鉄底海峡に待雪草を   作:在田

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「私たちが生きるために、必要なものがそこにあるはずだ。遠い過去と汚染に埋もれた、偉大な文明の遺産が」


One Day

 銃声が響き、コンクリートの壁面が抉れる。

 

 まだ衣笠は、荒い呼吸に上下する肩を抑えられない。収めきれない気持ちの熱が膨張し続けて、全身が強張っている。

 

 それでも明石の表情は変わらない。自分の行いを自覚し、しかし自決することなく立ち続けるという憐れな覚悟。

 

 頬に切り傷。傷の周りが火傷に赤らむ。その後ろで髪の束がごっそり落ち、不格好な髪型になってしまう。

 切れ口から覗く血液が頬を垂れる。涙を流すように血を滴らせた明石が、口元に笑みを作る。

 

「もう一度撃てば、ちゃんと当たると思いますよ」

 

 逃げるつもりが全く見えない明石。何の怒りなのか自覚できない衝動で瞳孔を大きく開いたままの衣笠と、目を合わせる。

 

 両手に抱えているものを持ち直しながら呟く。

 

「ただ、これは潮ちゃんにちゃんと持たせてくださいね。侵食されたゴーストが戻るかはわかりませんが、少なからず話せるようにはなるはずです」

 

 ――潮が持っていた、桃色の顔のついた連装砲。

 

 衣笠の目が細くなり、連装砲の側面を見る。銃弾が叩きこまれた小さな穴。おそらく衣笠が開けたもの。

 

「……死にたいの?」

 

「だったら自決してます。私を止めてくれる相手を待っているんです。当人の気持ちが整理できる材料になるなら、ですけど」

 

「復讐してくる相手を?」

 

「そういうことです」

 

「……なら、それは私の役目じゃないわ」

 

 銃を持ち上げたままの手が震えている。瞼を閉じて深く息を吸い、息を吐きながら脱力して銃を降ろす。

 宣言してから深呼吸をしなければ、勢いのままに再び引き金を引いただろう。

 

 踵を返して、衣笠は歩き始める。

 

 後ろで明石の歩みが近づいてくるのを感じる。

 

「随分と義理堅いのね。居るのかわからない知らない誰かを待つなんて」

 

「罪悪感ぐらい感じてます。でも旅団として私の役目は終わったようなものですから」

 

「解明ができたから?」

 

「そうです。戦えないですから、ここで待機してるんです」

 

「それで、その……なっちゃった子たちは、今どうしてるの?」

 

「本当に暴れそうな人は、残念ですが処理しました。弔いもしました。

 喋れなくても意識だけ残る人もいましたから、それは鹿島さんにお願いして、大規模艦隊として編成されています」

 

 鹿島……名前こそ知っているが姿の知らない人物に、衣笠が空を見上げる。

 

「艦娘が深海棲艦を率いるなんて、どうかしてるわ。

 ……那珂ちゃんを助けたっていうのは?」

 

「まあ同じ艦娘として、当たり前ですよね。それに……これ以上、犠牲者なんて出したくないですから」

 

「ハンターとか?」

 

「全部の戦いですよ。艦娘同士でも、深海棲艦とでも……だから解明が必要でした。誰もそうならないために」

 

「だったら公表すればいいのに」

 

「団長は別の目的を持っていますから」

 

「……別の?」

 

 振り返った時に、明石が追い抜いた。

 急ぎ足だ。潮と皆を待たせていることを気にしているのだろうかと思いながら、衣笠も再び歩き始める。

 

 来る時に取り出していたリボルバーを仕舞って。

 

 

 力のない手に連装砲を握らせて、腹の上に置く。

 死んだような掠れた呼吸しかなかった潮が、眉根にしわを寄せて呻く。

 

 少しばかりの興奮で姿勢が上がる皆に囲まれて、しかし潮はまた穏やかな顔を作る。

 さっきよりちゃんとした呼吸で、胸が上下していた。

 

