DEVIL SURVIVOR 2  You changed my world.   作:ルーチェ

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Attention:
R-15的なシーンが登場します。
特に読まなくても問題はない(と思います)ので、気にする方は【Last Day 結実の日曜日】へとお進みください。

7th Day それぞれの土曜日 4と5の内容:
ヤマトに敵対したヒロインがその贖罪のために死のうとします。
でもヤマトが助けに行って、いろいろなことがあった結果、ふたりの関係は主従関係から恋愛関係へと変わります。
ラブラブなふたりは大阪へ戻り、ポラリスとの謁見に臨む前にどんな世界にしたいかを語り合います。
タコ焼きを食べながら。





7th Day それぞれの土曜日 -4-

 

大阪本局内には和やかな空気が流れていた。

対立していた陣営同士が司令室で一緒に寛いでいる。

それはミヤビが結びつけた強い絆によるものだ。

しかしその輪の中に彼女はいない。

そのことに真っ先に気づいたのはイオだった。

初めはミヤビがジプスの仕事でヤマトと一緒にいるのだろうと思っていたのだが、ヤマト本人がひとりで姿を見せたことで彼女が大阪本局にいないとはっきりした。

そして彼女を探そうにも携帯電話は繋がらず、GPSシステムで追跡しようとするが、彼女が自分の携帯をジプスの回線から切り離してしまったことで追うことは不可能だった。

 

「ミヤビは東京だよ」

 

フミが自分のノートPCを操作しながら言った。

 

「どういうことだ?」

 

ヤマトがフミに訊く。

 

「転送ターミナルの使用履歴を消した形跡がある。今から74分前に大阪から東京に飛んでる。使用履歴を消せば足取りを追えないと考えたんだろうけど、あたしの目は誤魔化せないよ」

 

フミの働きによってミヤビが東京へ行ったところまでは掴めた。

彼女が東京支局に戻った理由はいくつか考えられるが、個人的な理由であっても彼女がヤマトに内緒で行くはずがない。

それに追跡不可能にした理由は行方をくらますためとしか考えられず、ヤマトだけでなく全員が嫌な予感を抱いた。

ミヤビの謎の行動と居場所について話し合っていた時、その場にいた全員の携帯にメールが着信した。

 

「友達の死に顔動画が届きました」

 

「まさか…」

 

ヤマトが震える手で携帯を操作してメールボックスを開いた。

するとそこには見たことのあるタイトルのメールがある。

『死に顔@紫塚雅』── ヤマトだけでなく全員の携帯に同じタイトルのメールが届いていた。

添付された動画はミヤビが〈無〉に飲み込まれて消えていくというものだ。

 

「ミヤビ…」

 

ヤマトは携帯の小さな画面に映るミヤビの表情を凝視していた。

彼女は怯えたり逃げたりする様子もなく、まるでこうなることを覚悟していたというか、それを待っていたかのように穏やかな顔をしている。

理由はわからないが、自らの人生を終わらせるために、あえてその場で無の侵食を待っていたのだとヤマトは察した。

その間、他のメンバーは慌てふためき、探すあてもないというのに東京へ向かおうとする者も現れた。

その騒ぎを一喝したのはヤマトだ。

 

「静まれ! ミヤビは私が連れ戻す!」

 

その言葉でしんと静まり返るが、アイリの声が上がった。

 

「居場所がわかるの!?」

 

「ああ。まず間違いない」

 

映像だけでは場所を特定できるものではないが、ヤマトにはミヤビがどこにいるのかはすぐにわかった。

 

(ミヤビが死のうとしているなら、最期を迎える場所はあそこに決まっている)

 

「ここは私に任せてくれ」

 

ヤマトの力強い言葉に全員が頷いた。

そしてロナウドがヤマトに言う。

 

「わかった。ミヤビ君のことはお前に任せる。我々は彼女を失うことはできない」

 

「貴様に言われるまでもない。ミヤビこそが我々の代表としてポラリスと謁見する資格を持っているのだからな。…迫、大阪は任せた。万が一、私と彼女に何かあった場合は、彼女の意思を人類の総意としてポラリスとの謁見に望め。良いな?」

 

「了解しました。ですが、局長もミヤビを連れて必ず戻って来てください」

 

「ああ。わかっている」

 

 

 

 

