鉄底海峡に待雪草を   作:在田

56 / 97
「こちらの機体は狙撃特化型だ」


Rusting Steel

 青葉の号令で、皆が一斉に前進した。

 

 眼前に敵艦隊。まだ弾薬も燃料も残っているとはいえ、いつまで続くかわからない作戦である以上、闇雲な消費はできない。

 自分たちの体力もそうだ。動き回って戦うことが前提である駆逐艦なら尚更に。

 

 休むことなく戦い続け、肉体的な疲れこそなくとも、安穏とする余裕など誰にもなかった。

 

 雪風の頭上を、龍驤の放った艦隊機たちが飛び越えていく。

 敵の砲火が見えた。

 艦載機たちが一斉に散開。遅れた一機が黒煙を噴き上げて海へ飛び込んでいく。

 

 こちらへ向けられた砲撃ではないことに微かな安堵を感じても、聞こえた龍驤の舌打ちで再び意識を戦闘へ没入させられる。

 自分だけではない誰かにも、被害が及んでいるのだと。

 

「対空力はあるようですが、敵艦隊は思ったり少ないですね。龍驤さん、比叡さん、一気に片づけてください」

 

「わかりました!」

 

 比叡の砲撃。大気を揺るがす衝撃が重く背中を揺さぶる。

 艦載機たちの腹から黒点が落ちる。

 比叡の砲撃と龍驤の爆撃――炸裂はほぼ同時だった。

 

 水柱ほど細く小さなものではない。海そのものが形を変えて隆起したかのような衝撃。

 顔を叩き全身を振り払う爆風の熱を突破して、雪風と敷波が飛沫へ連装砲を構える。

 

「動きがあったら砲撃してください。くれぐれも無闇な砲撃はしないで」

 

 二人の後方で同じく砲を手にする青葉の言葉。

 飛沫や黒煙は敵の視界を奪う上でも有効だ。せっかく囚えた敵へ万全の準備なく攻撃してしまえば、わざわざこちらの居場所を知らせるようなものだ。

 

 そもそもあれほどの攻撃を受けて残っていないかもしれない。

 目を凝らし、隆起した海水が再び戻っていく音の向こうに、まだいるのかを聞き分けようとする。

 

 役目を終えた艦載機たちが、プロペラの羽音を響かせて戻っていく。

 一瞬の静けさがこだまする。

 

 浮かび上がる黒煙を見つける前に、川内の砲撃が飛び込む。

 着弾。新しい爆発。浮かび上がっていた黒煙すらも消える。

 

 これで、先ほどまで目の前に居た敵がいなくなったと判断するべきなのだろう。

 飛沫が完全になくなって、何事もなかったかのように波を揺らす海を見つけて、雪風は安堵の息を漏らす。

 

 ようやく一息つく時ができそうだと。

 ……しかし青葉の叫び声で、再び顔を上げなければいけなくなる。

 

「十時方向!」

 

 遠くに見える黒点。海だけではない、空にも浮かんでいる。

 敵の別働隊。空母もいる。艦載機があるということは既に見つかっていると判断できるだろう。

 

 先程の爆発だ。遠くからでも充分に戦闘がある場所を把握できる。

 ならば遠くにある敵艦隊がこちらへ向かってくるのも必然となる。

 

 それが一群だけなら幸運と呼べるだろう。

 苦しそうに言葉を吐いたのは龍驤だった。

 

「いや、それだけじゃないで……二時の方角や。うちの子たちが見つけた。こっちに向かっとる」

 

「一斉に来ましたね……」

 

 比叡が乾いた唇を舐める。

 いくら戦艦級とはいえ、ほぼ反対方向にある二つの艦隊をいなせるわけでもない。

 

「まずは片方。やはり艦載機が厄介なので、そちら方面に……っ!」

 

 思案する青葉の言葉尻が、焦燥に急変した。

 敷波が何かを言おうと口を開いた瞬間に、川内の絶叫が耳に飛び込んでくる。

 

「散開!」

 

 何かを考えるでもなく、雪風はその場から飛んだ。

 

 水面に身体をぶつけようかというタイミングで、衝撃が空間を揺さぶる。

 海面がたわんで、放射状に広がる波が雪風に飛びかかってくる。

 

 敵の砲撃だと察するのは簡単だ。

 だがそれよりも驚かなければならないのは、こちらの射程外から飛んできたこと。そして海が抉れるほどの衝撃であること。

 

「みなさん、無事ですか?」

 

