DEVIL SURVIVOR 2  You changed my world.   作:ルーチェ

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終章は回帰された世界でのお話。
13人の悪魔使いたちはそれぞれ元の生活に戻っていますが、少しずつ変化しているようです。





Epilogue 再生の月曜日

 

 

── 東京・峰津院家屋敷 ──

 

ジプスの制服に身を包んだヤマトの前に、同様に制服を着たミヤビが微笑みながら立っている。

 

「ジプス局長就任、おめでとうございます」

 

「ああ。だが私が局長になった以上、お前もジプスの一員として働くことになるが、覚悟は良いか?」

 

「はい。わたしはいつでもあなたのお側におりますから」

 

「…そうだったな」

 

穏やかに笑うミヤビに、ヤマトは続ける。

 

「もちろんそれは私の伴侶になるという意味も含んでいるのだろうな?」

 

そう言われたミヤビは顔を真っ赤にする。

 

「え?…えっと、それは…」

 

「ミヤビ、私にはお前が必要だ。そもそも父上がお前を峰津院家に引き取ったのは、将来お前を私と結婚させるためであり、ゆえに共に暮らしていたのだ。昨年のお前の誕生日に婚約指輪をプレゼントしたことを忘れてはいないだろうな?」

 

その言葉にミヤビは無意識に左手薬指に嵌められた金の指輪に右手を添えた。

 

「はい。ですが結婚はヤマト様が18歳になるまではお預けですね」

 

年齢のことを言うが、すかさずヤマトが封殺する。

 

「民法第731条…か? かまわぬ、そんなものは捨て置け。峰津院大和に法などというものが通用するはずがなかろう」

 

「バカなことを言わないでください! いくらヤマト様だといっても法律を無視するなんて ── 」

 

「フッ…冗談に決まっている。もっとも法を変えるくらい雑作もないことだがな」

 

(ヤマト様って冗談をいうような性格だったかしら? たしかにヤマト様なら法律を変えることも簡単にできそうだけど…)

 

ミヤビが呆れてため息をつくと、ヤマトはミヤビの頬を両手で抱えるようにして上を向かせ、彼女の瞳を見つめた。

 

「ミヤビ…お前を愛している。だから一生側にいてくれ」

 

「はい、わたしは永遠にあなただけのものです」

 

ミヤビが微笑むと、ヤマトの顔が近づいてきた。

ミヤビが目を閉じると、唇にヤマトの唇が重ねられた。

触れるだけの軽いキスの後、ヤマトはミヤビ以外の誰にも見せたことのない笑顔で言った。

 

「…さて、そろそろ行くか」

 

「はい」

 

そしてふたりは並んで歩き出した。

 

 

 

 

── 東京・某都立高校 ──

 

イオが女友達とふたりで廊下を歩いていると、ダイチが声をかけてきた。

緊張しているせいか、顔が紅潮していて声も上ずっている。

 

「に、新田さん…よかったら放課後に、一緒に勉強…しないか? ほら、もうすぐ試験があるだろ」

 

イオはダイチと面識はあったが、こうして面と向かって話をしたことがなかったので、突然の申し込みに少し驚いた。

 

「ええ…いいですよ」

 

「いいの!? じゃ、図書館で待ち合わせってことで」

 

「わかりました」

 

勉強の約束をしてふたりは別れた。

 

ダイチはイオの姿が見えなくなった場所でガッツポーズをする。

 

(よっしゃぁー! 憧れの新田さんと勉強デートだぜ! 心臓が爆発するかと思ったが、勇気を出して声をかけてみて良かった…。やっぱり自分で考えて自分で行動しなきゃ未来は開けない。これをきっかけに猛アタックするぞぉ~!)