その頃、ミヤビはヤマトたちの携帯に自分の死に顔動画が送られたことを知らずに峰津院家の屋敷にいた。

 

(ここへは二度と戻ることはないと思っていたけど、やっぱり最後を迎えるならここしかないわ。ヤマト様との思い出がぎっしり詰まったこのお屋敷で死ねるなんて、とても幸せ…)

 

これまで生き残ることしか考えていなかった彼女にとって死ぬことは何よりも恐ろしいことだった。

死ぬことで自分の存在が消えてしまうという恐怖心は誰もが持つものだが、彼女にとって死は目的を完遂できないという別の意味で恐ろしかったのだ。

しかし今、彼女はすべてを成し遂げたという充実感で身体は満たされている。

それが恐怖心を取り除き、さらに屋敷に戻って来たことで不思議な恍惚感すら湧き上がってきていた。

屋敷の中は地震によって荒れ果てていたが、さすがは峰津院家の屋敷といったところで建物自体はほぼ無傷であった。

しかし目的の書庫は大量の本が床一面に散らばっており、ミヤビは自分の座る場所を確保するために片付けを始めた。

 

(これはヤマト様に勧められて読んだ歴史書、…こっちはこの屋敷に来て間もない頃に読んだ自然科学の図鑑だわ)

 

ミヤビは楽しそうに本を拾っていく。

ここは彼女にとって人生を大きく変えた場所であり、なによりも心が落ち着く場所でもある。

彼女が最期の場所に定めたのも当然と言えよう。

数十冊の本を積み上げて床に座る場所をこしらえると、彼女はそこに座った。

壁に背をあずけて静かに目を瞑る。

 

(こんなに静かな時間は久しぶりね…。この7日間ずっと嵐の中にいたみたいだったもの。もう無に飲まれてしまったんじゃないかってくらい静かすぎる。でもそれがとても心地良い。痛みや苦しみを感じることもなく、このまま二度と目覚めない深い眠りにつく。ヤマト様の思い出に包まれながら消えていくなんて最高に幸せだわ)

 

窓から差し込む月の光の中、目を閉じているミヤビの表情はとても清々しい。

これまでの彼女の行動は限りなく純粋なただひとつの願い ── 峰津院の名に囚われたヤマトの魂を解放したい ── によるもので、それが叶うという確信を得た今、何も思い残すことはない。

自然と安らかな表情となるはずだ。

 

(わたしのしたことはとても罪深い。ヤマト様がお許しくださらないのは承知している。でもわたしがこの命をもって償うことで少しだけは罪が軽くなる…って、そんなことを考えてはいけないわね。こうして命を絶つことだってわたしの自己満足のようなものだもの)

 

ミヤビがそんなことを考えていると、遠くからコツコツという足音が聞こえてきた。

それは聞き慣れた音で、彼女にとっては心地良いものである。

 

(ヤマト様の足音…? 幻聴が聞こえるってことは、とうとう死を前にしておかしくなってしまったのかも。それでもかまわないわ。あの時もこうしてヤマト様がここへやって来て、わたしを見つけてくださった。そのおかげで今のわたしがある。とても感謝しています…)

 

涙が彼女の頬を流れ、ヤマトへの感謝の言葉を口にしようとした時、いきなり書庫のドアが開いた。

 

「ミヤビ!」

 

「や、ヤマト…さま…!? ど、どうして…?」

 

突然現れたヤマトの姿を目にし、ミヤビは驚いて声が上ずってしまう。

 

「やはりここにいたのだな」

 

ヤマトはミヤビに近づき、座っている彼女の前に屈むと力いっぱい彼女を抱きしめた。

 

「バカ者…私を心配させるな」

 

「……」

 

「一緒に帰るぞ」

 

これまでにないヤマトの優しい態度にミヤビは驚き、胸がギュッと押し潰されそうになるのを感じた。

 

(わたしが勝手に姿を消し、わざわざ東京まで足を運ばせたことを咎めもせずに一緒に帰ろうと言うなんて…。どういう心境の変化なの?…いえ、そんなことはどうでもいい。こんなことをされたらせっかくの決心が鈍ってしまうわ)

 

ミヤビは両手で強くヤマトの身体を押し戻し、身体が離れた隙にさっと立ち上がって逃げようとした。

 

「待て、ミヤビ! なぜ逃げる!?」

 

ヤマトはミヤビの手を掴まえると、声を荒らげた。

ミヤビもそれと同じくらいの勢いで返す。

 

