DEVIL SURVIVOR 2  You changed my world.   作:ルーチェ

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3rd Day 不穏の火曜日 -3-

名古屋支局内に警報が鳴り響く中、第3のセプテントリオン・フェクダが現れた。

ドゥベやメラクはまだ生物らしき姿であったが、このフェクダはその形状からして生物には見えない。

ふたつの重なり合う輪の本体に水晶かそれに類似する鉱石のようなものがぐるっと囲んでいるのだ。

しかしそれは紛れもなく7体の神の先兵のひとつである。

ミヤビのスザクとロナウドのハゲネが最前線に立ち、さらに名古屋支局奪還作戦のために来ていた民間人協力者である鳥居純吾(とりいじゅんご)と伴亜衣梨(ばんあいり)が参戦。

東京・名古屋のジプス局員の共同戦線によって立ち向かうが、フェクダはぐるぐると回転し、内円と外円を合体・分離しながらさまざまな攻撃をしかけてくる。

おまけに合体時には人間側の攻撃は受け付けないという強敵だ。

次第に人間側の戦力は削られ、ジプス局員たちは次々と倒れていった。

ジュンゴの英雄ネコショウグンとアイリの魔獣ケットシーは奮戦するが、彼らは明らかに疲弊している。

ロナウドも死力を尽くして戦うが、悪魔だけでなく悪魔使い本人たちも体力を消耗していった

 

「このままじゃこっちが消耗するばかり。奴の力を削ぐ方法はないのかしら…?」

 

ミヤビとスザクもかなり疲れている。頭の回転も鈍り、フェクダの攻撃をかわすだけで精一杯だ。

 

ほんの一瞬だった。

ミヤビの脳裏に僅かに「もしダメだったら」という不安が掠めた次の瞬間、スザクがフェクダの放つビームに貫かれてしまったのだ。

断末魔の悲鳴のような声を上げたスザクは消えてしまう。

そして携帯の中で「修復中」という表示が悪魔リストのスザクの上に現れた。

スザクが使えなくなったことで、人間側の戦意はガタ落ちだ。でもまだビャッコがいる。

 

「ビャッコ、頑張って」

 

ミヤビはビャッコの頭を撫でると、ビャッコは「承知した」とばかりにフェクダに襲いかかって行った。

しかし物理攻撃・魔法攻撃とも受け付けないフェクダにはまったく効果がない。

有効な方法は見つからず、仲間たちは次々に倒れていく。

 

その時だった。新たな悪魔が現れたのだ。

それと同時に若い女性の声がミヤビの耳に届いた。

 

「わたしに任せて!」

 

声の主は柳谷乙女(やなぎやおとめ)、ジプスの医療スタッフだ。

名古屋支局が占拠された時に人質になっていた局員のひとりで、本来なら彼女は司令室の外で悪魔の侵入を防いでいるはずだった。

彼女の使役している悪魔は女神サラスヴァティでレベルは19。

ミヤビたちが手こずるフェクダに対して戦闘力の低いサラスヴァティでは敵うはずがない。

しかしサラスヴァティは予想以上の力を発揮した。

サラスヴァティが手にした琵琶をかき鳴らすとフェクダの力が弱まっていったのだ。

 

「わたしのサラスヴァティには吸魔のスキルを覚えさせておいたのよ」

 

オトメは自信満々の顔で言った。

たしかにどんな攻撃も利かない相手だが、弱体化すれば人間側の攻撃も届くようになる。

しかしフェクダも必死であり、力が残っているうちにと次々にビームを発射した。

ハゲネ、ネコショウグン、ケットシーと順に消滅していき、最後に残ったのはビャッコとサラスヴァティだ。

そしてフェクダはサラスヴァティを消滅させた次の瞬間、ミヤビと彼女の前に立ち塞がるビャッコに照準を向けた。

ビャッコは弱体化したフェクダの息の根を止めようと飛びかかるが、ビームで打ち抜かれてしまった。

ミヤビは急いでセイリュウとゲンブを召喚したが、それも時間稼ぎにすらならない。

ミヤビ自身の霊力が底を尽いてしまったのだ。

これで人間側の悪魔はすべてフェクダに全滅させられてしまった。

すべて修復中となり、再び召喚できるようになるまで時間がかかる。

フェクダも虫の息だが、人間側に攻撃手段がないとなればどうしようもない。

そのフェクダは最後の一撃として、ミヤビに照準を向けた。

 

「ミヤビ君、逃げろ!」

 