 

一方、イオはダイチの去った方を見ながら廊下の真ん中で立ち尽くしていた。

 

(人見知りのわたしがこんなに簡単にOKしちゃうなんて…。こうして話をするのは初めてのはずだけど、昔から友達だったような気がする…。何か不思議な感じだわ)

 

そんな彼女に一緒にいた女友達がからかうように声をかけた。

 

「イオちゃんてああいうタイプが好みだったの? 意外だわ」

 

それにイオは悪意のない笑顔で答えた。

 

「そういうのじゃないわよ。ただ何となく前から知っていた気がしたからOKしただけ。わたしたちは受験生なのよ、余計なことにかまってはいられないでしょ?」

 

「ふ~ん…」

 

「でも未来はどうなるかわからないわ。…選択肢のひとつには違いないけど。ウフッ」

 

意味深な言葉を口にしたイオは、ダイチとは反対の方へ歩いて行った。

 

 

 

 

── 名古屋・某日本料理店 ──

 

板場で料理の下ごしらえをしているジュンゴのもとにアイリがやって来た。

店の扉を開くなり、ずかずかと中へ入って来る。

 

「ジュンゴ、昨日のコンテスト、どうして見に来てくれなかったのよぉ!?」

 

彼女は優勝トロフィーが抱えながら文句を言う。

 

「昨日、仕事。…アイリ、頑張ったね」

 

ジュンゴはアイリの頭をゴシゴシと撫で回した。

 

「うん…。一生懸命練習したから。今度は絶対に来てね」

 

「わかった。…茶碗蒸し、食べる?」

 

ジュンゴの手から熱々の茶碗蒸しがアイリに手渡された。

茶碗蒸しをひと口食べると少しは落ち着いたようで、カウンターの椅子に腰掛けて足をブラブラさせながら話し出した。

 

「昨日は父さんと母さんがふたりで一緒に見に来てくれたんだ。父さんなんて仕事で忙しいのに、わざわざ有給をとって」

 

「うん」

 

「それであたしがピアノを続けたかったら音大へ行っても良いって。だけどお金の事で迷惑かけたくないから、いっぱい勉強して奨学金を貰うの。今のあたしじゃ無理かもしれないけど、やるだけやってみるわ。それで音大に入ったらピアノの講師とかのアルバイトをする予定よ」

 

「大変だね?」

 

「わかってるわよ。だけど自分で決めたことだから絶対に後悔しないつもり。…それでもあたしが悩んだり困った時には相談に乗ってよね?」

 

「うん。アイリ、応援してる」

 

そう言ってジュンゴはまたアイリの頭をゴシゴシと撫で回した。

 

 

 

 

── 京都・九条家屋敷 ──

 

ヒナコが家元である父親と言い争いをしていた。

 

「ウチは実力を試してみたいんや! 日舞が嫌いなわけやない。ただ世界中の踊りを見て、踊ってみたいだけなんや。日舞の家元になるという道しかない人生なんて嫌や。ウチには他にも可能性があるんやないかって…そんな気がするんや。ウチは自身の踊りが世界に通用するかどうか試したい。そしてウチの踊りを喜んでくれる人に見てもらいたいんや。ウチにはこれくらいしかできへんからな。…とにかく九条流を継ぐとか継がないとかは帰って来てからの話や」

 

父親の承諾を得ることができないのであれば家出をするということも考えていた。

しかし父親と諍いをしたままではそれが心残りになって修行に身が入らない。

だからこそ争うのではなく、話し合いで相手を納得させなければいけないのだと彼女は必死だ。

 

それから小一時間ほど彼女はあらゆる言葉を駆使し、自分の正直な気持ちを父親に話した。

そしてやっとのことで許しを貰った。

 

「お前の覚悟はようわかった。せやけど来年の3月19日までには一度帰って来い」

 

「3月19日…? 何でや?」

 

「お前の二十歳の誕生日の祝いくらいさせてくれ」

 

「あ…」

 

彼女は3月19日が自分の誕生日であることを思い出した。

親に逆らって勝手なことをしようとしている娘であっても、成人を祝いたいという父親の気持ちがヒナコは嬉しかった。

 

「わかったで、お父ちゃん。ウチはお父ちゃんの想像以上の踊り手になって帰って来る。期待して待っとってや」

 

そして2日後、父親に見送らえて、ヒナコは住み慣れた屋敷を出たのだった。

晴れ晴れとした気持ちを胸にして…

 

 

 

 

── 大阪・ビッグマン前 ──

 

ボクシングのグローブを肩に掛けたケイタが人混みの中を歩いていると、若い女性が駆け寄って来た。

 

「和久井啓太君ですよね? サインください!」

 

