DEVIL SURVIVOR 2 You changed my world. 作:ルーチェ
通天閣を背にしてヤマトはミヤビを待っていた。
ミヤビはジプスの制服を脱ぎ、私服に着替えている。
シンプルな白いワンピースだが、その白装束が彼女の覚悟の表れだと言えるだろう。
「来たか」
「はい」
「今ならまだ遅くはない。私に従い、私の理想の世界に生きろ。それがお前のためだ」
ミヤビの覚悟を変えることは不可能だということはわかっていた。
しかしヤマトの彼女に対する執心がそんな最後通告となったわけだ。
「わたしが一度決めたことは曲げない性分であることはご承知のはず。くだらぬ問答はせず、さっさと決着をつけましょう」
「…よかろう」
通天閣が光を放ち、ヤマトの身体が中空に浮び上がった。
通天閣を利用して僅かに残っている龍脈を活性化させているのだ。
峰津院家の人間は龍脈を使うことに長けている一族である。
龍脈の力が身体に馴染めば馴染むほど、彼の力は脅威になる。
ヤマトがこの場所を選んだ理由をミヤビは承知していたが、あえてその挑戦を受けることにしていた。
自分が絶対的な強者であると自負するヤマトであるから、徹底的に叩きのめさなければ彼が自分の負けを認めることはないだろうとミヤビは考えていた。
そのためにはヤマトがもっとも力を発揮する状況で倒さなければならない。
いくら自分に不利だとわかっていてもやるしかないのだ。
「出でよ、ロキ、メタトロン。…悪魔合体!」
ミヤビはロキとメタトロンを召喚した。
そして最後の仕上げとしてこの2体の悪魔を合体させる。
これまでの実戦経験によって彼女の悪魔使いとしてのレベルは99に達しており、最強の悪魔である魔王ルシファーの誕生を可能にさせた。
しかしヤマトはさほど驚きもしない。むしろ想定内のことだと不敵な笑みを浮かべている。
「さすがだな、ミヤビ。私に歯向かうのだ、そうでなければ面白くない」
そう言って携帯を掲げた。
「では私の悪魔合体を見せてやろう」
ヤマトは魔王アスタロトと神獣バロンで堕天使ネビロスを作り、鬼神ザオウゴンゲンと合体させて堕天使サタンを作り上げたのだ。
サタンはルシファーと同じレベル99の最強の悪魔。
人間のレベルも99同士で、もはやこの勝負の行方は悪魔使いであるふたりの意思の強さにかかっているといえるだろう。
「始めるぞ」
「はい!」
◆
「始まったね…」
通天閣を正面に見るビルの屋上で、アルコルは輝く者たちの戦いを見守っていた。
「同じ種族同士で戦うなど、人間はなんと愚かな生き物だ」
アルコルの会話の相手は大阪でミヤビたちの前に立ちはだかったボティスだ。
「アルコル様はどうして人間なんかに生き延びるチャンスを与えたのですか?」
「人間は自由であるが、とても不安定な生き物だ。選択を間違い、過ちを犯すこともある。…だが思わぬ選択をして、不可能を可能にしてしまうことがある。だから人間は面白い。それを輝く者…ミヤビが私に証明してくれたからだよ」
アルコルの視線の先にはルシファーを従えるミヤビの姿があった。
「しかしあの人間はアルコル様の期待にそぐわない行動をしたのですよ」
「そんなことはないさ。ミヤビは私の望みを叶えてくれるよ。一時はどうなるかと心配したが、やはり彼女は私の見込んだ人間だった。私は友人の選択を尊重してやるつもりだ。それが監視者としての務めでもあるのだからね」
◆
ミヤビはヤマトの凄さを改めて思い知らされた。
サタンを使役する彼はまさに王だ。
ミヤビも負けてはいない。その王に食らいつくだけの力はある。
さすがにヤマトもサタンを使役するのが精一杯で、ミヤビのルシファーと一対一で戦っていた。
しかしヤマトとミヤビには大きな違いがある。それは霊力の差だ。
ヤマトは龍脈を己の身体に宿し、それを利用している。
つまりエネルギーは次々に補充されていくことになるのだが、ミヤビの方は徐々に削られていくしかない。
ヤマトに攻撃を加えることができずに防御するのが精一杯で、次第に彼女の息は上がっていった。
「愚かだな…。龍脈の力を宿した私に敵うはずがないのだ」
「それでもわたしはあなたと戦って勝たなければならないんです」