ロナウドの悲痛な叫びが耳に届いた。

しかしミヤビは意外にも冷静でいた。

死を目前にしながら、彼女は驚くほど平常心でいる。

 

(ああ、そうか…これがあの死に顔動画のシーンなんだわ。わたしの力が及ばなかったということは、それが定められたものであり、わたしにそれを覆すだけの力がなかったのね。悔しいけど後悔はない。やれるだけのことはやったもの…)

 

静かに目を閉じようとした時、ミヤビとフェクダの間の床に魔方陣が浮き上がり、その中からケルベロスが現れた。

 

「ケルベロス…!?」

 

この名古屋支局に現れるはずのないケロベロスが出現したのだ。

その場にいた全員がありえないといった顔をし、ある一点に視線が集中した。

それはフェクダのビームによって天井が破壊されて地上に大きな穴ができている場所。

日が完全に沈み、空には青白い大きな月が昇っている。

その月をバックにして立つ人影はヤマトだ。

 

「どういうこと…? どうしてヤマト様がここにいるの…?」

 

大阪本局にいるはずのヤマトが目の前にいた。

ミヤビはそんな疑問を抱くが、今はそれどころではない。

最強の助っ人が現れたことで、周囲の空気が一変した。

フェクダは攻撃目標をケルベロスに変更し、ビームを発射する。

しかしケルベロスは軽くかわし、さらにヤマトは自分の魔力をケルベロスに与え、力の上書きまでしたのだった。

 

「峰津院の血がなせる技か…」

 

ロナウドは呟くような小さな声で言うが、それはヤマトの耳に届いていた。

 

「違うな。私の力だ」

 

ヤマトによってパワーアップしたケルベロスは〈万魔の乱舞〉を繰り出し、フェクダを完全に消滅させた。

いくら弱っていたとはいえ、ミヤビたちが何人もかかって倒せないセプテントリオンをたったひとりで倒してしまうヤマトにその場にいた全員が驚愕した。

 

ミヤビがヤマトを見上げると、彼と視線が合った。

 

「余計な手間をかけさせるな、ミヤビ」

 

冷淡だが、その中にミヤビが無事であったという安堵感が込められた言葉だった。

ヤマトはそれだけ言って踵を返す。

 

「待ってください、ヤマト様!」 「待て、峰津院大和!」

 

ミヤビとロナウドが同時にヤマトを呼び止めた。

しかし彼は用などないとばかりに背を向けたままだ。

 

「どうしてヤマト様がここにいらっしゃるんですか?」

 

ミヤビの問いにヤマトは答えず、やはり振り向きもしない。

すると彼女の疑問に答えるように背後から声がした。

 

「ミヤビ、ヤマトはね、君の死に顔動画を見たから、ここへ来たんだよ」

 

ミヤビは声のした方を振り返った。そこにいたのはアルコルだ。

 

「ヤマト様が…わたしの死に顔動画、を…?」

 

「そうだよ。ヤマトは君を死なせたくなかったんだ」

 

「ほざけ」

 

ヤマトぱっと振り返ると、アルコルを睨みつけた。

アルコルの言うことを信じるとすれば、ヤマトはミヤビのことを友人と認めているということになる。

死に顔動画は友人にしか送られてこないものなのだから。

肯定はしないが否定もしていないところを見ると、アルコルの言っていることは嘘ではないとミヤビは確信した。

 

「ミヤビ、お前には話がある。ついて来い」

 

ヤマトはその場から離れようとするが、ミヤビが呼び止めた。

 

「お待ちください。どんな処分であろうとも厳粛に受け止めますが、その前にやらなければならないことがあります」

 

「また私に逆らうのか?」

 

「そうではありません。名古屋支局をこのままにしてはおけません。最優先は負傷者の手当と支局の復旧です。人員が足りませんから、わたしも作業に加わりたいんです」

 

「…好きにしろ」

 

少し考えてからそう言い放つと、ヤマトはひとりで立ち去ってしまった。

 

 

 

 

ロナウドたちレジスタンスメンバーの手を借りて支局の復旧作業を進めるが、戦場となった司令室の復旧の目処は立たない。

末端のシステムまでやられており、かなりの時間を要するようだ。

幸いだったのはフェクダ戦のさなか、市内に悪魔の出現はなく、民間人の被害がなかったこと。

それだけでもミヤビの気持ちは楽になった。

 

一方、名古屋支局の復旧の遅さにヤマトは苛立っていた。

 

「やはりクズはクズか」

 

