鉄底海峡に待雪草を   作:在田

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The Parfect Rose

「ええ? そうかな……?」

 

 首を傾げて視線を逃がす衣笠。

 

「ええ。そうです。軽巡に活躍の場を与えられないのは不服でなりません」

 

 神通が珍しく、強気に鼻を鳴らす。

 

 やはり窓ガラスの割れた会議室。春雨は一番隅でちょこんと屈んでいる。

 神通が怖い、というのが一番の理由だ。

 

「そちらの組織で実戦で動ける軽巡がいますか? 確かに重巡ほどの火力は見込めませんし、駆逐艦ほどの足の速さはありません。器用貧乏でしょうが、それぞれのメリットを併せ持っています」

 

 神通の視線が衣笠ではなく、その後ろにいた夕張へ向かう。

 夕張は後ろを向いて視線から逃げた。

 

 今の泊地で、夕張が実戦に出ることはまずない。深海棲艦との戦いもそうだが、泊地内でのトラブルがあった際でも例外ではない。強いて、調査と称して歩き回る程度だ。

 

「さあ……人選は私たちじゃないし……龍驤さんが決めることだから、私たちに言われても……」

 

 強い言葉を選べないまま、逃げ文句ばかりをどうにかひねり出す夕張。後ろを向いたままのうなじに汗が一筋垂れている。

 

「それを抜きにしても、駆逐艦ばかり運用するこの泊地の指揮にはそろそろ疑念を抱いていた頃です。結果がこの状態なのですから、私たちとしても何かできることはないかと思うのは、当然ではないでしょうか?」

 

 神通が次に見つめたのは、会議室の割れたガラスの向こうにある惨状だ。

 運動場の至る所が爆発跡で大きくめくれている。乾いていないはずの地面にヒビが走り、以前のように真っ平らにするには相当な労力が必要になるだろう。

 

 泊地が襲撃される前、ブイン基地と合同で大規模な作戦を展開して資材も限られ、施設も大規模な損害を受けた。深海棲艦との戦いさえも満足にできる状況ではない。

 

 しかし神通の言葉を聞いて反応したのは、夕張や衣笠ではなく春雨だった。

 縮こまっていたはずの彼女がゆっくりと立ち上がって、神通の後ろ姿を眺める。

 

 駆逐艦ばかり運用する泊地の指揮。

 

 火力に乏しいが、小さいが故に燃料の消費を抑え、且つ持ち前の機動力で相手を翻弄できる。その器用さは特筆するべきものがあり、作戦展開に大きく幅を広げることができる。

 便利といえばそれまでだが、同時に駆逐艦娘は常に戦線に並ばされることを意味し、敵からの攻撃に対する貧弱さも相まって、帰れなくなった者も少なくない。

 

 だが神通が気にかけているのは、そこではない。

 

「あの子たちを手塩にかけているのは、同胞と殺し合いをさせるためではありません」

 

 衣笠が頬をぽりぽりかく。上へ目を向け、唇をとがらせて、記憶を巡らせている。

 

 旅団による襲撃の際、龍驤が駆逐艦を率いて敵と対峙することがあった。

 

「……旅団のこと?」

 

「そうです。僭越ながら、帰ってきた潮さんと会いました」

 

 神通の膝で拳が強く握られる。スカートを巻き込んでしわちゃになっても、拳は有り余る力に震えていた。

 拳だけでなく、声も。

 

 春雨は初めて、神通の頬を通るそれを見た。

 

「あんなことをさせるために、訓練の教導を執っているのではありません……!」

 

 皆の表情に影が差す。

 

 誰だって同胞と戦うことなど望んではいない。ただ立ちはだかる障害から、生き延びるために戦うしか手段がなかっただけだ。

 

 春雨も、気がつけば神通のすぐ近くまで歩み寄っていた。

 

「神通さんは、怖いですけど……大切に思ってくださっているのは、駆逐艦のみんなが知っています」

 

「そうでしたら、私も教導を執ってきた甲斐がありました」

 

 神通の体がぴくりと強張る。目元を拭ってから、ゆっくりと春雨を見つめる。

 まだ嗚咽が収まらなくても、笑顔を作って気丈に振る舞う。

 

 春雨も神通の訓練を受けてきた身だ。泊地にいる駆逐艦なら必ず神通かもう一人から教導を受ける。

 だからその気持ちの重さと真摯さを、常日頃から肌で実感している。

 

 春雨が神通の横に座って、衣笠と、そして夕張と向き合う。

 衣笠が会話を仕切り直す。

 

「わかったわ。どうせ今は龍驤さんがいないんだから、誰とどう行動しようと私たちの自由だもん。神通さんにも色々と手伝ってもらうことにするわ」

 

 衣笠が両手を組んで、テーブルの上で指をうろつかせる。

 

「それで、神通さんが知っている。響の情報って?」

 

「龍驤さんが駆逐の皆さんと戦っているところを、最後まで見ていました。

 ……響さんの連装砲も、魚雷発射管も全部弾切れのはずです。でも彼女は潮さんから連装砲を受け取っていました」

 

