようになった。だからわたしはこの命を賭してでも、あの方のために働かなければならないのよ)

 

彼女の視線が書棚にある1冊の本の背表紙で止まった。

 

「これって…」

 

ミヤビは『Ecce homo』というラテン語のタイトルの書かれた革張りの本を取り出す。

『Ecce homo』とはフリードリヒ・ニーチェが1887年の秋に書いた自伝で、邦題は『この人を見よ』である。

彼女はページをパラパラとめくり、ヤマトとニーチェについて語り合った時のことを思い出した。

 

 

 

 

ミヤビが郵便物を届けるためにヤマトの私室を訪ねた時のこと、彼はソファーに腰掛けて革張りの本を読んでいた。

ジプス局長に就任する約2ヶ月前、ヤマトはその準備をするために毎日多忙で睡眠時間も十分でなかった。

しかしそんな彼が休憩時間に読書をしており、それを見せられたミヤビは感心するというよりも尊敬してしまった。

 

「ん? 何だ、ミヤビ?」

 

ミヤビが側にいたことに気が付き、ヤマトが彼女に声をかけた。

 

「お邪魔してしまい申し訳ございません。郵便物をお届けにまいりましたら、お忙しいヤマト様の僅かな時間でも無駄にせず、さらに自らを高めるという姿を目にして感銘を受けていました」

 

そう言うと、ヤマトがいつも眉間に寄せているシワが一瞬消えたようにミヤビには見えた。

 

「そこに座れ」

 

ヤマトが自分の向かい側の席をミヤビに勧め、本を閉じてテーブルの上に載せた。

その時、ミヤビには『Ecce homo』という本のタイトルが見えて、つい顔がほころんでしまった。

 

「何がおかしい?」

 

ヤマトにそう聞かれてミヤビは我に返る。

 

「いえ、いかにもヤマト様らしい選択だと思ったものですから。…たしかそれには『善悪において一個の創造者になろうとするものは、まず破壊者でなければならない。そして、一切の価値を粉砕せねばならない』という言葉があった気がします」

 

「良く知っているな」

 

「ヤマト様のように原文で読むことはできませんが、書庫にある邦語訳版で読みました。ニーチェの思想には共感する部分があり、印象深い言葉は記憶に残っています」

 

「ほう…。ならば好きな言葉はあるか?」

 

「はい。『怪物と戦う者は、自分も怪物にならないよう注意せよ。深淵を覗き込むとき、深淵もまたお前を覗き込む』と『悪とは何か? 弱さから生じるすべてのものだ』です。これは特に深く考えさせられた言葉で、胸に深く刻まれています」

 

「では強者と弱者についてお前はどう考える?」

 

そう問われ、ミヤビは少し考えてから言葉を選んで答えた。

 

「弱者とは『みんながそう言うから』といって自分で良し悪しを決められない人のことであり、強者とは自分で決められる心を持つ人のことを指していると考えます」

 

そう答えると、彼は声を上げて笑った。

 

「ハハハ…さすがだ。お前が哲学にも造詣があったとは想定外だった。お前はまだまだ私を驚かせてくれるようだな」

 

「恐れ入ります」

 

「…そうなると、ポラリスによる審判は地球が病を患っていることが原因なのだろうな」

 

「『ツァラトゥストラはかく語りき』の『地球は皮膚を持っている。そしてその皮膚はさまざまな病気も持っている。その病気のひとつが人間である』ですね」

 

「ああ、そうだ」

 

ヤマトはミヤビが自分の問いにポンポンと答えを返してくれるのを心地良く感じていた。

ヤマトにとって同世代の人間といえば彼女だけで、あとは父親を含めた大人ばかりである。

大学から呼び寄せた教授や博士といった大人たちとしか交流のない彼にとって、ミヤビの存在は特別なものといえる。

そんな彼女が自分と対等に会話できるのだから楽しいに決まっている。

彼女は使用人という身分であったが、自分と同じ教育を与えようとしたのもそれが理由である。

おかげでまだ14歳であり見た目は少女であるが、その辺の大人よりずっと聡明で洗練された思考を持つに至った。

賢くて向上心の強い彼女がヤマトのお気に入りなのは当然である。

 

「お前の成長には目を見張るものがある」

 

ヤマトは感慨深げに言う。

 

「来るべき審判の日に、お前の力は不可欠だ。これからもずっと私の側にいろ。私を失望させることなく、更なる高みを目指せ」

 

「はい。他人によって運ばれるのではなく、自分の足を使って高く登ります」

 

ミヤビはニーチェの言葉「高く登ろうと思うなら、自分の足を使うことだ! 高いところへは、他人によって運ばれてはならない。人の背中や頭に乗ってはならない!」を引用して答えた。

するとヤマトは満足そうな笑みを浮かべて頷いたのだった。

 

 

 

 

(ヤマト様はわたしを信頼してくださっている。今のわたしがあるのはあの方のおかげだもの。あの方のためならどんなことだってできるわ)

 

ミヤビは書棚に本を戻しながら、心の中で呟く。そして続けた。

 

(…でもきっとわたしがやろうとしていることはあの方が望んでいることとは違う。それはあの方の信頼を裏切ることになるのでしょうね。それでもわたしは迷うことなく進むわ。わたしは5年前の誓いを守る。そう決めたんだもの)

 

その言葉どおりミヤビの瞳に迷いはない。

彼女はこれまでにいくつもの重要な場面で正しい選択をしてきたという自信があるからだ。

それはヤマトから与えられた学ぶ機会と、彼女自身の向学心や価値観といった様々な条件によって培われたものである。

再びミヤビは部屋をぐるりと見渡した。

彼女にはもう二度とここへ戻って来ることはないという確信がある。

だから思い出の場所を目に焼き付けておこうということなのだ。

といってもいつまでも感慨に耽っている時間はない。

名残惜しげに部屋を出ると、自分の部屋へと足を向けた。

 