司令室の復旧作業の進捗状況を見に来た彼はそう呟いてすぐに戻ってしまった。

ヤマトはすぐに大阪へ帰らず、名古屋支局の機能がある程度まで回復するまで滞在することにした。

しかし彼の機嫌は悪く、さらに人手が足らずレジスタンス側の人間に作業を手伝ってもらっている状態なので余計にヤマトの機嫌は悪くなる。

おまけに彼の不機嫌さが周囲の人間にも伝染して空気が非常に悪くなっていて、これ以上彼の機嫌を損ねたくないと、ミヤビは作業の合間を見計らって支局長室にいるヤマトにお茶を淹れて持って行くことにした。

 

「ヤマト様、入ってもよろしいでしょうか?」

 

ドア越しにミヤビがそう呼びかけると、ヤマトは不機嫌そうな声で返事をする。

 

「何か用か?」

 

「お茶を淹れましたけど、いかがでしょうか?」

 

「入れ」

 

ミヤビが中へ入ると、彼は読みかけの報告書を閉じて彼女の方を振り向いた。

そしてミヤビはお茶をヤマトの前に置くと、深くお辞儀をした。

 

「先ほどはどうもありがとうございました」

 

命を助けられたのだから礼を言うのは当たり前。だから彼女はまず先にお礼をした。

しかし彼の反応は相変わらずだ。

 

「フッ…礼を言われるまでもない。セプテントリオンを倒さねば人類に未来はないのだからな」

 

続いてもっと深く頭を下げて謝罪をした。

 

「この度は命令違反ならびに多大なご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした」

 

詫びる彼女に対し、ヤマトの態度は冷淡だ。

 

「命令違反をした挙句に暴徒どもに誘拐されるなどお前らしくない失態だ」

 

「はい…」

 

「これまで私の指示に対しお前は完璧なまでに遂行していた。いや、私の期待を上回る結果を出すのがお前だった。だというのに昨日の行動は何だ? 将として兵を気遣うのは悪くない。しかしそのせいで自分が危険な目に合い、さらに大阪本局並びに局員の生命を危険に晒すこととなった」

 

「…それにつきましては弁解の余地はありません。すべてわたしの判断によるものです。どのような処分であろうと覚悟しております」

 

ミヤビはジプスをクビになることも覚悟していた。

 

(たとえヤマト様にお暇を出されようとも、別の方法で主に忠誠を尽くすつもり。お側にいられないのは悲しいけど、これは自業自得だもの。それに後悔はしていない。わたしは正しい選択をしたと堂々と言えるわ)

 

頭を下げたままでヤマトの言い渡す処分を待つミヤビ。

しかしヤマトは意外な言葉を発した。

 

「命令違反については不問に処す」

 

「え?」

 

ミヤビは驚いて顔を上げた。

 

「聞こえなかったのか? お前の処分はせいぜい戒告で十分だ。…おや、疑わしいといった顔をしているな? どうせ停職や免職になるとでも思っていたというところだろうな」

 

「はい…。わたしはそれくらいのことをしたのですから」

 

「しかしお前は私が満足する結果を出した。シナリオに多少の誤差はあったが、お前は最小限の犠牲で最大の結果を出したのだ、何を咎める必要があると言うのだ?」

 

「ですが…」

 

納得がいかないミヤビ。

そんな彼女を横目に茶を飲みながらヤマトは言った。

 

「お前をクビすれば、今後これだけ美味い茶が飲めなくなる。詫びる気持ちがあるなら、これまで以上に私のために働いてくれ。良いな?」

 

「はい。わたしはこれまでも、そしてこれからもヤマト様のために生きるつもりです。ここにお約束いたします」

 

ミヤビの言葉に満足したのか、ヤマトの表情はようやく穏やかなものとなった。

 

「そう…お前はずっと私の側で私の指示に従っていれば良いのだ」

 

ミヤビは静かに目を伏せた。

ヤマトに嘘はついていないが、彼の望みどおりにはならないことは事実なのだ。

心の底にある決意は誰にも知られてはならず、彼女は無理やり笑顔をつくって見せた。

そしてずっと気がかりであったことを訊く。

 

「お伺いしたいことがあるのですが…よろしいでしょうか?」

 

「何だ?」

 

「ヤマト様のもとへわたしの死に顔動画が届いたというのは本当ですか?」

 

ミヤビの問いにヤマトは掴んでいた湯飲み茶碗を落としそうになる。

 

「アルコルの言ったことは忘れろ! 私はお前のことなど心配などしてはいない! あ、あれはだな…」

 

