鉄底海峡に待雪草を   作:在田

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「てめーのマテバなんざアテにしてねーよ」


Nightstalker

 粉砕されたドックの壁があたりに散らばり、煙が外へ広がる。

 

 衣笠がリボルバーの撃鉄を起こして、姿を探る。

 薄く見えたシルエット――その艤装部分へ銃声を響かせた。金属音に弾かれることを確認する。

 

 咄嗟に地面へ屈んで、大きな砲音が飛び込んだ時には、すぐ横の地面が爆発にえぐれている。

 

「あいつで間違い無しってことね……!」

 

 土を味わいながら空薬莢を捨てて、一発だけ弾を籠める。

 煙の隙間から見えた桃色の連装砲へ、再度照準を定めた。

 

 一発。

 それは連装砲の装甲に穴を開けるわけでなく、そこに貼りつく。

 

 再び寝転がって息を潜めながら、煙の向こうへ消えていくシルエットを見つめる。

 ――まともな艤装を持たない生身の状態で、艤装を万全に用意した艦娘とまともにやりあえるはずがない。

 

「やった?」

 

「やっぱり艤装は頑丈ですね。傷すらつけられていないと思うわ」

 

「リボルバーの拳銃なんてあてにしないよ」

 

 通信に飛んできた青葉の声に返答しながら、衣笠は熱の溜まったリボルバーを抱き留める。

 

「発信器は機能してるね。うん、上出来」

 

「連装砲に一発」

 

「良い腕になったね。次からは二発撃ちこもう」

 

 優しげな声でありながら、発している言葉は厳しい。

 衣笠が再装填した発信器弾がもし連装砲から剥がれ落ちてしまえば意味はなくなる。だからこそ念を入れて二発貼りつけておくのはもはや常識ですらあるだろう。

 

 ……そもそも、発信器弾を使用するようなことがそれほど頻繁にあれば、だが。

 

「始めよう。あの子が連装砲を捨てる前に追いつくよ」

 

 衣笠だけではない……それ以外の何人かへも届くように、青葉は通信を飛ばした。

 

 

 既に煙も収まり、肩から血を垂れ流す夕張を運び終える。

 一息ついた頃合いを見図るように、通信が流れこんできた。

 

「なんや?」

 

「加古を拉致した艦娘は、青葉と衣笠が追っています。今海へ出ています」

 

 何もかもを理解しきっているような、龍驤の指示よりも圧倒的に先行している古鷹の声。

 その場にいないのに状況を知っている――龍驤は埃を被った監視カメラを見上げた。

 

「どういうこっちゃ!? モニターしとったんやろ!」

 

 ならば、ドックが破壊される前に、いや破壊された瞬間でも手を打つことができたはずだろう。

 そうであれば、今のような報告を受ける必要もない。

 

「まだ私たちも準備が整っていなかったので……」

 

 ならば仕様がない、としか言い様がない。何らかの方法で敵の襲撃を予知できたとしても、それがどこからどういう形でやってくるのかまでを読めない限り、まともな対策を練れるはずもない。

 

「せやけど、なんで同じ艦娘があの艤体を奪う必要があるんや? キミに言うんは悪い思うけど、深海の奴らかもしれへん奴やで?」

 

「最近になって、鎮守府から離反する艦娘たちがいたじゃないですか。目的はわかりませんが」

 

「そういや居ったな……旅団、やっけ」

 

「そっちに関しては任せます」

 

 

 龍驤に語りかけながら、古鷹は艤装を纏う。妖精さんに飛び乗ってもらい、艤体と艤装の接続を強固にする。

 缶が駆動に震え、主機が唸りをあげる。

 出撃準備は既に万全だった。

 

「入渠ドックの襲撃犯の確保、及び重要参考人の保護」

 

 それは古鷹が出撃するべき、名目としての理由。

 いくら艦娘とはいえ自由に艤装を着けて出撃できるわけではない。ましてや深海棲艦ほどの明確な敵が居ない中で理由もなく海へ出ることなど許されるはずもない。

 

「許可や!」

 

「抜錨!」

 

 龍驤がそこで即答しなくても、あるいは古鷹は出撃していただろう。

 だが上司の許可があれば、それだけバックアップも万全を期することができる。

 

