弾薬が半分を割ったという妖精さんの報告を聞いてしばらく。
夕陽よりも高いところを飛び回る羽虫目がけて、ひたすらに砲撃を繰り返していた。次々に敵が湧いて出てくる。その一つ一つに構っている暇などない。
だが遠くに見える陸地の周りにも砲煙が広がっていた。あれほど遠くからこちらを狙っているわけではない。
自分たち以外に、戦っている部隊がある。
だからこそこの場所には尋常ではないほどの深海棲艦が集まり、鳥海たちは既に戦場となった海へ飛び込む形となってしまった。
かといって何も考えずに飛び込んだわけではない。
遠くの陸地――敵の重要拠点だと判断すれば、それは鳥海たちが打破するべき目標と一致することになる。
もし自分たちが敵わなかった場合でも、引き際さえ間違えなければ有益な報告ができる。
鳥海たちが進むべき先――陸地の周囲で既に起こっている戦い。
その場に、艦娘がいるようには見えなかった。
「青葉、見えますか?」
「あまり見通しは良くないですけど……居ますね。赤いのたちです」
海面から飛び上がってきたイ級の口に鉛を叩きこんで、鳥海は唇を引き締めた。
深海棲艦での同士討ち。敵の重要な拠点であると踏んで彼らは攻撃したのか、それとも初めから考えなどなかったのか……。
探っている余裕など鳥海たちにはない。
「なあ、これ私たちだけじゃ無理じゃね?」
加古が言うのも当然だろう。
どれほど優れた艦娘たちでも、艤装が、武器がなければ勝ち目などなくなる。
あまりにも多すぎる敵を前にして、鳥海は撤退すら検討しているところだ。
もしこの場にいる敵全てを倒したところで、弾薬がなくなるのは目に見えている。いくら青葉の目が優秀とはいえ、空になってしまっては戦闘を迂回するためにまともな帰路すら作れず、燃料も底を尽きることになる。
赤い深海棲艦――一向に解消しきれない疑問を少しでも解決できないかと思ったが、現状ではそこまでたどり着くことすら困難だ。
何かしらの策があるわけでもない。
「戦闘を中断します。これより撤退を――」
その時だった。
一際大きな爆煙が広がったのだ。陸にできたもう一つの夕日を、鳥海たちは呆然と眺めるしかできない。
『ナゼ オ前タチガ……!』
炎の向こうから悲痛の叫び声が聞こえ――しかし次の爆発に、垣間見えた腕と長く白い髪の毛ごと掻き消される。
それを境に敵の砲撃がピタリと止んだ。
一瞬にできた閑寂の後、鳥海は声を張り上げる。
「戦闘再開! とにかく敵を倒してください!」
最初の砲撃は衣笠から始まった。
守るべきものを失ったからか、打ち返すこともなく逃げ惑う深海棲艦を、加古も追随して撃ち貫いた。蜘蛛の子を散らすように逃げていく。ある者は遠くへ、ある者は海中へ、そしてある者は炎の中へ。
数分と経たないうちに、辺りから深海棲艦の影はなくなってしまう。
――遥か遠くの赤い数体を除いては。
「やっぱり、船がありますね」
青葉がぼやく。
数は片手では収まりきらないほど……だが彼らも、無傷ではないことは見て取れる。
動き出したプレジャーボートにいくつかの深海棲艦が近づいて、乗り込んで、走り去っていく。
残ったのは一体――ヲ級だった。
敵であるはずの、仲間だったかもしれなかった存在。
艤装を握る手に汗が滲んでいる。だが力を抜くことは許されない。
ゆっくりと前身して距離を詰めていく。
ヲ級はじっとこちらを見つめたまま、艦載機を放つことはない。
「あなたたちは、何が目的なんですか?」
『貴様ハ 敵ナノカ?』
鳥海の問いかけに、ヲ級の言葉は返答ではなかった。
「先にそっちが攻撃したじゃない」
