鉄底海峡に待雪草を   作:在田

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『Armored core Ⅴ』より


2.Stain
Begin In Your Coming


 一台の輸送トラックが、巨大な橋を渡っていた。

 ブイン島とショートランド島を繋ぐ連絡橋――全長にして五キロ以上はある長大な橋を通り抜けた錆の目立つトラックが、庁舎までたどり着く。

 

 出迎えとして庁舎の前で横一列に並ぶのは、およそ十名に見たない少女たち。

 ひと際小さい背丈を懸命に伸ばしていたのは、雪風だった。

 

 目の前に止まったトラック――荷台から降りてくる別の少女たちを眺めて、その中の一人に驚く。

 意図せず、口があんぐりと開いていた。

 胸のどこかがカチコチに固まって、息をする度につっかえるようでこすれるような痛みを感じる。

 

 比叡。

 向こうも彼女に気づいたのか視線を一瞬合わせたものの、すぐに雪風たちの列と向き合うように並ぶ列に加わる。

 

 列の端に並ぶ少女が口を開く。

 

「ブイン基地所属、高速戦艦金剛デース! 以下四名、これよりショートランド泊地に転属しマース!」

 

「ショートランド泊地、立ち会い代行の叢雲。金剛、比叡、暁、雷、電の到着を確認したわ。転属を受理」

 

 向かい合った二つの列が同時に礼をする。すぐに列が崩れて、庁舎に全員が入る。

 

 走り去るトラックを後目に、雪風は金剛と話し合う比叡の背中を……横顔を見上げる。

 思った時には声に出ていた。

 

「比叡さん」

 

 雪風はいつも声が大きいとよく言われる。だから金剛と話していた比叡も気づいて振り向く。

 

「はい。どうしたんですか雪風?」

 

 にこやかに、比叡は雪風と向かい合う。

 体の小さな雪風を見下ろすでもなく、かといって過度にしゃがむでもない、少しだけ屈んだ姿勢。

 

 見上げる比叡は、怖かった。

 こうして生身として会うのは初めてだが、笑顔の下で何を考えているのか想像もつかない。むしろ笑顔で振る舞っているからこその怖さが、雪風の中でじわじわと大きくなるのを感じた。

 

 雪風は覚えていた。鉄の体だった時のこと――その時にしたこと。

 比叡から嫌われてもおかしくない。

 

「あの……」

 

 自分から声をかけたにも関わらず、それを声に出すのを躊躇ってしまう。

 下を向いて、指先だけがしどろもどろになって、何からどう言えばいいのかわからない。

 

 そんな雪風の頭が、撫でられた。

 顔を上げれば、比叡がニッと白い歯を見せる。

 

「また一緒に戦えるんだと思って、私は嬉しいですよ。私、雪風のこと大好きですから」

 

 比叡の言葉がじんわりと頭に染みこんで、意味を理解する。

 嫌われていなかった――嬉しかった。

 胸の奥にあった気持ちの蟠りの塊が、ようやくほどけていく。

 

 雪風はいつも気持ちが顔に出ているともよく言われる。だから喜色に満ちていた。

 

「ありがとうございます! 雪風も、比叡さんのこと大好きです!」

 

 二人は互いの笑顔を合わせて、雪風が比叡に抱きついて、比叡もゆっくりと応える。

 

「Oh! 何してるデース!」

 

 甲高い声をあげた金剛の口元は手に隠れていたが、疑惑の表情に沈んでいる。

 比叡が立ち上がりながらワタワタと腕を振った。

 

「あ、いや、違うんですお姉さま! これは、なんというか……」

 

「比叡、私、とても悲しいネー。妹が小さい子に手を出すなんて夢にも思ってなかったヨ」

 

「誤解です! 私はずっとお姉さま一筋です!」

 

「それはそれで困ったものネー」

 

 真っ直ぐ視線を向ける比叡と、顔こそ向き合っているものの、他所に視線を逃がす金剛。

 

 何が起こっているのかわからず、雪風は二人を見上げるのをやめて横を向く。

 同じように二人を見上げているのは、金剛たちと同じく転属してきた駆逐艦娘。

 暁、雷、電。

 雪風と同じほどの背丈の、それぞれが姉妹艦であったはずだ。

 

「とにかく、そんなことよりもこの泊地の提督に挨拶するデース! Follow me!」

 

 金剛が足元の三人に告げて歩き出し、比叡が「そんなことって……」と青ざめる。

 