「わたしのことはもう放っておいてください! わたしはもうジプスの局員ではありませんし、あなたの使用人でもありません。それよりもなぜあなたがこんな場所にいるんですか!?」

 

「ここは私の屋敷だ。主の私がいて当然ではないか」

 

「そういう意味ではありません。まもなくここは無の侵食によってすべてが消え失せてしまいます。危険ですから早くお逃げください」

 

ヤマトは首を横に振る。

 

「その危険な場所になぜお前はいる? 逃げるならお前も一緒だ」

 

今度はミヤビが首を横に振った。

 

「いいえ。わたしはここで静かに最期を迎えたいんです。どんなことをしても許されない罪を犯したわたしにはこうするしかありません」

 

「お前の犯した罪、だと?」

 

「はい。わたしは主であるヤマト様に刃を向けました。万死に値する罪というのはこういうことを言うのでしょう。ですからわたしはこうして ──」

 

「馬鹿を言うな! 死んで詫びるというのか!?」

 

「…はい。他に償う方法が見当たりません。理由が何であっても、わたしは絶対にしてはならないことをしたんです」

 

「……」

 

「それにわたしの意思は仲間たちに受け継がれ、これからは彼らがヤマト様を支えてくれることでしょう。これでわたしがヤマト様のためにできることはすべてやり終えました。ですから静かに死なせてください」

 

ミヤビの目からは涙がポロポロとこぼれ落ち、その涙がヤマトの心を震わせた。

 

(そうか…だから…)

 

ヤマトはミヤビの真意についてやっと理解ができた。

しかしそれを許すことなどできるはずがないのだ。

 

(ミヤビの行動はすべて私を慮ってのものだった。これまで彼女が私に意見することや自分の考えを話すようなことはなかった。それは主従関係にある私たちの間で許されざることだったからな。そこで私が頑なに自分の理想とする実力主義を推し進めようとするのを止めるためにあえて敵となり、勝利することで彼女はわたしに初めて自分の気持ちを示した。こうするしか彼女は自分の気持ちを私に伝える方法がなかったのだ)

 

肩を震わせて泣くミヤビの身体をヤマトは強く抱きしめた。

 

(そして友人というものの大切さを教え、友人を持たない私に友人…仲間を与えてくれた。私に忠誠を尽くし、自分の命をかけてまで正しい道を示してくれたのは、彼女だからできたことだ。私にとって今の彼女はもうタダの使用人ではなく…いや、もうとっくに気がついていた。彼女は私にとって何にも代え難い大切な女性だ。私は彼女なしに生きてはいけない。彼女のいない世界に生きることなどできようはずがない)

 

ヤマトはミヤビを説得するために場所を変えようと考えた。

 

「ミヤビ、お前の気持ちは理解した。しかし納得できるものではない。だからこのままお前を死なせるわけにはいかぬ。場所を変えてゆっくり話をしよう」

 

「いいえ、わたしは生きていてはいけないんです。わたしは使用人であるにも関わらず主であるヤマト様に歯向かい、一歩間違えれば死なせてしまうところでした。そんなわたしがこうしてあなたと話をすることだって許されないことなんです。ここは危険ですから、わたしにかまわず早く逃げてください!」

 

ヒステリック気味に叫ぶミヤビを話のできる状態に戻すには時間を要すると判断したヤマト。

そこで強硬手段に出た。

 

「ならば私もここにいよう」

 

「え?」

 

「お前がここで死ぬというなら、私もまたここで死のう。後のことは迫に任せてきた。お前の意思を継ぐ者は他にいるのだ、問題なかろう」

 

「ダメです! ヤマト様が死んでしまったら、わたしがやってきたことが無意味なものになってしまいます」

 

ミヤビの反論にヤマトは微笑みながら言った。

 

「私の描いた新世界は、お前が私の隣にいてこそ成立する。よってお前がいない世界に私は興味などない」

 

「ですが ──」

 

「ここでお前と共に消えるのもまた一興。これは誰に強制されたものではない。私が自ら決めたことだ。峰津院家当主でもなく、ジプス局長でもない、私の自由意思によるもの。誰にも文句は言わせぬ」

 

ミヤビの言葉を遮って、ヤマトはそう言うと彼女の隣に胡座をかいた。

自分もここで死ぬ覚悟があると言わんばかりの態度だ。

 

