「国際線は大阪に回せ! 急げ!」
空母は自身での攻撃をほとんど行わず、放った艦載機が攻撃をするために、他の艦娘とは違う特殊な機能が必要となる。
簡易的な管制塔の役割を艦娘一人で担えるようにしたものが、レーダー圏内を視界ではなく脳内で直接的なイメージとして映す技術。
実像を目で捉えながら、その奥にあるレーダーの反応を知覚できる、拡張された感覚野がもたらすもう一つの現実。
泊地のレーダーへアクセスした龍驤が、その情報を近くで出撃状態にある空母へ共有させる。
「照合したで……トラック泊地、空母飛龍、九七式艦攻、友永隊三機、応答なし。
ショートランド沖、距離六〇〇、マッハ一……まだ接近しとる」
トラック泊地は既に壊滅している。何かの間違いではないかと瞠目するも、しかし敵味方識別装置の照合に間違いはない。
共有ができた空母は二人――いずれもショートランドではない所属だった。
それも当然だろう。ショートランドに今所属している空母は、龍驤ただ一人なのだから。
ブイン基地の瑞鶴が、龍驤の疑念をそのまま声に出す。
「トラック!? 生きているの?」
「基地間ネットワークは沈黙したままや」
ラバウル基地所属の翔鶴が続ける。
「まさか、トラックが……」
「アホ、んなことある訳ないやろ」
翔鶴が何を言おうとしていたのかなどわかりきっている。
深海棲艦に壊滅させられた泊地――ともすれば、レーダーに照合された飛龍とは深海棲艦なのではないか?
あるいは、もし万が一にトラック泊地の飛龍が生きていたとして、旅団に組みしているのか?
でなければ、深海棲艦が出たと報告されていない海から、わざわざ深海棲艦のい出現率が低くなる人里へ――それも泊地へ向けて放つ必要がない。
「艦載機、発艦しました!」「同じく!」
翔鶴と瑞鶴――ショートランドから迎え撃てる艦載機は一機もないのが悔やまれるが、遠くからでも二人の艦載機が接敵してくれることを祈るばかりだった。
「見えたで。瑞鶴の五二型隊、翔鶴も同じか」
速度と座標から計算が行われる。瑞鶴隊が四分後。その六分後に翔鶴隊が会敵となる見込み。
早速妖精さんと通信を取っているのか、瑞鶴の声が通信に入る。
「こちら瑞鶴。誘導を開始するわ。高度上げ、方位右へ」
もちろん直進した方が会敵時刻が早まる。つまり対処までの時間を早く済ませることはできるだろう。
前提は通信による、非武力的な解決だ。妖精さん一人でも、貴重な戦力を削ぐことは避けなければいけない。万が一にでもレーダーの故障で飛龍の友永隊ではない味方の艦載機だったとしたら……目も当てられない結果を招いてしまう。
当然それが深海棲艦のものであるなら撃墜しなければいけなくなる。
つまり、敵の正体を確かめないことには始まらない。
しかし直進した状態で接敵すれば、船で言えば反航戦を挑むことになる。真っ向から向かい合う形での接敵は、一気に距離が近づく面で命中率も被弾率も上がる反面、その時間が一瞬に限られる。
相手の裏を取って確実に処置するためには、やや迂回するようなルートを辿る判断は正しかった。
瑞鶴隊の会敵予想時刻が修正される――四分後から五分後へ。
レーダー上の友永隊は尚も南下し、龍驤が何度も繰り返している通信に応答を示さない。
……着実に、瑞鶴隊が距離を縮めている。
そして友永隊の僅かな方向転換を読み取って、龍驤は埃だらけの車内で唾を飲み込む。
間違いや誤解でもなく、ショートランドを狙っている軌道だと確信した。
「友永隊、速度変わらず、方位をやや右へ切り替えたで」
「龍驤さん」
不安げに言葉を漏らした翔鶴。
「会敵して、もし味方で、それでも応答がなかったら……」
