DEVIL SURVIVOR 2  You changed my world.   作:ルーチェ

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4th Day 変容の水曜日 -3-

「誰だ?」

 

ミヤビがドアをノックすると、中から不機嫌そうなヤマトの声がした。

 

「ミヤビです。入ってもよろしいでしょうか?」

 

「入れ」

 

少しだけ声のトーンが変わった。

訪問者がミヤビだとわかったからだろう。

ミヤビがドアを開けて中へ入ると、ヤマトはソファーに腰掛けて書類のチェックをしていた。

 

「さっそくだが茶を淹れてくれ」

 

「はい」

 

ミヤビはそう返事をするとお湯を沸かし始めた。

 

(宇治茶、か…。被災者が食べるものもなくて難儀しているというのに、ヤマト様は贅沢をなさっている。もちろんヤマト様は重責を背負っているのですから、これくらいのことは許されるでしょう。でも…ほんの少しだけでも市井に生きる人たちのことを考えてくだされば、ロナウドさんたちのようなジプスに反感を持つ人を減らせるというのに)

 

ジプスの存在が政府によって隠蔽されていたことで、局員たちの血の滲むような活動は民間人に知られることはなかった。

悪魔とセプテントリオンの襲来によって民間人の目に止まるようになったものの、ジプスの活動が自衛隊や消防のような被災者支援ではないために評価されることはないのだ。

おまけにジプスには隠匿物資が山ほどあるといって、ロナウドたちのように暴徒がジプスの施設を襲撃するという事件も発生した。

しかし大阪でのメグレズ戦の後、僅かだが希望が見えてきた出来事があり、ミヤビはそれを早くヤマトに報告したいとウズウズしていた。

 

湯が沸くと、ミヤビはもっとも香りと味が楽しめるタイミングで茶を湯呑茶碗に注いだ。

 

「どうぞ召し上がれ。あと、これは大阪のお土産です。ヤマト様にはぜひ召し上がっていただきたいと思い、持ち帰って来ました」

 

ミヤビは彼の前に湯呑茶碗を置き、土産の箱を開いた。

 

「何だこれは?」

 

「タコ焼きです。食堂のウォーターオーブンで温めてきましたから、熱いうちにお召し上がりください。出来立てには敵いませんが、十分にご賞味いただける味のはずです」

 

ミヤビはヤマトにタコ焼きを勧めるが、彼は渋い顔をしたままだ。

 

「美味しいですよ。これは大阪の地元民の間でとても人気のある店のタコ焼きです。店主がメグレズを退治したわたしたちに感謝の気持ちを示したいといって、少ない食料の中からわざわざ作ってくれたものです。民間人の中にもジプスの活動を認めてくれる人もいます。ですからヤマト様はジプスの長として、これを受け取る義務があるはずです」

 

「妙な理屈だな。まあ、理由はどうであれ、このような得体の知れぬものを口にする気はない」

 

そう言ってヤマトは再び書類に視線を戻した。

 

「…たしかにヤマト様のように最高の食材を使った豪華な料理しか召し上がったことのない方にはお気に召さないかもしれませんね。でも食わず嫌いだなんて勿体ないです。では、わたしがジプスの代表としていただきます。…パクっ」

 

ミヤビはタコ焼きを口に入れた。

見た目は普通のタコ焼きなのだが、大阪らしく皮はパリッとしていて、中身はトロっとしている。

大きめのタコの身が存在感を出し、生地に味がついているのでソースなしでも十分美味しい。

ソース味のものしか食べたことがなかったミヤビは新鮮な感動を覚えた。

 

「美味しい…♡」

 

ここ数日は保存食か作り置きを温めただけの料理がメインの食事だったせいか、ミヤビにはこのタコ焼きが至上の美味に感じられた。

その感動が表情に出たのか、ヤマトが怪訝そうな顔をする。

 

「こんな庶民料理で喜ぶとは、やはりお前も庶民でしかないということか」

 

「庶民であることは認めますが、これは本当に美味しいんです」

 

ミヤビはもうひとつ口に入れた。

 

「う~ん…やっぱり名店の味だわ。あの店主、強面だったけど、タコ焼きの腕はピカイチね。あ、もうひとつ ──」

 

ミヤビが3つ目を食べようとした瞬間、ヤマトが慌てて彼女を制止した。

 

「待て。お前がそこまで言うなら、試してみなくもない。ひとつよこせ。…どうせこのようなものは大した味ではないだろうが、これも見識を広めるためだ」

 