 明石が口元に手をかざして吐息を確認する。

 

「じきに目を覚ますと思いますよ。ただ疲れているだけでしょう」

 

「……それで、ハンターについてはどうしますか? 話を伺う限り、まともに勝負できる相手ではないと伺いましたが……」

 

 衣笠と明石が戻るまで話していたのだろう、神通が神妙な顔を作る。

 

「だったら全力で逃げるわよ。そいつらが旅団じゃないこともわかったんだから、戦わなきゃいけない理由もないんだもの」

 

「でもぉ……それじゃ那珂ちゃんが一人で帰るっていうか……提督に申し訳ないし」

 

「だったらうちに来ればいいじゃない。川内もいるし。後で帰ればいいじゃない」

 

「うん! なら安心できる! 第二次改装された那珂ちゃん、頑張っちゃうからねー!」

 

 立ち上がって夕立や春雨へ向き合っていく那珂を他所に、改めて明石へ向かい合う。頬の傷と髪について神通はとっくに気づいているだろうが、しかし言及しない。

 

 衣笠が聞いた内容は、すでに神通にも話した。

 

「私が気になるのは、旅団は何をしたいのかです。私たち艦娘と、人類と、そして深海棲艦で対話を行う……理屈はわかりました。

 ですが具体的にどうやるのですか? そして、対話して何をどうするのですか?」

 

「い、いやぁ……私も知らなくて……」

 

「嘘ね。今度は背中じゃなくてお腹にしましょ。ぺちゃんこに」

 

「あーやめて駄目! 死んじゃう! ほんと! ほんとに知らないの!!」

 

 抵抗する余地もなく神通に組み伏せられた明石が喚く。僅かに目尻に涙滴が浮かんだ。

 

「何よ、さっきまで殺されてもいいですなんて言ってたのに!」

 

「痛いだけは嫌です! 本当だから信じてください!! 団長に聞いてくださいよ!」

 

 神通が呆れたように衣笠へ視線を送って、衣笠も諦めて首を振る。

 

 結局、明石は組み伏せられたまま解放されない。

 

「じゃあ、その団長って? あなたたちのトップなんでしょ? いくらなんでも知らないなんてことは……」

 

「むしろ、皆さんがよく知っている人だと思いますよ……長門さんは」

 

 明石の言葉に、二人の間で重い空気が滞った。

 

 戦艦・長門――ゴーストの記憶にもその名はある。

 かつて最強を謳われた戦艦。いくつもの武勇伝を、逸話を残した、伝説的な存在。

 

 あの時代の船として――誰もが知っている、頂上とも言うべき艦娘。

 

 息を飲んだ拍子に首を伝っている汗を感じてからようやく、それが冷や汗だとわかった。

 

 おそるおそる、衣笠は口を開く。

 

「それで、長門さ……長門は、今どこにいるの?」

 

「深海棲艦が出現するポイントは未だにバラつきがありますが、その中でも特に多いところは限定できます」

 

「そのどれかに、いると?」

 

「そうです。最近になって勢力を拡大している一番の場所……確かショートランド泊地なら、一番理解しているんじゃないですか?」

 

 耐え難いほどに重い空気から逃げ出したくて、思わず叫んでしまう衣笠。

 

「まどろっこしいこと並べてないで! さっさと言いなさい!」

 

「――鉄底海峡」

 

 神通の手がびくりと震える。衣笠の背筋が一瞬で凍りつく。

 

 神通も衣笠もそこに沈んだわけではない。だが確実にそれは、その近くにある。

 ――海底で原型を留めているかもわからない、ゴーストの頃の、鋼鉄の体。

 

 かつての努力と失敗と後悔……その象徴が眠る。因縁とすら呼べる場所。

 

 夕立もそうだろう。

 