「龍驤さん」
通信を遮るように、横でハンドルを握る鳳翔がぼやいた。
「トラック泊地は確かに破棄されています。そして……飛龍さんも」
「じゃあ、あれは何者なんや?」
「わかりません。私の同僚に確認を取りました。北東に艦娘の反応は絶無です」
艦載機が空を飛んでいるからには、それを飛ばしている艦娘がいるはずだ。
空母、軽空母でなければ、航空戦艦や航空巡洋艦。
……しかしそれがいないなら、あの艦載機がどこから飛んできたのかすら不明となってしまう。
「その同僚さんにもう一度確認してくれと頼んでや、最優先で」
「やってみます」
鳳翔がインカムに話しかけて、龍驤は再び脳内の立体イメージへ没入する。
翔鶴が、不安げな声を漏らした。
「龍驤さん……」
「確認しようや。敵味方識別装置に故障はなし。ウチの泊地はセキュリティばっかり凝ったから、外部からの偽装は不可能やろ……まさかシステムエラー?」
「セキュリティがあるなら、自己診断プログラムも常時走っているはずよ。エラーのまま進行することはないと思うわ」
瑞鶴の鋭い指摘。
その通りだ。最近になってセキュリティを強化した以上、内部のシステムも頑強なものになっている。
ましてやレーダーという重要な設備に関係するものである以上、バグの検出するすらできないのなら欠陥品だ。
「そろそろ見えるはずや。瑞鶴隊、まだ会敵せんか?」
「距離二五ぐらいよ。まだ見えない? ……そんな!」
見えなかっただろうことは、瑞鶴の反応で察する。
だがレーダー上ではすでに後ろへ回り込んでいる。夜間のせいで見えないのかもしれない。
「目標は……あと十分ぐらいで到着する……か」
提督宛てに、メッセージを打つ――非常事態が起こった場合、車は龍驤が乗っているため他の艦娘の協力を受けて逃げ出すように、と。
そして対空砲撃の装備が持てる艦娘全員を呼び起こして、少しでも迎撃体勢を整えられるように、と。
「目標は正面よ。高度差なし。距離十五……近づきすぎているわ! 減速して!」
まるで悲鳴のような瑞鶴の声。
だが二種類の影は、どんどん距離を縮めていく。
「いるはずよ! いるのよ! そこに!」
……妖精さんに、敵の艦載機が見えていない。
もはや機体がぶつかってもおかしくないほどの近距離をレーダーは示している。
そこにいるはずの敵を、そこにいるはずの妖精さんが見えていない。
「龍驤さん! 何かヤバいです! 一旦退避の許可を」
「……申し訳ないけどな。もう時間がないんや。奴さんが進路を変えれば、翔鶴の会敵が手遅れになるような距離や」
今の瑞鶴のように艦載機を飛ばしている側なら、龍驤も同じように退避の要請をしただろう。
見えない艦載機などあるはずもない。あったら少なからず周知されているはずだ。
龍驤の手が固く握り締められ、小刻みに震えている。
……もし本当に敵の艦載機が見えないなら、今叩き起こされているだろう艦娘たちも目視できないまま、泊地全体が、先日の連絡橋と同じように木っ端微塵に砕け散る。
そうなってしまえば、攻め込んでくる敵が旅団であれ深海棲艦であれ、襲撃されてしまえばまともな統制も取れないまま、陥落してしまうだろう。
「周りを見て! 同高度の同位置よ。警戒して、すぐ側にいるわ!」
信じられないことが、目の前で起こっている。
目に見えないだけではない、レーダーは実体すらないことを証明している。それこそ艦載機の真上か真下にべったりと貼りついていなければありない。
だが尚も、会敵したという報告はない。
見えないどこか触ることもできず、音も聞こえないということだ。
