鉄底海峡に待雪草を   作:在田

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「この国はもう一度、戦後からやり直すのさ」


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 見上げた空で、飛行船が高度を落としている。

 

 泊地にいる男たちが、通信機から垂れ流されるノイズに戸惑いを隠せないようだった。

 通信設備が破壊された……それだけでなく、代わりとなる通信設備をどこかに用意して、そこからノイズを垂れ流している。

 

 下手なハッキングよりもタチが悪いと思いながら、龍驤は森を抜けて、とある場所へ入りこむ。

 

 夕張がヘッドホンに聞いている何かを書き起こしている。

 その横で、青葉が首からタオルをぶら下げながら、缶のビールを煽っている。

 すっかり汗だくになっているようで、もう片方の手にはうちわもあった。

 

「ご苦労さん」

 

 龍驤が手近にあった椅子にどっかと腰を降ろして、埃を叩く。

 ようやく龍驤に気づいたようで、夕張がヘッドフォンを外して顔を合わせる。

 

「そこにアンテナスイッチがあるんで、切ってもらえますか?」

 

「まだ連中、頑張ってるんやなぁ。全滅かと思うたわ」

 

「ジャミングかしらね? 時々聞こえるところがやりきれないですよ」

 

 辟易するように、夕張が必死に書き留めていたのだろうノートをひらひら掲げる。

 書きなぐりだからこそ文字が汚いのは覚悟していたが、単語の隣に『?』マークばかりが並んでいる。

 そんな状態でしっかりした文章を構築することも困難だろう。視線を逸らして、青葉へ近寄る。

 

「言われたとおりの手筈は整えましたよ。とりあえず駆逐艦が五人分、あと龍驤さん。これでいいんですか?」

 

「ん、ありがとお」

 

 渡される水を口に含んで、龍驤はぐるりと部屋を見渡す。

 青葉のセーフハウス。これほどぎっしりと物を詰めるほど空間を完成させているとは思わなかった。

 

「この家、青葉が作ったんか?」

 

「いえ、元々は民家でしたよ。最初は物置だったんですけど、だんだん新聞を作るための作業スペースもこっちに移しちゃってて、ご覧の通りです。ガサと夕張さんにも手伝ってもらいました」

 

「なるほどなぁ」

 

 積まれた紙資料の山やパソコンなどの電子製品の数々を見渡す。

 

 肩の力を抜いて煙草の箱を掲げたが、青葉が首を横に振って、仕方なく煙草をポケットに戻した。

 

「煙草の臭い、嫌いなんですよね」

 

「おまけに身体にも悪いで。こんなもん誰にも勧められんわ」

 

「そういえば、証拠集めにもなるかと思って、拝借してきました」

 

 積み上げられた大量の荷物から、青葉が取り出したノートパソコンを受け取る。

 

「これ、どこの?」

 

「応接間のですよ。龍驤さんが最後に使っていた履歴が残ってましたんで」

 

「……あの時か」

 

 呆れるようにぼやく。

 鳳翔が最初に来た時、一緒に画面を覗きこんで加賀岬から震電改を見つけ出した、あの日だ。

 

 受け取ったノートパソコンを開けようとして、一つの違和感に気づく。

 外部接続端子。その一つに小さな端末が取りつけられている。

 龍驤がつけた覚えはない。

 

 パソコンを開いて、履歴を調べていく。

 

「それで、結局どうするんですか?」

 

「どうってなぁ……」

 

 悩むようでもなく、ぼんやりと上を見上げる龍驤。

 

「そもそも旅団がどうしてこの泊地を狙っているのかすらわからん状態や。本国への反乱なら始めから本国を狙えばええわけやし、深海の連中と仲良くしたいならそっちに向かえばええ。

 ならそうじゃない目的を持っていると考えた方が妥当や。

 そもそも旅団の本拠地がわからんのやろ? 規模はわからんけど、そこそこに集まっとるのにちゃんとしたバックアップなしで、やってられるわけがない。

 ならバックアップのために、この泊地を占拠したいと考えるのが妥当やろなぁ。

 旅団を単なるテロ組織みたいなもんやと思っとうたけど、こう通信が妨害されちゃ外で何が起こっとるかもわからん。

 単純なテロ行動を偽装した、クーデターでも起こそうとしとるんやろなぁ」

 

 青葉が顔を青くした。

 

「でも、旅団の方々が泊地を持ったところで、結局人類全体を相手にするには多勢に無勢じゃ……」

 