どうやら彼のファンのようだ。

 

「昨日の試合、見に行きました。チャンピオンをKOするなんて、すっごくカッコよかったですよ」

 

若い女性に褒められて満更でもないケイタ。

 

「やっぱり世界チャンピオンを目指しているんですよね?」

 

「もちろんや。俺の目標は世界チャンピオン。国内で満足するようなちっちゃい男やない。…せやけど俺が強くなりたいのは名声や金のためやないで」

 

「?」

 

「俺は仲間を守れる強い男になりたいんや」

 

ケイタはまだ見ぬ仲間に思いを馳せて言った。

 

「はい。応援してます。頑張ってください!」

 

「おおきに。…ほら、色紙よこせ。サイン、したる」

 

そう言ってたどたどしい筆運びでサインをしたのだった。

 

 

 

 

── 東京・新宿区内路上 ──

 

ジプス東京支局からの迎えの車に乗っているヤマトとミヤビ。

ミヤビは書類の整理をしているのだが、その隣にいるヤマトは手持ち無沙汰でぼんやりと車窓の景色を眺めていた。

彼の視線の先には荷物を積んだ軽トラックや、荷物の積み下ろし作業をしている人の姿がある。

 

「ミヤビ、この近くで祭りでもあるのか?」

 

ヤマトがミヤビに訊く。

 

「あ、はい…たぶん新宿花園神社の大酉祭です。明日が酉の日ですから、今夜が前夜祭で、明日が本祭になります」

 

「祭りと言えば…屋台は出るのだろうな?」

 

「はい、もちろんです」

 

ミヤビが答えると、ヤマトはしばらく黙り込んでしまった。

 

「ヤマト様、どうかなさいましたか?」

 

「…今日の夜の予定はどうなっている?」

 

いきなり無関係な話題を持ってこられ、ミヤビは慌ててタブレット型端末を操作する。

 

「えっと…一九〇〇時より自明党の幹事長との会食が ── 」

 

「キャンセルしろ」

 

「え?」

 

「会食はキャンセルだ」

 

「ええっ!? それはできません。ダメです。ジプス局長就任のお祝いを兼ねてのご招待なんですよ、それをこちらから断るなんて、いくらヤマト様の命令でもダメなものはダメです」

 

「あの男と食事などしたくはない」

 

「これもお仕事です」

 

「…」

 

口を尖らせて、あからさまに不機嫌そうな顔をするヤマト。

 

「峰津院大和とあろう者が子供みたいなわがままを言ったり、そんなふてくされた顔をするなんてありえません。もっと威厳を保ち、峰津院家当主及びジプス局長としての自覚をお持ちください。そのような顔、局員のみなさんが見たら幻滅しますよ」

 

ミヤビがため息をつきながら言うと、急にヤマトはにやりと笑ってミヤビの耳に囁いた。

 

「お前にだから見せられるのだよ」

 

甘くとろけるような声で言うものだから、ミヤビは顔を赤くした。

 

「ヤマト様…」

 

「他の連中の前ではお前の言うように威厳ある峰津院家当主及びジプス局長を上手く演じてやるさ。だから ── 」

 

「ダメです。予定は変更しません」

 

ミヤビは懐柔されそうになるが、すぐに真面目な顔できっぱりと言い切った。

しかしすぐに微笑みながら言う。

 

「お祭りは深夜の2時までやっていますから、お屋敷に戻る途中に寄り道しましょう」

 

「本当か!?」

 

「わたしはヤマト様に嘘をついたりしません。…それにわたし自身があなたとお祭りを楽しみたいですから」

 

「そうか…」

 

嬉しそうな顔のヤマトの姿を見て、ミヤビも嬉しくなる。

 

「では、それまでに支度を済ませておきますので、ご期待ください」

 

「支度? 祭りというものは行くだけであっても準備をせねばならぬのか?」

 

「当然です。まさかお祭りにジプスの制服姿でいらっしゃるおつもりですか? それに屋台ではカードが使用できませんから、ある程度の現金も用意しなければなりません」

 

「ふむ…そういうものなのか」

 

「そうです。…それにしても急にお祭りに行きたいだなんて、どういう風の吹き回しでしょうか?」

 

