鉄底海峡に待雪草を   作:在田

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『ARMORED CORE VERDICT DAY ――サイドストーリー』より


V for two

 三人の艦娘が、声を堪えた嗚咽と共に涙を流していた。

 かつて第七駆逐隊と呼ばれた面々……朧と曙と漣。

 

 もう一人は涙を流していない……それどころか、何かの表情を浮かべるでもなく、どこを見るでもなく目は虚ろだ。

 潮。少し前まではショートランド泊地にいた艦娘の一人で、つい最近まで、旅団と呼ばれる組織に属していた一人。

 

 つい先日、泊地を襲った旅団のテロがあった。

 潮はその襲撃メンバーの一人で、春雨ではない別の駆逐艦たちが迎撃に成功し、潮は投降した。

 

 つまり彼女は息絶えているわけではない。今も呼吸を繰り返し、身体には脈が打っている。

 

 問題なのは、今の潮はそれしかできないことだ。

 指一本動かすこともできていないのか、動かさないのか。何かが聞こえているようでもなく、何かが見えているようでもない。どこをどう触っても反応すらない。

 

 拿捕した直後は歩くこともできた。言葉を話すことも、泣くこともできていた。

 しかし日を追うごとに、それは乏しくなっていき……そして今朝起きてみれば、こうなっていた。

 

 潮の口の端から垂れた涎を拭って、その頬に堕ちた自分の涙も拭う朧。

 ついに声をこらえきれなくなって、潮の布団に顔を埋めて泣き叫ぶ漣。

 三人の姿をじっと見つめながらも、落ちる涙も拭わず拳を固く握る曙。

 

 ……今すぐにでも逃げ出したい気持ちに、春雨は駆られた。

 

 戦いの度に、誰かが涙を流す様子を何度も見てきた。

 

 ブイン基地の夕立がいなくなった時の自分もそうだったし、同じように綾波がいなくなった時の敷波もそうだった。

 暁がいなくなった時の雷も電もそうで、いつの間にか金剛を取り囲むようだった姉妹たちも、二人ほどいなくなった。

 叢雲がいなくなった直後の青葉も、きっとそうだったのではないかと思う。

 

 戦いが続けば続くほど、こういう場面をずっと目にするのだろうと、どこか諦めたように春雨は受け入れていた。

 戦いに嬉しいことはなくて、悲しいことばかりが続く。

 

 いつかまた自分も泣くかもしれないし、もしかしたら泣かれる側になるのかもしれない、とも。

 

 後ろに夕張が居る。潮たちを見つめるでもなく、見守るでもなく、じっと俯いたまま顔をあげない。

 

「なんで……なんとか、っ――ならないんですかぁ……あ」

 

 布団にくぐもった漣の声。

 どうして潮がこうなっているのかまるで想像もつかない春雨は、この中で一番精通しているだろう夕張を振り向くだけだ。

 

 夕張は艤装の、艤体のプロフェッショナルでもある。

 出撃任務のほとんどを行わない代わりに、あらゆる艤装絡みの技術を身に着けているはずだった。

 

「わからないのよ。なぜそうなっているのかも、それがどういう症状なのかも」

 

「じゃあ……っ! 潮は、ずっとこのままで居ろっての? ずっとこんなままにしとくの!?」

 

 生きているのか死んでいるのかすらわからないような状態。曙たちからすれば、それが続く度に見せつけられることが残酷なのだろう。

 

「……とりあえず経過を見守るしかないわ。一時的な症状かもしれない。そう信じましょ」

 

 ドアを開けた夕張を追うように、春雨も部屋を飛び出る。

 閉じたドアの向こうから、大きな泣き声が溢れてくるようだった。

 

 穴と焦げだらけの泊地庁舎。

 枠だけ残った窓から吹き込んでくる風に髪を撫でられて、天井の穴から見える青空の光に目を細めて、春雨は夕張に尋ねる。

 

「潮さんのあの症状。本当に知らないんですか?」

 

「憶測でなら語れるけどね。あれはちょっと前まで居た、加古と同じ状態よ。身体が機械じゃなくなったというだけ」

 

「加古……さん? 失踪したと聞きましたけど」

 

「古鷹と一緒にね。沈んだと思っていた彼女は、何か別の生き物になったみたいに戻ってきた。

 その時は加古が機械だから、接続さえすれば会話だってできたわ。

 でも潮ちゃんはそうじゃない。着けられるのは艤装ぐらいだけど、今の潮ちゃんに艤装をつけたら本当にどうなるのかわからないわ」

 

 深海棲艦が艦娘の成れの果てである――一つの事実として浸透している今となっては、夕張が懸命に濁そうとしている部分がかえって浮き彫りになっているようなものだ。

 

 悟ってなお表情を変えない春雨。

 どこかで嫌だと思っている自分がいるが、また別のどこかで受け入れてしまっている自分もいる。

 

 治安維持機構の部屋に入る。

 廊下と同じようにボロボロになった部屋。外壁の一部など綺麗さっぱりなくなっている。

 

