鉄底海峡に待雪草を   作:在田

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「組織も人も特殊化の果てにあるのは緩やかな死。それだけよ」


Ghostnack

 昼下がりのことだった。

 限定解除された艤装の無線通信が網膜に出動を知らせ、機械の身体は森を駆け抜けていた。

 

 ――ショートランド泊地。十全な鎮守府としての機能こそないものの、しかし艦隊の指揮を行うには十分な配備が成されている。

 現在、最前線となる本土から最も遠く離れた泊地。

 

 この離島に居を構えるのは艦娘のみであり、人はいない。

 つまり泊地内でトラブルが生じるとしたら艦娘が関係しており、それを解決するのも艦娘でなければならない。

 

 治安維持機構。ごく少数で編成された組織の呼称。

 機構に加われば、艤装の限定解除に伴う泊地内での武力使用権利が与えられる。

 

 古鷹が脇にある拳銃を確かめ、衣笠がちらりと古鷹の横顔を確認する。

 

「旅団って、あの正体不明の集団が?」

 

「……そうかもしれないってだけの話だけど」

 

 今回の騒動の犯人と目される集団を、庁舎で維持機構の管制官代わりを務める龍驤が告げていた。

 

 年代・形式・人数・規模・拠点の全てが不明。各鎮守府や泊地並びに基地からの離反と攻撃あるいは殺害までもを行った。一ヶ月ほど前から行動を開始したと同時に声明を発表した。

 

 ……人間ではなく、艦娘で行われるテロは史上初となる。

 拠点がわからず、しかしどこかの海を行き来しているだろうことから彼女たちの名乗り通りに、旅団という俗称で知れ渡った。

 

「もしそうなら、うちの泊地に来るのは初めてね……でもなんで、解体処理なんかに邪魔をするのかしら? そもそも最近、解体とか回収の処理に失敗って増えてない?」

 

 衣笠の発言は正鵠を射ている。隣のブイン基地では改修処理において、以前に夕立という貴重な戦力を損なうこととなった。

 

 木々の隙間を全力疾走する水兵服が、古鷹たちの追っている目標だ。

 

「以前から稀に続いている同じ騒動を装って、自分たちの敵をこれ以上を増やさないようにしたいのか、本当に関係のない事故かもしれないし……」

 

「でも旅団だって艦娘だから、同じ艦娘が増えないと深海棲艦とも戦えなくなるわよ?」

 

「でも深海棲艦が泊地に潜伏なんてできるわけない。もしかしたら、旅団のせいにしたい何者かの仕業なのかも」

 

「考えすぎじゃない? 今のところそんな根拠もないでしょ?」

 

 訝しげというよりはからかうような衣笠。

 古鷹はだんだんと近づいてくる水兵服から目を逸らさないまま、拳銃の安全装置を外す。

 

「根拠はないですけど……そう囁くんです。私のゴーストが」

 

 ゴースト……前回の大規模作戦で鉄底海峡に現れたらしい、元・綾波という幽霊のような存在が、その語源である。

 同居していた敷波が言うには、綾波が最も拘泥していたのはそれだったかららしい。

 機械の身体と生身の身体――感覚も記憶もまるで違うのに、同一である自分かもしれない軍艦。それこそ艦娘である証左であり、艦娘を艦娘たらしめる記憶と意識をそう呼ぶようになった。

 

「……ゴースト、ね」

 

 だが衣笠には、それが最近流布された言葉として聞こえなかった。

 ゴーストつまり幽霊と呼べるべき存在は古鷹にとって、綾波よりも姉妹のことだろう。

 

 加古。前回の出撃の帰りで、再び潜水艦の雷撃に呆気なく沈んだ艦娘。その幽霊が、古鷹に憑きまとっていると考えるのもおかしくはない。それほどに仲の好い二人だったのは、間近で見てきた衣笠は重々知っている。

 

「ま、今は旅団なんかより、目の前に集中しましょ。もしかしたら本当にそうなるかもしれないしね」

 

 衣笠は拳銃を抜かず、水兵服と距離を詰めていく。

 水兵服――少女が、嘆くように叫んでいる。

 