さすがにミヤビもこのヤマトの愚行をやめさせる方法はひとつしかないと、再び自分の意思を曲げることにした。

 

「…わかりました。ここからは離れますが、わたしの気持ちは変わりません。わたしは新世界で生きる資格がないんですから」

 

ひとまずミヤビを屋敷から連れ出すことに成功したヤマト。

しかし彼女を説得できないかぎり、死を望む彼女を止められはしないのだ。

そこでヤマトは彼女を連れてジプス東京支局へ行くことにした。

近場でもっとも安全な場所が東京支局なのだから。

 

スザクに乗って東京支局へ向かう途中、ミヤビはひと言も発しなかった。

ヤマトの背後から抱きつく形でスザクに跨っているミヤビは、声を押し殺しながら泣いていたのだ。

そしてヤマトはミヤビが生きていることを心の底から嬉しいと思う自分がいることに驚いている。

 

(いつの間にかミヤビの存在は私の心の中で大きなものとなっていった。それを何と呼ぶのか私は知らなかった。しかし今、はっきりとわかる。これが恋というものなのだと。私は彼女を愛しているという事実を認めよう。しかし恋愛などという戯言にすぎないものにこの私が心揺さぶられるなど思いもよらなかったな…)

 

ヤマトは愛しい少女の温もりを背中に感じ、彼女が側にいてくれる幸せを噛みしめていた。

 

 

 

 

東京支局に着くと、ヤマトは自室にミヤビを連れて行った。

館内は非常灯のみで薄暗いが、人類最後の砦としての機能は果たしている。

無人であるため、館内はゴーストタウンのようにひっそりとしていた。

人の気配がないということは不気味というより心細くなるものだ。

でも今のミヤビにはこの静けさが心地良く感じられた。

この7日間、心安らぐことは一度もなかったのだ。

しかしベネトナシュを倒して以降は悪魔の出現はなくなり、生き延びた人たちも安らかな気持ちでいることだろう。

そう思うだけで彼女は気持ちが楽になれた。

そして〈無〉に飲み込まれることで永遠の安らぎを得られると信じている。

 

(どうしてヤマト様はわたしを死なせてくれないのかしら? もうわたしには利用価値などないのに…。もしかしたらわたしを生きながらえさせて苦しめたいほど憎いの? たしかにわたしはあなたに忠誠を誓いながら刃を向けた。許しがたいのでしょうけど、ただ死なせるだけでは我慢できないほど怒っていらっしゃるの?)

 

ミヤビはそんなことを考えながら、ヤマトに促されて部屋に入った。

 

「ここへ座れ」

 

ヤマトはソファーをポンと叩いて言う。

ミヤビは言われたとおりに、彼の隣に腰をかけた。

 

「ミヤビ、遅くなったが大阪での詫びと礼をさせてくれ。すまなかったな。そして…ありがとう」

 

「いつもと違いますね。ずいぶんと柔らかくなった感じです」

 

「遂げるべき目的がなくなったからな。心に余裕ができたのかもしれん」

 

「そうかもしれませんね。…そろそろ、早く大阪にお戻りになった方がよろしいのではありませんか?」

 

あくまでも自分は死ぬのだ、死ぬのは自分ひとりだと遠回しにミヤビは言う。

 

「ああ。ならばお前も一緒に大阪へ戻るぞ。仲間たちが待っている」

 

「いいえ、何度も言いますが、わたしは自分自身を罰し、無に身を投じることですべてを消し去ってしまいたいんです。わたしにはもうなすべきことはありません。すべてやり遂げました。ですから心静かに死を受け入れることができます」

 

「それが私に刃を向けたことに対しての贖罪だというのか?」

 

「はい」

 

俯くミヤビにヤマトは言う。

 

「お前は聡明な人間だと思っていたが、理屈の通らないことを言っていると気づかないようだな?」

 

「…おっしゃることの意味がわかりません」

 

その言葉にヤマトは大きくため息をついた。

 

「お前は使用人である自分が主の私に刃を向けたことで罪を犯したと言っているが、それが根本的に間違っている」

 

「それはどういうことでしょうか?」

 

「お前は暇をくれ、ジプスを辞めると言って出て行った。つまりその時点で私とお前の主従関係は破綻している」

 

「あ…」

 

