鉄底海峡に待雪草を   作:在田

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「貴様らには水底が似合いだ」


Water down

 最後尾の川内が欠伸をかく。初雪も頭で船を漕ぐ。先頭の霧島も目頭を揉む。

 真上から降り注ぐ日光の眩しさが、鋭く頭の奥まで響くのを、皆が感じていた。

 

 定刻通りの出撃と、到着。

 叢雲が説明した提督の作戦要項に記されていた通り、隊列ではなく単なる群れを成す深海棲艦たちが航路に転がっていた。

 

 ほとんどを一掃したのが川内だ。

 それを見ていた敷波はひたすら驚愕していた。

 夜闇に紛れて接近、攻撃と退避。一撃離脱に近い駆逐艦の夜戦での戦い方を、軽巡であるはずの川内がそれ以上をこなす。夜でも目立つような格好のはずなのに、ほとんどを視認できないままに行い、気がついた時には敵が沈み始めている。

 綾波の凄まじい夜戦を見たことはあるが、それを教えていた川内は、綾波を軽々と超えて、寒さすら感じるほどに恐ろしい。

 初雪も敷波も追随するのが精一杯で、そして撃ち漏らしたいくつかの敵は高雄と愛宕の砲撃が片付けてしまう。

 

 その二人も霧島の後ろにいるが、どこか眠たげだ。

 そして同様に、敷波も眠かった。

 およそ航海を始めてからちょうど半日。休憩といっても飲み物を飲む程度。記憶にあった機械の体に疲弊という考えはなかったが、今の体では運動すればするほどに疲れが蓄積していくことが辛い。

「……サボ島を確認しました。例の海峡を迂回します。取舵!」

 

 霧島が左へ腕を伸ばし、皆が習って左側へ進んでいく。

 小さな丸い島。サボ島。その奥――脳裏に焼きついてる海峡を皆が見つめていた。

 

 そのまましばらく進路を北へ取り、サボ島が見えなくなったところで、もう一つの大きな島が見える。

 ダニサボ島。鉄底海峡を南北に挟む島々の中で、その最も北西に位置する島。

 諸島で最も鉄底海峡から離れていてる島。

 

 諸島の例に漏れず、人の住む気配はなく、そして島からはみ出ようとした木々が奥行きのない砂浜に影を落とす。

 ……あそこで眠れたら気持ちよさそうだな、と敷波は思った。

 

「ねぇ高雄、あそことかリゾートに最適じゃないかしら?」

 

「遊びに来ているんじゃないんだから、今は慎んで」

 

 楽しそうに話しかけた愛宕をあしらう高雄の視線も、どこか羨ましげなものになっている。

 眠いのは、全員が一緒なのだ。

 

「まだ作戦は終わってません。反応乙を確認し、正体を知って、対処する。それまでは終われません」

 

 霧島の言葉にどこか覇気がないのは、艦隊への叱咤であると同時に、自分にも言い聞かせているからだろう。

 

「そりゃわかってるけどさー。少しここで休憩を取ってからでも……」

 

 川内の何度目かわからない進言が、途中で止まった。

 すぐに小さな声が通信で共有される。

 

「島に、何かいる」

 

「全員微速。体勢を低く」

 

 霧島の号令。さっきまで自分が寝転がっている妄想をしていた砂浜へ、全員の視線が注がれる。

 

「……見えた」

 

 初雪がぼそりと呟いた。

 

「え、え? どこ? どこに?」

 

 ゆっくりと初雪に肩を重ねて、彼女が指差す方向へ目を細める敷波。

 

 奥の木立は暗すぎて見えない。だがその手前――木陰の砂浜に、姿はあった。

 見慣れた水兵服。自分が着ているものと同じだったそれが、どこか違うように見える。

 

「嘘。あれって……」

 

 敷波の言葉が続かない。しかし全員が見つけて、同じように口を閉じた。

 少女。頭の横で結われたとても長い髪。兵装から顔を出す妖精さんたちと何かしらの会話をしている。

 

 敷波の瞠目を塗りつぶすような、苦々しげな川内の言葉。

 

「間違いないね。綾波だ」

 

 突如の失踪により除籍となったはずの……いなくなった者とされていた彼女が、いた。

 熱い気持ちが、腹から駆け上ってくるのを感じる。敷波の視界が涙で波打った。

 

「行かなきゃ……っ!」

 

 しかし踏み出した足は前に出ない。

 高雄と愛宕の二人が、敷波を捕まえていた。

 

「……!? なんで、どうしてさ!」

 

「これが救援なら私も行きたいところですけど……」

 

「ちょっと待っててね敷波ちゃん。旗艦がちゃんと言うまで待ちましょ?」

 

 疑問符を声に滲ませる高雄に被せて、愛宕が敷波の頭を撫でて、そして離した。

 

「……うん」

 

 危うく艦隊行動を乱すところだったと思い直しながら、敷波は頷いて再び列に戻る。

 

 眼鏡の縁を指で支えながら、霧島はずっと様子を眺めていた。

 あるいは、頭の中の情報と相談しているのだろうか。

 

「確認取れました……反応乙です」

 

 ハッと顔をあげる敷波。作戦要項の情報が敷波の頭を過ぎる。

 こちらを見下ろす霧島の悲しげな表情など、見たくもなかった。

 

「綾な……あれは、深海棲艦である可能性が高いです」

 

「そんなっ……でも綾波だろ! あんな化物みたいな見た目なんて、してないしっ!」

 

 わざわざそれと認めさせない配慮など、敷波にはどうでもよかった。

 敷波は指差す。ついこの間まで同じ部屋で過ごしていた彼女を。

 いなくなったと思っていて、ようやく再会を果たせたと喜んでいたのに――!