「フン、今更理由は問うまい。…私はお前の力を認めている。だからこそ私はお前にもっとも期待をしていた。その私を裏切り、逆らうお前を許すことはできぬ。覚悟はできているだろうな」
「覚悟なしにこんな無茶な戦いなんてできません」
「よかろう」
そう言ってヤマトは腕を振り上げた。
「メギド」
彼の低い声が聞こえ、万能属性の炎がミヤビに直撃する。
「負けるもんですかっ!」
ミヤビは必死になって防御するが、体力と霊力のほぼ半分を失ってしまった。
「それで勝てるつもりか? 脆弱だな」
ヤマトは軽蔑の視線でミヤビを見下している。
ミヤビは姿勢を立て直し、攻撃のタイミングを計っていた。
しかしヤマトに隙はない。
いや、彼にも僅かだが変化が見られた。
龍脈の力を身体の中に取り込むのだから、肉体的なダメージは相当なものになる。
ミヤビがルーグを憑依させた時と同じような状態になっているのだ。
いくらヤマトでも不死身の肉体を持っているわけではないので、身体が強大な力に耐えられなくなるのは当然である。
それは彼自身も気づいているらしく、一気に決着をつけようという気配を見せた。
右腕を高く掲げ、手のひらに龍脈の力を集中させる。
すると青白く輝く龍の姿が現れた。
ヤマトはミザールを倒したシャッコウでミヤビに止めを刺そうというのだ。
「くらえっ!」
ヤマトは衝撃波をミヤビに向けて放ち、同時にシャッコウをぶつけてきた。
「私に楯突いたことをあの世で後悔するんだな!」
まばゆい光に包まれて、ミヤビは思わず両腕で身を庇い、目を瞑ってしまった。
そのままシャッコウに喰われてしまうものだと覚悟したが、目を開くとなぜか傷ひとつなく立っていた。
「ミヤビ、大丈夫か!?」
「マコト…さん…?」
マコトの声で我に返ったミヤビだが事態が飲み込めずにいた。
ミヤビをシャッコウから庇ったのはマコトの使役する女神パラスアテナの盾だった。
それだけではない。ダイチの破壊神セイテンタイセイ、イオの妖精ティターニア、ヒナコの女神イシス、ジュンゴの闘鬼オオツヌミ、ケイタの破壊神スサノオ、フミの堕天使アガレス、アイリの邪神トウテツ、オトメの女神アマテラス、ジョーの神獣ウカノミタマ、ロナウドの鬼神オメテオトルと、ミヤビと深い絆を結んだ仲間たちが勢ぞろいしていた。
それもレベル50を超える悪魔を従えながらである。
昼間に戦った時よりもさらに強い悪魔を使役できるようになったということは、彼らにとって何らかの成長があったということだ。
「みなさん…!?」
「ミヤビちゃんにだけ戦わせるなんてできないからな!」
「私も戦います!」
「一気にいくで!」
「絶対、勝つ!」
ダイチ、イオ、ヒナコ、ジュンゴがミヤビを挟んで一列に並んだ。
それを見たヤマトが人を馬鹿にしたような顔で言う。
「雑魚がいくらあつまろうとも所詮雑魚でしかない。貴様らもミヤビと共に消えてしまえ」
ヤマトが再びシャッコウをぶつけてきた。
しかしそれは直撃せず、通り過ぎるとUターンをして背後からミヤビたちを襲ってきたのだ。
「後ろは任せろ!」
ロナウドとジョー、そしてケイタがそれぞれオメテオトルとウカノミタマとスサノオをミヤビの背後に配置し、それによって龍脈の一撃は防がれた。
「しぶといな…これでどうだっ!」
ヤマトはまだシャッコウを使おうとしていた。
しかしこのままではミヤビだけでなく仲間たちとヤマト本人を含めてこの場にいる全員死んでしまい、この世界はポラリスによって滅ぼされてしまうことだろう。
「ヤマト様、もうやめてください! このままではあなたも死んでしまいます!」
ミヤビは叫ぶが、ヤマトは力を弱めない。
「私はこれくらいのことでは死なぬ!」
そして続けた。
「我が峰津院家は代々その命を国のために捧げることを強制されて生きてきた。だが我々はこんな腐りきった世の中のために命を懸けてきたのではない! 正しく統治される世界を構築するまたとない機会を前に、負けるわけにはいかんのだ!」
ヤマトの悲痛な叫びに、ミヤビは心が震えた。
力を持つ存在ゆえの孤独、己の理想とかけ離れた現実への絶望といったヤマトの強い思念が心の中にどっと流れ込んで来たのだ。
哀しくて切なくて、刃を突き立てられたかのように胸が痛んだ。
