鉄底海峡に待雪草を   作:在田

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「案外適当だな。まあ、そんなもんかもしれんがね。人間なんて、ずっと」


The Mother Will Comes Again

 旅団が、艦娘の記憶にある大戦をくぐり抜けて生き残った者たちだけだとわかった。

 だがそれだけだ。

 

 何かの因果関係があるのだろうが、しかし、なぜ旅団という組織を結成して大本営から離れてしまうのか。その理由がわかるはずもない。

 わかるのは、同じ旅団のメンバーに選ばれた艦娘のみ。

 

 青葉、そして雪風。

 二人が知っているか、あるいは、旅団の思想や目的に近しい何かを、既に持っているかもしれない。

 

「……つまり、雪風さんにも例の手紙が来たんですか?」

 

「手紙ですか?」

 

「そうです。『艦娘と、人類と、深海棲艦が、共に歩んでいける世界へ船出を』……そんなことが書いてあった手紙ですよ」

 

 雪風は視線を泳がせる。近づく敵影……その奥にある自分の記憶。

 自分の部屋に置いてあったかもしれない、小さな封筒。

 

「開けてない封筒ならありました」

 

「じゃあそれですね。そもそも私たち艦娘に手紙なんて来るはずないんですから」

 

 空にばら撒かれる敵の艦載機たち――ひし形の蝿ではない。巨大な咢のある球体。どうやって飛んでいるのかの原理すら皆目見当もつかない、凶悪なまでに硬く重い物体。

 

 その奥に巨大な姿を見つける。

 前回の大規模掃討戦でも見た敵……飛行場姫。ここにいる皆が幾度となく目に収めている。

 

 何度も鉄底海峡の近くで蘇り、その度に深海棲艦たちが湧き上がる――その勢力の根源とすら呼べるような存在。

 

「こんな近くまで……」

 

 川内が嘆きに声を漏らす。

 

 飛行場姫は今まで、鉄底海峡から出たことなどなかった。

 だが雪風たちはまだ、ソロモン島のシルエットすら見つけていない。

 

 逢魔ヶ刻。日が沈み始めている時間帯だから見えていないだけかもしれない。だが何度も戦いを挟んでいるのだから、雪風たちがそこまでたどり着けているはずもない。

 

「次の目標です。私たちで敵うかどうかはわかりません……でも、これを倒せば、またしばらくは静かになるはずです」

 

 揉まれあう波のさざめき……静寂をかき分けて近づく、見えない羽の音。

 

 巨大な波のように襲い来る彼らへ、雪風と敷波が連装砲を向ける。

 

 比叡が数の減った砲台を構え、川内が突撃へ屈む、龍驤が広げた巻物に宿る、甲板を機能する光。

 

「砲撃、開始してください」

 

 青葉の号令と共に砲火が放たれ、夕陽へ火線が敷かれる。

 

 最初に放物線を描くのは比叡の砲弾。敷波と雪風の対空砲が巨大な咢の群れ目掛けて火線をばらまく。

 追って龍驤の艦載機たちが空へ放たれ、それぞれに機銃と火花を散らす。

 足元から顔を覗かせる深海棲艦たちへ、川内が先陣を切り出す。

 

「二人は私に着いてきて!」

 

「「はい!」」

 

 川内を追いかける雪風と敷波……川内の向かなかった右側を向いて砲撃する。

 

 青葉が言ったこと――まだ見ぬ封筒の中身が、頭に残る。

 

『艦娘と、人類と、深海棲艦が、共に歩んでいける世界へ船出を』

 

 戦いが終わることを、戦いを終わらせることを意味しているのだろうか?