「一昨日ですけど、響――いや、ヴェールヌイさんも、引き取りに来た高雄さんと一緒に、そこへ発ちました。

 団長から聞きましたけど、彼女が、最後の希望なんだそうです」

 

「……そう。わかったわ。ありがと」

 

 あっさりと話を切り上げた衣笠は立ち上がり、脇にあった壁に座りこんで脱力する。

 嘆息するほどの元気すら奪われてしまった。

 

「……また、あそこなのね」

 

 明石を放した神通も衣笠を見やる――眉を潜めたのは心配だけではなく、自分にも衣笠と同じだろう気持ちがあるから。

 

 自分が死んだ場所に喜んで行けるはずがない。また死ぬかもしれない恐怖が待ち受けている。

 

 自分の中で人が燃え、潰れ、砕け、溺れて死んでいく。その感覚を思い出してしまう。

 ヒトの身になって、戦いに身を投じて、改めて思い知る――それがどれほど残酷なことなのか。辛く、苦しく、悲しいことだったのか。

 

 戦う理由と希望を諦めなかった彼らを誇りと思えるほど、衣笠は男らしくない。

 

 虚無感が重く伸し掛かる。可能ならばこの一連の騒動に決着をつけるべく出撃したい。

 だが勇気が絞り出せない。また死ぬかもしれないという恐怖が、あの時は知る由もなかった苦しみのどれを、ヒトの身になった自分が辿るのかわからない。

 

 自分が死んでしまうことしか想像できない。死んで、仲間を危機に晒してしまう重圧を覚えてしまう。

 

 ――鉄底海峡とはそういう場所だ。

 

「無理に行く必要は、ないんですよ?」

 

 ふと聞こえてきた声に、顔をあげる。

 春雨が眉を八の字にしていた。あどけなさが残る中でも一頻り泣いた後のような、疲れきった慈愛の表情。

 

「断片的ですがお話は聞いていました。あそこまで行って、私たちができることはどうせ戦うことだけです」

 

「そう……でも結局戦うのも、私たちじゃない」

 

「でも、私たちが無理やり戦わなきゃいけない必要もないですよ。他の人に任せてもいいんじゃないですか?

 今の私たちはとにかく、今聞いたことを共有することが先決です。帰ることが」

 

「……まあ、そうね。潮が目を覚ましたら帰ろう。

 それまで休憩して……燃料ももらえるだけもらっとかないとね」

 

「はい! そうです。その時になったら考えればいいんです。今は何かを考える必要は……」

 

 語りかけた春雨が、途中で止める。

 衣笠の目が閉じて、ゆったりと息をしている。

 ……春雨の言葉がきっかけとなったのかはわからないが、緊張の糸がほぐれたのだろう。

 

 春雨もそうだったが、一晩近く海を走ってきたばかりなのだ。疲れて当然。

 むしろそんな状態で難しい話ができるなと、衣笠に憧れてしまう。

 

 ……そんな春雨も、夕立がすでに眠りこけてしまったからこそ衣笠へ話しかけにきたのだが。

 

「ん? 那珂ちゃんとお話する?」

 

「あ、いえ……」

 

 思わず漏れてしまった欠伸と、遅れてきた疲労感で、春雨も衣笠の横へ座る。

 

 神通が春雨の頭に手を載せる。

 

「……私と那珂が見ておきます。ゆっくり休んでください」

 

 春雨の意識も、神通の言葉を最後まで聞くほど持たなかった。

 

 すぐに衣笠の肩に春雨の頭が載せられて……二人で静かに寝息を立てる。

 

 神通も那珂も、そして明石も……穏やかな顔で眺めていた。




というわけで春雨パートの第6話。

雪風パートで出された「旅団のメンバーの条件」を取り扱うにあたって、やはり戦艦・長門は切っても切り離せない関係にあるもので。

それという重い情報とは裏腹に、情報の整理のみに徹して、箸休めとして落ち着くための話でもあります。
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