 ノイズまみれの青葉の声。

 

「はい! 大丈夫です!」

 

 雪風の返答が誰よりも早かった。他が続けて、誰も被弾しなかったことを確認する。

 

 海水にずぶ濡れになりながら、皆が青葉の指差す方へ追従して、波間を切り裂く。

 十二時方向――挟撃を取ろうとする敵の、ちょうどど真ん中へ。

 

「比叡さん、どちらから飛んできたと思いますか?」

 

「二時ですね。射程も、ちょうどギリギリ合わせられます」

 

「龍驤さん、十時方向の艦載機、迎撃間に合いますか?」

 

「できなくはないで」

 

「川内さんは?」

 

「全速ならギリギリ間に合うかな」

 

「わかりました。取舵! 全速!」

 

 先頭の青葉が左へ手を伸ばし、皆がそれに合わせて左へ転進。

 

 龍驤の右手が炎を宿し、腰の巻物が宙を走り回った。光の帯が駆け、溢れた光が火の粉のようにキラキラと輝く。

 

「よし、発艦や」

 

 巻物の先端――鳥居のような意匠から飛び出した紙が光を纏って、次の瞬間には艦載機となって空を泳いでいく。

 

「私たちは全速で前方の敵艦隊に反航戦を仕掛けます。後ろの敵射程に再び入る前に、敵空母の無力化に尽力してください」

 

「比叡、撃てます!」

 

「お願いします」

 

 大気がたわむような衝撃と、空気の壁を突き破る巨大な砲弾が、一瞬で艦載機たちを通り過ぎていく。

 砲煙に汚れながら、雪風と敷波が青葉の横に追いつく。

 

「……んで、その後はどうするんや?」

 

 前方に広がる爆炎を見つめながら、龍驤が問いかける。

 

「逃げ回りながら一体ずつ……現実、それぐらいしか手段がないですが……」

 

 言葉を区切った青葉が、敷波と雪風を交互に見つめる。

 煤で汚れた顔に、貼りつけたような笑顔。

 

「その時は、二人を信頼してますから!」

 

 無茶な作戦だと自覚しているのだろう。

 なんとなく察せても、それ以外の手段を思いつくことができない。

 

「まあ、やるだけやってみるよ」

 

 いつもの素っ気なさとは違う、少し湿っぽい敷波の返答。

 

「頼んだよ敷波! 第二の弟子!」

 

 川内が声を張り上げながら、龍驤の艦載機を追いかける。

 ……だが、比叡の砲撃後に残された敵の数を見て、皆の顔が曇った。

 

 負傷の多少はあっても、まだ六体の姿が残っている。

 

 雪風はふと思ってしまう。

 戦いがいつまでも続いている、続いていくと。

 

 終わることのない戦いが、なぜ生まれているのかもわからないまま、このままずっと戦い続けるのではないかと。

 

 一体――軽空母ヌ級が大きく咢を開き、また再び、空に艦載機が放たれる。

 

「ウチのでも、これはちょっち厳しいで……」

 

 龍驤の言葉を聞きながら、頭上で交錯する艦載機たちのシルエットを見る。

 機関砲の唸りと共に、夥しい火線があちこちに広がっていく。

 

 銃弾の雨を掻い潜り、空を舞い散る翼と黒煙を避けながら、雪風は魚雷発射管を動かした。

 

 未だ進路を阻まれたままの敷波がたたらを踏む。

 

「雪風! そっちは危ない! 対空を優先して!」

 

「先に敵の空母を狙います!」

 

 川内の怒号に返す間――魚雷発射管を構えようと腕を上げた脇を砲弾が通り過ぎる。

 そのタイミングで腕を上げていなければ、なくなっていたはずの位置。

 

 肉薄してくる駆逐ニ級へ、雪風は尚も距離を詰める。

 図ったように、雪風が転進した瞬間を砲弾が掠めて、すれ違いざまに至近弾を撃ちこむ。

 

 慟哭すらあげることなく没していくニ級を背にする雪風。目掛けて放たれる魚雷。

 放射状に広がる魚雷を見るまでもなく、敵艦隊のど真ん中から全速力で離脱。

 

 追いかけるような砲撃が、まるで足跡のように雪風の後ろや脇で飛沫を上げて終止する。

 

 そして敷波がどうなっているかを確認するべく戻りの進路を辿ろうとした時――通信に爆音が轟いた。

 敵戦艦の砲撃。

 

