誰もいなくなった海を叩く敷波。
叩かれた水面はばしゃばしゃと波を立てて飛沫を散らすが、彼女の手が海に入ることはない。
「なんなんだよ……なんでだよ……!」
艦娘が生存できるよう、海に沈まないために調整された缶の抗磁圧の作用。海の向こうに消えていった綾波と敷波を隔てている、目に見えない障壁となっていた。
「お別れぐらい、言わせてよ」
耐えることのない月光と、留まらない波の煌めきが敷波を照らし出す。
金剛が、その背中を見下ろす。
弁明も言い訳も、正当化できる言葉こそあれど、受け入れてもらえる言葉など持ち合わせていない。
彼女をこうさせたのは自分自身なのだから。彼女からすれば、二度も立て続けに姉妹を殺されたのだ。
仲間である艦隊の皆を仇敵のように思ってもおかしくはない。それこそ深海棲艦以上に。
敷波の上で、綾波に居た妖精さんたちが海をじっと見つめている。
……敷波と同じか、あるいはそれ以上に――抱え込んでいる悲しみを慮ろうとしても、それを両者間で比べようとしている自分が、金剛は嫌になる。
悲しみなど誰かと比べることではない。
比叡がボロボロになりながら帰ってきて、比叡と共にいた暁がいなくなった時も、金剛が暁の妹たちへ言葉をかけることなどできなかった。
同情に泣くことはできても、悲しみを共有することはできない。
この状況となっては尚更だ。
敷波にとってかけがえのなかっただろう姉妹は、金剛にとって倒さなければならない敵だった。
定義の違いがもたらした結果。
だからといってこのままでいるわけにもいかない。
すでに艦隊の皆は疲労と損傷と損耗に憔悴しきっている。今新たな敵が現れたとして、まともに立ち向かえる戦力など揃っていない。
一刻も早く、泊地へ帰る必要があった。
「ごめんネ。敷波……」
肩に手をかけて、拒絶されなかっただけ有り難いと思えた。
「帰りまショウ」
ゆっくりと敷波が立ち上がり、足元に波紋を作る。
手をぎゅっと握り締め、口を横一文字に引き締め、敷波は返事をせず、ただ金剛に従う。
……その様子を後ろから眺めて、川内が何も思わないわけはない。
手塩にかけた夜戦の弟子。それが味方に沈められた。
どれほど冷静に考えても、どれだけ冷淡であっても、金剛に憎しみがないとは言い切れない。
投げられるものなら魚雷の一本ぐらい投げているだろう。
だが金剛の判断を間違っているとも言えない。丸腰の味方が、駆逐艦四人をこともなげに御せるほどの強敵へ近づいたのだ。味方を守るために攻撃した……むしろ当然だとすら思える。
夜戦で使いすぎた燃料は、綾波を追えるほどすら残っていない。
そのために目覚めた敷波を抑えこもうとせずに、むしろ綾波を連れ戻してほしいと思って送り出した。
だからこそやり場のない気持ちに苛む。憤りと悲しみと哀れみがないまぜになって、溢れそうな涙をこらえて……。
「ああ――――――――っ!!」
叫ぶしかなかった。
川内の慟哭も潰え、残響と波音が周囲を満たす。
榛名が手元の紙きれを見やる。先ほど――飛行場姫を倒した直後に高雄から渡された小さな異物感。それがこれだった。
『00:00』ちょうど今の時刻。
榛名は静かに嘆息する。
艦隊を見渡し、その場に伏せる川内を見て、敷波を支える金剛と目が合っていつより固く鈍い笑みを作って、最後に高雄と目を合わせる。
高雄の視線には決意が秘められている。横で笑顔を場にもたらそうと懸命に言葉を撒く愛宕に話を合わせながら、しかし高雄の視線は真っ直ぐ榛名へ向いている。
――泊地に居る雪風と、あと二人にも届いているのだろうか?