そしてついには戦意を失ってしまい、彼女はこの場でもっとも適切だと思える選択をするため、初めて自らの意思を曲げた。
「ヤマト様、わたしの負けでかまいません! だからこれ以上力を使わないでっ!」
ミヤビが負けを認めることはヤマトの理想の形の実力主義社会を認めることと同義だ。
しかし彼女の叫びはヤマトの耳には届いていなかった。
「世界再興の邪魔は誰にもさせんっ! 死ねぇ!」
ヤマトは残った龍脈の力をすべて右手に集中させ、渾身の一撃を放った。
次の瞬間、あたりは強烈な光と熱に包まれた。
◆
意識を取り戻したミヤビの周りにはダイチやヒナコたちが倒れていた。
召喚した悪魔はすべて消えていて、動くものは何も見えない。
しかし砂塵の舞う広場の先に僅かに黒い人影がある。ヤマトだ。
彼は龍脈に飲み込まれず、まだ動けるだけの力が残っていたようだ。
ミヤビは安堵すると同時に、自分にはまだやらなくてはならないことがあるのだと自身を鼓舞した。
ヤマトに向けて携帯をかざすと、彼自身の保有する霊力をはるかに上回る霊力の数値が計測された。
それは霊力の暴走を意味する。身体に宿した龍脈の力が放出しきれていないのだ。
「ミヤビ…お前は、この私が…息の根を…止めて、やる…」
ヤマトはそう言いながら近づいて来た。
彼の目は焦点が合っておらず、足元もおぼつかない。
それでいながら確実にミヤビの方へ向かって歩いて来ている。
ミヤビは力を振り絞って立ち上がると、ヤマトが側まで来るのを待った。
ヤマトはミヤビの目の前に立ち、両手を伸ばすと彼女の首に手のひらを回した。
ミヤビは抵抗もせず、ヤマトに首を締め上げられる。
「うぐっ…」
呻き声を漏らすミヤビ。
そんな彼女にヤマトは哀しみに満ちた瞳で呼びかけた。
「お前…だけが…私の……」
ヤマトの言葉の最後は小さくて、ミヤビには聞き取れなかった。
しかし彼女にはヤマトの言いたいことがなんとなくわかっていた。
(どうせ死ぬならこのままヤマト様の手で死ぬ方が幸せかも…。これでヤマト様の気持ちが安らぐなら、このまま…)
そんな甘美な誘惑に囚われてしまったが、彼女は自分の使命を思い出した。
(ダメよ! ここでヤマト様を人殺しにしてはダメ! それに自己満足で死ぬなんて、これまでの自分を全否定すること。ヤマト様への裏切り行為と同じくらい罪深いものだわ。わたしにはまだ生きて最後の仕事をしなきゃいけないんだから!)
ミヤビは最後の力を振り絞り、自分の体重を利用してヤマトの身体を地面に押し倒した。
そしてバランスを崩して仰向けに倒れたヤマトの唇に自分のそれをしっかりと重ねる。
「!?」
ヤマトは何が起きたのかわからず、茫然自失といった感じで固まってしまった。
ミヤビは〈吸魔〉のスキルを発動したのだ。
〈吸魔〉とは敵単体のHPとMPを奪い、自分のHPとMPをそれぞれ回復するもの。
ヤマトの暴走しかけた霊力を吸い取り、体力を奪ったことでミヤビの方は十分動けるまでに回復した。
ヤマトも霊力の暴走による死は回避されたようだ。
「み、ミヤビ……、何を…し…た……?」
わけがわからないという顔のヤマトにミヤビは顔を赤らめながら答えた。
「こんなこともあるかと、吸魔のスキルを覚えたんです。本来は悪魔専用のスキルですけど、やってみれば人間でもできるみたいです。『吸う』という抽象的な行為を現実的な行動とするのに少し恥ずかしい方法になってしまいましたけど」
圧倒的な強さを持つ敵に対して〈吸魔〉のスキルが効果的なのはフェクダ戦で経験済みで、自分の霊力を高める訓練と同時に〈吸魔〉のスキルを覚えたのだった。
実際に使うかどうかわからずとも、念の為にというだけでマスターしていた。
何事にも努力を惜しまない彼女だからこそできたことだ。
「これで勝負がついたと思いますけど、まだやりますか? わたしはヤマト様の体力と霊力を吸って回復していますから、まだ戦えますよ」
ミヤビは腕をブンブン振って体調万全であることを示しながら言った。
〈吸魔〉によってミヤビは体力と霊力を回復し、ヤマトは暴走しかけた霊力を放出できた。
ふたりの戦力はほぼ均衡していると言って良い。
しかしヤマトは精神的ダメージを相当受けているようだった。