「一緒にタコ焼きを食べる約束をしていた。お前が言い出したことだぞ」

 

「約束…?」

 

ミヤビは首を傾げる。記憶にはないのだが、約束をした気がする。

 

「…はい、たしかにお約束していましたね。では、お仕事を済ませた後のお楽しみということで、今日一日を頑張ってくださいませ」

 

「ああ」

 

ヤマトを操縦するコツを見つけたミヤビはヤマトに見つからないようにほくそ笑んだ。

 

(ヤマト様は意外なところで子供っぽいところがあるから、そこを突っついてアメとムチを上手く使い分ければいいってことね。…それにしてもさっきのヤマト様の顔、可愛いかった♡)

 

 

 

 

── 名古屋・市民病院の病室 ──

 

ジョーが腕いっぱいのバラの花束を抱えて恋人の見舞いにやって来た。

相変わらず恋人の病状は好転していないが、ジョーが頻繁に見舞いに来てくれるために、精神的には元気いっぱいだ。

 

「ジョー、今日も来てくれたのね、ありがとう」

 

「ああ。俺には君の顔を見に来て、こうやって励ますくらいしかできないからな」

 

「ううん、それが一番嬉しいわ」

 

「俺がもっと頭良くて努力家だったら、今からでも医者になる勉強をして君を治してやるんだけどな」

 

申し訳なさそうな顔で言うジョー。

そんな彼に恋人は首を横に振って言った。

 

「そんな顔をしないで、ジョー。あなたはあなたにしかできないことをすればいいよの」

 

「俺にしかできないこと?」

 

「そう。あなたはこうやってわたしに会いに来てくれて、その時にわたしの喜ぶ言葉をいっぱい言ってくれればいいの。『好きだよ』とか『愛している』って」

 

「たったそれだけ?」

 

「それだけでわたしは十分なの。あなたがわたしのことを愛してくれているという気持ちを感じるだけで、生きる勇気が湧いてくるの。明るい幸せな未来が見えてくるのよ。わたしは医者の彼氏なんていらない。ちゃらんぽらんな性格で、時間にもルーズ。くだらない冗談ばかり言ういいかげんなあなただけど、わたしはそんなあなたが好きなんだもの」

 

それを聞いて苦笑するジョー。

 

「そう言われると嬉しいけど、褒め言葉としてはちょっと、ね」

 

「あら、褒めているつもりなんてないわ。わたしはあなたのそういう欠点を含めて全部が好きなのよ。…それでね、今度東京の有名なお医者様が来てわたしの手術をしてくださるんですって」

 

「本当かい?」

 

「ええ。この病気に関しての世界的権威だという偉いお医者様なの。でもその先生でも治る確率は半々なんですって。わたしはお願いしようと思うんだけど…、あなたは賛成してくれる?」

 

「もちろんだとも。君が元気になる可能性があるなら、俺もそれに賭けたい」

 

ジョーは恋人の手をしっかりと握って言った。

 

「君が元気になってから言うつもりだったけど、先に言っておくよ。…結婚しよう」

 

 

 

 

── 名古屋・市内某所 ──

 

人目を避け、廃ビルの裏で人を待つロナウド。

そこに怪しげな中年男が近づいて来た。

 

「ロナウドの旦那、これが例の麻薬取引現場の写真です」

 

そう言ってロナウドに一枚の写真を手渡す。

どうやらこの男はロナウドの使っている情報屋らしい。

 

「いつもすまないな。これさえあれば奴らの組織を一網打尽にできるぞ」

 

ロナウドは長い間追っていた麻薬組織の尻尾を掴み、あと一息で組織を壊滅できるところまで追い詰めたのだが証拠がなかった。

その写真には組織の幹部の顔がバッチリ写っている。これなら証拠として十分に通用し、裁判では間違いなく有罪に持ち込めるだろう。

 

「しかし旦那…どうしてそんなに熱心になれるんですかい? 旦那ひとりが頑張ったって、社会悪を一掃できるもんじゃありませんぜ」

 

情報屋が呆れたという口ぶりで言うと、ロナウドは首を横に振った。

 

