鉄底海峡に待雪草を   作:在田

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「やっぱり俺が最強かぁー」


Set the Sunset

 泊地の至る所に設えられた掲示板。そこに真新しい新聞が貼られていた。

 

 昼食後の休憩時。

 話し相手がいなくなった敷波は、ロビーへ降り注ぐ陽光に一つだけの影を落とす。

 

 青葉の作った新聞をぼんやりと見上げていた。

 写真が一つだけ載っている。

 鳥海を真ん中に、青葉と衣笠と、古鷹と夕張が並んでいた。

『大戦果!』という文字が大きく踊る割には、皆の顔に笑みの色はない。

 特に古鷹の目の周りが少し赤く腫れているだろうことが、白黒の写真でもわかった。

 

 直近で起こった大規模な作戦となるはずだった、新たな深海棲艦の拠点制圧――その第一陣だった鳥海たちが、次の出撃を待たずして撃破してしまったという記事だ。

 強行偵察だった比叡たちの艦隊は失敗に終わったらしいが、それでも戦果を挙げられる鳥海たちの功績は非常に大きなものだ。

 そう主張するかのような、青葉の自画自賛とも取れない文面を、ゆっくり見つめる。

 

 戦いに備えて新たに作られていた装備の数々も、早々に埃を被るだろう。

 

 その記事が載っている上半分だけを読み終え、不意に出てしまった溜息を吹き飛ばすように「うわぁ!」敷波の背中が叩かれた。

 

「どうしたの? こんなところで」

 

 一度振り向いて、敷波はもう一度新聞へ目を向ける。

 敷波と同じところを読もうとしてか、橙色の花のような衣装が前に出た。

 

 川内。訓練時に敷波の教導を執る神通と同じ軽巡であり、神通の姉とも呼べる存在。一見、引っ込み思案とも思えてしまう人格をこの活発的な姉が作ってしまったんじゃないかと思えるほど、出処のわからない不敵な笑みをいつも浮かべる。

 

「いや、あたしの出番も、なかったんだなー……って」

 

 どこか上の空で答える敷波の頭に「違うね」と川内は手を載せた。

 そのまま頭をぐりぐり撫で回して、新聞の下半分を指差した。

『今回の作戦を通して』と総括されているところ。

 

 敷波も知っている噂の一つ。その真相が明かされたということだろう。

 深海棲艦がどんな生き物なのか、敷波は知らない。もちろんここの泊地にいるほとんどが知らないだろう。

 だから憶測が飛び交い、噂になる。

 

 深海棲艦は総じて化物のような見た目というわけではない。人型に限りなく近い形を保持する個体もある。だからこそ人と同じ姿を持つ艦娘と、どこかで共通する存在なのではないかと思うのも当然だろう。

 先の比叡たちに着いて行った雪風が、暁もそうなったと言っていたが、誰もにわかには信じきれなかった話。

 それが裏づけされたと、記事は語っている。

 

 艦娘が、何かしらの原因で深海棲艦になってしまうという話。

 今回の作戦で初めて出てきたという、会話することができる深海棲艦。

 

 艦娘が深海棲艦になっても何かしらが残っていて言葉を話せると考えれば合点はいく。

 だが如何に合理的であっても鵜呑みにはできない。受け入れるにはあまりにも衝撃的すぎる事実だ。

 ――姉のような存在を失った敷波にとっては、尚更。

 

「綾波のことでしょ」

 

 記事を通して名前が載っているはずもないのに、川内はそう言い切る。

 

 否定できないが、肯定したくなかった。ズバリ的中されてしまった敷波は返答するでなく、視線を川内に向けていた。

 どれほど驚いた表情を浮かべていたのだろうか。川内は目を細めて白い歯を見せる。

 

「だって私もそう思っているもん。どこかで綾波がそうなっちゃったんじゃないか、って」

 

 川内の笑みは、言葉の後半にはなくなっていた。

 

「もしかしたらきっと、これからの出撃で綾波を撃っちゃうんじゃないか、とかね」

 

「……艦娘同士で撃ちあうなんて、演習じゃないんだから」

 

「その時は、艦娘同士じゃないかもしれないよ? もしかしたら言葉だって忘れているかもしれないし、見た目もあんなんになっているかもしれない」

 

 考えたくないことばかりを川内は鋭く突いてくる。

 

 深海棲艦は敵だ。だから敷波たちは戦わなければいけない。

 その中に、敷波の知らない間に、敷波と川内と、もっとたくさんの艦娘と仲良く話していた綾波が混じっていて、知らないうちに撃破してしまっていたら――。

 

 ちゃんと弔うこともできないまま、自覚すらなく仲間を殺してしまうことになる。

 その時には仲間じゃなかったとしても、仲間だったことは事実なのだから。

 

「……なんで、こんな悲しいことばっかりなんだろ」

 

 川内の問いかけに答えられない敷波は悪態を吐くしかない。

 普段は饒舌な川内も答えなかった。

 

「あたしたちって、戦うために生まれたんでしょ? 深海棲艦を倒すために」

 

「そうだよ。深海棲艦は今までの文明じゃ歯が立たない脅威だったから、私達艦娘が生まれた」

 

「じゃあそれって、兵器ってことじゃん」

 

「まあ――」

 

 川内も頭の中を――遠くの記憶を探っているのだろう。答えが濁り始める。

 

「――そうなるね。うん。私たちは兵器だ」

 

 答えるためでなく、自分自身に語り聞かせるためにしか聞こえない。

 

「兵器ってことは、敵を倒すのが仕事みたいな感じだよね」

 

「仕事というか、本分だね」

 

「じゃあ――」

 