ミヤビが絶賛するものだから、ヤマトは試してみる気になった。

以前、若者がタコ焼きを食べている様子を見かけて以来、少なからず興味はあったのだ。

ヤマトは爪楊枝をつまむと、タコ焼きを恐る恐る口に入れた。

 

「…!」

 

彼が初めて口にしたタコ焼きの美味さに感動したことは、その表情だけではっきりとわかる。

黙ってモグモグしているが、その顔がなんだか子供っぽくていつもの彼らしくないとミヤビは思った。

 

(そういえば、ヤマト様が食事をしている様子を見るのって初めてかも…)

 

珍しい光景なので、つい見入ってしまったミヤビ。

ヤマトの方は食べるのに夢中になり、そんな彼女の様子にも気づかないでいる。

 

「いかがでしたか?」

 

ヤマトが食べ終えるのを待って感想を訊いてみた。

 

「悪くはない。このタイプなら仕事が忙しい時でも手軽に食べることができる。それが気に入った」

 

そう言ってヤマトは残りのタコ焼きを全部食べてしまった。

素直に美味しいと言えば良いものを、そう言えない彼の育った環境に思いを馳せると寂しいものがある。

腹がくちて気持ちが穏やかになったせいか、ヤマトは表情も穏やかなものとなった。

 

「ミヤビ…お前にはいろいろと驚かされることばかりだ」

 

「え?」

 

突然自分のことを話題に持ち出され、ミヤビは片付けの手を止めた。

 

「私は物心ついてからほとんど屋敷を出たことはなかった。お前も7歳で我が家へ来てからジプス入局まで外へ出たことはなかったというのに、お前は私の知らないこともまるで当然のごとく知っている。これはどういうことだ?」

 

素朴な疑問にミヤビは微笑みながら答えた。

 

「10歳の時、ヤマト様がわたしに自由を与えてくださったからです。夜間に書庫で本を読むことをお許しくださっただけでなく、屋敷内では自由に行動しても良いというお墨付きをくださいました。おかげでわたしは書籍や家庭教師から学ぶ知識の他に、使用人の先輩たちや出入り業者の人たちから多くを学ぶ機会を得たんです」

 

「それで?」

 

「時間の余裕があれば厨房へ行ってシェフに料理を学び、またメイド頭に裁縫を、お茶については執事長からヤマト様のお好みどおりに淹れられるよう仕込まれました。出入り業者の若者には巷で流行しているスポーツや芸能、サブカルチャーなどの情報を教えてもらいました。まあ、これについては特に興味のないものが多かったんですけど」

 

ミヤビが苦笑する。

それを見ていたヤマトが渋い顔になった。

 

「そうやって私の知らぬ場所で…。その意気込みは認めるが…いや、何でもない」

 

ヤマトは自分がこれまでにない感情が湧いてきたことに気づいた。

その感情が何かわからず、怒りが原因となったミヤビに向けられた。

 

「出て行け、ミヤビ。用事はもうない」

 

ついさっきまで機嫌が良かったヤマトの様子が急変し、ミヤビは戸惑うが素直に引き下がることにした。

 

「失礼いたします」

 

そう言うと、肩を落とした姿で部屋を出て行ったのだった。

 

 

 

 

フミが向かった先はマコトの部屋だった。

 

「見つかったよ…ルーグに捧げる生贄」

 

感情のない声でフミは言う。

そしてマコトに1枚の紙を手渡した。

 

「これは…!?」

 

そこにはイオの顔写真と共に、彼女の生体データが詳細に記されていた。

それを見たマコトの顔が青ざめる。

健康診断というのは魔人ルーグに対して生贄となる適合者を探すためのものであったのだという真実を知らされたからだ。

 

「ホントのことを言うと、この子が最適ってわけじゃないんだよね。1番は他の子で、この子は2番目。だけど局長がその子はダメだってさ。他に使い道があるからって」

 

「…ミヤビ、か」

 

「そう。もともとあの子はこういう時のために、子供の頃から峰津院家で育てられたっていう事情があったんだけど、知ってた?」

 

「前局長が彼女を引き取ったという経緯についてはわたしも知っている。彼女のご両親が優秀なサマナーであり、その霊力を彼女も引き継いているとも。そしてそれは彼女自身が証明してみせた」

 

「そうだね。でも…局長ってあの子にはサマナーとしての期待だけじゃなくて、特別な感情を抱いているんじゃないかって思う時があるんだ」

 

「特別な感情?」

 

「ま、あたしの直感だけどさ。…それよりこの子に残酷なことを告げるっていう嫌な役目をあんたに押しつけることになるけど、勘弁してよ」

 