「だが誰もやらなければいつまで経っても弱者が救われない。それに俺がやれば後に続く者がきっと現れるはずだ。俺は人間が好きだし、信じてもいるんだ」

 

情報屋はヤレヤレといった顔をする。

 

「お前は博愛という言葉を知っているか?」

 

ロナウドが突然そんなことを言い出したものだから、情報屋は少し面食らう。

 

「は? 何ですか、それ?」

 

「博愛とはすべての人を等しく愛すること。俺の好きな言葉なんだ。この言葉を誰に教わったのか良くは覚えていないが、なぜか心に染みるんだな、これが。とにかく俺はこういうやり方しかできない不器用者だということさ。じゃ、またよろしくな」

 

そう言ってロナウドは自嘲気味に笑い、表通りへと歩いて行った。

 

 

 

 

── ジプス名古屋支局・医務室 ──

 

オトメは怪我をした若い男性局員の手当をしていた。彼は今年入局したばかりの新人だ。

 

「いくら若いからって無茶しちゃダメよ。ご両親がこのことを知ったら、すごく心配するわ」

 

オトメに叱られて、男性局員はシュンとしてしまう。

 

「ジプスの仕事って重要なものだけど、一番大切なのは自分の身体だってことを忘れないでね」

 

そう言われ、男性局員は答えた。

 

「はい。これからは無理しない程度に頑張りたいと思います。ありがとうございました!」

 

「お大事に」

 

患者を送り出したすぐ後に、オトメの携帯に電話が入った。

 

「あ、小春?…うん、お仕事が終わったらお迎えに行くから、いい子にして待っているのよ。夕ご飯は小春の大好きなハンバーグにするから。…そう、わかったわ。じゃあね」

 

幼い娘の喜ぶ顔を想像しながら、彼女は仕事に戻ったのだった。

 

 

 

 

── ジプス大阪本局・フミの研究室 ──

 

「迫っち? 今度の週末、暇?…ああ、だったらあたしがそっち行くから、一緒にランチしない? この前、迫っちが行きたいって言ってた店、あそこの予約しておいてよ。…こっちの作業はあと2日で終了。そっちは?…そうか、今日からなんだ。じゃ、その話は今度聞かせてよ。会うの、楽しみにしてるから。じゃ、まったね~」

 

マコトへの電話を切ると、フミは愛用のノートPCのキーボードを打ち、ヤマトのデータをディスプレイに表示させた。

その内容を見ながら、彼女はにんまりと笑う。

 

「新しい局長、か…。けっこう面白そうなタイプだね」

 

さらにミヤビのデータも表示させる。

 

「こっちもなかなか…。長期にわたり峰津院家の屋敷という外界から隔絶された空間に置かれた思春期のふたりの間に何が起きたのか? そしてそれがどのような影響を及ぼしているのか…。これまで人間なんてものには全然関心なかったけど、これを機会にいろいろ研究してみようかな。いい研究素材が手に入ったからね。フフフ…」

 

 

 

── ジプス東京支局・エントランス ──

 

新局長を迎えるにあたって、マコトは少し緊張していた。

 

(1年前、シンクロナイズドスイミングの選手であった自分の前に突然現れてジプスにスカウトをしていった少年が局長だなんて…。シンクロに未練はあったものの、ジプスという人を助ける仕事に魅力を感じてわたしはスカウトを受けた。代表選手に手が届くところまで頑張ってきたというのに、それを捨ててまで入局することにした理由が今でも良くわからないところがある。このまま続ければオリンピックだって夢じゃなかったはずだ。なぜわたしがシンクロよりもジプスに惹かれるのか。その理由は局長と一緒に働いていればきっとわかるのだろうか…)

 

そんなことを考えながら待っているうちに、エレベーターホールの方からコツコツという足音がふたつ聞こえてきた。

そしてヤマトとミヤビが彼女の前に姿を現す。

マコトは姿勢を正して敬礼をした。

 

「お待ちしておりました、峰津院局長。局員一同、局長就任を心より歓迎いたします」

 

 

 

── 東京・新宿花園神社境内 ──

 

花園神社の境内は大勢の人出で賑わっていた。

境内は身動きできないほど混雑しており、秋の夜だというのに夏のような熱気で溢れている。

 