 しかし、叢雲がそこに割って入った。煌めく髪を下げ、書類をぺらぺら数えている。

 

「その必要はないわ」

 

「Why? 挨拶しないと提督にも失礼デース」

 

「その提督が、必要ないと言っているのよ。泊地の案内は後回しよ。まずは会議室へ向かうこと。そう言われてるの」

 

 手早く、叢雲は転属された艦娘それぞれへ書類を渡していく。雪風の手元にもやってきた。

 

 しかし金剛だけには渡されなかった。

 

「なんでワタシだけないのヨー!」

 

「だって、あんただけ今回の作戦の編成にいないんだもの。あんただけはショートランド泊地の案内をしろって言われてるのよ」

 

「叢雲、あなた、秘書艦デスカー?」

 

 どこか威圧するような金剛の声。

 

「元、秘書艦よ。今のうちにそんな制度はないわ。たまたまこれがあるから、うちの司令官にとって使い勝手がいいだけよ」

 

 叢雲は頭の上に浮かぶ二つのそれを指差した。

 

 本来なら、通信含め諸々の機能がある艦娘の艤装は戦闘時に着脱することになっている。

 しかし叢雲は特例の一人だった。艤装の中でも、その装置だけずっと叢雲に付随している。通信装置――艤装にあるアンテナだと聞いたことがあった。

 

 どこか嫌そうに、叢雲は金剛から距離を置いて雪風に歩み寄る。

 

「いいこと雪風? 第四会議室にみんなを連れていくの。会議室の場所、覚えているでしょ?」

 

 この庁舎にいくつかある会議室。もちろん雪風も行ったことはある。

 

「はい、大丈夫です!」

 

「よろしくお願いします!」

 

 雪風が手を挙げて、比叡が後ろに続き、そして暁たちが後ろに並んだ。

 

「エスコートは当然よね」「司令官はどこにいるのかしら?」「きっともう会議室で待っているのです」「じゃあ待たせるわけにはいかないわね! この雷様がしっかり面倒見てあげるんだから!」

 

 比叡が雪風の肩に手を乗せて、賑やかな列を引き連れて出発した。

 

 

 

 部屋で座っていた春雨が立ち上がって、ぺこりとお辞儀する。

 

「お待ちしてました」

 

「お待たせしました。雪風、到着です」

 

「比叡、以下駆逐艦三人も、転属してきました」

 

 雪風が春雨の近くに座ると、他のメンバーもそれぞれ一礼のあとに着席する。

 

 やがて部屋が暗くなって、上段では天井からスクリーンが降りてくる。

 雪風と春雨は見慣れているが、他の四人は驚いていた。

 

 この泊地の提督を見たことがないと、作戦会議が、艦娘が一方的に聞くだけとなることの多いというこの泊地の常識に驚かされるのだ。

 聞くというよりは、見るのみだが。

 

 スクリーンに文字が入る。

 

『連絡事項。

 先日告知した、トラック泊地壊滅に伴い、ショートランド泊地の戦力増強のため、ブイン基地より幾名の艦娘を転属とする。

 詳細、名簿は決定次第告知する。』

 

「もうここにいるんだけどね」

 

 暁がぼそっと漏らし、雷が人差し指を口元に当てた。

 

『又、先日夕刻に、ブイン基地より駆逐艦夕立が近代化回収中に失踪。

 及び、同日未明に本泊地より駆逐艦綾波が失踪。

 両名とも消息不明。これを除籍とする』

 

 雪風の後ろ――ブイン位置にいた四人がひそひそし始める。

 それは、雪風の記憶にも新しいことだった。その日は確かに、ブイン基地から煙が上っていた。

 

 それを背に雪風たちはいつものように出撃して、途中で綾波が抜けて、一度は帰ってきたはずだった。

 

 疲れ果ててボロボロだったはずの彼女は、しかしいなくなってしまった。

 

 なぜなのかはわからない。

 提督も知らないのか、それとも知ってて黙っているのかすらもわからないが、とにかく、除籍という処分になったことだけはわかった。

 何もわからないのと同じようなものだ。

 

 ただ、隣で春雨がビクリと体を震わせていたことだけは見えた。

 

『次回作戦:詳細告知

 出撃部隊編成

 旗艦 比叡

 雪風 春雨 暁 雷 電 計六隻』

 

 駆逐艦が五と戦艦が一。特殊な編成だった。軽・重の巡洋艦がいない。火力よりも速力に重きを置いた編成としても、火力に安定を求めていない。

 