衣笠が口走ったのを手で制し、鳥海は返答しない。
艦娘だから、深海棲艦だから、先に攻撃したから、応戦したから――そこではない別の『敵』という括りを、赤色のヲ級は求めている。
『答エテモラオウ 我ラハ最早 不要ナノカ?』
「あなたたちが必要であることとは……つまりは、あなたたちがなぜ戦っているのですか?」
質問で返す鳥海。
断片情報を拾い、より多くの情報を求める。味方かもしれない敵――その目的に戦わないという活路を探すために。
『勝利コソ 我ラノ存在スル意味』
「戦うための兵器として本分ですね」
ある意味において最も深海棲艦らしく、同時に艦娘らしい目的だ。
深海棲艦もより強さを求めるからこそ、赤い排気を行う個体や金色の目を持つ個体が生まれ、そして多岐に渡る種別を持っている。
それは同時に艦娘へも同じことが言える。
深海棲艦も同じ結果を求めているかは不明だが、艦隊を為すことで全体での勝利を求める。
勝利の先に、深海棲艦が人類を脅かさない未来を創ることを目的としている。
亡霊となる前――国家の括りが存在した過去の時代では、もう少し浅ましい理由で、彼女たちの元となる鋼鉄の体は作られたが。
『貴様ラガ 我ラノ強サヲ乗リ越エルノナラバ ミッションハ失敗スル 我ラハ失敗作ダッタトイウコトダ』
「失敗作……」
疑問が生じる単語。兵器として、武器として、機械として、失敗作があれば傑作もある。判別は当然のものだろう。だが烙印を得て喜ぶ者など居るはずがない。
言葉を持つ彼女の――ヲ級の表情には何も浮かび上がっていない。人形じみた無表情。
しかし言葉を使える脳があるなら、そこに感情があるのなら、失敗作となるかもしれない自分たちに何の憂いもないのだろうか?
ヲ級は、鳥海に一つの問いかけを催促しているとしか思えない。
「あなたたちを、全て倒せと?」
『貴様ニ ソレガ出来ルナラバ』
『警告。敗北主義と見做される発言だ。それ以上は反逆行為と捉える』
突如として、拡声器から出たような割れた声が響く。鳥海たちの後方からだった。
波を切り裂いて鳥海たちの眼前を通り過ぎたプレジャーボートが、ヲ級の後ろに停まる。白いプレジャーボート。どこにでもあるような代物。
だがそこから男性の声が響くなどありえないはずだ。
深海棲艦と与する人類がいるなど考えたこともない。
だが言語のコミュニケーションが図れるならば、もしかしたらあり得ることなのかもしれない。
ヲ級はプレジャーボートを振り返り、聞く。
『既ニ友軍ハ居ナイ 我ラニ命ジテイルノハ 誰ダ?』
友軍……?
鳥海は声に出しそうになる言葉をこらえた。
『意味のない質問だ。解答できない』
プレジャーボートから男の声が答える。感情がない、むしろ機械が喋っているかと思えるほど機械的な声。
『……モウイ居ナイノダッタナ 我ラノ知ッテイタ アナタモ』
ヲ級が告げる。
表情は一切変わることなく――しかしどこか憂い気に、悲しそうに、そして優しそうに。
ヲ級の言う〝あなた〟という存在が誰なのか、鳥海たちは知らない。だが単純な関係ではないことだけがわかる。
息を呑んで、鳥海はヲ級の動きを見つめるしかない。
『先ホドノ戦闘デ負傷シタ 戦闘ノ継続ハ困難ダ 撤退スル』
ヲ級の乗り込んだプレジャーボートが走り去っていく。
今なら撃てる。ボートごとヲ級を撃破できる。頭ではわかっていても実践する気にはなれない。
気がつけば握りしめていたはずの砲を落としそうになるほど、手から力が抜けていた。
前回の予定である月曜日を見事にし損ね、そして昨日も忘れて…
今日は2話連続更新します。