そう言われてやっと気がつくミヤビ。

自分から主従関係の解消を申し出ておきながらすっかり失念していた。

 

「だから私と戦ったことが罪であるとは言えないのだ。罪を犯していない者が罪を償うというのは矛盾しているだろ?」

 

ミヤビはヤマトに言いくるめられそうになるが、ここで負けるわけにはいかないと、別の理由を持ち出した。

 

「いいえ、それは言葉の揚げ足取りというものです。それにわたしの罪はこれだけではありません。わたしはミズホ様から託されたご命令を遂行できませんでした」

 

「父上の命令?」

 

「はい。ミズホ様がわたしにヤマト様専属の使用人となることをご命じになった時、わたしに重要なお役目を下されたんです。どのようなことがあってもあなたを信じ、あなたを支えて生きていくように、と。ですがわたしは自分の望む世界をあなたに強要しました。ミズホ様の命令を遂行するどころか、自分の身勝手な行動によってあなたを苦しめてしまったんです。これだけでも万死に値する罪と言えます」

 

ヤマトは自分の父親がミヤビにどんなことを命令したのか聞いてはいない。

 

(たぶん本人が考えているほど深刻なことではなかったはずだ。それを真面目すぎる彼女が深く受け取りすぎてしまっただけなのだろう。彼女は私の間違いを正してくれた。私の価値観のみで強者と弱者をより分けることが正しい実力主義ではないのだと。ならば私は彼女に感謝することはあっても罰するなどできようはずがない。…いや、そんなことはどうでもいい! ミヤビにこの気持ちを伝えるのが先だ!)

 

「ミヤビ…」

 

ヤマトはこれ以上ないほどの甘く気持ちのこもった声で愛しい少女の名を呼ぶと、そのままソファーの上に押し倒した。

 

「ヤマト…さま…?」

 

「私はお前のことを愛 ──」

 

「やめてください!」

 

ヤマトが最後まで言おうとするのを遮り、力いっぱい彼を押し戻そうとするが、ミヤビの力ではどうしようもない。

 

(これ以上何も言わないで! わたしが一番聞きたくない言葉を言わないでください!)

 

ミヤビにはヤマトが何を言おうとしているのか直感でわかってしまった。

彼女もまたヤマトに恋心を抱いていたのだ。

しかしヤマトとミヤビは主従関係にあり、彼女が個人的な感情を主であるヤマトに向けることは禁じられている。

そして報われないことも知っており、苦しまないよう自分の心に気づかないフリをして主従関係に徹していたのだった。

 

「何も言わないでください…。わたしはもう死のうなんて考えません。新世界で罪を償いながら生きます。だからこれ以上わたしを苦しめないで…」

 

両手で顔を覆いながら涙声で言うミヤビ。

そんな彼女を見下ろしながら、ヤマトは言った。

 

「お前の罪は私の気持ちを受け入れようとしないことだ。お前は私の一番近くにいて、もっとも私を理解している。私が何を言おうとしているのかもわかっていて、それを言わせない。これは私に刃を向けるより、また父上の命令に背くことよりも罪深いことだ」

 

「……」

 

「私はお前のことを特別な存在だと認識していた。しかしその特別という意味を履き違えていた。お前は有能なサマナーだ。最高の手駒として育て上げた。だから大事にする。自分の野望の達成のために誰にも奪われたくない…そう思い込んでいた」

 

ヤマトはそう言ってミヤビの手を顔から外した。

そして彼女の目を真っ直ぐに見ながら続ける。

 

「この気持ちが恋であることに気づいたのはついさっきのことだ。お前の死に顔動画が届いた時、私は心臓が止まるかと思った。フェクダ戦の時にも死に顔動画は届いたが、その時のショックとは比べ物にならないほどだ。そしてお前の無事を確認した時の安堵感…。言葉にできぬほど嬉しかった」

 

「……」

 

「そして気づいたのだ。通天閣での戦いにおいて、私がお前を殺そうとしたのは私の前に立ちはだかる邪魔者であったからというのではなく、自分のものにならないのなら、殺してその骸だけでも手に入れたいという欲望の末の愚行であったと。今、私は峰津院の宿願より、私自身の願いを叶えたい。私はお前が欲しい。お前のすべてを手に入れたい。それが正直な気持ちだ」

 

「……」

 