「古鷹、一つだけ言っとくで」

 

「独走した件なら、戻ってから懲罰でもなんでも受けます」

 

 古鷹は戻った後のことなどどうでもいいとすら思っていた。

 戻ってきたと思っていた加古――しかしそれが、加古ではないまた別の存在かもしれないても。

 古鷹は取り戻すつもりでいた。むしろそれ以外など考えていない。

 

「あの艤体なんやけど、奪還が不可能なら、破壊しぃ。必ずや」

 

 理屈だけなら、意図は理解できる。

 加古の艤体は超がつけられるほどの重要機密だ。下手をすれば艦娘という存在の定義すら揺らいでしまうほどであり、それを得体の知れない集団へ明け渡すぐらいなら、いっそどちらの手にも渡らないようにする他ない。

 

 だが古鷹からすれば、その命令の意味は――。

 

「返事は!?」

 

「……了解です」

 

 従えるかどうかは一度頭の奥へ押しやる。

 既に暗くなった海。発信器の位置へ、主機の回転数を全開まであげた。

 

 

 まともな艤装がない状態での通信距離は制限されてしまう。古鷹は既に圏外へ行ったのか、通信ができなくなった。

 ……天井の穴から見える月を見上げながら、龍驤は瓦礫に座りこむ。服に隠し持っていた煙草を口に加えて、ジッポライターを擦って、先端に当てる。白い煙が龍驤の口から伸びた。

 

 夕張が覚束ない足取りで歩いてくる。

 振り向かないまま龍驤は語りかけた。

 

「怪我人なんやから大人しくせんと……それに、煙草は体に毒やで」

 

「吸いながら言うことじゃないですよ。傷も浅いですし」

 

「せやなぁ」

 

 そしてまた一つ、長く白い煙を吐き出した龍驤が、ぼそりと語る。

 

「あの艤体、ウチんとこまで来たのも、居るのも自分の意思や言うてたな。なんでよりにも寄って古巣に戻ろうとするんや」

 

「さあ、加古さんじゃないかもしれないあの人のやることなんて、私たちには想像できないような理由があるかもしれないんでしょうけど……」

 

 夕張が龍驤の脇に腰掛け、負傷していない方の手で人差し指を振る。

 

「もしかしたら、片思いの人でもいるんじゃないですか?」

 

「……」

 

 こんな状況にも関わらず笑顔を浮かべている夕張を見て、どこか凪いでいく感情を露わにしてしまう。

 

「アホ言うなや」

 

 現状、近くで誰かが助けてくれるわけでもない。

 妖精さんたちも瓦礫の隙間から顔を出してきたが、しかしこれほどの惨状をすぐに立て直せるわけでもない。

 

 だから落ち着こうと煙草を吹かしているのだ。

 古鷹は出た。青葉と衣笠は追跡に走っている。夕張は負傷して横にいる。

 となれば残りの一人は――。

 

「龍驤さん」

 

「おう、どないした叢雲」

 

「今機構の部屋に居るけど、飴がひどく散乱してるわ」

 

 喋っている叢雲の口にも入っているのだろう。時折カラコロという音が通信に混じる。

 

「んで、そこでキミは何しとるんや?」

 

「衣笠から連絡が来たわ。龍驤さんを誘い出して部屋に忍びこんだ駆逐艦がいるって」

 

 心当たりは一人のみ……それ以前に、夕張の調査報告を聞いた後で部屋を訪れた駆逐艦は一人しかない。

 

「出撃の港からも艤装が一式消えているわね。それもピンクの連装砲。衣笠も見たって言ってたわ」

 

 回りくどい言葉だ、と思った。

 

「手短に話しぃ」

 

「潮。さっき加古の艤体を運んでくれた、仲の良い四人のうち一人よ。でも他の三人は揃って潮の行方も知らなかったと言っているわ。あの四人がグルになるならもう少し上手く立ち回っているはずよ」

 

 泊地運営の雑務もこなすほどに仕事ができる叢雲だ。単に調べるにしても、そこまでで終わるはずもないだろう。

 旅団と呼ばれる組織。そこに潮が関与している可能性が濃厚になってきた。

 