(負けるはずのない戦いにおいて、自分が追い詰められるなど想像もしていなかったはずだもの。動揺するのも当然だわ)
ミヤビはそう思っていた。
しかし実際はミヤビに突然キスされたことで、ヤマトの思考回路はオーバーヒートしてしまったのだ。
所詮ヤマトも思春期の少年で、好意を抱いている少女にいきなりキスされたのだからショックを受けるのはごく自然な反応である。
そういったことに免疫のない彼にとっては、嬉しいとか恥ずかしいというよりも脳天をいきなり殴られたような衝撃を受けたという方が正しいだろう。
しばらくの沈黙の後、ヤマトがようやく口を開いた。
「私は…負けを…認めよう」
ヤマトのその言葉で長かった戦いに終止符が打たれた。
最終的な勝利者はミヤビとなったが、彼女が勝ったのは彼女自身の力だけではない。
彼女の危機に駆けつけて来てくれた仲間たちのおかげである。
その仲間たちの怪我の具合を確認しようと立ち上がったミヤビの前にロナウドが近づいてきた。
「ロナウドさん、あなたは無事 ──」
ロナウドはミヤビを無視し、冷ややかな視線と言葉をヤマトに向けた。
「峰津院大和…。これで最後だ」
彼は無言でジャケットのポケットから拳銃を取り出した。
慣れた手つきで
そしてコッキング状態の銃口をヤマトの心臓に向けた。
「…そうか、貴様は元刑事だったな」
上半身のみ起こしたヤマトがロナウドを睨みつけた。
同様にロナウドもヤマトを睨みつける。
「俺はこの時を…お前を確実に仕留められる機会を待っていた」
「……」
「来るべき世界がどのようなものになろうとも、お前はそれを容認することはできないだろう。再び己の野望を果たすために暗躍するに決まっている。ならばお前をこのままにはしておけない。禍根は断たねばならないのだ! 死ね、峰津院大和!」
静寂の中にロナウドの声だけが響き渡っていた。
「撃ちたければ撃て。それが貴様の本懐なのだろう」
ヤマトは死を前にしながらも、臆することなく王の威厳を保ち続けていた。
ミヤビに負けたことで自分の野望は潰えた。
ならばここで命乞いをして生き恥を晒すよりも誇り高く死のうというのだ。
そこにミヤビがヤマトを庇うようにして立った。
「やめてください、ロナウドさん!」
「ミヤビ君、そこを退け」
ロナウドの声はいつもより低く聞えた。
退かなければ彼女ごと撃つのではないかとさえ思わせる気迫だ。
「退きません!」
ミヤビは彼の気迫に負けじと、精一杯の気力を込めて叫んだ。
「こいつは君を殺そうとしたんだぞ。なぜ庇う?」
「庇うも何もありません。あなたがヤマト様に銃口を向けるのはあなたの私怨によるもの。もっともな理由をつけても、人を殺すことが許されるはずがありません。元刑事であるあなたが法に背き、怒りにまかせて人を殺そうだなんて…。自分の感情のままに人を傷つけることがあなたの正義ですか?」
「そんなことはない! しかしここでやらなければ、未来の平和が脅かされるんだ。後顧の憂いをなくすためにはこうするしかない」
「つまりあなたの理想の世界とは、自分が邪魔だと思った人間を排除しなければ成り立たないものだというのですね?」
「もちろん本意ではない。しかし峰津院の命と平和を秤にかけた時、俺が守らなければならないのは平和なのだ。それは君にもわかるだろ?」
「いいえ、あなたの考えは間違っています。それにわたしの目指す世界にはヤマト様が必要なんです」
「どういうことだ?」
「あなたはジプスや峰津院家のことを詳しく調べ上げたようですが、その奥に隠された千年の長きにわたる峰津院一族の苦悩や哀しみを感じることはできなかったみたいですね?」
「どういう意味だ?」
「峰津院家は表舞台にこそ姿を現しませんでしたが、代々この国の守護を担ってきた家系です。力のある優れた人材を多く輩出し、国の安寧と人々の幸福を願ってきました。しかし力があるということは他人からすれば脅威となりうるもの。時代は移り、為政者が天皇から将軍に変わろうとも、ずっとそういう人間に利用され、また警戒されてきたんです。為政者のすべてが優れていたとは思えません。ただ天皇だとか将軍の息子だからという理由で跡を継ぐ。中にはまったく使えない愚鈍な為政者もいたことでしょう。でもそんな連中に峰津院家の人間は利用され続けてきた。才能を搾取されてきたと言ってもいい。それでもこの国が、民の暮らしが希望に満ちた素晴らしいものであれば、彼らの苦労も報われる。しかし歴史はそうでなかったことを証明しています。特に現代の政治の腐敗に関しては許しがたいものがあります」