「ようやく来たわね」

 

 デスクに艦娘が座っていた。

 

 龍驤ではない。龍驤と青葉は深海棲艦の掃討へ出撃してしまった。

 ……衣笠と残された維持機構のメンバーに、一つの仕事を任せて。

 

 まだ内容は、そこに座る衣笠しか知らない。

 

「潮ちゃんは、戻ってこれそう?」

 

 衣笠の問いかけ。夕張が首を振る衣擦れの音がした。

 縦なのか横なのか、確かめたくなくてそっぽを向く。

 

 窓から覗く海に、鉛筆で書いたような黒い線が見えた。

 戦いが繰り広げられているんだと思って、すぐに視線を戻す。

 

「龍驤さんから仕事。任されているわ。潮ちゃんに聞くのが一番だけど、今は無理そうね」

 

「となると、旅団絡み?」

 

「そっ」

 

 衣笠がデスクに肘をついて重ねた両手に顎を乗せる。

 薄く浮かべているのは笑顔のようで、そうではない陰り。

 

「前回の襲撃で主犯格だったとされる空母さんは解体処分を希望。そして提督が受理。最期まで黙秘を貫いた。

 そして投降したほとんどのメンバーもずっと黙ったまま、艤装を取り上げて軍人さんたちと一緒に本国行き。

 ……つまり私たち治安維持機構が独自に辿れる道は二つだけ」

 

 衣笠が片目を瞑って、指を二本立てる。

 ウィンクにピースではない。思案にふける片目と、残された二つだけの希望。

 

「一つが投降した一人で、比較的反応もあって質問しやすかった潮ちゃんに聞くこと」

 

「でも潮ちゃんが……」

 

「だからもう一つしか残っていないわ」

 

 春雨の言葉を始めから流れに組み込んでいたかのように、衣笠は指を一本だけ立てる。

 

 前回の襲撃に絡んだほとんどのメンバーが投降し、さらにその大半が黙秘した。

 ……つまり、投降しなかった潮ではない別の艦娘がいる。

 

「駆逐艦・響。彼女を追いかけてこれを拘束。改めて旅団の居場所を聞き出すこと。これよ」

 

 衣笠が人差し指を振って、夕張が半歩だけ前に出る。

 

「ちょっと待って。本国からの結果を聞けばいいんじゃないの? だって旅団でしょ? 私たち泊地だけの問題ではなくなっている」

 

「まだ軍人さんたちは帰り道のはずよ。だってここ最前線だもの。本国とはあまりにも離れすぎている……わかるでしょ?」

 

 ボロボロの室内を見渡せとばかりに衣笠が手を広げた。

 

 旅団の攻撃でこうなった。

 あまりにも周到過ぎる作戦の元、泊地の艦娘も提督も、そして人類の軍人たちもその掌で踊らされていた。

 

 ほとんどの設備が万全に機能していないこの状況で、提督は依然と沈黙。

 

 機構の指揮を執る龍驤は海の向こうへ行った。

 

 本国からの報告が来るまで、悠長に旅団が待ってくれる確信はない。

 

 夕張が握る拳に力がこもるのを、春雨は見つけてしまう。

 

「私たちが、本国よりも先に動かなきゃだめなの。龍驤さんもそう考えているから、私にそう言いつけたんだし」

 

 すでに衣笠はデスクから立ち上がってドアの前に立つ。

 

 いつもとはどこか違う。しゃんと芯を通そうとしてる態度。

 頼れる龍驤も、信頼のおける青葉もいない……その裏返しとしての姿勢だと、まだ春雨は気づけないでいた。

 

「とりあえず、できるところから始めましょ」

 

 

 響と交流があった艦娘を、ショートランド泊地で探すとなるとかなり限定される。

 そもそもがブイン基地にいた艦娘だ。となれば同じく移籍した艦娘を宛にするしかない。

 

「そんなの……私だって知りたいわよ」

 

 張りきれない虚勢に声をあげる雷。雷の袖を掴む電の見上げる視線は寂しげで、目元には涙滴が覗いている。

 先の旅団との戦闘で、響と戦った二人。そして響の妹に当たる二人。

 

 ――響が潜伏するとしたら、覚えのありそうなところがあったら教えて欲しい。

 

 問いかけへの返答が、それだった。

 

 無理もないと春雨は思った。

 

 旅団に所属する――それは現行の鎮守府、あるいは泊地への裏切りを意味する。例え姉妹とはいえ打ち明けるはずもない。

 

 ましてや肩を並べて戦うべき姉妹であるはずなのに、そうではなく面と向き合って砲弾を交錯させなければならなかったのだ。

 理不尽極まりない宿命に、不平不満が一つもないはずがない。

 

 衣笠と夕張が後ろで目を合わせ、肩をすくめる。

 

「春雨さんは、響をどうするのですか?」

 

 不安げな電の言葉。雷が慌てて電の肩を掴む。

 

