「戦うこと。強さ……そんなのが、特別なことなのかしら」
空が明るくなってきたところで、衣笠がそんなことを漏らした。
すでにショートランド島が水平線に浮かび上がっている。
鳥海も青葉も、敵の姿はないだろうと警戒を解いた。
加古が両手を頭の後ろにやりながら欠伸をかく。
「そりゃあ、そうじゃなきゃやっていけないじゃん」
「それじゃあ、うちの泊地は毎日が特別になっちゃうね」
「まあ、今となってはどうでもいいですよ、そんなの」
茶々と入れる加古の横で、夕張が艤装を駆け回る妖精さんの頭を撫でて、そして鳥海を向く。
「ね?」
「どうでもいいというわけじゃないですが……でも、あの人たちほど、囚われたくないですよね」
「青葉も嫌ですねー」
並走しながら青葉はどこか上の空を見つめて、続ける。
「誰かの思惑で生きる、なんて」
誰かの思惑。確かにそうなのだろう。
きっとあのヲ級は、あの赤い艦隊は、戦いの中で強さを誇示することしか知らなかったのだろう。
それしか知らないように、成ってしまったのだろう。
どこまでも憶測でしかないことを鳥海は考える。
「うちもそうじゃないことを祈りますよ」
「思惑? そんなのを持っている人、いますか? 司令官さん?」
夕張が顎に手をやりながら尋ねた。
――出撃命令ばかりを出し、姿も見せず、声も出さないショートランド泊地の提督。
確かに変わり者かもしれない。
本当に必要な情報以外を何も語らないだけ、怪しいと思ってもおかしくはない。
だが本当に敵がいるところを攻撃しているだけ――ある意味において、仕事に忠実だと考えればそうともなる。
一概に疑いをかけられるわけではなかった。
「まあ、もしそうだったら、足掻くだけ、やりたいことをやるだけだよ」
加古がゆらりと水面をさらって、手についた汚れを落とす。
古鷹が加古を振り返る。
「やりたいことって、例えば何ですか?」
「それはなぁ……」
加古の視線が中空を泳ぐ。
右上を見て、左上を見て、そして思い出したように顔色を明るくする。
「寝ることだな!」
違いない、と思って思わず全員がくすりと笑みをこぼした。
夜通しで戦ったのだ。疲れも溜まっている。
何より、鋼鉄の身体の時にはそんなことはできなかったのだ。
ゆっくりと布団の中で微睡みを楽しむのは、とても心地良いことだろう。
暁が水平線に昇り始める。
顔を覗かせる赤色を背に、加古はにんまりと笑顔を浮かべていた。
――第3章『Why don`t you come down』完
さて3章が終わりました。
次から一区切りである4章が開始しますのでどうぞよろしくお願いします。