ミヤビの周りには仲間たちが集まって来た。
「その腐敗を一掃することができるだけの力を持って生まれたヤマト様が、峰津院の宿願を彼の理想の形で実現しようとしたのはごく当たり前のこと。わたしはずっと彼のそばにいて苦しむ姿を見てきました。峰津院家に生まれたゆえにたくさんのものを背負わされてしまった彼を、その苦しみから解き放ちたいとわたしは願ってきました。わたしは彼のおかげで力を手にすることができたのですから、その力を使って彼に光の当たる未来を差し上げるのは当然のことです。ヤマト様とわたしは己の信念のために戦いました。そして勝敗がついたんですから、これ以上誰も血を流す必要はありません」
そこまで言うと、ミヤビは遠くを見つめるような眼差しでつけ加えた。
「わたしには彼のいない世界なんて想像もできません。峰津院大和…彼は独裁者ではなく、一方の雄として民を導いてくれるはず。彼の持つ強い力と意思は新世界に必要不可欠なものだとわたしは信じています」
ミヤビが話し終わってもしばらくは誰も口を開かず沈黙が続いた。
しかし誰かが拍手をし、それが伝染するように広まり、最後には大きな拍手の渦となっていった。
「ミヤビの言うとおりだ。わたしは側にいながら、局長の悩みや苦しみに気づくことができなかった。局長ひとりだけに人類救済という重い荷物を背負わせてしまっていたのだ」
マコトがミヤビの肩に手を置いて言う。
「それにロナウドさんはミヤビちゃんに負けたんだから、彼女のやることに反対できないでしょ?」
ダイチがロナウドに近づいて言った。
「しかし…」
顔を顰めるロナウドの肩をジョーが叩く。
「お前の負けさ、クリッキー。ミヤビちゃんには口でも力でも敵わない。それが現実だ」
「……」
まだ納得できないといった顔のロナウドにミヤビは言う。
「ヤマト様と戦っていた時、わたしは自分の負けでいいと叫びましたが、聞えていましたか?」
「あ、ああ…」
「あなたはさっきヤマト様の命と平和を秤にかけた時、守らなければならないのは平和だと言いました。ヤマト様と戦っている時、わたしは自分の信念と彼の命を秤にかけ、彼の命を選んだんです。彼の肉体的なダメージは明らかで、このままでは彼が龍脈の力に飲み込まれて消えてしまう。そしてここにいる全員が死んでしまうかもしれない。わたしの危機に駆けつけてくれたみなさんには申し訳ないと思ったんですけど、わたしは彼を死なせたくなかった。たとえ新世界が実力主義の世界になろうとも、わたしは彼に生きていてほしいと心から願いました。自分からヤマト様に戦いを挑んだのにおかしいと思うかも知れませんが、これがわたしの正直な気持ちです。わたしは仲間同士で戦うことは好ましいものではないと考えますが、必要なもの、避けられないことであれば否定しません。だからわたしはみなさんと戦うことにも躊躇いはありませんでした。その戦いが必要だと思うものだったからです。でもそれは命を奪い合うような戦いであってはなりません。戦うということは必ずしも相手の命を奪うことではありません。仲間を…大切な人の命を奪う戦いの果てに手に入れたものなんて何の価値もないのですから」
「……」
「今、わたしはヤマト様が生きていることを心から嬉しいと思っています。…ロナウドさん、わたしは彼が失望しない世界を創り上げることこそが大事なのだと考えます。彼の理想の世界を創ることはできなくても、失望させない世界を築くことならできるはずです。いいえ、そうでなければいけません。ここにいる仲間たちが同じ気持ちでいれば、きっと素晴らしい未来が開かれるとわたしは信じています」
そう言い終えた時、ロナウドはやっと拳銃を下ろした。
そしてミヤビに言う。
「俺は…自分の感情に支配されてしまっていたようだ。止めてくれて、ありがとう」
「いいえ、お礼を言われるようなことではありません。わたしはあなたを仲間だと思っています。その大切な仲間を殺人者にはしたくなかっただけです」
