青葉たちが行動する前に、先程まで雪風たちに味方していたヌ級が吹き飛んだ。
『二匹目……!』
遅れて、鹿島を囲んでいた深海棲艦たちが次々と砲撃を繰り返す。
だが死んだ飛行場姫の巨体に阻まれ、致命打を与えることができない。
その間にもタ級の狙撃が、正確に深海棲艦たちを撃ち貫いていく。
『コレデ五匹……』
呆然と眺めていた青葉が、我を取り戻して声を張り上げる。
「わ、私たちも加勢します! 見捨てるわけにもいきません! 鹿島さんを守って!」
比叡と青葉が砲塔を構え、川内が走り始める。
雪風の脳裏に、嫌な記憶が甦る。
味方を一人失った時の記憶。
雪風が初めて出会った、言葉を話す深海棲艦。
赤と金の違いこそあれど、その狂喜に打ち震える姿は酷似している。
川内を追おうとした雪風と敷波の肩を、龍驤が掴んだ。
「キミらは鹿島を守るんや。見捨てるわけにはアカン」
「……っ」
雪風も敷波も、揃って首を縦に振るしかなかった。
『十匹……』
歓喜に震えるタ級の声。
深海棲艦たちが、同じはずの深海棲艦に、一方的に屠られていく。
「駄目だ! あれじゃ魚雷が撃てない!」
川内が叫ぶ。海の中を進む魚雷では、海に立っていないタ級に当てることなどできない。
自分たちは海の上。対してタ級は飛行場姫だった巨大な死骸の上――艤装の残骸など、身を潜めるものがいくらでもある。
回避行動以外に被弾を潜り抜ける方法がない海の上とは違う。
「私がなんとかします!」
比叡が砲塔の一つに神経を集中させる。それまであった砲撃を止めてでも、その一撃だけを当てるために。
遮蔽物に身を隠す敵に対処する方法など、そもそも海の上での戦いしか知らない艦娘が知っているはずもない。
だが幸いにも、見る見る数を減らしてはいるが他の深海棲艦たちの掃射により、遮蔽物が尽く打ち砕かれていく。
タ級も、海上より動きは鈍くなっている。遮蔽物がなくなった時が、限られた勝機になる。
艦載機を次々と発艦させる龍驤の影――雪風が海に倒れた鹿島の身体を持ち上げた。
水兵服が真っ赤に濡れる。腕がなくなった左肩の、焼け焦げた隙間から血が溢れている。
「……何か、何か止血できるもの!」
「無理や。肩じゃ心臓が近すぎる。絞めつける場所がない。
キミらは、これ以上弾をもらわんよう逃げて、戦いが終わった時に、生きているように祈ってや」
「逃げるったって……!」
「早ぅしい! ウチらもできる限りのことしかできないんや!」
敷波の言葉は、悉く龍驤に一蹴される。
「……雪風、頼むで」
「はい!」
迷う暇などなかった。
敷波と違って、雪風は背中に艤装がない。
魚雷発射管だけ小脇に抱え、鹿島をおぶって、砲弾を応酬させる深海棲艦たちの間を潜り抜ける。
『二十匹……』
見てみれば、すでに深海棲艦たちの大半が姿を消していた。
敷波が雪風の前に立つ。大破したとはいえ、艤装を背負った艦娘を駆逐艦が背負っているのだ。
身重になる上、ちゃんと前を見ることすら難しい。雪風の手を引っ張りながら、敷波は進路を探す。
背中にある体温が、雪風の服に染み渡っていく。
「……雪風、さん……ですね……」
雪風の耳元で鹿島が囁く。蚊の鳴くようなか細い声。
二人が通り過ぎた場所にヲ級が立ちはだかった。
直後、砲弾に貫かれた脳天が炸裂する。
「旅団に、来なかったん、ですね……」
「やっぱり、私のこと誘ってたんですか?」
「誘って、ました。雪風さんには、資格がありますから」
ロ級が海から飛び跳ねた。
ちょうど進路を曲げた雪風たちに遮蔽して、ばらばらに砕け散る。
「……でもこれで、良かったのでしょう……。
姿は変わってしまいましたが、旅団の皆が、私たちと戦ってくれてる……」
「旅団の、みんな……?」
チ級が、自分を通り過ぎようとする砲弾へ魚雷発射管を投げつけ、わざと自分の近くで爆発させる。
爆炎と破片に身を弄ばれて、海中へ倒れた。
「泊地を襲撃したこと……代わりに、謝罪します」
リ級が放った砲撃がタ級の砲塔――その咢を一つ屠る。
ほぼ同じ軌跡を辿った砲弾が、満足げに笑みを浮かべた口元を引き裂いた。
「でもようやく……私たちの作戦が……私の役目が、終わったんです……」
弾を切らしたホ級が、雪風の手を引く敷波の身体を押し退けた。
まるで身代わりになるように、ホ級がバラバラになる。
ト級の咆哮がこだまし、他の深海棲艦たちより前へ踊り出る。
すぐさま火達磨になることは、ト級自身だってわかっていただろう。
「なので、どうか……どうか、見届けてください……」
既に声は、雪風ですら耳を澄まさないと聞き取れないほどに小さくなっていた。
服を伝い足から流れ落ちる彼女の血液が、暗い青の海に軌跡となって残り続ける。