「深海棲艦と手を取り合おうとしとるんやろ? そうなれば、最前線であるウチらの泊地はコンタクトには最適。かつブインとラバウルの巨大な基地二つのバックアップも得られる。

 人類がもたもたしとる間に、深海棲艦を味方につけられると踏んでいるなら、人類がどれほどもたもたするのかを図るための試算も兼ねていることになる。

 ……それが一番、納得のいく話なんや。

 せやから、さっさと旅団の奴らを追い出すことが先決やな」

 

 整然と並べられた論理。いつの間に考える暇があったのか、青葉には想像をつけることができないが、他のメンバーには思いつかなかったものを、さも当然のように語る。

 龍驤が治安維持機構の隊長に抜擢された最大の理由だ。

 

 ポケットの震えに気づいた龍驤は立ち上がって、飴玉を口に放る。

 

「さて、と。古鷹にも旅団については頼まれていることやし、さっさと行くで。キミらはこれ以上動くと目立つしな。大人しくしとき」

 

 他のメンバーが返答する間も与えないまま、扉を締める。

 

 ポケットの震え――携帯端末からの呼び出し。

 それができるのは一人しかいない。

 同時に、このジャミングまみれの泊地で、独立した回線を使うことができていることにも驚く。

 

「……できなかったことを悔やんでも、始まらんしな。これからを考えるわ」

 

 メンバーの前で振る舞っていた飄々とした顔は既に消え去って、重く固く暗い決意に目を鋭くさせる。

 

 

 泊地全域を覆うジャミング……それがどこから出ているのか、軍の男たちは既に察した。

 はるか上空を悠然と漂う飛行船。海で戦うことが主なはずの艦娘がいるはずもない。

 

 双眼鏡を覗いている男が呟き、もう一人が長い銃を飛行船へ向ける。

 

「やはり無人だ。自動操縦で周回移動してるだけだ。本隊が来る前に俺たちの手で片づけるぞ。外すなよ?」

 

「あんなデカい的、外し様があるかよ」

 

 長銃のスコープを覗きながら、自動操縦装置があるだろう操縦席に狙いを定める。

 

 スコープの視界に、飛行船に集まる白い羽根の群れに視界を奪われる。

 鳥が、飛行船と並んで空を飛んでいる。

 

「……鳥が邪魔だな」

 

「鳥ぐらいなんだ。一緒に落としちまえ」

 

 返答は銃声で行われた。

 艦娘のそれより正確無比に、銃口から吐き出された弾が操縦席を打ち貫く。

 

 ……彼らがいる場所は、泊地より距離を置いた洋上の船。

 角度からして、貫通した銃弾が、ガスの充満する本体に穴を開けないようにするためだった。

 

 ――飛行船の運転席。自動操縦装置の破片が散乱する室内。

 

 一度は止まった装置が、再起動する。

 

 まだ軍の男たちは気づかないが、自動操縦装置は二つある。

 一つは操縦席に設えられた装置として。そしてもう一つは操縦桿にプログラムとして。

 

 そして飛行船は、後者のプログラムに従って動き始める。

 ……下へ、ショートランド島の、ど真ん中へ。

 

「おい! どんどん下がっていくぞ! どこ撃ったんだ!」

 

「冗談じゃねぇ、ボート以外傷一つつけちゃいねぇよ!」

 

 双眼鏡と長銃のスコープを覗きこむ男たちを他所に、飛行船はほぼ垂直に落ちていく……。

 

 それを見上げる島の男たちと艦娘たちが、一斉に肝を冷やす。

 

「逃げろ!」「退避だ! さっさとしろ!」

 

「え? でもあんなふわふわしているなら、そんなに痛くないっぽい?」

 

「夕立姉さん! 悠長なこと言っている場合じゃないです!」

 

 飛行船が、島の木々をへし折って森へ飛びこんだ。

 発火するようなものは確かにないが、しかし少しでも火が起これば島はたちまち火の海になりかねない状況。

 

 骨組みが折れて萎む飛行船から、真っ黄色な気体が散らばる。

 島は一瞬にして、地獄絵図と変わった。

 燃えるものがなかったとしても、禍々しいそれを肺に入れたらどうなるのか想像もつかない。

 

「状況! ガス!」

 

 誰かが叫び、誰もが蜘蛛の子を散らすように屋内へと逃げていく。

 密閉された屋内……軒並み破壊され尽くした泊地に、そんな場所があるはずもない。

 

 人も艦娘も、同じように逃げ惑うばかり。

 