「私は人として未熟であり、人を愛するという感情を知らずにいた。おまけに嫉妬などという下卑た感情も持ち合わせてはいないと思っていた。しかしお前が私の側にいないと不安になり、私以外の連中との交流を不快に思い、お前が私以外の人間に笑顔を向けるとムシャクシャする。それにアルコルがお前を輝く者だと言って近づくのが気に入らなかった。それは私よりお前を評価することが気に入らないのではなく、私以外の人間がお前に無闇に近づくのが腹立たしかったのだ。それを嫉妬というのだとやっと理解した。…私はお前が愛しくてたまらない。愛している、ミヤビ」

 

ヤマトの「愛している」という言葉を聞いた瞬間、ミヤビは心の中にあった壁のようなものが壊れていくのを感じた。

そして我慢に我慢を重ね、気づかないようずっと押し殺していた気持ちが解放されていく。

それが暖かくて柔らかいものに包まれていく感覚に身が震えた。

 

「とても嬉しいお言葉です。ですがヤマト様には伴侶となられる方がいらっしゃるはず。その方を差し置いてわたしのことを愛するだなんて…言ってはいけないことです」

 

「何を言っている? 私にはそんな者などおらぬぞ」

 

「ですが勝利の美酒を共に味わう相手がいらっしゃる、と。その方は…」

 

「お前のことに決まっている。私はこれまで一度もお前以外の女性のことなど考えたこともない。側にいるのが当然であり、側にいてほしいと願ったのはお前だけだ。それが恋愛感情によるものだとは気づいていなかったがな」

 

ミヤビの目からは絶えず涙が溢れている。

しかしそれは哀しみの涙から嬉し涙へと変わっていた。

 

「ヤマト様…わたしはずっとあなたのことをお慕いしておりました。あなたが主であり、わたしが使用人である以上、この気持ちは絶対に抱いてはいけないもの。ですから好きだという気持ちを心の中の一番奥に隠し、気づかぬフリをしてまいりました」

 

「そうか…」

 

優しい目で自分を見つめるヤマトに、ミヤビは涙の粒をポロポロとこぼしながら告白した。

 

「わたしはあなたのことが好きだというこの気持ちを我慢しなくても良いのですか?」

 

「ああ、もちろんだ。お前が私と同じ気持ちであったことが嬉しい。とても幸せだ。だから私と共に生きろ。私のために生きてくれ」

 

「はい! わたしを一生ヤマト様のお側にいさせてください」

 

その言葉に触発され、ヤマトの唇が彼女のそれに落とされる。

もうまもなく世界が消え去ろうとしているということも忘れ、互いが相手を求め合った。

しかしそれがエスカレートし、ヤマトはコートを脱ぎ捨ててネクタイを緩めると、続いてミヤビの服のボタンを外しにかかる。

それを慌てて静止するミヤビ。

経験はないとはいえ、本能でヤマトが何をしようとしているのかはわかるのだ。

 

「ま、待ってください! こんな時にこんな場所で ──」

 

「こんな時でこんな場所だからだ。私たちには時間がないのだ。それに大阪へ戻ればふたりきりで過ごすことも憚られる。ならば今しかなかろう。幸いここは結界の中心であった場所だ。消え去るまでには十分な時間がある」

 

「で、ですがわたしたちはまだ気持ちを確かめ合ったばかり ──」

 

「だからこそもっと愛を深める必要がある。なに、心配はいらぬ。経験はないが十分に知識はある。当主となるにあたっていろいろ教えられたからな」

 

これまでになく熱っぽい視線を向けるヤマトに、ミヤビは嬉しいのか恥ずかしいのか良くわからない複雑な気持ちになった。

 

(ヤマト様がわたしのことを欲している。こんなことになるなんて想像もしていなかったから、心の準備もできていないのに…。でも時間がないのは確か。それにわたしもヤマト様に触れたい、触れてほしい。これが夢ではないと確かめたい)

 

そんなことを考えながら潤んだ瞳でヤマトを見上げるものだから、ヤマトはもう我慢できなくなった。

身体の奥底から突き上げる「愛しい者を抱きしめたい」という気持ちをさすがの彼でも理性で押し留めることは不可能なのだ。

 

「ミヤビ…お前が欲しい。良いか?」

 

耳元で囁かれ、ミヤビはそれだけで蕩けそうになる。

彼女自身ももう限界だった。消え入るような小さな声で答えた。

 