「…ああ、わかっている。これもわたしの役目だからな」

 

マコトはイオの写真に視線を落とし、大きくため息をついた。

 

「彼女に死の宣告をするより、ミヤビがこの事実を知った時の方がわたしには辛い。それに最悪の場合、局長にとって彼女はセプテントリオン以上の脅威となるかもしれない。それだけの存在だからな」

 

「そうだろうね…。じゃ、あたしは行くよ。明日の準備がまだ残っているから」

 

そう言ってフミはマコトの部屋を後にした。

 

 

 

 

自室に戻ったミヤビはヤマトの態度が変わったことについて悩んでいた。

原因が自分にあることはわかるが、理由がわからないからだ。

 

(わたしはただヤマト様のお役に立ちたくてどんなことでもできるようになりたかっただけ。料理や裁縫といった使用人として当然の技術を身につけるのは当然だもの。それをあの方はくだらないことだとお考えなのかしら?)

 

ミヤビは記憶を手繰り寄せた。

 

(そうだわ…わたしがヤマト様の専属の使用人になってからは、仕事と言えばお茶の時間に緑茶を淹れることだけ。他にも洗濯や掃除など含めて身の回りのお世話はいろいろあるというのに、わたしにはさせてくれなかった。使用人とは名ばかりで、仕事の代わり自分の授業にわたしを同席させて自分と同じ学問を与えてくれた。わたしに望んだのはジプス局員になるために必要な学力や霊力というものだけだったのね。それ以外のことに夢中になっていたことを知ってお怒りになったのかも。でも勉強や霊力の訓練の手を抜いてはいないし、あの方の命令はきちんと遂行していた自信はあるわ)

 

ミヤビには自分の出した結果はヤマトを満足させるものだという自負があった。

そしてもっと役に立ちたいと、寝る間も惜しんで様々な技術も身につけたのだ。

その努力を否定され、自分の行動が無駄であったと思わせるヤマトの態度に彼女は落胆していた。

 

(自分で勝手に空回りしていただけ。あの方の心を見抜けなかった自分がバカなだけなのよ…)

 

ミヤビの頬にひとすじの涙が伝わり落ちた。

 

(涙…わたし、泣いているの? 両親を見送った時にもう絶対に泣かないと決めたのに…。あの時以来一度だって泣いたことはない。訓練がどんなに苦しくたって歯を食いしばって耐えてきたわたしがこれくらいのことで泣くの…?)

 

 

 

 

ヤマトは自分の感情をコントロールできるよう、幼い頃から教育されてきた。

したがってよほどのことがないかぎり、自分を抑えることができる。

セプテントリオンの襲来にも冷静でいられるのはそのためだ。

感情をあからさまに出すのは愚者の証だと考え、絶えず大物の風格を保ってきた彼にとって、ミヤビに対して抱いた感情はあってはならないものだった。

 

(どういうことだ? 彼女が得たものは私にとって不要なものばかりではないか。羨む理由などない。いや…違う…羨望ではない。ならばこれは…何だというのだ…?)

 

彼の中に湧き上がった感情は「嫉妬」と呼ぶものであった。

ミヤビが自分以外の人間と接触し、彼女の人格や個性を形作っていたという事実。

それが無性に悔しいというか、腹立たしくなってしまったのだ。

ヤマトはミヤビを個人として認めていたと同時に自分の所有物であるという意識があった。

自分だけのものであると信じて疑わなかった彼女が、他人と時間を共有していたことが妬ましくなってしまった。

おおげさだが、すべてが自分の思いどおりとなっていたヤマトにとってそれは敗北にも近いもので、彼女には何の非がないものの、怒りを彼女に向けることで収めようとした。つまり八つ当たりだ。

そしてもうひとつ初めて抱いた感情が「後悔」であった。

彼は自分の行動が常に正しいと信じ、悔やむようなことは一切なかった。

しかしミヤビに怒りをぶつけてしまったことに対し「悪いことをした」と反省している。

 

(ミヤビは私のために自らを高めていたにすぎない。悪意は微塵もなく、ただ様々な知識や技術を吸収することを喜びと感じる少女なのだということを、この私が一番良く知っている。それなのにあのように部屋から追い出すなど、我ながら情けない…)

 

ヤマトは冷めてしまった緑茶を口に含むと、味わうようにして飲み干した。

 

 

 






これで4日目はおしまいになるのですが、次回は5日目の物語ではありません。
「健康診断覗き見事件」と、未成年女子たちの女子会についてのお話です。


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