まるで幽霊でも見ているかのような気分。むしろそうである方が安心できると言わんばかりに、友永隊は空を飛んでいる。
友永隊が減速して……瑞鶴隊が裏を取られた。
同高度、真後ろ。
幽霊の冷ややかな手が、無慈悲に首を絞めつけてくるかのような恐怖。
掴めず、逃げられず、ただじわじわと苦渋と酷寒を身に刷り込まれる。
「逃げてぇええ!」
瑞鶴の悲嘆が響き渡る。
しかし次の瞬間に、瑞鶴の艦載機がレーダー上から反応を消す。
通信途絶。それが何を意味するのか、考えるまでもない。
「撃墜……嘘やろ……」
思わず漏れ出た声も、凍えるように震えていた。
……友永隊が高度を下げながら方位を変える。真っ直ぐ泊地を向いた。
ショートランド島北東、距離にして二十キロを切る。
それでもマッハという速度なら、一分もしないうちに到着できる。
一分後には、泊地は火の海になってしまう……氷点下の焦燥が、背中を駆け上った。
叩き起こされた艦娘たちが、真っ暗な夜空を見上げていた。
人数にして三〇……それが、今岸辺に並んでいる人数だ。
「近づいてますね」
「じゃあ、あの橋の続きっぽい?」
「冗談じゃ済みませんね、それ」
桃色の髪を頭の横で結った春雨が、最近着任したばかりの姉へ言葉をかける。
「……見えますか、夕立姉さん」
「見えないっぽい」
「いや」
後ろから青葉が返答する。
「確かにいるはずです。まだ音は聞こえていないですけど」
全員が一斉に、青葉の言葉で静まり返ると同時に、龍驤が見ているものと全く同じレーダーを表示枠に見る。
「艦載機の音……来ます!」
夜闇の中。ほとんど音と同じ速さで接近する艦載機。
当てられるはずのない弾を当てなければ泊地が……自分たちの生活が爆破されてしまう恐怖に緊迫した全員が、対空砲を身構えた。
翔鶴隊が、友永隊の後ろに距離二十五で迫る。
「……敵機、確認できました!」
翔鶴の叫びに、龍驤が歯を食い縛る。もう三十秒もない。
「交信している暇がない! 爆破される前に撃ち落とすんや!」
「……本当によろしいんですね?」
「構わん! 早うしぃ!」
確認してくる翔鶴に、龍驤は苛立ちすら覚えた。
一刻の猶予を争う事態。
敵の目標とする位置も明確である以上、目的も明白だ。自分たちが阻止しなければいけないことだということも。
「……! 待って!」
「なんや!」
突如として声を荒げた瑞鶴に、龍驤は苛立ちを露わにしてしまう。
「……こちら瑞鶴よ。うん。聞こえているわ。ジャミング?」
瑞鶴が何かと通信を取っている。
次の瞬間には、友永隊が消滅する。
代わりに現れたのは……
「私の、零戦だわ」
瑞鶴の五二型。通信途絶したはずの艦載機が、そこにいる。
「翔鶴! 攻撃中止や! 瑞鶴! ウチんとこの対空砲火を食らう前に離脱させるんや!」
「了解しました」「りょ、了解!」
そして、龍驤は改めてレーダーを凝視する。
瑞鶴の五二型、翔鶴の五二型。それ以外に、空に浮かんでいる反応は一つもない。
「……友永隊が、消えた?」
緊張の糸がぷつんと切れて、龍驤は背もたれにもたれかかる。
どれほど緊張していたのか、背中の冷や汗で服がべっとりと貼りつく。
「どうにか、なったんやろか……」
見えず、音も聞こえなかった幽霊のような敵。
鳳翔が横から、龍驤の肩に手を乗せる。
「再確認でもやっぱり、北東に艦娘はいなかったそうです。とすると、その友永隊も……」
「……そうやろな。ほんまもんの幽霊と、今は思っとこうかな」
そして額の汗を拭って、しばらく待つ。
……寝間着のまま対空砲だけ構えている艦娘たちが、眠たい顔で龍驤を出迎えた。
みんな大好き幻の爆撃。艦娘でできるとすれば、これぐらいのものだろうと。