「あっちに! あっちに、確かに! 味方が!」

 

 吹雪……いや、元をつけるべきだろう。

 吹雪と初雪の計二名が本来行われるべき解体処理に失敗。ゴーストが曖昧なままに、現在いる状況を飲みこめず脱走。当然ながら放っておけるわけもなく追跡しているのが、今の古鷹たちだ。

 

 そして元・初雪の方を、もう二人が追いかけている。

 

 青葉と叢雲が、木陰から様子を伺う。

 何も持たないまま全速力で森を駆け抜ける吹雪と比べて、初雪の動きは緩慢だが厄介だ。

 

 連装砲を握り締めている。おまけに缶を背負っているわけでもないのに戦闘用のプログラムが起動している。

 下手をすれば森が大火災に繋がり、そうでなくても負傷のリスクが跳ね上がる。装甲粒子を纏っていないから一撃でもまともに受けてしまえば原型など失ってしまいかねない。

 

 まだ砲音は一度も聞こえていないが、何かの間違いでいつ轟いてもおかしくない。

 

 愚痴のような龍驤の命令が続く。

 

「なんでこんな事故が起こったのかわからん。君らは目標を置いながら、何でもええから何か裏付けの証拠を見つけるんや」

 

 青葉が首を傾げて質問を飛ばす。

 

「何かって、何をです?」

 

「んなもん何かや!」

 

 答えになっていないという指摘を飛ばす前に、通信が一方的に断たれる。青葉と叢雲は苦笑を見合わせて肩をすくめた。

 しかし初雪が何かを見つけて急に激走し、二人も走りだす羽目になる。

 

「ちょっと待って、そっちって……」

 

 叢雲が気まずそうに口を開いた。青葉だけでなく古鷹と衣笠も気づき、足取りが重くなる。

 

 それぞれ別方向に逃げ出した二人が、同じ方向へ走っている。

 森の外――一世紀ほど前に島を去った人類の住処。廃都市というには目立った建物もない海辺。あまり艦娘も足を運ばない、ヒトが住んでいただろう跡地。

 

 青葉が気づいた時には初雪だった少女が構えていた。

 砲声が森をこだまして、砲弾は砂浜に穴を開け、動転した少女が足を取られて転倒した。

 狙われたのは吹雪だった。

 

「――まずいです!」

 

 青葉が叫ぶよりも早く、古鷹が拳銃を向けていた。

 

 ――殺害も負傷させることも許可されていない。だが発砲は出動時点で許諾されている。

 それが治安維持機構の特権であり、拳銃を扱えるだろう適正の持ち主であると認められた証でもある。

 

「あ、ああ……どうして、また……また!」

 

 記憶の混濁――吹雪だった少女が震える足でよろよろと立ち、しかし逃げ出すこともなく悲嘆に涙を流す。

 

 動かない的を狙うなど、戦闘システムがあれば容易く実現できてしまう。

 古鷹の放った拳銃の弾は、古鷹の予想通りに初雪の眼前にあった木の枝を撃ち貫いた。

 それで一瞬でもこちらに気を向けることができれば、充分だろう。

 

 木陰から身を乗り出した古鷹の後ろに衣笠が、そして遅れて青葉と叢雲が合流する。

 合計四人……戦闘の冷静な判断があるのか、元・初雪は一度構えを解いて森から抜け出そうとする。

 どこかで見ていたのか、龍驤の声が通信に響き渡る。

 

「逃がすなや! ハジキ持っとる組が追いかけるんや! あとの二人はそこの嬢ちゃんを保護や! 保護!」

 

「……優しさのない職場よね、ほんと」

 

 保護ではなく拘束だという指摘は飲みこんだのか、衣笠が呆れたように元・吹雪へ走り出す。

 

「私たちも行きましょう」

 

 青葉がホルスターに手を添えながら古鷹を呼ぶ。

 

「……そうですね」

 

 視界の閉じた森ではなく、廃居住区へ進んだ少女の背中を見つめながら、古鷹は物憂げに答えた。

 

 