 叢雲から配られた書類を見ても、長い文章が並んでいて、雪風にはわからなかった。

 

『ソロモン諸島に膨大な深海棲艦の反応あり。

 巡視隊の報告曰く、新たな深海棲艦が拠点を構える準備をしていると報告あり。

 敵戦力に、かつてない強力な存在があると思われる』

 

 ざわめいていた部屋が、一瞬で静まり返った。

 それに気づいた雪風がキョロキョロし始めるほど、皆一様に、口を半開きにして、スクリーンを注視していた。

 

『敵の攻撃が激化しないため、未だ敵戦力が万全ではないと判断。

 敵の拠点設置を未然に防ぐべく、攻性の波状作戦を実施。

 書類記載の作戦を行い、敵を打倒する。

 貴艦らはそのための強行偵察任務を行う。

 平和を守るための健闘を祈る』

 

 ……そうして、部屋の中は明るくなった。

 

 強大な敵がいる。それが本当であればあるほど、負傷も、沈む可能性も大きくなる。

 深く、暗い表情でそれぞれが書類を見つめる中、比叡が立ち上がる。

 

「大丈夫です! まだ敵の戦力が整っていない段階で作戦ですから! いつもとそこまで変わらないはずです!」

 

 比叡が元気そうに取り繕う声を出しても、駆逐艦から返答が来ない。

 整っていないだけで、戦力が増えているのだろう事実は否めないだろう。

 

「波状作戦ですから、何回かの小分けの戦闘で相手を疲れさせることが目的なのでしょう――」「書類を見た限りでは、この高速編成は偵察のためという編成ですから――」「できる限りのことだけやって、安全第一でやっていけば――」

 

 書類をべらべらめくって言葉を並べても、返事がないか、あったとしても力ない相槌ばかり。

 

 ……言葉に困窮していく比叡。

 

 一目で見ても、比叡からすれば子供のような相手ばかりである。

 いくら比叡も明るい人柄で合わせることができても、暗く沈んだ状態を盛り上げるには、何を言えばいいのか、わからないのだ。

 

「大丈夫です!」

 

 雪風が立ち上がった。

 

「みんな、絶対に大丈夫です!」

 

 比叡とは違って理由の伴わない言葉。

 ただ取り繕うためと見えている比叡の言葉とは違って、雪風は自信に満ちていた。

 

「絶対に沈みませんから!」

 

「大丈夫じゃないでしょ! 強い敵のところに突っ込んでいくのよ私たち!」

 

 怒鳴りつけるように暁が立ち上がった。

 

「でも、沈まないですから!」

 

 怒るでもなく、いらつくでもなく、雪風は自信満々で応じるだけだった。

 

「あんたはショートランドでやってきて強いからそういうこと言ってんでしょうけど、私たちはそうじゃないのよ!」

 

「二人とも、落ち着くのです」「そうです。喧嘩しても始まらないですから……」

 

 電と比叡が、二人の間に割って入る。

 

 これ以上この場を続けても余計に暗くなると、比叡は判断した。

 解散を号令しながら、眉を八の字にして雷へ視線を送る。

 

「とりあえず、まだ出撃まで時間があります。ゆっくり落ち着いて、しっかり準備を整えましょう」

 

「しょうがないわね! やるからには、しっかりやらないとね」

 

 察しの良い雷が、暁と電を引っ張るように部屋から出る。

 

 残った春雨が雪風に話しかけた。

 

「雪風ちゃん、暁ちゃんと喧嘩しちゃ……」

 

「喧嘩じゃないです。みんな沈まないです!」

 

 根拠のない主張が一切折れない。

 

 春雨も困った顔で比叡を見た。

 比叡が頷くように瞬きする。

 

 一度決まった作戦だ。逃げるつもりというのはこの編成にいる六人にはないだろう。

 

 沈むのが怖いのは、どの作戦にも付き纏う。

 ブイン基地では迎撃任務と遠征任務を主として行ってきた。計画的な攻撃作戦に加わることが初めてで、暁たちが動揺しただけだろうと、比叡は思っていた。

 

「そうですね。私たちは沈みません。ですよね、雪風?」

 

「はい!」

 

 雪風は元気に、首を大きく縦に振った。

 

「全員で、ちゃんと帰ります!」

 

 疑う素振りもなく首肯した比叡が、雪風の頭に手を乗せる。

 

「じゃあ、腹ごしらえもちゃんとしましょう。私、カレー作るの得意なんですよ!」




次の更新は10/06深夜から10/07早朝の間かと思われます。
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