「はい」

 

その答えに満足したヤマトは不敵な笑みを浮かべると、彼女を抱きかかえ上げて寝室へと向かったのだった。

 

 

 

 

ヤマトから「ミヤビ救出」のメールを受け取った大阪の面々は安堵の表情をしていた。

しかし彼らはなぜミヤビがひとりで東京へ向かったのか、また〈無〉に飲み込まれそうになっても逃げずにいたのかという理由を知らない。

おまけにヤマトがなかなか彼女を連れて戻って来ないものだからイライラしていた。

そして大人組と青少年組にそれぞれ分かれて話を始めた。

 

 

談話室に集まっていた大人組ではマコトがヤマトたちを迎えに行くと言い出した。

 

「局長たちが東京支局にいることはわかっている。様子を見に行こうかと思うが、どうだろうか?」

 

それをヤマトたちの帰りが遅い理由に薄々勘づいていたジョーが静止する。

 

「そんな野暮はせずに、もう少しふたりきりにさせてやったらどう?」

 

「野暮? 意味がよくわからないが、もしかしたら不測の事態に陥って身動きできないのかもしれない。ならば助けに行くべきではないか?」

 

今度はオトメが口を挟んだ。

 

「ヤマトさんとミヤビさんにはふたりきりになる時間が必要なのよ。いろいろな面でね」

 

「いろいろな面?」

 

マコトはまだわからないという顔をしている。

そんな彼女にフミが言う。

 

「局長に恋愛感情が存在するのかどうかって、ずっと前から気になっていたんだけど、これではっきりしたね」

 

「れ、恋愛…!?」

 

慌てるマコトをロナウドが落ち着かせようとした。

 

「迫、峰津院とミヤビ君は長い間共に生きてきた。主従関係ということだが、思春期の殆どの時間を共にしているふたりにそういう感情があっても不思議ではない」

 

「でも本人たちは気づいていなかっただろうけどね。…いや、ミヤビの方は気づいていながら気づかないフリをしていたかも」

 

フミが割り込んできて続けた。

 

「局長はミヤビを自分の所有物のように考えてきたし、ミヤビは局長が主だからってどんな命令にも素直に従ってきた。…というつもりなのだろうけど、局長のミヤビに対する執着心はハンパないからね。ルーグの依り代の件だって有能な部下を失いたくないっていうのはわかるけど、それとはちょっと違う気がしてたんだ。それからミヤビだけど、局長のためなら死ぬことすら厭わないっていう生き方、普通ならちょっとマネできない。アレ、たぶんあのコなりの愛の表現方法っていうか、ああいう形でしか自分の気持ちを表現できなかったんじゃないかなって思えるんだ。局長とは身分違いだから好きになってはいけないんだって自分に言い聞かせてさ」

 

ヤマトとミヤビの行動に思い当たるフシがあって、マコトもうんうんと頷いて聞いている。

 

「だからさ、あんなことがあった後だから、あのふたりにも何かしら変化が起きているって考えられるわけ。もしかしたらふたりきりでラブラブなことしてるんじゃないかな」

 

「ら、ラブラブ…って、き、局長がそ、そんなハレンチなことを…す、するはずは…」

 

まるで自分のことのように顔を真っ赤にさせて動揺するマコト。

それをジョーがからかう。

 

「あれぇ…マコトさん、何想像してるの? まさかあのふたりがあんなこととかこんなことをしている様子を想像し ──」

 

「ち、違う! わ、わたしが言いたいのはそういうことではなく…」

 

マコトの哀れな姿を見たロナウドがジョーの肩を叩いた。

 

「やめろ、ジョー。彼女はジプス一筋で生きてきた女性だ。恋愛に不慣れな女性をからかって遊ぶなど悪趣味だぞ。彼女は年こそ26という立派な大人だが、心は思春期の少女のようにデリケートで傷つきやすいんだ」

 

「もうやめてくれ~!」

 

ロナウドは本気でマコトを庇ったつもりだったが、彼女にとどめを刺してしまったようだ。

マコトはその場にいたたまれなくなって、部屋を飛び出してしまった。

 

 

食堂に集まっていた青少年組もヤマトとミヤビの関係についていろいろ憶測を巡らせていた。

 

「ヤマトってさ、俺たちのことは全員苗字呼びだけど、ミヤビちゃんのことは下の名前で呼ぶだろ。それだけでもミヤビちゃんだけ特別扱いしているって言えるよな?」

 