 衝撃波で宙の艦載機がきりもみし、一部は激突して、火の玉へ姿を変えながら真っ逆さまに墜ちる。

 

 まだ雪風の背中に敵艦隊が残っている……そして背後に戦艦を有する艦隊。

 

「敷波さん! 川内さん!」

 

「雪風! 止まって!」

 

 土砂降りの雨のように飛び散る海水へ突貫しようとした体が、絶叫に驚いて一際大きな波を立てて止まる。

 

 眼前で再び海面が弾け飛び、小さな雪風の体も軽々と飛ばされる。

 

「……っあ」

 

 呼吸がままならないほどに強い風と、肌を焦がすような熱。むせ返るような火薬の臭い。

 暴風に揉まれる中で目を見開いた雪風は、海上にある姿を見つける。

 

 一箇所に固まった敷波、川内、青葉、龍驤……そして、その前で艤装から黒煙を吹き出す比叡。

 四つある砲塔と、それを支える基部のうち二つが、どこかになくなっている。

 

「比叡さん……!」

 

 雪風が振り向いた瞬間の一撃が、比叡に当たったのか。

 それでも救いなのは、衣装を黒焦げにしていても、比叡がまだそこに立っていることだった。

 

 いくら雪風が運と呼ばれるものに恵まれていても、しかし艦隊皆を助けてくれるものではない。

 雪風一人だけが残されても、できることなど皆無に等しい。

 

 ……雪風は、もう誰も沈めたくなどなかった。

 雪風の信じていたことを信じようとして、そして無惨な最期を遂げた暁のようになる姿を、もう二度と見たくない。

 

 一気に近づく海面への着水。衝撃を吸収しきれず転げるも、雪風は無傷でいる。

 

 だが、遠方への攻撃を失ったにも等しい今、挟撃となった二つの艦隊を打破できる可能性は絶無に等しくなった。

 

 打開する手段が尽き、そして撤退すら困難となる。

 奥歯を噛み締め、何度も敵と味方の位置を確認する。

 

 遠距離攻撃の要である比叡は被弾。もう片方の龍驤は艦載機たちを迎撃に使っており、今からでは間に合わない。

 確認すればするほど、ちりちりと胸を焼く焦燥に、意識まで焦げつきそうだった。

 

 だからだろうか、艦隊にいない、どこかで聞いたことのある声が、聞こえたような気がした。

 

「……――ますか? 聞こえますか?」

 

 最初はただの幻聴だと思っていた。だから周囲を一瞥して、そんな声の主など居ないことを確認しようと思っていた。

 

 だが視界に入ってきたのは、攻め来る敵の方向ではなく、また別のどこかへ――何の変哲もないはずの、ただの海を凝視する青葉の姿だった。

 

 背後で敵が爆ぜる。

 龍驤が艦載機から爆弾を落としたのでもない。敷波や川内が魚雷を放ったにしては爆発位置が上すぎる。青葉と比叡はそもそもそちらを向いていない。

 ならば敵の誤射か、でなければまた別の誰かによる砲撃……。

 

 青葉が告げた名前に、皆が瞠目した。

 

「高雄さん……」

 

 雪風の視線が、青葉のそれを追いかける。

 皆も同じように、一点を見つめていた。

 遠くから近づいてくる、黒々とした深海棲艦とは違った者たち。

 

 高雄だけではない。

 

「そっちの艦隊よ。吾輩たちも加勢しよう。こちらへ深海棲艦を誘導するのじゃ」

 

「ここで死にたくはないでしょう」

 

 高雄の横にいる、同じく重巡の二人。利根と、妙高。

 

 ふらつきながら戻ってくる艦載機を、巻物を振り回して光から紙の式神へ返還しながら受け止める龍驤が焦りに声を上擦らせる。

 

「なんや、どこの泊地から来た……いや、それどころやないな。青葉、指示を……おい、青葉!」

 

 龍驤が青葉に向けて叫びかける。

 何が龍驤を叫ばせているのかわからずに青葉を向いて、理解する。

 高雄たち三人を凝視して、青葉は固まってしまったように動かない。

 

「やっぱり、そういうことですか……」

 

 龍驤の言葉が耳に入っていないのか、青葉の動揺する言葉だけが通信に垂れ流される。

 舌打ちの直後に、龍驤が怒号を飛ばす。

 

「あっち側に逃げるで! 味方してくれるんならとことん利用したるわ!」

 