 

 

 

ミヤビは自室でジプスの制服に着替えた。

ジプスでは一般局員は黄色を基調とした制服で、上級局員になるとそれが黒色のものになる。

彼女も入局してからずっと黄色の制服を着用していた。

しかし東京支局長というポストを与えられた ── ヤマトに言わせればミヤビ自身が実力で勝ち取った ── ことにより、幹部用のものを着用するようになった。

シャツとネクタイ、膝上20センチのミニスカート、ニーハイブーツ、そして幹部のみが着用を許されるロングコート…と全部が黒で統一されている。

鏡に全身を映して自分の姿を確認するミヤビ。

乱れがないかの確認と同時に、ヤマトと同じ制服を着ていることの責任の重さを視覚によって自分に深く刻み付けるためである。

これは彼女が”出陣”する際の儀式のようなものだ。

東京支局長に就任して半月、彼女は毎日この儀式を繰り返してきたが、この日ばかりは少し違っていた。

 

(明日に迫った神の審判によって世界は大きく変化する。これまでの怠惰な日常が消え、新たな秩序による新世界を創造するための破壊が始まるわ。ヤマト様が考える理想の新世界はすべての人間が容易に受け入れられるものではない。多くの人間があの方の考えが真理とわかっていても、それを認めないから。優れたものを認めるのは、すなわち己が劣っていることを認めることと同義。そんなこと誰だってしたくないもの。だからあの方を否定し、邪魔者となる者が多く現れることでしょう。わたしはその邪魔者を排除し、あの方の盾となり矛となることを改めてここに誓うわ)

 

そしてひとつ深呼吸をする。

 

(そして峰津院家の血の呪縛から解き放ち、あの方の魂を救ってみせる。そのためにジプス局員としての正義と、自分自身の正義が相反することもあるでしょう。その時は己の魂を削り、血を吐くような苦しみに合うかもしれない。でも最終的にわたしは自分自身の正義を貫き、それが正しかったことをあの方に証明してみせる。それが償いとなれば良いのだけど…)

 

一瞬だけ哀しげな目をしたが、すぐに彼女はジプス東京支局長としての顔に戻った。

人類の最後の砦となるジプスの幹部としての責任を果たすためには、敬愛する男性のことをだけを考えてはいられないのだ。

 

 

携帯電話のアラームが一六五〇時 ── ジプスでは軍隊のようにこう呼ぶ ── を報せる。

常に5分前行動をするミヤビにとってそれは癖となっていて不可欠な存在だ。

彼女はアラームを止めると部屋を出るとヤマトの私室へと向かった。

今度はブーツを履いているためにコツコツという足音が静かな館内に響く。

朝までは何人もの使用人が働いていたために、どこかしらに人の温もりとざわめきがあったものだ。

しかし明日の《審判の日》を迎えるにあたって、ミヤビ以外の者は今日の午前いっぱいで解雇となっている。

長きに渡って峰津院家に仕えてきた使用人たちは《審判の日》について知らされていた。

彼らは自分の身を守る手段、つまり悪魔使い(デビルサマナー)としての能力を持つ者たちだ。

本来ならこれまでの功績で安全な場所に避難させてやるべきだが、ヤマトはそうさせなかった。

この試練を乗り越えられないようでは生きる価値がないというのが彼の考えだ。

逆に言えばここで生き残ることができるよう鍛えられた者たちなのだから、自力で生き残れという意味である。

ミヤビもその考えに異論はなかった。

 

短い秋の日は沈み、静かな闇が辺りを包み込んでいく。

薄暗い廊下を歩いていると、ミヤビは玄関に一台のリムジンが止まっているのを確認した。

ジプスからの迎えの車が到着したのだ。

ミヤビはヤマトの私室の前で彼を待ち、出て来た彼からアタッシュケースを受け取ると大事そうに抱える。

そして一歩下がって、ヤマトの斜め後ろを歩いて行った。

玄関の重厚なドアを開くと、そこには東京支局の戦闘隊長である迫真琴(さこまこと)が敬礼をして立っている。

 

「局長、お迎えにまいりました」

 

凛とした声と鍛えられた美しい肢体、現場での総指揮を任されるほどの才能と人望を持つ26歳の女性。

彼女はミヤビにとって憧れの存在で姉と慕い、歳は離れているものの唯一友人と呼べる存在でもある。

かつてシンクロナイズドスイミングの日本代表候補であったが、交通事故の怪我で引退し、その失意の中でジプスにスカウトされたという経歴を持つ。

自分の居場所、存在目的を与えてくれたのが局長に就任する少し前のヤマトだった。

そのため彼に対する忠誠心はミヤビのそれに遜色なく、ヤマトのマコトに寄せる信頼も絶大なものである。

 

「迫、ご苦労」

 

ヤマトはマコトに労う言葉をかけるが、ミヤビに見せるような表情はしない。

あくまでジプス局長とその部下という関係でしかなく、個人的な感情を持っていないのだ。

そしてヤマトは黙って後部座席に腰掛け、ミヤビはその隣に座る。

マコトが助手席に座ってドアを閉めると、リムジンはさっと発車した。

 

 

 





《審判の日》の前日、ヤマトとオリ主であるミヤビの日常が少しだけ出てきます。
たぶんこのふたりがチェスをやったら結果はこうなるはず。
哲学的な会話もしていそうです。
ミヤビの行動原理が「すべてはヤマトのため」である理由は、これから少しずつ出てきます。


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