古鷹がそれを夕張に見せる。
「これは……!」
夕張が声を引きつらせ、青葉と衣笠も加わった皆が注視する。
「? 何かの部品? それが一体……」
戸惑いの声を出す鳥海に、夕張がゆっくりと差し出す。
機械の部品。束になった紐のようなものが垂れている。
「人工筋肉と関節……これは、艤体の一部です」
おずおずと喋りにくそうな夕張の傍らで、古鷹がぐっと下唇を噛みしめた。
艤体……機械の体が呼吸も完全に調整しているはずだが、どこか気管を絞めつけられるような痛みを感じる。
顔から、血の気が引いていた。
「えっそれじゃあ……」
考えるより先に口から出たのだろう。衣笠が古鷹を向いて、しかし次の瞬間には両手で口を塞いでそっぽを見ていた。
衣笠も、古鷹と加古が艤体であることは知っていても、体のどこからどこまでがそうなのかを知らない。
機械でできている古鷹の左手が、どうしてだか震えていた。
震える手を隠そうとして、しかしそっと寄り添ってくれる別の手があった。
……加古。
ゆっくりと取り合う。固く強く握られた手すらも機械であるはずなのに、どこか温かみを感じる。
「そういえば、前からずっとありましたけど、最近になってよく聞くようになった噂があります」
「ちょっとやめなよ青葉、こんな時に」
ぼそりと小さい声だったはずだが、皆が振り返った。
慌てた衣笠が青葉の肩に手を乗せるも、場が望んでいた。残酷なことであろうとも、皆が何も喋らなくとも、次の言葉を待っていた。
「……深海棲艦たちは、私たち艦娘とほぼ同じ存在じゃないか?
もしかしたら沈んでしまった仲間を、知らぬ間に敵として戦っているんじゃないか?」
深く考えなくても、そんな妄想を抱いてしまうのは当然のことだった。
何しろ深海棲艦についてなど未だに未解明のことばかりなのだ。
自分たちの亡霊と戦っている。
亡霊ならば、その際限のない量にも合点がいく。
亡霊ならば、かつて人類が対抗できずに、艦娘が生み出された理由にも合点がいく。
艦娘も、かつての戦争に生まれた鋼鉄の体から生み出された、亡霊のようなものなのだから。
水を打ったように静まり返る中、鳥海が破片を夕張の手から叩き落とした。
唖然とする皆の視線を浴び、鳥海は毅然と顔を上げる。
「もし本当だったとしても、彼女たちだって、作戦の成功へ戦ったことに変わりはありません。今の私たちもそうです。違いますか?」
皆が沈黙で答えていた。肯定。
「たとえ深海棲艦がそうだったとしても、私たちに彼女たちの気持ちはわからない。
だけど、私たちがここで引き返せば、成功を願いながら死んだ艦娘たちの思いは報われない。
場所も、時間も、敵だって違うかもしれませんが、今さら仲間の思いを無碍にすることはできません。
……作戦を続行しましょう」
返事を待たず進む鳥海。青葉が続いた。衣笠も、夕張も、立ち止まる古鷹と加古を振り返りながら進んだ。
「……なぁ、古鷹」
古鷹の顔を覗かなくてもわかっていた。
手の震えが治まっていない。
「加古。わかる?」
「怖いんだろ? 深海棲艦になるのが」
艦娘の敵、深海棲艦。
今まで出会ってきた敵にまともな知能があるとは思えなかった。砲弾を飛ばしてくる敵に、古鷹も加古も同じように砲弾を飛ばして、そして沈めてきた。
「仲間を、撃っちゃうのかな」
「撃たないさ」
震える手を引いて、加古は進む。
「この艦隊だ。私らがいるんだ。絶対に成功して終わるさ」
古鷹が顔を上げる。光を宿す左目に涙を浮かべて、しかし笑顔を作った。
「そうだね」
艦隊は複縦陣を作る。鳥海と青葉が先導し、古鷹と加古が後衛に当たる。
話題を切り出したのは衣笠だった。
「それにしても、なんであの赤いのだけ喋るのかしらね? 仲間だって殺しちゃったし」
「おまけに船を使ってましたからねぇ」
青葉が肩をすくませる。初めて知ることばかりで、今までのどの常識も通用しない。
「他の深海棲艦とは違う。ということだけはわかるんだけど……青葉さん、雪風さんから他に何か聞きませんでした?」
鳥海の問いかけに、青葉は首を横に振った。
「喋る深海棲艦……他の鎮守府などでは発見されたそうですね。戦艦レ級というそうです」
「夕張さん。雪風さんたちと同じく出撃した艦娘の艤装から、映像データなどの抽出は?」
「まだ修復作業中だから、そこまでは……」
「じゃあ、以前の戦いから考えることはできそうにない、か」
鳥海の頭では様々な可能性が激しく往来していることだろう。
加古と古鷹は黙って彼女たちの背中を見続ける。
「深海棲艦がたまたま船を手に入れた、とか?」
「船であれ人であれ、深海棲艦は攻撃して壊すことしか考えていないでしょう。手に入れるという発想自体ないはずです」
無機的に返されたせいか、衣笠はむーっと頬を膨らませて黙ったが、すかさず青葉が妹のフォローに回る。
「ですが喋っていたからには、そこそこ考えることができる深海棲艦だったんじゃないですか?」
「喋る……」
しかし鳥海の頭に引っかかったのは、別の部分だった。
「あの時、チ級は『使命を果たす』と言っていました。『私たちの争いに興味がない』とも……」
「使命、ですか?」
「じゃあその使命に従って、味方の深海棲艦を殺した?」
「味方を殺す必要性なんて、どこにあるんでしょうねぇ」
それぞれが必死に頭を回しても、考えはまとまらないどころか、出てくる情報すら少ないままだ。
「どうやら、まともな連中ではないということだけは、確かみたいですね」
考えるのをやめたのか、鳥海が組んでいた腕を広げる。
「敵の艦隊? 見える青葉?」
「ばっちりですー。赤くないし、船に乗っているわけでもないですねぇ。迂回しますか?」
一度鳥海が顎に手を当てたが、すぐに手を離した。
「これから連戦が続くことを考えれば、そっちの方がいいですね」