「ヤマト様、こっちです」

 

迷子にならないようにと言ってミヤビはヤマトの手を握り、人の波をかき分けるように参道を進んで行く。

 

「まだなのか?」

 

うんざりしたという顔で訊くヤマトに、ミヤビはピシッと言い放つ。

 

「まだ10メートルくらいしか歩いていないじゃないですか。それに欲しいものを手に入れるためには犠牲を払う必要があります。ほら、行きますよ」

 

酉の市だから縁起物の熊手を売る露店が多く、それをヤマトは物珍しそうに見ながら歩いていた。

 

「あのような科学的根拠のないものに群がるとは、呆れてものも言えぬわ」

 

口ではそう言うものの、実際は興味津々である。

 

「人間、特に日本人は縁起を担ぐのが好きなんです。根拠などなくても何かに頼りたいと思う気持ちはわかります」

 

「フン、所詮弱者は弱者でしかないのだな」

 

「いいえ、違います。頼る気持ちはありますが、頼ってばかりでいるのではありません。本人も努力をして願いを叶えようとしています。その目標に向かう際の心の拠り所だと言えばご理解していただけますか?」

 

これまでヤマトは誰かに頼るという気持ちを持ったことはなかった。

全部自分の力で成し遂げたという自負があるから、縁起物に頼る人間の気持ちはわからない。

 

「まあ、お前がそう言うのだ、理解できるように努力しよう」

 

「ありがとうございます、ヤマト様。…あ、あそこにタコ焼きの屋台が!」

 

ミヤビは人混みの中に見え隠れするタコ焼き屋台を見つけた。

ふたりは人をかき分けて目的の屋台に向かって突き進んだ。

 

「おじさん、ひとつください」

 

「あいよ」

 

ミヤビが注文すると、店主は舟形の経木の器に出来上がったばかりのタコ焼きを8個入れた。

 

「お嬢ちゃんは可愛いから1個おまけね」

 

愛想の良い店主はそう言ってひとつ多く入れてくれた。

 

「ありがとう、おじさん」

 

礼を言って支払いを終えたミヤビにヤマトはひどく不機嫌そうな顔をする。

そして何も言わずに彼女の手をを引っ張った。

 

「痛いです、ヤマト様。どうかなさったんですか?」

 

「…」

 

ぶすっとした顔のまま、ヤマトは人混みの中から抜け出して本殿の裏へとミヤビを連れて行った。

祭りの喧騒は聞こえるが、周りには誰もいない。

それを確認したヤマトが熱を帯びた目でミヤビを見つめる。

 

「ミヤビ…」

 

「ヤマト…様?」

 

人気のない所でふたりきりというシチュエーション。

ミヤビは少しだけラブラブな展開を期待した。

 

「そこに座れ」

 

ヤマトは近くにあった大きな石を指差し、座るように促した。

しかし期待していた展開に進む気配はない。

ミヤビはヤマトが早くタコ焼きを食べたくて急いでいたのだと察して落胆したが、笑顔でタコ焼きの器をヤマトに差し出した。

 

「さあ、どうぞ。冷めないうちに召し上がれ」

 

ソースと青海苔の良い匂いが立ち上がるタコ焼き。

まだアツアツで湯気が立っていてとても美味しそうだ。

しかしヤマトは食べようとしない。

 

「食べないんですか?」

 

「いらぬ」

 

「どうして?」

 

「あの男が作ったものなど食べる気にはならん」

 

どうやらあの店主のことが気に入らないようだ。

その理由がわかったとたん、ミヤビは苦笑した。

 

「何がおかしい?」

 

「だってヤマト様ったら子供みたいなんですもの。ヤキモチ焼いてるんですね?」

 

「ち、違う! お前こそあんなオヤジに可愛いなどと煽てられていい気になっているだろ」

 

「いい気にはなっていません」

 

「しかしニヤニヤしているぞ」

 

「これはヤマト様と一緒にタコ焼きが食べられると思うと嬉しくてたまらないからです」

 

ミヤビはタコ焼きに爪楊枝を刺して持ち上げると、フーフーと息をかけて冷まし、それをヤマトの口に近づけた。

 

「はい、あーん」

 

「は?」

 