僅かな疑問を振り払いながら艤装の中から妖精さんたちを呼び出す。
長い時間――どれほどか覚えていないほど長い時間を過ごしてきた妖精さんたちに、はにかんだ。
どれほど寂しい笑みだったか……表に出さないようにしていても、すぐに伝わってしまう。
充血した目の霧島と、ようやく合流してきた金剛に榛名はそっと近づく。
「金剛お姉さま、霧島。ずっと戦ってきてお疲れでしょうから……」
榛名が霧島と金剛の艤装に、それぞれ妖精さんたちを載せていく。
妖精さんは、艦娘を船とする甲板作業員としての役割を物理的作業として担っている。妖精さんがいなければ艤装の動きは鈍重なものになり、戦闘時の活躍は期待できなくなる。
ましてや戦艦という巨大な艤装を背負っているのであれば、妖精さんによる戦闘能力の振れ幅は大きくなる。
だが逆説的に、どれほどの損傷を受けていても、妖精さんさえたくさんいれば効率的な運用による安全をもたらしてくれる。
先に綾波の魚雷を食らって全体的な損傷こそ受けているものの、霧島ほど疲労と燃料弾薬の消費に沈んでもいなければ、金剛ほど激しい損傷を受けているわけでもない。
おまけに金剛の損傷は過激なもので、艤装にいた妖精さんがいなくなっているだろうことも容易に予想がつく。
だから榛名は妖精さんたちを姉妹に託し、二人は心配げに榛名を見つめる。
「榛名は、大丈夫ですから」
そう言って誤魔化し、艤装にいた全ての妖精さんを引き取ってもらう。
――せめてもの償いのために。
そして艦隊は帰路へ移り、はぐれ艦隊と出会う。
誰も彼もが、今まで何度となく倒してきたはずの敵に苦戦した。
高雄と愛宕は損傷を庇い合いながら。霧島と榛名は疲れ目に鞭を打って金剛をサポートする。五十鈴と駆逐艦たちから一手に集めた弾薬と燃料で、川内が縦横無尽に暴れ回る。五十鈴は駆逐艦たちの生存のみを見据えた艦隊運動を行う。
……その途中で、金剛の撃ち漏らしに気づいた霧島が榛名の前へ出た。高雄が砲撃を喰らいながらじりじりと後退し、愛宕が前に立ちはだかる。
図らずして最後尾に回った榛名と高雄が、目で合図を送りあう。
減速し、敵中を突き進んでいく艦隊とは距離を置いていく。
……つい先程まで戦ってきた仲間であり、姉妹でもある艦娘たちだ。彼女たちの背中に照準を定めるような真似は、二人ともしたくなかった。
ふと高雄は妹の背中を見てしまう。艤装を背負って、両手を広げて、尚も明るく笑顔を作りながら、愛宕は敵艦隊に砲弾を降り注いでいく。
高雄と愛宕の目が合った。
裏切るような行為が許されるはずなどない。それでも、その意義を振り切れない己も居る。どれほど暗く後ろめたい顔をしていたことだろう。
それを目の当たりにしながら、しかし愛宕はウィンクを高雄に飛ばして、軽く手を振りさえもした。高雄がその選択をしたことを知っていたのだろうか? 高雄は懸命に隠してきたつもりだったが、同室に居を構えていたのだからバレていてもおかしくはない。
もしわかっているのなら……。
「ごめんなさいね、愛宕……あまり、お姉ちゃんらしいことができなかったわ」
奥歯を噛み締めながら、高雄が艦隊に背を向けた。
榛名が最後に、手を堂々と掲げる金剛と同じように手をかざして、金剛に襲いかかるハ級を葬った。
「これで、私の弾も終わりますね」
もう装填を行ってくれる妖精さんはいない。舵を切り、残された燃料をどこまで効率的に使うかまでを考えなければいけなくなる。
発言の通り、榛名の艤装から全ての弾薬がなくなった。
「榛名さんも、本当にこれで大丈夫なんですね」
「……はい」
怯えるような高雄の問いかけ。数瞬の迷いの後に結論する。
「私たちは別に、お姉様方と敵対するわけではないんです。ただ、また別の、新しい可能性を見つけたんですから」
遥か前方で戦いに埋没していく皆の姿を見ながら、榛名はふと、自分たちにも近づいてきたイ級に砲口を向けた。砲弾が吐き出されてイ級が爆煙に消える。
その一部始終を高雄は見ていた。
「……え?」
遅れて、榛名も理解が追いつく。
……既になくなったはずの砲弾が装填されているという矛盾。