 とてもいい話だと思う。死なないことがわかっていても、誰かが死ぬ姿など見たくないし、誰かを死地へ追いやりたくない。

 

 思いながらも、砲撃をするべく腕を動かし、引き金を絞り、川内へ追随するべく主機を回して足腰を駆使する。

 

 戦火から抜け出すことは決して敵わないと、どこかで諦めているのかもしれない。

 

 まだはるか遠くに望む飛行場姫を見上げる。

 夕陽を背負って真っ赤に光る体躯。真っ赤に光る目。真っ白な体と対照を為す真っ黒で巨大な飛行甲板。

 

 ソロモン諸島で激化していく戦闘の権化にして元凶とも呼べる存在。

 雪風が思ったのは憎しみですらない。逃げることで誰かが見る悲劇でもない。

 

「雪風は、あなたたちと、一緒に暮らせるんでしょうか……? そんな未来が、来るんでしょうか?」

 

 しかし次の瞬間には、空から落ちるように突撃してくる敵艦載機を回避しながら撃ち貫いている――ほとんど本能のように身体へ仕込まれた戦闘技術。

 

「何やってんの! もう次が来てる!」

 

 川内の怒号に応じるように、巨大な咢がまた空を埋め尽くす。

 雪風の放り投げた魚雷が、近くで開口した駆逐ロ級の口内へ入り、粉々にする。

 

 ふと雪風の耳に飛び込んできたのは、龍驤の囁きだった。

 

「そんなこと考えとるんか、キミは」

 

「……はい。旅団の皆さんが、雪風と同じことを考えているかは知らないですけど」

 

「いやきっと……同じことを考えとるんやろなぁ」

 

 感慨にふけるような言葉。何かを思い返しているのだろう龍驤へ返答する暇もなかった。

 

 次の狙いを定める直前。龍驤の艦載機が、ちょうど雪風の視界に入った敵に爆弾を落とす。

 

「なあ青葉、キミもそないなこと、考えとるんか?」

 

「気持ちは誰だって一緒ですよ。でもそれなら鎮守府や泊地に属して深海棲艦と戦い続けることが最適解だとも思いますけどね」

 

「それよりも!」

 

 比叡の叫び声が通信に割り込む。

 

「今はこの状況を生き抜くことが先決です! さっきみたいに、旅団の人たちが助けてくれるなんてことはないですから!」

 

 本来なら比叡も望んでいるはずだろう。誰だってこの状況を助けてくれる存在がいるなら縋りたい。

 だがそうならないことを前提で、自分たちが努力しなければいけないという発破だろうことは容易く想像できる。

 

 川内が、肉薄してきた球体を撃ち落とす。

 

「あの艦載機みたいなのが邪魔。強いっていうより、面倒だね」

 

「下手に突進されると厄介です。龍驤さんは下がってください」

 

「はいよ」

 

 後退する龍驤が、ひらひら風になびく飛行甲板を振り回して、戻ってくる艦載機を素早く受け止める。

 

 その間にも、川内と二人の駆逐艦が距離を詰めていく。

 巨大な飛行場姫の咢が……戦艦並みかそれ以上の巨大さを誇る咆哮がこちらを向く。

 

「散開!」

 

 掛け声に皆が散った場所が、一瞬で炸裂した。あたりに海水の雨を散らせる。

 掠めるだけでも命を丸ごと削り取られるような、たった一発。

 

 連発されないことだけが数少ない救いだった。

 

「ありったけの魚雷をばら撒いて! とにかく足から崩すしかない!」

 

 いくら機動力があっても、川内も雪風も敷波も、巨大な敵へ立ち向かえる兵装など持っているはずもない。

 希望が望めて比叡の砲撃――だがすでに中破しているとなれば、その力も見込めない。

 

 幸いにも敵は一体……魚雷を渋る必要もない。帰り道の砲弾さえ用意すれば、これ以上を気にしなくてもいい。

 

 ようやく終わりが見えたことへの安堵。同時に胸へ湧き上がるのは、また次も飛行場姫が現れるのだろうという諦念。

 

 戦いの中に居続ける雪風が、また再会するかもしれない相手。

 ……だが戦いに終わりがなくとも、区切りをつけることはできる。

 

 その思いが、ばら撒いた魚雷の雷跡に刻まれる。

 