ミヤビはそう言って微笑んだ。
「君の寛容さには恐れ入ったよ。強くて優しくて…俺や峰津院が敵うはずがないわけだ」
ロナウドは拳銃をホルダーに戻すと、ミヤビに手を差し出した。
和解の握手をすると、周囲から拍手がわき上がる。
「みなさん、どうもありがとうございました。この感謝の気持ちはどんなに言葉を重ねても表しきれません。だから想いを込めてもう一度だけ言わせてください。ありがとうございました!」
涙が出そうになるのを堪えて顔を上げると、ミヤビをぐるりと囲んで微笑んでいる仲間たちがいた。
その中でダイチが一歩前に出た。
「俺たち、ミヤビちゃんの気持ちがやっと理解できるようになったんだよ。君が俺たちと敵対したのって俺たちを傷つけずに、この戦いから身を引かせたかったというのと、冷静になって自分を振り返ってみろ、って意味だったんだろ?」
ダイチの言葉にミヤビは頷いた。
「それで何かわかりましたか? …いいえ、わかったからこそこの場所にいるんですよね?」
「ああ。俺はこれまでずっと自分で自分のことを決められないでいたんだって気づいた。こんな騒ぎに巻き込まれて、いろんなことも経験してきたっていうのに、俺は全然成長していなかった。悪魔も弱いのしか召喚できないし、他のみんなの足を引っ張ってばかりだった。それでいて特に主義主張もなく、ただ仲間と戦いたくないって逃げに入ってた。そんな弱い俺じゃ戦いの途中で死ぬって、君は考えたんだろ? だから君がわざと俺たちの敵側について、ヤマトたちとの直接対決を回避した。罠を張って俺たちをおびき出すなんていう卑怯な手を使ったのも、俺たちを傷つけずに手を引かせる作戦だったんだろ?」
「はい。ヤマト様は敵対する者には容赦ありません。彼が指揮をとっての戦闘になれば、敵味方関わらず大きな被害が出たことでしょう。ですからわたしはどんな手段を使ってでもダイチさんたちに無傷で負けてもらわなければなりませんでした」
「それで君は俺たちに厳しいことを言ったよな? 俺たちの敗因は覚悟の強さが負けてるって。たしかに君の覚悟はここにいる誰よりも強いと思うよ。仲間を裏切るようなマネをして、仲間との絆を失ってでも、君は自分の信念のために前に進んだ。それってものすごく辛かったんじゃないかって思うんだ。でもそれを乗り越えられるだけの強い魂を持っている。君が強い悪魔を使役できるのはそういう強い心があるからなんだって気づいたよ。ただひとつ、守りたいものを守るためには他のすべてを捨てる気でいなければ無理だっていう言葉を聞いて俺は目が覚めた。俺の守りたいものは何なのか…それは自分自身と仲間の命。命以上に大切なものなんてないからね。その命を守るためには今以上に強くならなきゃならない。強くなりたい、力が欲しい…そう強く念じた時に、俺の携帯に新しい悪魔が届いたんだ。それがセイテンタイセイだった。これってレベル52の悪魔じゃん。つまり俺のレベルがそこまで達していたってこと。もちろんミヤビちゃんやヤマトに比べたらたいしたことないけど、それでも俺はこれまでよりも強くなったんだ。だったらこの力を正しく使うべきだろ? それで考えた。俺がすべきことは…やっぱり仲間を守ることしかないって。君は俺の仲間だ。だからマコトさんから連絡をもらって駆けつけたってわけ。これはヒナコさんや新田さん、ジュンゴさんも同じだよ」
ダイチの言葉に3人が頷いた。
「ウチらは仲間同士で争いたくないと言いながら、ミヤビちゃんを傷つけてでもウチらの意見を通そうとした。そやけどあんたはウチらに指一本触れずに勝敗を決めた。そないなことされたらウチらが根本的に間違っとったと反省せなあかんやろ。あんたの覚悟…言葉や態度の裏に隠された真実に気づいた時、ウチらは成長したんや」
「ミヤビさんはわたしたちのことを思いやって、この戦いから遠ざけようとしてくれたんでしょうけど、わたしはもう逃げたくなかったんです。弱い自分が嫌でたまらない。だから強くなりたい。強くなってみんなを守りたいって思ったら強くなれました」
「ジュンゴ、喧嘩するのは、嫌い。でも、仲間と、ミヤビを守りたい。そう考えたら、強くなった」
それぞれが自分の気持ちをミヤビに告げた。
そして最後にダイチが満面の笑みで言ったのだった。