何が起こっているのか、榛名は理解できないまま、艤装の状態を確認しようと意識を寄せた。
その瞬間に艤装から、どす黒く温かな衝動が駆け巡ってくる。身体を伝って、肉体に浸して、意識を侵食していく、違和感のない違和感。
認識している自我そのものが、衝動に呑まれていく。
空と海の区別が消えていく。黒い視界の水平線が溶けて一つになっていく。
どす黒いもの……だがその根源にある衝動が、榛名には見えた。眩い光が去来する。照らし出されるのではない。自分の中から発されると同時に、内部へ吸収を繰り返す。
「光が、逆流している……!?」
傍から見た高雄からすれば、それは常軌を逸した現象にしか見えない。
榛名の肌や髪がだんだん青白く色を落としていく。艤装が内側から生き物のように動くうねりに引き裂けて、榛名を包んでは黒く硬質な装甲を形作っていく。
深海棲艦……それと酷似した風貌へ豹変していく。その中で榛名はまるで時間が止まっているかのように、ただ前の虚空を見つめて眉一つ動かさない。
「なぜ、榛名さんが……!?」
高雄の発した悲鳴混じりの声に、それぞれ最後の一体を葬った金剛と愛宕が振り返り――驚愕した。
ボロボロの砲塔が生き物の筋肉めいて歪んで黒く変色し、最後には大きな咢を開いて咆哮を轟かせる。
四つある砲塔の全てから、咢が涎を垂らしていた。
「榛名……? 一体どうしたノ?」
今更、問いかけるまでもないことは金剛自身が理解していた。
表示枠が、味方を指すものではなくなっている。
深海棲艦――反応・甲や乙などではない。明らかに深海棲艦として認識されている。
金剛が綾波に抱いていた危惧が、予期しない形で、予想もしていなかった人物に生じた。
なぜ榛名と高雄の二人だけが距離を置いていたのか……それは最早どうでもいい。
ゆっくりと振り向いてこちらを見つめる、榛名だった存在。
血が通っているようには見えないほど蒼白となった顔に表情の色はない。以前にあった、誰かに見せるためのにこやかさは消え失せて、金剛を自身の姉とも認識していないかのようだった。
涎を垂らす艤装が、覗きこむような砲口の深淵をこちらに向ける。
「高雄、逃げて!」
愛宕の叫び声と同時。
新たに生まれた、戦艦級の深海棲艦の砲撃が金剛たちを襲う。
広がったのは不発の水柱ではなく、命中の火球と黒煙。
すでに戦いで負傷を抱えた身体だ。そこに再び戦艦級の砲撃が加わろうものなら、金剛も愛宕も持ちこたえられそうもない。
だが、二人は黒煙から姿を見せた。それらしい傷なく屹立している。
だが変わっていることがあるとすれば、金剛が涙を溢れさせていることだろう。
まだ炎に煙を吐き続けている眼前を、悔しそうに見下ろしながら。
「全く、そこまで尽くす必要はないヨ……」
悪態のような悲哀と感謝。
眼鏡がなくなり、艤装も左腕も消し飛んでいた。
「……霧島」
榛名の砲撃は、霧島が一身に受けていた。
破片ばかりが突き刺さる肌のない背中を、瓦礫のように残された艤装の炎が焼き焦がす。
喉をかけ登った血を口から垂らし、耐えられるはずのない激痛に顔を歪ませながらも、霧島は見上げる。
畏怖と敬意と羨望と感謝。縋るような悲壮の笑顔。
「おね……」
「喋っちゃ駄目ネ……」
金剛を呼ぼうとしたのだろう。しかし適わず血反吐を溢れさせる。
金剛の言葉を霧島は聞いていない。あるいは聞こえていない。
体中から体温が抜け落ちて冷めていく。だがその奥で灯る熱が身体を焦がさんばかりに燃えるのを感じる。
残された右腕が、金剛の肩にかかった。
「わた……ご信……背……た」
口の、言葉を発するほどの機能すら失っている。
金剛が霧島の頭を自らの肩に寄せて抱き留める。
「お許……さい……」
「今更謝る必要はないネ。霧島はよく頑張ったヨ。みんなのために、私のために」
霧島をゆっくりと優しく撫でる。
再び轟いた轟音と共に、金剛にも爆煙が当たる。それが霧島の最期だった。
装束を血の赤と灰の黒に染め上げた金剛が、満足気に笑みを作る頭を水面に降ろす。
立ち上がって、そいつを望む。かつて妹だった深海棲艦。末妹を殺した仇。