「潮ちゃんのって、あのピンクのよね?」

 

 衣笠が夕張を振り向く。

 

「そうね。確かあれは特注品。あれ単体にも、艦娘ほどじゃないけどゴーストが入っているはずよ」

 

「あれ、そんな秘密があったの?」

 

「ただの艤装ならそんなことする必要がないんだけどね。潮のあれは性能とかじゃなくて、潮と一心同体になっているようなものだから……」

 

「あ」

 

 夕張が知る限りの情報を並べ立てる最中、唐突に声を上げる衣笠。

 三人の視線が、一気に衣笠へ寄せられる。

 

「そうよ。前回じゃなくて、もっと前。ドックが襲撃されたこと、あったじゃない?」

 

「……ああ。私と龍驤さんが、加古さんと話をしていた時でしょ?」

 

 一度は沈んだはずの重巡、加古。

 全身機械だったはずの彼女が海に打ち上げられ、そして別人のように会話をしていた時。

 

 それを遮るように、旅団と思しき最初の砲声が轟いた。

 

「その時よ。ピンクの連装砲に発信器を撃ち込んだわ」

 

 夕張が眉を潜める。

 

「煙だらけだったし、私も怪我したから、あれが本当に潮ちゃんだったかなんてわからないわ。

 それにそんな前の発信器なら、とっくに信号が、途切れてても、おかしく……」

 

 衣笠の言葉が遅く、か細くなって、途切れる。

 対して口を閉ざして、窓の外をじっと見つめるように、顎に指を当てて思案にふける夕張。

 

 そして徐ろに、小さく言ってのける。

 

「発信器、もしかしたらまだ生きているかもしれない」

 

「本当!?」

 

 驚きに立ち上がる衣笠。

 

「維持機構が撃つ予定だから対艦娘用で作ったわ。だからゴーストに紐付けて反応し続けるようにしているの」

 

 神通が眉根にしわを寄せる。

 

「どういうことですか? 技術的な話は疎くて……」

 

「普通の発信器は単純な電池式だと海水を被っちゃえばおじゃんになる。

 だから発信器を電池や電波って概念で作ってない。艤装に燃料と弾薬が必要でも、肝心の艦娘がいなければ動かせないように、あれは艦娘に――それも艦娘固有の記憶に反応して、艤装と同じように稼働できるようになっている」

 

「じゃあ、あの発信器は艦娘が持っていればいつまでも反応するってこと?」

 

「厳密には違うわ。ゴーストがあるものにくっついていれば、常に機能し続ける……潮ちゃんの連装砲にゴーストがまだ残っている状態なら、あれはまだ動いているわ」

 

 衣笠が動き始めるよりも、春雨が立ち上がるよりも早く、夕張が部屋を飛び出す。

 

「生きているレーダーがないか探してくる!」

 

 ……そして部屋には、三人と静寂だけが残される。

 衣笠が嘆息混じりに再び席へ着き、春雨も座った。

 

「じゃあ、もしレーダーのどこかが使えるとなったら響の所在はわかると思うけど……もしそれで出撃するとなったら、さすがに夕張ぐらいは泊地に残ってもらわないといけないわ」

 

「でもそれじゃ、この三人で出撃することになりますよ?」

 

「……そうなのよねぇ」

 

 じっと机を見つめて考え始める衣笠。

 

 響を追いかける任務……旅団に関係することのため、下手な人選ができない。

 目の前にいる神通ならば信用できるだろう。

 

「あ、でも……夕立姉さんなら大丈夫かもしれないです」

 

「夕立?」

 

「はい。旅団がらみというわけじゃないですけど、今の泊地で編成できるなら、とても頼もしいはずです」

 

 春雨の発言はまともではある。資材が限られている今の泊地において、着任して早々に第二次改装を迎えるほどにめざましい成長を遂げている彼女は、並大抵の駆逐艦以上の戦力を期待できる。

 

 旅団のメンバーを追いかけるとなれば、その道中で他の旅団と対峙する可能性は非常に高い。時には逃げられる機動力と、そして対峙できる度胸と火力も必要だ。

 やや蛮勇に過ぎても、夕立ならば役目を充分に果たせる。

 

「それに、姉さんなら嫌がらないでしょうし」

 

「……意外にひどいこと言うわね」

 

「しかし、夕立と出撃することには賛成です」

 

 神通も春雨に加勢し、これ以上の余地はないとばかりに衣笠は立ち上がる。

 

「これ以上に人数を増やすと機動力をなくしそうね。この四人で、一時間後までに出撃の申請を通すわ。準備よろしく」

 

「はい」

 

「承知しました」

 

 そしてそれぞれが部屋を退出して、それぞれの準備をするべく歩を進めていく。

 

 ……遠くの海で起こっていることを、まだ彼女たちは知らない。




意外と、作戦を思いつくだけの話ってこれが初めてな気がします。

春雨パート第2話。次は雪風パートの第3話となります。
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