ヤマトは明らかに動揺していた。

沈着冷静でセプテントリオンの襲来の際にも顔色ひとつ変えない彼にしては意外な反応だ。

しかしすぐにいつもの自分を取り戻した。

咳払いをひとつすると、いつものように淡々と言う。

 

「…そうだ、お前の死に顔動画が届いたのは事実だ。しかし私がお前を友人だと認めた覚えはない」

 

「はい、承知しております。ヤマト様とわたしは主従関係にあり、対等な立場にないのですから友人となることは不可能です。わたしも身の程というものを弁えておりますから、迷妄することはありません」

 

「それで良い」

 

「身の程というものを弁えておりますが、ひとつ言わせていただきます」

 

ミヤビは姿勢を正してヤマトを正面から見た。

 

「フェクダの出現の直前まで大阪本局にいらっしゃったヤマト様があのタイミングで名古屋に現れたのは、転送ターミナルを使ったということですよね?」

 

「ああ」

 

平然と答えるヤマトにミヤビは声を荒らげた。

 

「フミさんから伺いましたが、ターミナルは調整が終了したばかりで、テストをせずに起動させたそうではありませんか。あの装置は人間を分子の単位にまで分解し、目的地で再構成するというもの。一歩間違えれば分子化した肉体が元に戻らずに死んでいたんですよ。いくらセプテントリオンを倒すためといっても、ご自分の命を危険に晒すようなことはおやめください」

 

「そうは言うが、菅野は99.9%大丈夫だと保証してくれたぞ。とにかく多少の犠牲はあったが、名古屋支局を取り返し、セプテントリオンも倒した。結果を出したのだから文句はないはずだ」

 

「……」

 

自分が散々言ってきた「結果を出せば文句はないはず」を逆に利用されては、ミヤビも反論のしようがない。

 

「ぐうの音も出ないようだな。私はお前のように感情のままに動くようなことはせぬ。すべては勝算あってのことだ」

 

「返す言葉もございません」

 

「ところで、栗木ロナウドから何か聞いているか?」

 

ヤマトの問いの意図はわからないが、ミヤビはすべてを包み隠さずに答えた。

 

「ほう…それでお前は私がその先輩刑事とやらを謀殺したと思っているのか?」

 

「とんでもありません。ヤマト様がそのようなことをなさるはずがありません」

 

「その根拠は? まさかこの私が善人であるから…などと思っているのではあるまいな?」

 

「いいえ。ヤマト様が善人であろうと悪人であろうと関係はありません。わたしはヤマト様ならこう言うだろうと思っただけです。『ネズミが1匹動いたところでジプスの屋台骨はビクともしない』と」

 

するとヤマトはにやりと笑う。

 

「惜しいな。正解は『小魚1匹が飛び跳ねたところで川の流れは変わらない』だ」

 

それを聞いて、ミヤビも頬が緩んだ。

こういう会話ができるのも、ふたりの間にある信頼関係が揺るぎないものであるからだ。

 

「それはそうと、栗木ロナウドらレジスタンスの処遇なんですが、わたしに良い案がございます」

 

ヤマトはロナウドたちに二度と邪魔をされないよう「処分」するつもりでいた。

しかしミヤビに良い案があると言われ興味を示す。

 

「どうするつもりだ?」

 

「この名古屋支局の管理を任せるんです」

 

ミヤビがこともなげに言うものだから、ヤマトは眉をしかめた。

 

「バカなことを言うな。連中にここを任せるだと? フェクダに殺されそうになって気でも狂れたか?」

 

「わたしは冷静に考えて申し上げているんです。なにしろこの3日間におけるジプス局員の被害は甚大で、現在活動可能な局員を全員集めても僅か40人ほど。それを3つに分けてしまえばそれぞれの活動が滞ることになります。さらにひとりひとりの負担が増え、これまで以上に苦しい事態に陥ることでしょう。ですからこの名古屋支局をレジスタンスメンバーに任せ、局員は大阪と東京の2ヶ所に集約させるべきだという意味です」

 

「つまり苦労して奪い返した名古屋支局を、あの暴徒どもに返すということか?」

 

「はい。ヤマト様のお気持ちはお察しいたしますが、名を捨てて実を取るということはできないでしょうか? それにここを明け渡しても彼らにはジプスやヤマト様に歯向かうことはできません。栗木ロナウドが元局員である以上、ここを落とされたら名古屋という都市が一瞬にして消えるということくらい理解できています。高速鉄道や転送ターミナルを勝手に利用できないようにすれば大阪や東京で騒ぎを起こすこともできません。それに名古屋支局に備蓄されていた物資の殆どは被災者に配布されてしまい残りは僅かです。支局維持のための最低限の活動しかできません。今は彼らに自分たちの勝利だと思わせておけば良いんです。実際はこちらが彼らを利用するのだとも知らずに働いてくれるでしょう」