 敵とはいえ二人の姉だ。維持機構がどうするのか、心配に思っているのだろう。

 響が殺されるのではないか? と。

 

「なるべく穏便に進めるわ。同士討ちなんて誰が相手でも気持ちの良いことじゃないからね」

 

 衣笠が春雨の前に出て、二人に目の高さを合わせた。

 電がわずかに距離を取ろうと少しばかり後ろへ下がる。雷の袖がしわくちゃになる。

 

「それに、そんなことしても誰も得しないわ。最終的な私達の目的は、旅団にこれ以上の被害を出させないようお願いすること。戦うことじゃないわ」

 

「でも、そのためにまた誰かと戦うかもしれないのです」

 

 戦いは艦娘の本分だ。深海棲艦との戦いをするために艦娘が生まれたのなら、艦娘は戦うこと以外で意義を果たすことはできない。

 電の言葉は暗に、そして戦うことを嫌っているからこそ皮肉にも、戦いから逃れられないことを示していた。

 

「でも本国や泊地は信用できないの。この前も軍人さんたちを泊地に入れてきた。それも旅団と戦うための装備でね。

 向こうからすれば旅団も私たちも同じ艦娘なのよ。だからいざとなったら無差別になるかもしれない。これ以上旅団が何かをしでかす前に、私たちで決着をつけないとダメなの」

 

「でも……」

 

「大丈夫です! 必ず連れ戻しますから!」

 

 思わず、春雨も電へ顔を近づけていた。

 びくりと電が仰け反るが、雷はむしろ食い入るように前へ出た。

 

「本当?」

 

「本当です。ちゃんとやります。私も……私も、姉さんがいなくなって悲しかったですから」

 

 ブイン基地に配属されていた夕立。今となってはショートランドに居るが、同じ姉であっても別人だ。

 初めて再会できたと思っていた姉は、どこかへ消えてしまったまま帰ってこないだろうことも、わかっている。

 

 同じくブイン基地にいた二人ならわかるだろう。

 

「……わかったわ。お願いね。でも本当に何も知らないの」

 

「はい。自分たちで探します」

 

 春雨が衣笠と夕張を振り返って、何も言わないまま歩きだす。

 柔らかく嘆息した二人も、雷と電へ手を振りながら後にする。

 

「……それで、結局どうすればいいのか全くわからないままね」

 

「ブイン基地へ協力を要請するのはどうかしら? そうしないと何も進まないと思うわ」

 

「連絡橋が壊れているから、物資の運搬も難しいしね……」

 

 衣笠の呟きに、夕張も穴だらけの天井を仰ぐ。

 途方もない状態になってしまったのは春雨も理解していた。

 

 ……海はどこにでも、どこまでも続いている。

 いくらショートランド泊地へ襲撃できたとはいえ、それが襲撃のための分隊だったとすれば、本隊がどこにいるのか全く見当もつかない。

 

「工廠もドックも半壊……やたらめったらな捜索もできなさそうね」

 

 海を行くには燃料がいる。装備がいる。

 必要以上のコストは避けなければならない。

 

 ましてや損害状況すらまともに把握しきれていない。

 例えば深海棲艦の襲来を察知するレーダーが使えなくなったのは、レーダーが壊れたからなのか、それともレーダーと泊地のネットワークを繋ぐ回線が壊れたからなのかも判別もついていないのだ。

 

「何かこう……協力してくれる人でもいればいいんだけど」

 

「いないわよ。この三人が今の維持機構なんだから」

 

 半ば諦めたような雰囲気を漂わせる二人を背に、春雨が廊下の曲がり角に近づく足音を気づいて、止まる。

 

 現れた顔に、春雨は思わず姿勢を正した。

 軽巡・神通。

 

 静かで、大人しげで、引っ込み思案に見せても、その内側にある信念は誰よりも強く太く硬い。

 駆逐艦の教導を執り、あらゆる意味で恐れられている。

 

「お話が聞こえてきました」

 

「別に守秘義務はない内容だからね」

 

 距離を取る春雨とは対象に、夕張は気楽そうに神通へ話しかける。

 

「その案件については少しだけ覚えがありますが、何か助けになればいいのですが……」

 

 話しだそうとする神通に、衣笠と夕張は思わず互いの顔を見合わせた。

 一方で春雨が、二人の間から顔を覗かせて、神通を見上げる。

 

 神通と同じ軽巡だからこそ事情を知っていたことに驚きこそした二人とは対象に、春雨が神通に抱いていた印象からでは、旅団に関する事情の一つや二つを知っていてもおかしくないのだ。

 

「教えてもらえますか?」




コミケに行きたかった……

のは置いといて、前回の雪風に対照するのは、同じく駆逐艦:春雨です。

この二人のパートを交互に更新していきます。
……はい、まあかなりニッチというか、「ここから話を持ってくるのか!」みたいな印象を抱いている方が多いと思いますが、ね。やっぱりここも大事だから……。
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