 川内が比叡に肩を貸す。龍驤に青葉が引っ張られる。

 敷波と雪風も後を追う。

 

 進行方向を変えないままに後ろを向いて、思い出したように牽制の砲撃をかける。

 当たるとも思っていない砲撃だが、敵が必要以上に接近するのを阻止するには充分だ。

 

 その間に、高雄たちが的確な砲撃を飛ばしてくれる。

 見る見る敵が爆散して姿を消していき、二つあった敵の艦隊もまばらに並ぶ雑多な群れとなる。

 

 それこそ眠りから覚めたように青葉が放った一撃がまた一つを撃沈する。

 妙高が、高雄が、利根が、それぞれに連携して次々と敵を葬る。

 

 最後に比叡が放った斉射が、敵の戦艦を穿った。

 残りカスのような黒煙も風にもまれて掻き消え……波の音だけが、雪風の鼓膜を揺らした。

 

 戦いが終わったと安堵することは、まだできない。

 

 それよりも早く、龍驤が声を荒げた。

 

「何のつもりや青葉! 旗艦が何ボケっとしとるんや! 揃いも揃って死ぬところやったんやぞ!」

 

 襟を掴んで自分の顔へ引っ張り、何度も揺さぶる龍驤。青葉が力なく呟く。

 

「……すみませんでした。でも彼女たちが何者なのか、わかったんです」

 

「何者って、同じ艦娘やろ」

 

 そうして龍驤が顔を上げた頃には、三人は既に点にしか見えないほど離れている。

 

「ずいぶん素早いこっちゃな。礼の一つも言えんわ」

 

「そうです。あの人たち……同じ艦娘ですけど、今は敵対組織と捉えるべきでしょう」

 

「味方してくれたのにか……ってキミ! わかったんか!?」

 

 龍驤がようやく青葉を降ろす。青葉が小さく咽る。

 

 さっきまで渦巻いていたはずの怒りが吹き飛んでしまったかのような龍驤の驚きぶりに、周りの艦娘がぎょっと肩を強張らせた。

 

 敵対組織……それは雪風も聞いている。

 鎮守府の元を離れ、ショートランド泊地を襲撃した艦娘たち。

 

 ――旅団。

 

「あの人たちが、助けてくれたんですよね?」

 

 思ったことがそのまま口に出てしまった。

 

 もしかしたらあのまま泥沼のような戦いがいつまでも続くのではないかと思っていた節に、彼女たちは決着をつけてくれた。

 だから雪風からすれば、彼女たちは恩人となるだろう。

 

「そう。ウチらの寝床を吹き飛ばした連中や。どういう風の吹き回しかはわからんけど、あの三人はそいつらや、って」

 

 その言葉が頭に入ることはなかった。

 雪風の中でまだ疑念がわだかまっているのだ。

 

 艦娘がいつまでも戦っているのは、艦娘が戦いをやめないからではないか? と。

 

 一見して馬鹿馬鹿しい言葉だが、艦娘が戦いをやめてしまえば、戦わずに済むのは自明の理である。

 それが戦いに負けることを意味していても、だ。

 

 だが旅団という要素が加わって、単純な艦娘と深海棲艦というわかりやすい対立構造ではなくなったことでわかることが、一つある。

 

 それでも艦娘は戦い続けている。

 

 あるいは深海棲艦と戦い、そして雪風の知らないところで艦娘同士でも戦っている。

 

 旅団が戦いを仕掛けてきた前回の騒動もそうだ。

 

 膠着状態へ持ち込まれるわけでもなく、ただとにかく艦娘は、与えられた任務に従って戦い続けている。

 ではそれを終わらせてくれる存在とは何なのか? いつなのか? どうやって終わるのか? ……その果てを知らないまま、雪風も、雪風だけではない艦娘全員も戦っている。

 

「気づきました。旅団がどういった人たちで構成されているのかです。まだ目的はわかりませんが……」

 

「何や、はよ言ってみ」

 

 龍驤の催促に対して、青葉が見たのは龍驤ではなく、雪風だった。

 

「旅団は、あの大戦を……私たちのゴーストの戦いを、生き残った人たちで構成されているんです」

 

 思わず、雪風は自分を指差す。

 

 敷波、比叡、龍驤……この艦隊で、終戦を知っているのは二人だけ。

 

 青葉と、雪風だ。




雪風パートの2話です。

なんだかこう、前分でそれらしい文章で区分けさせた方がいいんですかね。
自分でもわかりにくくなってきました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。