「口を開いてください。そうしないと入らないじゃないですか」

 

ミヤビは微笑みながら言うが、ヤマトは断固として口を開けない。

 

「こんなに美味しそうなタコ焼きなのに食べないんですか?」

 

「食べたいが、お前がそのような辱めを私に与えようとするからだ」

 

恋人同士でのコミュニケーションとしては普通の「あーん」も、ヤマトにとっては辱めと感じるらしい。

大げさに残念そうな顔をしてミヤビは伸ばした手を引っ込めると、そのタコ焼きを自分の口に放り込んだ。

 

「…う~ん、美味しい♡」

 

ミヤビは口をもぐもぐさせながら顔をほころばせる。

 

「さて、もうひとつ ── 」

 

「待て、私にもよこせ」

 

ミヤビが2つ目を食べようとした瞬間、ヤマトが慌てて彼女を制止した。

爪楊枝は1本しかなく、この勢いではミヤビに全部食べられてしまうと思ったのだ。

するとミヤビは黒い笑みを浮かべ、タコ焼きを爪楊枝に刺してヤマトに向けた。

食べたいのならあーんをしろという意味だ。

この戦い、タコ焼きの主導権を握ったミヤビの勝ちは決まったも同然である。

 

「…仕方あるまい。背に腹は変えられぬ」

 

そう言ったヤマトは周囲をキョロキョロと見回し、誰もいないこと確認すると渋々口を開いた。

そこにミヤビが少し冷ましたタコ焼きを入れる。

 

「…うむ、たしかに美味い。しかし以前に食べたものはソース味ではなく生地に味がついていて…」

 

そう言ってヤマトは不可解だという顔になる。

 

「いや、タコ焼きを食べるのはこれが初めてのはずなのだが。なぜ…?」

 

「そのようなことを気にしていると、その間にわたしが食べてしまいますよ」

 

「ああ、それはダメだ。次をよこせ。…あーん」

 

ヤマトは自ら口を開いてタコ焼きを要求した。

彼のプライドはタコ焼き如きで砕け散ってしまったのだった。

それでもミヤビと一緒にいられる幸せな時間を堪能し、ミヤビはヤマトの自分にだけしか見せない素顔が見られて大満足であった。

 

 

 

 

ミヤビたちの前に、再びあの災厄が降りかかるかどうか…それは誰にもわからない。

しかし13人の仲間たちの8日間の経験は、それぞれの心と身体に深く刻み込まれた。

確かな記憶はないものの、彼女たちは少しずつ変化している。

いや、彼女たちだけでなく、すべての人間に同様のことが起きているはずだ。

そしてそれが世界を良い方向へ変えていくことだろう。

人間には大きな可能性が眠っているのだから。

 

東京タワーの鉄骨に腰掛けたアルコルは微笑みながら、13人の輝く者たちの新たな旅立ちを見守っていた。

 

You don't need these services anymore. Good luck.

 

 

 

 

 

 

 






あとがき と ご挨拶

回帰された世界での、ヒロインとヤマトの日常を書いてみたかったので、他の仲間たちの分と合わせて書いてみました。

勇気を出してイオにアタックするダイチ。
好意を寄せてはいたものの、遠くから見ているだけだった彼はイオに声をかけて、勉強デートの約束をするまでに漕ぎ着けました。
イオはダイチの誘いに対して断れなかったからではなく、自分の意思で承諾しました。
ふたりの仲が発展するかどうかはわかりません。
しかし彼女にとってダイチは選択肢のひとつになったのですから、可能性がないとは言い切れません。
あとはダイチ自身の行動と意思にかかっています。

アイリはピアニストの夢を諦めず、練習を重ねたことで、コンクールで優勝できました。
ゲーム版では行方不明になっていた父親(デラデカ)も健在で、彼女のピアニストへの夢を応援してくれています。
アイリ本人も音大進学を前提にして、未来の設計ができるまでに”精神的”に成長しています。
ジュンゴは相変わらずです。
アイリのことをずっと見守っていて、彼女に何かあった時には全力で助けてあげるはずです。
彼のことですから今後も真面目に修行を続けて、親方から暖簾分けしてもらえる頃にはアイリとの関係も変わっているでしょう。