ダイチがそう言うと、全員が頷いた。

 

「ミヤビさんは昔から峰津院さんにお仕えしてきたし、峰津院さんも彼女が他の人と違う大事な存在だって考えているからじゃないかしら?」

 

「イオちゃんの言うことはもっともや。でもそれだけとちゃう。局長さんってミヤビちゃんのこと、好きやないかって思うんやけど…みんなはどう思う?」

 

ヒナコの言葉にアイリが答えた。

 

「ヤマトのことは良くわかんないけど、ミヤビがヤマトのことが好きなのはまず間違いない。本人は否定してたけど、それは嘘ね。それに彼女って自分の気持ちを押し殺しちゃうタイプだし、ヤマトはそんな彼女の気持ちに気づくことのないニブチンだから、いつまで経っても進展しないんだろうってイライラしてたのよ」

 

「アイリ、良く見てるね」

 

ジュンゴがアイリに言う。

 

「当然じゃない。あたしはあのふたりよりずっとオ・ト・ナ、なのよ。…で、あのふたりがなかなか戻って来ない理由っていったら、きっとアレだわ」

 

大人ぶって断言するアイリにケイタが訊く。

 

「アレってなんや?」

 

「お子様は知らなくていいのよ」

 

そんな言い方をするものだから、ケイタは激昂してアイリに掴みかかろうとした。

 

「お子様だとぉ…! なめとんのか!? 俺は16や。ワレ、俺より年下やろ?」

 

「まあまあ、落ち着いて。とにかくふたりが無事なのは確かなんだからさ、帰って来たら質問攻めにしてやろうぜ」

 

ダイチがその場を収めようとする。それに続いてヒナコが言った。

 

「そうや。せっかくやからみんなでパーティー、しようやない? お赤飯も炊いて」

 

「それ良いですね。でもお赤飯って…。あ、セプテントリオンを倒したお祝いだからですね」

 

イオだけでなくヒナコの言う「お赤飯」の深い意味のわかる者はいなかったようで、ヒナコだけが謎めいた笑みを浮かべてパーティーの準備を始めたのだった。

 

 

 

 

ミヤビはヤマトの腕の中で安らぎに満ちたひとときを過ごしていた。

 

(ヤマト様がわたしを抱きしめてくれている。叶わぬ夢だと信じていたことがこうして現実に起きるなんて…まだ信じられない)

 

行為の後の心地良い気怠さに身をゆだね、最愛の男性の温もりを味わうミヤビ。

ヤマトも自分の想いがミヤビに届いたことと、彼女のすべてを手に入れた満足感に浸っている。

 

(ミヤビ…。全身全霊をもって私を受け入れてくれたことに感謝する。お前がいなければ私はこの幸せを知ることなく、永遠に孤独のまま生き続けることになっただろう)

 

ヤマトは感謝の意味を込めてミヤビにキスをする。

 

「ヤマト様…」

 

嬉しそうに頬を紅く染めるミヤビが愛らしくて、ヤマトは再び彼女を欲しくなってしまった。

自然と彼女を抱きしめて先に進みそうになるが、それをミヤビは押し止めた。

 

「ダメです。早く戻らないとマコトさんたちが心配します」

 

「私を死ぬほど心配させたお前が言うか?」

 

「それはそうですが…」

 

「ならば続きは大阪に戻ってからとしよう。どうせこうなったことはいずれ連中にバレるのだ、下手に隠しだてすることもない」

 

「ええっ!?」

 

「それにこれでお前に手を出そうとする馬鹿な輩も現れるまい。いろいろあったが結果良しということだな。ハハハ…」

 

ヤマトは高笑いするとベッドから降りた。

そしてシーツで胸を隠しながら固まっているミヤビに言う。

 

「ああ、それから首のキスマークが見えないよう気をつけろ。もっとも私は見られても一向にかまわぬがな」

 

「関係を持った」ことを隠そうとしないヤマトの背中にミヤビは小さな声で言った。

 

「ヤマト様のバカ…」

 

 

 





ヤマトとヒロインの心はとうとうひとつになれました。
(身体もね)
ヒロインのおかげでヤマトも人間らしさを取り戻し、めでたしめでたし。
でもまだいくつかの疑問が残っているようで、それは次回に持ち越します。


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