「続けてみ」

 

「それであの三人が代わりに提出してくれたのが封筒。宛先は潮。それ以外の記載はなし。中身は見当たらないわ」

 

「それ、きっと旅団への招待状ですねぇ」

 

 唐突に割りこんできた声に、龍驤がむせて白い煙が不格好に散らばる。

 青葉だ。

 

「どうしてわかるんや?」

 

「私にも来てたんですよ。その封筒。私の分はもう燃やしましたけど……」

 

「なんでそんな大事なこと言わんかったんや!」

 

 龍驤自身も意図せず、気がつけば叫びながら立ち上がっていた。

 しかし青葉は返答することなく続ける。

 

「中身は確かこうですよ……『艦娘と、人類と、深海棲艦が、共に歩んでいける世界へ船出を』」

 

「他には?」

 

「覚えてませんね」

 

「だったら燃やす必要なんてないやろ!」

 

「でも大まかにはそれだけですよ? イタズラだと思ってもおかしくないじゃないですか」

 

「もうええわ!」

 

 目に見えないところに居る相手へ何度も叫んだせいか、龍驤の息があがっている。

 全く気がつかないところで重要な証拠になったかもしれないものが消滅していたことに、やりきれない憤りで足を震わせてしまう。

 

「んで、潮ちゃんが旅団と何らかの関係があるのかはわかった。それでなんであの艤体をあんな手を使ってまで強奪する必要があったんや? それと、なんで招待状とやらが潮と青葉に来とって他の艦娘から届けられたっちゅう報告が一件もないんや? というかいつや?」

 

「さあ? 私以外に誰に配られたのかもわかりませんし、どれぐらい招待状があるのかもわかりません。でも届いた時期は、加古が沈んだ直後あたりですね」

 

「……キミらが帰ってきた時。そんで、キミがちょうど新しい新聞を作った頃やな」

 

 一度、会話が止まる。三人が揃って新聞の内容を思い出していた。

 

 加古が沈んだ。戦果を上げることができた。敵に対話が可能な深海棲艦がいた。彼らを引き連れていたのは泊地のものと同じプレジャーボート。

 そして深海棲艦が、艦娘の成れの果てかもしれない噂。

 

 叢雲が最初に息を呑んだ。

 

「旅団が、深海棲艦と仲良くなれると思っているとすれば……」

 

 加古の艤体を思い出す。龍驤が先ほどまで話していたあれは、加古の魂からなのか、それともまた別の存在が話しているのかなど、もはやわかりようもない。

 だがあの艤体は艦娘かもしれないが同時に、深海棲艦かもしれないのだ。

 

「対話が可能な深海棲艦……中途半端に壊れているから御することも簡単にできる。しかもゴーストが残っているなら会話の足がかりも充分に知り尽くしている。

 ……じっくり深海棲艦について話を聞こうとするには、格好の相手ね」

 

 叢雲の言葉が頭に染みこみ、龍驤は再び口角泡を飛ばす。

 

「旅団の捜査をするんや。絶対に気取られんようにし」

 

「了解よ」

 

 叢雲の声と同時に、飴玉をガリゴリ噛み潰す音も通信から消え去る。

 吸い終わった煙草を携帯灰皿に捨てて、龍驤は立ち上がって伸びをする。

 

「さて、うちもここの修理の手配でもしながら、古鷹の帰りを待つわ」

 

 夕張が立ち上がって龍驤の後ろに着く。傍から見れば夕張が保護者のように見える。

 

「んで、青葉はどうするんや?」

 

「私は古鷹さんのバックアップに入ります。艤装の使用許可を」

 

「はいはい」

 

 そうして廃墟同然となったドックを後にする龍驤を、衣笠が迎えるように地面から立ち上がる。

 通信を聞いてはいたが、途中で会話の中身がわからなくなり、口を挟むようなことはしなかった。

 だが、青葉が言った言葉が気にかかる。

 

「全身艤体の艦娘に、エスコートなんているのかしら」




一日だけ早めの更新です。少し忙しくなりそうなので前もって、という形で。

次はかなり長いなぁ……。
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