一番利口で、一番謙虚で、一番他人を思いやっていた、愛おしい三番目の妹。
「五十鈴は駆逐艦を連れて退避ネ。何があっても泊地に帰るのヨ」
了解もなく退避命令を駆逐艦へ放る五十鈴を背に、一歩を踏み出す金剛。
並んでいた愛宕がその後ろに。そして遅れて川内が愛宕の横に。高雄が距離を置いた場所に。
一人減って、四人。
黒と白だけの醜い身体となってしまった彼女へ対峙する。
「……どうせ、深海棲艦なんでしょ? なら話しても仕方ないよ」
愁嘆か諦念か、発射管から取り出した魚雷を刃物のように構える川内。
「その通りネ。所詮は深海棲艦ヨ。人の言葉は解らないデス」
決断か覚悟か、涙を拭って表情を引き絞る金剛。
『戦争ノ道具ガ 選ンデ殺スノガ ソレホド上等デスカ?』
言語を使うことができる深海棲艦。元々が艦娘なら合理的だが、金剛にとってそれは、わかったところで何も嬉しくなどない情報だった。
「あなたたちは、無差別に殺しすぎなのよ」
憎悪か辛苦か、珍しい悪態をさらりと吐きながら砲塔を向ける愛宕。
戦いに矜持を抱いているわけではない。だが艦娘として生まれたからには、深海棲艦と戦うことは使命だった。
使命を果たすことに艦娘である存在意義があると、金剛は信じて疑わない。
例え妹であっても。
疑わしいという時点で綾波を葬った自分が、それを曲げるわけにはいかない。それは敷波のためでも榛名のためでも自分自身のためでもない。
戦うために生まれてきた戦艦が、再び戦うために別の身体を得た。
ならば全うするのみだ。方向性を違うことなく、期待された戦果を遂げるのみだ。
憎むべきで倒すべき仇敵。憎めず倒せない妹。二者択一にして二律背反。
「泊地は、人々の安全と人類の安定を望んでいマス。その要になるのがこの戦いデス」
それは他の誰でもない、自分自身への言葉だった。
使命、責務、義務。それを前提に置かなければ、今すぐにでも逃げ出してしまう気持ちを持ってしまう。妹と酷似した敵。そう言い聞かせる。
それでも情動が滾っている。
悲しみも嘆きも苦しみも悩みも、その全ての思いを丹念に、砲弾へ織りこむ。
「――榛名にはここで、果ててもらうネ」
榛名と金剛の砲撃がほぼ同時に広がった。
榛名の艤装が一つ潰れた。散開した愛宕と川内の居た場所で水柱が間欠泉のように噴き上がる。
三人より至近距離の高雄が、背後で砲弾を放つ。
振り向きざまの榛名の腕が消えた。
川内が魚雷を投擲して、榛名の頭上で炸裂する。
榛名の砲塔が、また一つ失われた。
爆煙に視界の奪われた榛名へ、愛宕が砲撃する。
榛名の足がひしゃげて崩れ落ちる。
……再び金剛が照準を定める。ものの数瞬で戦う術をなくし、海上にうずくまるだけの彼女に。
「まさか、榛名とこうなるだなんてネ……」
今なら放っていてもいいと思う。しかしそうすれば榛名は深海棲艦として生き延び、艦娘だった誇りを失って人類の天敵となりうるだろう。
初めから深海棲艦は人類の兵装では太刀打ちできないのだ。排除できるのは艦娘しかない。
「残念だけど、私の可愛い妹ネ。せめて最期は、私がやるワ」
言葉にすればどれほど軽薄だろう。他の三人が輪を作り、金剛を待つ。じっと見つめる。
だが湧き上がる悲しみが艤装の操作を誤らせる。照準をずらして撃とうか、でなければ不発ということにしようか。
拭ったはずの涙が溢れてくる。しゃくりあげてしまう。
壊れかけた機械が震えるように、榛名が顔を上げ、瞳孔を見つめてしまう。
『オ姉……サ……マ…………!』
「――――ッ!」
砲音と共に撃ち出された砲弾は、金剛の目に見えない速さで榛名へ到達する。
深海棲艦と成り果てても、まだ金剛のことを覚えていた。
まだ覚えているうちにできたことが良かったのか。それとも忘れてしまって身も心も敵として処理すれば良かったのか。
どちらにせよ後悔しか浮かばない。
「あ、あぁ……うわああぁぁ――――……」
消え入りそうに掠れた悲鳴が苛ませる。
大切な妹を二人も、これほどに短い間で失ってしまった。
一緒に海へ潜り込んであげられる幸せは叶えられない。
艦娘が深海棲艦となってしまうのなら、こうなってしまう戦いを幾度となく繰り返さなければいけないのなら……。