ヒナコは父親ときちんと話し合い、父親の許しを得て修行の旅に出かけます。
家出をしたことを後悔していた彼女ですから、父親を納得させて家を出るということにこだわっていたと思います。
父親の方も娘の成長を喜んでいるのでしょうが、寂しい思いをしているはず。
だから彼女の二十歳の誕生日には家に帰って来いと言います。
彼女もそのことが嬉しくて、それまでに成長した姿を見せようと、修行に励むことでしょう。

ケイタは自分が強ければそれだけで良いと考えるような少年でした。
しかし仲間たちとの交流によって、自分の強さを他人のために役立てたいと思うようになりました。
強くなったことで、他人に優しくなれる男に成長していくはず。それが楽しみです。

ジョーの恋人は入院中ですが、彼が前向きになっていることで悲壮感はありません。
彼が恋人のために何かしたいという気持ちは、カノジョにもきちんと伝わっています。
「ちゃらんぽらんな性格で、時間にもルーズ。くだらない冗談ばかり言う」という欠点もすべて含めたジョーのことが好きだというカノジョなら、病気が完治したら素敵な家庭を築くと思います。

ロナウドは刑事を続けていて、犯罪者を追っています。
弱者を守りたいという目的に邁進するという彼の性格は変わらず、「博愛」という言葉が彼の行動を後押ししているようなので、名古屋はいつか平和で安全な街になるはずです。

オトメについてはこれといった後日談的な話が思い浮かばず、未登場だった娘の小春との母娘の会話を入れてみました。セプテントリオンの襲来がなければジプスの仕事も忙しくないでしょうから、ふたりで過ごす時間は増えるでしょう。

フミは世界回帰しても変わりません。
ですが人間に興味を持って、すすんで人と関わっていく気になったようです。
ターゲット(=研究素材)にされたヤマトとヒロインは苦労するかもしれませんが。

マコトは『ブレイクレコード』の設定にあるように、事故に遭わなかったことにしています。
事故に遭わなければシンクロを続けていて、ジプス入局はなかったはずです。
それなのにシンクロを捨ててもジプスに入局した理由は、自分の本当の居場所をヤマトに与えてもらったからだと思います。
ヤマトが局長として就任しましたから、いずれ彼女もそれに気がつくでしょう。

ヒロインとヤマトは大きく変わった部分と、まったく変わらない部分を入れてみました。
ふたりの主従関係は同じですが、ヒロインはヤマトと結婚する前提で峰津院家に引き取られたので、オフィシャルな恋人関係になっています。
ヤマトはヒロインのおかげで人間らしさを失わずに済んでいますから、たまに冗談を言ったり、彼女にだけは子供っぽい態度になったりもします。
縁起物の熊手を買い求める人を弱者扱いするシーンがあります。
ヒロインに諭されて他者の考えを理解しようとする態度は、回帰前の彼と比べてあきらかに変わってきています。
回帰前の世界でふたりは祭りの屋台のタコ焼きを食べる約束をしました。
確かな記憶はないようですが、心のどこかにそのことが深く刻まれていて、それが実現することになりました。
ヤマトの「あーん」のシーンはヒロインの天然な腹黒さを出したいと思って書きました。

アルコルを登場させて終わりにしたのですが、これは前回の転送ターミナルでヒロインが口にして途中になっていたセリフの答えです。
「悲しむことなんてない」というのは、世界回帰をすればセプテントリオンが襲来することもなくなり、よってアルコルが消えてしまう原因もなくなる。ならば悲しむことはない。またいつか会える日が来るという希望が見えたからです。
たぶんアルコルは彼女の前に姿を現すことはないでしょうが、いつまでも見守ってくれることでしょう。



最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
ネット小説に馴染みがなく、また初投稿ゆえに読みづらい部分が多かったこと、深く反省しております。
次はもっと読みやすく、読者の興味をそそるような作品を書きたいと思います。

2016.9.12



追記
9月の連載時に改行が少なくて読みづらいものになったため、意識して改行をするようにしました。
また、誤字を訂正し、言い回しを少し変えてみたところもあります。
たぶん3ヶ月前よりは進歩しているはずです。

2016.12.24



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