 飛行場姫に退ける手立てはない。巨体故に動きな鈍重、回避すら行えない。

 全てが飛行場姫の足元で爆炎を巻き上げる。飛沫と黒煙と火炎をばら撒いて、飛行場姫の体が大きく傾く。甲板にヒビが走り、今にも飛ばんとしていた艦載機たちが総じて海へ転げ落ちていく。

 

 比叡の追撃が甲板を粉々に砕いた。零れ落ちていく甲板の破片を見た飛行場姫の絶叫がこだまする。

 

「やった! 全弾命中!」

 

 川内の喜ぶ声。

 

 ……だが飛行場姫は沈まなかった。下半身が炎に包まれ、噴き上がる黒煙の中から、燃えるような赤い目がこちらを睥睨する。

 

「回避行動!」

 

 青葉の警告がなければ対処できなかっただろう。

 

 轟く砲撃音。

 

 雪風のいた海が大きくたわみ、波が飲み込まんとして被さる。

 目立った負傷もないのは、まさしく運が良かったから。

 

「……どうしますか?」

 

「逃げられるわけないじゃん」

 

「できるところまで、やってみましょう」

 

 青葉の質疑。川内の即断。比叡の呼応。

 

 あとどれほど砲撃を叩き込めば飛行場姫を打破することができるのか?

 出来る限りのことをやって今の状況だ。もはや駆逐艦や軽巡ができる限度は見えている。

 

 中破している比叡。空の艦載機に手一杯の龍驤。そして帰路を一番に考えなければいけない青葉。

 この三人に頼るほかない。

 

 強いて幸運なのは相手が一体だけだということ。

 

「……! 近づいてくる誰かがいます!」

 

「どこや!?」

 

「後ろ……右も、左も、真後ろも……たくさん……」

 

 青葉の言葉が次第に小さく、震えていく。

 振り向いていた青葉の視線を追いかけた皆が、失望に息を呑む。

 

 真っ黒な群れ。黄昏の光を気味悪く反射する、黒と白の、皮膚とも装甲ともつかない肌。

 種類も数も様々な深海棲艦が、雪風たちの後ろに現れた。

 

「これじゃ、どうしようもないじゃん……」

 

 敷波のぼやき。

 誰もが言わないように務めていた絶望と、向き合わなければいけなくなった。

 

 これほどの敵が襲ってきて、逃げることはできない。立ち向かえる戦力などない。

 

 橙に煌めく海の底から、暗闇が手をこまねいている。

 体温や重さが抜き取られたかのように、力が虚脱していく。

 

 戦艦ル級の砲撃。ヌ級がひし形の艦載機をばらまく。イ級が接近する。チ級が魚雷を走らせる。

 

「回避を! お願いです! どうか、生きて!」

 

 指示というより嘆願に近しい青葉の悲鳴。

 皆が逃げていく。

 

 ……だが最初に着弾の炎が上がったのは、艦隊の誰でもなかった。

 

 飛行場姫。真っ赤な瞳が爆炎に裂けた……その一発目は、皆が自分のことで手一杯だった故に気づけなかった。

 足元を通る雷跡をかわし……それも飛行場姫へ向かった。

 

 頭上を通る艦載機の群れは、艦隊の皆へ一発の爆弾を落とすこともなく球体の咢へ機銃を掃射し、飛行場姫へ雷撃を走らせる。

 深海棲艦が放った魚雷が飛行場姫にたどり着き、その悲鳴が轟いてから、ようやく皆が顔を上げた。

 

 誰も、一発も、後方に現れた深海棲艦の攻撃を受けていない。

 回避しきれたわけでもないと思い至って、最初に声を漏らしたのは龍驤だった。

 

「……何や? 一体、何が起こっとる?」

 

 深海棲艦たちが次の砲声を響かせた。

 雪風も青葉も川内も、回避行動を取ることすらなかった。

 

 烈火の軌跡が頭上を通り過ぎて、飛行場姫の巨体へ吸い込まれる。

 