最後の一体になったル級が、巨大な盾を突き出して一斉射する。
タ級の砲塔を穿ち、腕をもぎ取り、周囲にいくつもの火球を作りだす。
だが次の瞬間には、盾ごとル級の身体がひしゃげる。
本来ながら曲がるはずのない方向へ曲がった背中――雪風たちを見る顔に、理由の見えない笑顔があった。
「……私たちの戦いを……その、結末を……!」
激痛に身を捩らせるタ級が、遮蔽する者のいなくなった背中を見やる。
最初の一匹であったはずが、取り逃がしてしまった者。
負傷により自分では動くこともできない者。
『貴様デ……二十八匹目……』
動きを止めたタ級に、比叡が照準を絞る。
『……恐レルナ……死ヌ時間ガ、来タダケダ……!』
タ級と比叡――それぞれが一発を絞り出し、放たれた砲弾が宙を踊る。
タ級のは雪風の背中へ。そして比叡のは……タ級の胸へ。
『コレガ運命ナラバ……受ケ入レル……』
タ級が爆発に包まれるのと、鹿島が背中から弾き飛ばされるのは、ほぼ同じタイミングだった。
途端に軽くなった背中を、なくなってしまった生命を……雪風は振り向く。
すでに鹿島の姿はない。残っているのは海上でバラバラに散った赤だけだ。
始めからいた六人だけが、海の上に残された。
何十もの死を足元にしながら、触れることすら叶わない。
激しく往来していたはずの砲音がなくなり、残響だけがいつまでも耳に貼りつく。
皆が口を噤む中で、川内が思い詰めた声を吐き出す。
「深海棲艦同士のいさかいだった、ってことなのかな?」
「いえ……あのタ級。きっと、元艦娘だったはずです」
「そして、旅団の鹿島が居ったってことは、あのぎょうさん居った深海棲艦も、普通の奴らやないんやろな……」
青葉と龍驤がそれぞれに返して、それっきり黙ってしまう。
今の戦いほど、虚しいものはないと雪風は思った。
深海棲艦が倒されたというわけではない。
鹿島の言葉を信じれば……タ級へ立ち向かい、そして雪風たちを庇ってくれたあの深海棲艦たちは皆、旅団のメンバーだったのだろう。
恐れていたことが、目の前で起こったのだ。
深海棲艦となった味方を殺してしまうかもしれない恐怖。
それがよりによって、艦娘同士で……深海棲艦になってしまった艦娘同士で行われた。
もはや艦娘同士で争うことと代わりがないようにすら思えてしまう。
志を共にできたはずなのに、まるで運命づけられたように、戦いから逃れられず、闘いに翻弄され、そして争いを生み出してしまう。
艦娘だろうと、人類だろうと、深海棲艦だろうと、もはや何の線引もなくなっていた。
そこにいれば戦争をやめられなくなってしまう。
「鹿島さんが……」
脱力しきった雪風が膝を落として、嗚咽にうずくまる。
さっきまで背中にあった重みと温かさを、身体に刻みつけるように、力いっぱいに肩を抱き締める。
皆の視線が、雪風の真っ赤な背中に注がれる。
「鹿島さんが、言ってました……作戦が成功したって……あの深海棲艦たちは、旅団の皆だって……」
「……深海棲艦になることが、作戦の成功?」
青葉と龍驤が目を合わせる。お互いに同じ疑問を抱きながら、しかしそれを解消できる手立ては、とっくになくなってしまった。
かつては同士だったはずの味方が、姿を変えて敵になった。
だが鹿島が率いてた深海棲艦たちは、以前の姿の艦娘のように志を共にしていると――旅団や大本営という住み分けはなく、眼前の脅威をやりすごすことに団結していたと、皆が実感している。
そしてその仲間を、一瞬のうちに、大勢を亡くしてしまったことも。
涙滴に小さな波紋を作る雪風の肩に、龍驤が手を乗せる。
「ともかくや、あれほどの激戦を、よく生き残ってくれた。大したもんや。敷波もな」
言葉ではなく、雪風はふるふると首を横に振った。大したものじゃないと、ただ凶運が巡るだけだと。
真っ赤な服――しかし鹿島が背中で砕け散ったとは思えないほど、焦げ目も破れ目も見えない服を見て、青葉が呟く。
「少し、怖いぐらいですけどね……」
「それでも、ウチら艦隊にはありがたいことや。切り替えようや。あとは帰るだけ。な?」
「そう、だね……。その通りだよ。とりあえず、帰ろう」
川内に持ち上げられながら、鼻を啜って涙を拭う雪風。
鹿島の言葉が残り続ける。
旅団の戦いが、まだ終わったわけではない。
艦娘と、人類と、深海棲艦が手を取り合う――そんな世界を作るための戦い。
見届ける役目がまだ残されている。
戦いの渦中にいるよりずっとマシな役目だと、そう言い聞かせて、帰路の隊列に加わった。
雪風パートの第4話。これで最終章の3分の1が終わった形ですね。
最終章が長いのは想定していたことですが、ばら撒いてきた伏線を回収するのに手間取っているからでもあります。
今回出てきたタ級が誰なのか、とか。