 黄色いガスは風に乗り、人が走るよりも圧倒的な速度で次々と人を内側へ飲んでいく。

 ガスの充満も、動乱も、留まることを知らなかった。

 

 担ぎ出されるガスマスクを一斉に被る男たち。

 大破した庁舎を見上げる男へ、もう一人が駆け寄った。

 

「おい! 何ぼさっとしてんだ。マスクを装備している者は避難の誘導を……」

 

「……あ、軍人さんぽい」

 

 ふと、横から聞こえてきた声に、男たちは驚くように振り向く。

 

 駆逐艦夕立、そして背中に春雨。

 ガスマスクを装備していないはずの二人が、黄色く染め上げられた視界の中で、さも当然のように歩いている。

 

「夕立姉さん、これ吸っちゃったら私たち、もう……」

 

「大丈夫っぽい。変な味するけど、この空気気持ち悪くないっぽい。……ご苦労様です」

 

 そのまま横を通り過ぎていく二人を、男たちは愕然とした表情のまま見送るしかなかった……。

 

 

「……なんや、ただのガスかいな」

 

 ショートランド島北部。ちょうどブイン島の端が望める場所。座席で安堵する龍驤。

 

「虫も死なない程度のほぼ完全に無害な着色ガスだそうですが、効果は絶大でしょうね。あれがもし本物だったとしたら……」

 

 運転席に鳳翔が座り、手元の書類へ目を通している。

 車は動いていない。鳳翔が密会として指定した場所が、密閉された空間としての車内だったというだけだ。

 

 龍驤が煙草を吹かして、真っ白なニコチンの空気が車内を満たす。

 

「まだこっちの方が有害かいな?」

 

「そう思いますよ。換気してもいいですか?」

 

「ええで」

 

 エアコンのスイッチを入れる鳳翔。冷たい空気が頬を叩き、煙草から剥がれた小さな灰がどこかに消える。

 

「ブラフやないの?」

 

「船内からは本物のボンベも発見されたと聞きました。実際に使う気があるかどうかはわかりませんが、少なくとも上層部に、それを試す度胸はないでしょう」

 

「まあ……何の知恵もなくあんなデカいもんを浮かべとるわけがないと思っとったけど、泊地全体を人質に取るのと一石二鳥とは、考えたもんやな……これじゃ膠着状態やなぁ」

 

 落とした飛行船は一つでも、空にはまだ、あと二つの飛行船が悠然と漂っている。

 残り二つを落としたとして、本物のガスをばらまかれてしまえば、泊地が正真正銘の地獄絵図となることは想像に難くない。

 

「ですが、そうも言ってられないようですよ。ここにばかりいるとジャミングで聞こえないでしょうが、また旅団から声明が出されました」

 

 龍驤の視線が、窓の外にある黄色い空気から鳳翔へ移る。

 視線こそ合わせていないものの、しかし催促の視線は鋭く、冷たい。

 

「ショートランド泊地を陥落させ、本拠地とした。だそうです。

 日付を超えて状況が打開されていなければ、今いる軍人たちとは別の任務でここを攻撃するそうです。

 現在、人類軍の爆撃機と多数の護衛艦がこちらへ向かっているそうです。ラバウル基地も出撃の準備に入ったと」

 

 泊地にはまだ、艦娘だけでなく、人類軍そのものが停留しているのだ。

 

「そんな無茶な……」

 

「やりますよ」

 

 ほとんど悲鳴のようなか細い声を遮り、鳳翔は呟く。

 

「人類と艦娘は真の友人ではない、ということです。いくら幕僚たちが旅団とのやり取りを行っていたとしても、最前線の泊地をなくされて看過できるはずもありません。とすれば今が願ってもいないチャンスとなるわけです」

 

 失意に脱力しきった龍驤が煙草を滑り落としそうになる。

 バイザーを深く被って視界を塞ぐ龍驤へ、鳳翔が言葉を紡ぐ。

 

「この世界はまた、戦争を……歴史を繰り返すんです」

 

 その声が、笑っているかのように聞こえた。

 誰よりも戦争を望んでいるはずのない鳳翔が、だ。

 

「……見捨てるようで申し訳ありませんが、これから私は本拠地に戻って、旅団への対策を練ることにします。龍驤さん。一緒に来ますか?」

 

「ああ、そうしたいのも山々なんやけどな。まだやり残していることがあるんや」

 

「……そうですか」

 

 書類の束をバッグに詰めて、鳳翔が車から出ていく。

 龍驤は一人、静けさばかりが残る車内で灰皿に煙草を擦りつけるばかりだった。

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