 敷波は自分の肩を掴んだ。弾を弾くためなら硬いはずの表面は、とても柔らかい肌。

 

 如何なる状況でも果敢に挑むべき身体が、小刻みに揺れていた。

 

「――なんでこんな気持ちになってるんだろ、あたし」

 

「……しょうがないことだよ」

 

 川内も、敷波の気持ちを痛いほど理解していた。だが敷波の言葉をそのまま肯定することもできない。

 気持ちには浮き沈みがある。当然だ。だが本分であるはずの戦闘に対する意欲にだって、浮き沈みが生じることになる。

 

 気がつけば敷波は、自分自身を抱きかかえるように縮こまり、うずくまっていた。

 声すら震えている。

 

「あたしたちの本分に、これって要らないじゃん……なんだよ。なんでだよ」

 

 腕の内側に、胸がある。その奥で鼓動する心臓もある。絞めつけられるように痛かった。

 嗚咽に揺れる背中に、川内は優しく手を乗せる。そっとさすりながら囁く。

 

「でもきっと、私達の戦いも終わるよ。古鷹たちが一つの戦いを終わらせてくれた。だからしばらくはそれでいいじゃん。その間にゆっくり考えよう」

 

 敷波は返答しなかった。代わりに大げさとも取れるほど大きく首を振って、床に涙滴を散らしていた。

 

 その姿を見ながら、川内は独りごちる。それこそ敷波にすら届かないほど小さな声で。

 

「本当に終わったなら、ね」

 

 

 

 運動場で走り回る駆逐艦たちを見下ろしながら、金剛は白く丸いテーブルにティーセットを並べていた。汗を流して教導である軽巡に必死で着いていこうと奮闘する彼女たちを尻目にカップを口元にやる。

 

「あー。ここの提督と一度も会えてないネ……」

 

 燦々と照りつける日差しの中でも、金剛は湯気の登る紅茶を口に入れる。

 

 戦艦ともなると訓練メニューが過酷になる……というわけではない。

 むしろ戦艦が一番、訓練メニューが緩いだろう。

 何しろ艤装を手で持たない。腰に接続するのだ。

 砲を振り回すための腕や胸の筋肉は要らなくなる。元から速く動き回るわけではないため、体力勝負を仕掛けることも少ない。

 必要なのは砲撃の莫大な反動に耐え切る足腰の強さと体幹から来る安定感だ。

 

 それは駆逐艦たちのように身体を虐め抜くという鍛え方をする必要はない。休憩を挟みながら、日常的に何度も繰り返していくことの方が肝心だ。

 弓矢や巻物を振り回す空母などもそれ相応の訓練を要するため、艦娘の中で戦艦が総じて暇を持て余しやすい。

 

「もう飽きたデース。何もやることがないネー」

 

 金剛がこの泊地へ異動したのも、最前線だからこそより戦果を挙げられるだろうという理由だ。

 しかし肝心の異動直後は比叡が負傷して帰り、続く金剛の出番は鳥海たちが済ませてしまった。新聞を見る限りでは戦いが一区切りしてしまったとも読み取れる。

 

 常から艤装の調整・実戦・修復のコストが大掛かりになる戦艦は、そもそも戦闘の機会が少なければまともに運用する回数も激減する。

 おまけに訓練も少ないとなれば、本当にやることがない。

 

「戦わない私たちに、何の意味があるっていうんデスカー!」

 

「お姉様、私が! 私がいるじゃないですか!」

 

「比叡ももう飽きたヨ」

 

 目の前で比叡がテーブルに突っ伏した。

 

 しばらく前まで作戦による負傷で伏せっていたが、最新の新聞が出まわる少し前に復帰となった。だが戦闘に参加できるということではない。まだ比叡の艤装は修復が終わっていないのだ。

 危うく死にかけていたと聞く。戦いに身を置いているなら日常的に付き纏うことだ。

 

 だが比叡の出撃も、鳥海たちも……悲しくない、というわけではない。その時その時の感情を大げさに精一杯に出しきり、後に引きずらない。もしくは紅茶を飲んでゆったりと流れる時間に身を委ねて、落ち着くのを待つ。それが金剛の切り抜け方だった。

 

「そもそも異動も一緒で、その前からずっと一緒だったネ」

 

「そうなんです! 比叡はずっとお姉様と一緒に……」

 

 ガバッと目をキラキラさせながら顔をあげる比叡に、金剛はまた言葉を浴びせる。

 

「だから飽きたんデース」

 

 砲弾でも食らったように比叡は仰け反って、椅子ごと倒れた。

 

 カップを置いて、金剛が溜息を吐く。

 

「Communicationが醍醐味なのに、ずっと同じ顔じゃ面白くないネ」

 

 泊地に来た時のテンションの高さは消え失せたのか、金剛もぐったりと椅子に項垂れて、ゴロゴロと運動場へ転がっていく比叡を暇潰しに見つめる。

 

「Tea timeにNew Faceがほしいデース」

 

 そしてちょうど比叡が坂から転がりきった頃に、その身体を受け止めずに見下ろす二人のシルエットが見えた。二人共が、金剛と同じ装束。お辞儀をする榛名と、眼鏡を陽光に光らせる霧島。

 その傍には書類を持つ手を金剛に振る叢雲の姿。

 

 にんまりと金剛は笑う。ちょうど紅茶を共にできる人が増えたこともそうだが、それ以上に喜ばしいことがありそうだという、期待。

 比叡だけでなく金剛もいるはずなのに二人が来て、また四人揃った。理由もなく異動するわけなどないだろう。それも、金剛と比叡だけでは戦艦の戦力として足りないと思われるほどの何か。

 

 また、新しい戦いが起ころうとしている

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