 深海棲艦たちの攻撃が、雪風たちを避けて、同じ深海棲艦の……それも中心的な存在であるはずの飛行場姫を狙っている。

 

 途絶えることなく注がれる砲弾の雨に、飛行場姫が体勢を崩して、倒れこむ。

 一際大きな波が押し寄せて、雪風たちの足元を揺らす。

 

「あの深海棲艦たちは……いったい……」

 

「――お教えします」

 

 比叡に返答したのは艦隊の誰もない。

 真っ黒な深海棲艦の群れ。その中に一つだけ純白の存在がいた。

 

 艤装を着けて、銀の髪を二つに結って、白い戦闘用の服装ではなく、式礼用に近しい軍装に衣装に身を包んだ少女。

 ゆったりと歩んでくる彼女に、深海棲艦はちらりと視線を寄せるだけで、攻撃の意思を微塵も見せない。

 

 気がつけば周囲に戦いの騒音は一切ない。満たされた静寂の中、彼女の足音だけが耳に残り続ける。

 

「初めまして、ですよね? 練習巡洋艦、鹿島です。ここにいる皆は――」

 

「それよりも前にや。キミ、所属はどこや?」

 

 龍驤が遮って、鹿島と相対する。

 腕を組み、眉間にしわを寄せる龍驤に、鹿島が怪訝な顔をする。

 

「龍驤さん、思っていたよりもせっかちなんですね」

 

「状況がそうさせるだけや。で?」

 

「大湊です。元が着きますけど」

 

「じゃあ今は?」

 

「大本営所轄はどこにも属していません」

 

 皆の表情が、想起された二つの懸念に曇った。

 大本営に属していない鹿島がどうやって生き延びているのか。そして大本営の所轄する鎮守府や泊地を離れた艦娘たちの組織が一つだけあること。

 

「青葉!」

 

「持ち合わせはないですよ?」

 

 叫び声に、自分のスカートや脇を叩きながら答える青葉。

 同じ艦娘に向けるべきは対深海棲艦用の砲弾ではなく、人間が使うような拳銃だ。

 

 龍驤が服の裏から小さな拳銃を取り出す。

 

「警戒しないでいただけると嬉しいんですが……」

 

「無理な話や。旅団やろキミ?」

 

 冷徹に言い放つ龍驤と、嘆息する鹿島。

 小首を傾げて艦隊の皆を見渡し、青葉と雪風を見る時だけ表情が変わった。

 

「私に敵意はありませんし、こちらの皆にそのようなことをさせるつもりもありません。

 妙高さんたちから聞いて、何かご助力できないかと思ったんです」

 

「不思議な話や。ついこないだウチらの寝床をふっ飛ばした連中が、今度は助太刀? 何が目的なんや?

 あとこの深海棲艦はなんでウチらを攻撃してこないんや?」

 

「それは――」

 

 鹿島の言葉は続かなかった。いや、続けられなかった。

 

 耳に入ったのは一つの砲音。

 それと共に、鹿島の左肩が火球に包まれて身体が水面へ倒れた。

 

『ソウダ! コノ感ジダ!』

 

 息絶えたはずの飛行場姫――ゆっくりと海へ沈んでいく身体。

 

 それを足場にする、一体のシルエット。

 戦艦タ級。身に纏う瘴気のような赤いオーラ。

 

 青葉の脳裏に、かつて仲間を一人失った出撃が脳裏に甦る。

 

 青葉が見た、喋る深海棲艦。

 彼女たちに共通していたものが、それだからだ。

 

『戦争ダ! 我ラニハソレガ必要ダ!』




雪風パートの第3話。
今まであまりできなかった気がする艦娘同士の会話が、この話でようやく形になったなと感触を掴んだ気がします。

……今まで文庫本2冊並の文章量を書いて、ようやくなんですよね。ええ。

というかもうこれで、最初の話から1年経ったことに!

最初はちょうど1年で終わらせる予定だったのが伸びているのは、
ひとえに私の原稿ペースが遅いからです。
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