この戦いがいつ終わるのか、金剛は知りたかった。
悲しい思いばかり募っていくこの争いが終わって、悲痛を抱かずに済ませられる時が来るのがいつなのかわからなければ、いつまでもこの気持ちを拭えるとは思えなかった。
残された艦娘たちは連絡を取り合い、合流する。
敷波は、川内と愛宕の肩を借りる金剛の姿に驚いていた。
いつもの快活さはない。嗚咽と共に涙を流し続けている。様子がおかしかった榛名も、気がつかないうちに爆炎に取り囲まれていた霧島も、いなくなっている。
……綾波を思い出して、また涙が溢れてきた。もう何度も何度も泣き腫らした目元が、手を擦らせるだけでひりひり痛む。
そして川内が敷波の頭に手を載せて、敷波が顔を上げた時には舵を切っていた。
艦隊が再編成され、愛宕と五十鈴が先頭を執る。川内と金剛が最後尾に並んで、敷波は愛宕の背中を見ることになった。
……高雄も、艦隊にいない。
「ねぇ」
「ん? どうしたのかしら?」
すぐに愛宕が振り返る。奔放な優しさで抱擁するような笑顔。
だが目を合わせた瞬間に、目の奥にある陰りを感じて、敷波は思う。
「ごめん、なさい。なんでもないや」
「そう? 何かあったら、いつでも言って頂戴ね」
気丈に振る舞い、再び背中を見せた愛宕。
敷波に見えないところで視線は下へと向かい、眉尻も下に落ちていた。
……高雄は金剛が泣いている間にいなくなった。別れも告げず、どこかへ姿を晦ましてしまった。
なんとなくだが察していたことだった。
普段の高雄とどこが違うと明確に言いきれるものではない。だが確かに、何かが違っていたのだ。
それは高雄が考えていたことが、今までと別の方向を向いたことの表出だろうことはわかる。
艦娘である本分。深海棲艦と戦うこと。海に平和をもたらすこと。
そのために生まれた艦娘が泊地の管理を離れる。管理を離れてでも成し遂げなければいけない目的を見つけたから、だろう。
時期とタイミングで考えて、察しはつく。
艦娘が深海棲艦となること。会話が可能な深海棲艦が居ること。一度管理を離れたはずの綾波は生き続け、また別の目的を持っていたこと。
そこに高雄が感化されたのかもしれない。どう感化されたのかまでは想像できないが。
「それが高雄、あなたの答えなのね……」
――一つの戦いが終わり、そして一つの平和が海に訪れる。
今この時間を、後ろにいる敷波や金剛が背負っている悲しみを、自身も被ってしまうかもしれない覚悟を決める猶予だと、愛宕は考えた。
戦うために生まれてきた艦娘だ。
戦うことがなくなってしまったら、艦娘たちはどこに存在を証明できるのだろうか?
その疑問を埋め尽くすように、戦いがまた長く続いてしまうことを悟ってしまう。
深海棲艦がいなくなっても、戦いが終わらないかもしれないことがわかってしまった。
いずれまた新たな戦いが始まる。
戦いがなくなったわけではなく、平和がどこの海までも通じているものではないことを艦娘たちは他の誰よりもわかっている。
戦いが終わらないことを、艦娘たちは知っている。
――時は遡る。榛名が手元の紙を見つめて、泊地へ思いを広げていた頃。
午前〇時。多くにとって突然に、それは起こった。
複数の艦娘による庁舎からの同時離脱と攻撃。
そのほとんどは成功し、各鎮守府は戦力の基盤を揺るがされ、
旅団と、旅団長という名目で、ごく短い声明が書く庁舎に発信される。
『人々よ ようこそ 私達の海へ』
それは深海棲艦の姿を知らずに暮らす民間人への、明確な宣戦であった。
鎮守府は、安全な艦娘の運営を放り出し、狂気の反動勢力に対することを余儀なくされ、人々は、覚束ない足元にはじめて気づいたかのようにそれを恐怖するしかなかった。
――第4章『Remember』完
年内に間に合わせました。
この物語が一区切りついたので良しとします。
まだやっていないACシリーズもありますが、来年からの物語は別の進路を取ります。
「押井守監督作品編」
全部で3章ありますが、話の難しさも少しあがるため、週1の更新で進めていきたいと思います。