 

ミヤビの提案は異論を挟む余地などないほど完璧なものである。

ヤマトも局員の減少や施設の維持管理には頭を悩ませていたから、彼女の一石二鳥となる名案を採用しない理由はない。

 

「良かろう。ならばお前には名古屋支局の支局長を兼務してもらうぞ」

 

「は?」

 

「報告によるとフェクダ戦を前にして名古屋支局長が敵前逃亡したという話ではないか」

 

「いえ、敵前逃亡というのではなく…少し及び腰になり、的確な指示が不可能だとわたしが判断して、それで僭越ではございましたが ──」

 

「ジプスに役立たずは不要だ。それにお前が名古屋の全権を持つとなれば、栗木たちもおとなしくなるのではないか? どうやら連中もお前には一目置いているようだからな」

 

「ですが局員の…特に名古屋支局の局員の心象は良いものではないはずです」

 

「文句のある奴にはお前の働き以上の結果を出させれば良い。それだけのことだ」

 

ヤマトのワンマン運営は今に始まったことではない。

それも彼の独断と偏見によるものではなく、確かな根拠があってのことだから局員たちも従っている。

ミヤビも自分がNOと言ってもヤマトが一度言い出したことを撤回することがないとわかっているので不承不承ながら引き受けた。

 

「了解いたしました。そうとなれば全力で任務に望む所存です。その手始めとして復旧作業に戻らせていただきますが、いかがでしょうか?」

 

「いや、お前はフェクダ戦で霊力を使い尽くしたのだ、休んで回復に努めろ。明日もまた厳しい戦いになるのだ、少しは自愛しろ」

 

「はい、承知いたしました」

 

ヤマトの言う「自愛」には自分の健康状態に気をつけろという意味と、自分の行動を慎めというダブルミーニングであることに、聡明なミヤビはちゃんと気づいていた。

 

 

 

 

談話室で休憩していたミヤビの目の前に陶器の茶碗が差し出された。

 

「これ」

 

見上げると帽子を目深にかぶった青年がいた。名古屋支局所属の民間人協力者だ。

一緒に戦った仲だが、直接口を利くのはこれが初めてだった。

 

「ええと、あなたは…」

 

「鳥居純吾。ジュンゴでいい」

 

「わたしは紫塚雅です。名古屋の協力者の方ですね。どうもお疲れさまでした」

 

「うん。ミヤビたちがいてくれて、助った」

 

ジュンゴが笑う。

 

「これ、食べて。茶碗蒸し」

 

「ジュンゴさんが作ったんですか?」

 

「うん。食べたら、元気出る」

 

そう言われてミヤビはひと口食べてみた。

峰津院家の食事で舌の肥えている彼女にもその味は満足できるものだった。

材料はあり合わせのものではあるが、ひとつひとつの作業が丁寧に行われていて、料理人の真心が伝わってくる気がした。

 

「美味しいです」

 

「よかった」

 

ジュンゴがとても嬉しそうにしていると、小柄な少女がやって来た。

彼女もまた名古屋の民間人協力者だ。

 

「あ、ジュンゴ!…と、誰?」

 

「ミヤビ」

 

ミヤビが名乗る前にジュンゴが少女に名を教える。

 

「紫塚雅です」

 

そう言うと、少女は不審そうな目でミヤビを見る。

 

「その格好ってジプスの人ってことだよね?」

 

「はい。東京支局長を務めています。今日からは名古屋支局長も兼任することになりました」

 

「ふーん…偉い人なんだ。あたしは伴亜衣梨。ミヤビ、手が空いてるならこっち手伝ってほしいの。ジュンゴもほら」

 

ミヤビとジュンゴはアイリに連れて行かれ、復旧作業を再開した。

 

 

 

 

数時間後、日付が変わる前に司令室は最低限の業務ができるほどには復旧した。

ヤマトも後始末に駆け回ったらしく、心なしか疲れているようだ。

ミヤビを呼び戻すと東京へ帰る手配をさせた。

そして突然言い出した。

 

「明日、東京支局で健康診断を行う」

 

「健康診断、ですか?」

 