 

「今はそうでも、これからそうなるのかもしれない」

 

 そっと囁く川内に、思わず振り返った。涙滴が散る。味方に、仲間に、姉妹に再会できたのに、喜ぶ人がなんでいないんだと恨みさえした。

 

「敷波、お前が読んでいたんだろ。もしかしたら私たちは深海棲艦になってしまうかもしれないって。今の姿はそうかもしれないけど、中身はもう深海棲艦かもしれない」

 

「反応乙……つまり、その可能性が高いってことよね」

 

 高雄がぼそりと呟いた。霧島が頷き、続けて言う。

 

「私もブイン基地の時に読みました。夕立も改装中に基地を飛び出して、まだ返ってきません」

 

「それ、少し前のニュースでしょ。じゃあ……」

 

 高雄と霧島が、切迫した面持ちで見つめ合う。じっくりと確認するように。

 敷波たちが深海棲艦にそうしたように、一つ一つ、敷波の希望を潰していくように。

 

「……食料も補給も、トラックが壊滅した今。受ける場所なんてない」

 

「あったんだよ!! きっとどっかに!」

 

 痛々しい金切り声が広がっていく。愛宕が慌てて敷波の口を塞ごうとした。

 

「ちょっ、そんな大声出したら……」

 

 砲声が遠くから聞こえた。

 近くで飛沫が巻き起こる。

 

 小雨のように降りかかる飛沫の中で、敷波も見ざるを得なかった。

 砲撃の主人――砂場から連装砲をこちらに構えて、細い砲煙を漂わせる、綾波を。

 

 敷波の時間が止まったようだった。あの綾波がこちらへ砲撃した。仲良かったはずの綾波が敷波へ攻撃した。

 受け入れることなど、できない。

 

「気づかれましたね」

 

 霧島がモールス信号を叩く。後ろで高雄と愛宕が手を振って敵対の意思なしと合図を送る。

 

「……高雄と愛宕は砲撃準備を。それ以外は姿勢を維持」

 

 霧島の小さな命令に、三人の砲が緩やかに動き始めた。

 初雪と川内、そして敷波も手に持つ砲しかない。両手を上げながら砲撃できる三人だけが選ばれた。

 

 敷波の声が、か細く懇願する。

 

「待ってよ、ねぇ……も、もしかしたら何かの間違いじゃ」

 

 再びの砲声が鼓膜を突いた。すぐ近くで炸裂し、敷波はずぶ濡れになる。

 

「こちらを拒絶しているか、でなければ本当に……」

 

「でも艦娘が、泊地や基地のバックアップもなしで、さらに味方を拒絶する理由が思い当たらないわ」

 

 冷静を取り繕う高雄。そして続く愛宕。

 敷波が見上げる霧島の横顔は、どこまでも冷徹なものに見えた。

 冷酷な号令。

 

「目標、駆逐艦一隻」

 

 敷波の眼前で、三人の砲塔に弾が込められる音がした。

 

 思わず駆け出した。

 何を言えばいいかわからない。もしかしたら自分が撃たれるかもしれない。そんな可能性の全てが頭から消し飛んで、とにかく綾波へ走り出そうとした。

 

「川内、抑えて」

 

 しかし敵わず、足を抑えられて海上に転倒する。

 

「やめてよ! 離し……っ! ――ッ!」

 

「……見ない方がいい。見ちゃダメだ」

 

 叫ぼうとした口が塞がれる。川内が自身の胸に、敷波の顔をきつく抱き留めていた。

 暴れる手が川内の肩や顔をがむしゃらに殴る。川内の足も魚雷発射管も蹴っていた。声にならないくぐもった慟哭が川内の胸に響く。

 

 それでも、川内は決して離さなかった。

 

「ごめんなさい。敷波。でもこれしかないのよ」

 

 霧島が声を漏らした。

 

 そしてすぐ近くから轟くいくつもの砲音と、続く地上での炸裂音が砂浜と木々を吹き飛ばす。

 

 敷波の叫び声は虚しく、そこへ届くことすらない。

 

 そして意識は、川内が首を叩いただけで、簡単に暗闇へ落ちてしまう。




モチーフ作品があるとストーリー改変に悩むことが往々にしてあります。

……ま、それがメインなんですがね。
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