 潮の満ち干きがあるからだろう。旧居住区にある家の床は高めに作られており、下は柱で支えているだけの空洞であることが多い。

 その陰に身を隠して様子を伺う。妙に湿った砂がひんやりと腹と胸を冷やした。

 

 落ち着きなくきょろきょろ警戒する少女。

 場所が道の真ん中というのは、敢えて姿を晒して戦うことを望んでいるからなのか……気になったが、古鷹はそれほど喧嘩が好きというわけでもない。

 

「――青葉さん」

 

「はいはーい」

 

 かん! という乾いた響きと共に、少女の手から弾き飛ばされた連装砲が宙を舞った。

 

 古鷹が家の下から飛び出て、初雪だった少女と目を合わせる。

 見た目だけなら初雪そのもの。長く切りそろえられた髪。不健康に小柄で小さな体を気怠さに崩れた体勢で余計に弱々しく見せる。

 

 それでも元・初雪の戦闘用プログラムは的確に体を動かす。

 自らの力が通用しないなら、相手の力を受け流す合気の技を取る。自分は最低限ヒトの体勢を崩せる力があれば、功を奏するからだ。

 

 ……だが古鷹には通用しない。

 古鷹が掴みかかろうとした手の親指を掴んで、捻って引っ張ろうとしたところまでは正しかった。

 

 だがあまりにも非力すぎた。いや正しくは、古鷹の体勢を崩せるほどの膂力を備えているはずなどないのだ。

 金属とカーボンと人工筋肉の塊。見た目や動きこそ相違ないだろうが、人の数倍は下らない体重を、古鷹は備えている。

 

 驚きに顔を見上げる少女の足を、軽く蹴飛ばして転倒させる。その際に掴まれた親指ごと少女の手首を握りこんで背中の後ろへ回し、顔を地面に押しつけるようにする。

 未だ抵抗しようと藻掻いているが、無力化には成功した。

 

「あーあー。実戦用の連装砲に拳銃の弾が入ってますよ。これじゃフレームもがたがた。無茶苦茶ですね」

 

 先程撃ち抜いた連装砲を手に眺めていた青葉が振り返る。

 

「その子はきっと……」

 

「私を!」

 

 青葉の声を遮ったのは、少女の掠れた叫び声だった。

 二人の視線を背に受けながら、初雪のような少女は言葉を続ける。

 

「私を脅しても、何も吐けないよ」

 

 ……この騒動の理由を問われると思ったのだろう。つまり理由がなかったと少女は言っているのだ。

 

 連装砲を滑り落とした青葉が少女の前に屈んで、まだ抵抗しようと揺れている頭を見下ろす。

 

「吐くって……自分の名前も知らない人じゃ言えない台詞ですよ。それ」

 

 少女の動きが止まった。

 ……おそらく、そのことすら少女は気づけていなかったのだろう。

 拘束を解かれた少女がふらふらと起き上がる。だが力に満ちた動きがない。逃げ出そうとも、古鷹に一矢報いようともしない。

 

 呼吸すら止まったように表情が固まった少女に、古鷹は語りかける。

 

「母親の顔、生まれた街の風景、小さい時の記憶……何か一つでも、覚えていますか?」

 

 少女は顔を右往左往させた。眼球すら動かなくなったかのように首だけ、まるで砂浜に埋もれた記憶を探すように。

 

 ……しかし、少女は何も言えなかった。

 思い出すものなどない。それに気づいた驚きこそあるが、その驚きに伴う喪失感すら湧き上がらない、虚無の表情。

 

 少女は古鷹を見上げる。

 さっきまであれほど抵抗していたというのに、何かを懇願するように――しかし懇願するものが何かわからないと言わんばかりに。

 

 視線を外さないままゆっくり立ち上がった古鷹の肩に、青葉の手が載せられる。

 

「……全く、ゴーストのない人形は悲しいですねぇ。特に、赤い血が流れているものは」

 

 差し出した手をゆっくりと取る少女。小刻みに震えていたことを、古鷹は忘れないだろう。




投降予約機能を知ったのでもう大丈夫ですね。

……ところで、これでもう本格的に二次創作なのかオマージュなのかパクリなのか自分でもわからなくなってきています。

でもやり続けますよ。
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