「そうだ。対象は全局員並びに民間人サマナーだ。例のレジスタンスどもにも受けさせろ。連絡はお前に任せる。…それから20分後に東京行きの列車を出す。その5分前に地下ホームに集合だ」

 

「了解しました」

 

ミヤビは健康診断と称して個人の霊力を計測し、作戦に利用するのだと考えた。

これまでよりさらに強力なセプテントリオンの襲来が予想される以上、悪魔使いとして才能ある者を前線に投入して戦闘経験を積ませようという趣旨である。

それは理解できるのだが、民間人の手も借りなければならない事態を彼女は憂いていた。

ミヤビはダイチとイオに連絡を取ろうとしてポケットから携帯を取り出すとメールが届いていた。

 

「あれ…メールが届いている。誰かしら?」

 

送信者の名は栗木ロナウド。

何か用事でもあるのかと、彼女はメールを開いた。

 

『お疲れさん。君の活躍には目を見張るものがある。しかし俺たちと君とは考え方が大きく違う。俺は平等という概念がないと思わない。だから君が俺たちの前に立ちはだかるなら容赦なく叩き潰すだろうし、俺たちの理念に賛同してくれるならいつでも受け入れよう』

 

ミヤビはロナウドの真っ直ぐな気持ちや信念に基づいた情熱といったものは認めている。

彼女たちは信じるものが違うために戦っており、それゆえに対立してしまうだけなのだ。

 

自分が名古屋支局長となったこととフェクダ戦での礼を伝えようとした時だった、ミヤビは背後に人の気配を感じた。

 

「やあ」

 

声の主はアルコルだった。

 

「栗木ロナウドという人間も君に期待をしているようだね?」

 

「他人のメールを盗み見るなんて悪趣味ですよ。それに『も』ってことは他にも誰かわたしに期待をしているということですか?」

 

相変わらず不思議な微笑みを浮かべているアルコルにミヤビは訊いた。

 

「うん。私も君に期待しているから」

 

「それはおかしいですね。わたしがヤマト様に従って動いていることに不満を持って、わたしのことを見限ったのだとばかり思っていました」

 

嫌味を込めて言うと、アルコルは苦笑しながら答えた。

 

「私も君のことを諦めようとした。だけど君の戦う様子を見ているうちに、君の輝きは失われていないことに気づいたんだ」

 

「それはわたしがまだ輝く者だという意味ですか?」

 

「そうだね」

 

あっけらかんと答えるアルコルに、ミヤビは彼が人間の基準では判断できない存在であることを改めて思い知らされた。

 

「あなたは何者なんですか?」

 

「私が何者か?…私も知りたいと考えている。少なくとも、敵対者ではないつもりだが」

 

「それなら敵ではないのにジプスのシステムをハッキングしたのはどうしてですか?」

 

「あれは人間への試練だよ。あれくらいで人間が滅びるなら、人間は生きる価値のない存在だってことさ。現に君たちはあの状態でもメラクを倒した。人間の可能性は計りしれないね」

 

「計りしれないのはあなたです。ニカイアとか悪魔召喚アプリなどを与える一方、ジプスの邪魔をして人間を危険な目に合わせているんですもの。今後も試練と称して人間に対し様々な苦難を強いるのでしょうけど、わたしたちは絶対に負けませんから」

 

ミヤビが語気を強めて言うと、アルコルは嬉しそうに微笑んだ。

 

「やはり君の輝きは失われていない。いや、以前よりも一段と輝いているように見えるよ。ヤマトと同じ道を進んでいるというのに、どうして君だけが輝いているのだろうね?」

 

「さあ、なぜでしょう。…それはともかく、いつまでもここにいると誰かに見つかってしまいますよ。特にヤマト様に見つかったら困るのはわたしです。機嫌がますます悪くなって、フォローするわたしの身にもなってください」

 

「わかったよ。じゃ、またね」

 

アルコルはそう言うと音もなく消え去ったのだった。

 

 

 






フェクダ戦で危機一髪だったヒロインですが、ヤマトによって一命を取り留めました。
ヤマトに恩義を感じていた彼女ですから、これから一層ヤマトに対して忠誠を尽くすことになるでしょう。

ところで、アニメ版を見て疑問に思ったことがひとつ。
ポラリスによって制空権を奪われ、移動手段がジプスの高速鉄道しかない状態で、ロナウドたちはどうやって名古屋と大阪を移動したのでしょうか?
気になっていたのですが、解決方法が見つからずに、本作もその部分は触れないことにしてしまいました。
自分の力で解決させたかったのですが…残念です。





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