「俺たちは自分で何が良くて何が悪いかを、そして今何をすべきなのか決められる心を持つことができた。だから自分の意思で行動し、君の力になれたことで、それが間違っていなかったことを確信できたんだ。お礼を言うのはこっちの方だよ。ありがとう、ミヤビちゃん」
すべてを吹っ切れたといった顔の彼の笑顔はとても清々しかった。もちろんヒナコとイオとジュンゴの笑顔も。
続いてロナウドたち名古屋陣営のメンバーもミヤビの前に立った。
「まずは詫びを入れさせてもらう。すまなかった」
ロナウドが再びミヤビの前に立ち、頭を下げて言った。
「俺は自分の考えに固執して他を顧みなかった。それはで君に言われたように峰津院と同じことだ。名古屋支局に君を監禁していた時、君は公平という考え方もあると教えてくれた。しかし俺は頑固だから君の考えを素直に認められなかった。公平という考え方は合理的だし、俺の考える平等と相容れないものでもない。しかし平等という俺の正義を頭から否定されたことで、俺は混乱してしまった。人間は平等になれないという君の意見を認めれば、俺自身のアイデンティティーが危ぶまれる気がしたんだ。これまでの俺は何だったんだってね。そうならないためには君の考えが間違いであり、俺の理想こそが正しいのだと主張し続けるしかない。君を倒して自分の正義を示すのだとしか考えていなかった」
「それだけあなたの信念が強いという表れですね」
「ああ。しかし信念の強さという点でも俺は君に勝てなかった。そして命よりもプライドを重んじた俺はまたもや君に諭されてしまったな。そして君から博愛という言葉を授かった時、俺は目が覚めた。俺の求めていたものはこれだったのだ。たしかに人間には個というものがあるのだから、すべてを平等にはできない。平等にしようとすればするほど歪みが出てくる。だが博愛という他人を愛する気持ちをすべての人間が持てば今よりももっと良い世界に変わっていくに違いない。人間は平等でなくても、幸福な未来を掴むことができるだろう。俺はそう信じることにしたよ。俺だけでなくみんなも同じ気持ちだ」
「わかってくださって嬉しいです。だから助けに来てくれたんですね?」
「そうだ。君は峰津院の側についた。しかしその実力主義に賛同しているとはいっても、全面的に支持しているわけではない。ならば君がいずれ奴と戦うのではないかと考えていた。峰津院に対して自分の考えを聞かせようとするなら力でねじ伏せて聞かせるしかないと君は言っていたからな。ジョーやアイリ君やオトメさんも同じだったよ。そしてどうするか相談していた時に君と峰津院が一対一で戦うと迫から連絡があった。もちろん手助けをしてくれなどとは言われていない。ただ彼女は俺たちに選択肢を与えてくれただけだ。そして俺たちは自分たちで判断して決めた。君を全力でフォローすると、ね」
「おかげで助かりました。やはり仲間の絆は何にも代え難い素晴らしいものです」
ミヤビは自分のやってきたことが無駄ではなく、それぞれが自分を見直す結果をもたらせたことが嬉しかった。
そんな彼女をヤマトが複雑な表情をして見ている。そしておもむろに言った。
「つまりこの勝負は私が持たず、お前が持っていた絆とやらで差がついてしまったようだな。この7日間で、お前は誰からも信頼される存在になっていた。一方、私は自分のことしか考えず、実力主義の世界を完成させるために、人間を駒としてしか見ていなかった。それが敗因だろう。私は自分と対等に渡り合える者しか人間扱いしていなかった。お前とて駒のひとつとしてしか見ていなかったのだからな」
「ヤマト様のおっしゃるように、わたしは仲間たちと強い絆を結びました。これは少々意見の食い違いで対立したところで失われるような脆弱なものではありません。…ただ、今のわたしがあるのはヤマト様のおかげです。駒としてでも、わたしを育て上げてくださったのはあなたです。『千里の馬は常に有れども伯楽は常には有らず』の言葉どおり、伯楽であるあなたがいなければ、わたしは今頃こうして生きていられたかどうかわかりません。あなたがわたしの才能に気づいてくれたからこそ、わたしはサマナーとして実力を発揮できました。わたしが実力主義の考えに賛同するのは、出自や年齢・性別等に関わらず結果を出せばそれを認めてもらえる世界だからです。ですからわたしは誰もが力を示すチャンスを公平に与えられ、出した結果を正しく判断してもらえる世界を望んでいます。それによって強者と弱者という差が出てしまうのは仕方がありません。ですが弱者は強者を妬まず、自分もそれ以上の結果を出したいという意欲を持って努力してほしい。強者は驕ることなく、自分の持つ力を正しく使ってほしい。みんながそういう気持ちになれば、おのずと実力主義と平等主義の双方の良い部分を合わせた世界に近づいていくのではないでしょうか?」
「そうだな…お前の言うとおりだ」
「ヤマト様に足りなかったのは人を知ろうとする努力です。育った環境が特殊なものであったために、あなたは人間を『敵か味方か』そして『利用できるか否か』という判断基準しか持ち合わせていませんでした。でもこれであなたにも仲間や友人というものがどれだけ大切なものかを知っていただけたと思います。友人とは誤った道を進もうとしている自分を身を張ってでも止めてくれる者。喜びを分かち合える者。そして同じ道を支え合いながら共に歩いてくれる者。ここにはこんなにたくさんの仲間がいます。ですからあなたはもうひとりではありません。これからはひとりで何でも抱え込まないでください。あなたが抱えている重荷の一部でも背負わせてくれるのなら、わたしは…いいえ、ここにいる仲間たちは喜んであなたと苦楽を共にするでしょう」
ミヤビの言葉に全員が頷いた。
「今ならまだ遅くはありません。あなたが手を伸ばせば必ず握り返してくれる友人がいるのです。…だから苦しみをひとりで抱えないで」
ミヤビはヤマトに手を伸ばした。
「一緒に、行きましょう」
「…ああ」
ヤマトは手袋を外し、ミヤビの手を握った。
そして彼女に見せた顔は野望が潰えたというのに悔しそうな表情ではなく、何かが吹っ切れたといった感じの清々しいものだ。
「ヤマト様の望む形ではありませんが、あなたが失望しない、そして峰津院が歴史の表舞台に立って堂々と力を見せつけることのできる世界を仲間たちと一緒に創りましょう」
ミヤビの力強い言葉に、その場にいた全員が大きく頷いたのだった。
◆
ひとまず全員で大阪本局へ戻ることとなった。
未だに周囲に変化らしい変化は見られず、セプテントリオンをすべて倒した先のことはヤマトですら知らないことなのでどうすることもできないのだ。
そしてそれぞれが身体を休めることを優先し、1時間後に司令室に集まって今後の相談をすることに決めてから解散した。
ミヤビは一旦自室に戻るが、すぐに外へ出た。
周囲に人影がないことを確認し、転送ターミナル施設へと歩いて行く。
(これで全部終わったわ…。ヤマト様はわたしの意思を正しく継いでくれるでしょうし、マコトさんたちがそれを支えてくれる。だからもうわたしが彼のためにできることはない。あとはわたし自身の罪を償うだけ)
彼女はこうなることを覚悟していた。
いや、自ら望み、まもなくすべてが終わることを喜んでいる。
(これまでお世話になったことのお礼もせずに姿を消すなんて人として最低だけど、ヤマト様の顔を見たら決心が揺らいでしまいそうだもの。これからわたしは自分なりのやり方で罪の償いをします)
ミヤビは誰にも知られないように転送ターミナルを使って東京へと向かった。
そして無人の東京支局に着くと、コンピューターを操作して転送ターミナルの使用履歴を消したのだった。
ヤマトに考えを改めさせることに成功したヒロインですが、そのまま大団円へと進まないのがお約束。
ヒロインはすべてを清算するために東京へと向かいます。
通天閣での戦いの後にロナウドがヤマトに銃を向けるという場面は、アース・スターコミックス「デビルサバイバー2 Show Your Free Will 」から引用させていただきました。
ヤマトとロナウドの確執を終わらせるためには効果的なものですから。
ヒロインはロナウドの魂を救い、ヤマトには生きる力を与えました。
別に死ななくても良いはずなのですが、作者が彼女を死なせようとするのには訳があります。
次回は完全オリジナルで、最後の日を迎える前に片付けてしまいたいことを片付けてしまいます。