鉄底海峡に待雪草を   作:在田

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Flag Is Raised・後

 ――雪風が、ポケットに入れていた封筒を取り出した。

 皆が固唾を飲んで、封筒から取り出される手紙を見つめる。

 

「……この手紙って、本当に皆さんのところには来てないんですか?」

 

「うん。来てないよ。たぶん青葉の考えたとおりだと思う」

 

 旅団のメンバーとしての条件。

 

 ゴーストの記憶にある戦いを生き残り、海の上ではない場所に残った艦。

 その名を――記憶という名の自我を受け継いだ艦娘たち。

 

 今この場で、条件を満たすのは雪風だけだ。

 

 記されたわずか一文が、今ではどれほど長い文章よりも重く感じられる。

 

「……『艦娘と、人類と、深海棲艦が、共に歩んでいける世界へ船出を』」

 

 一種の理想論と受け取れる。いやそうとしか考えられない。

 

 ――終戦を見たことのある艦娘なら、その意味がわかるのか?

 

 誰もが抱いた考えだ。

 

 あの戦いの終わりを見ることなく、ただ勝利という希望に囚われたまま海の底へ隔絶された者には見えない、何か。

 

「雪風は、あの戦いの終わりを知っているんだよね?」

 

「はい。帝国は負けました」

 

「……」

 

 その言葉を受けて、誰もが口を閉ざした。

 

 ここに居る誰もが、帝国の興亡など学んでこなかった。学ぶ環境そのものがなかった。

 

 だから知るはずなどない。

 自分たちを動かしてきた人々が信じきた戦いの結末も、その後の歴史をどう歩んできたのかも。

 

「でもそのあと、帝国も、世界も、だんだん平和の方へ進んでいったはずです。

 こんな、いつまで続くかわからない戦いをずっと繰り返しているわけじゃなくて……

 敵国同士でも、偉い人たちで話し合って」

 

 争い合う艦娘と深海棲艦。そしてそもそも人が住んでいないショートランド泊地なら見ることがまずなかった人類。

 

 それぞれが手を取り合える世界など、どこにあるのか?

 旅団が本当にそれを作り上げようとしているのか?

 

 ふと口を開いたのは、またしても春雨だった。

 

「――『人々よ ようこそ 私達の海へ』」

 

 その声明と共に旅団は生まれた。

 

 人類に味方する艦娘と、深海棲艦――その二極だったはずの戦争で、艦娘が人類に牙を剥くことを示した声明。

 人類に対する離反、反逆、あるいは宣戦布告。

 

 ショートランド泊地が一番、それを経験してきた。

 

 始めは艦娘同士の戦い。死んだはずの加古を巡って入渠ドックが破壊され、古鷹も失踪した。

 そして人類が泊地に介入した。しかし泊地は旅団に襲われた。結果として占領されることこそなかったものの、人類はおろか、泊地そのものが、その作戦上では敗北したようなものだ。

 

「旅団は、対話による解決を望んでいる。確かそうですよね? 神通さん」

 

 トラック泊地に居た明石から話された言葉。

 

 何をどうして対話を行うのか……それが不明瞭だった。

 だが今ならわかる部分がある。

 

 ……艦娘はそもそも、深海棲艦の攻撃に窮した人類が防衛のために作った。

 

 あまりにも長い戦いで忘れ去られていたが、本来なら艦娘など、生まれるべきではない存在だった。

 

 深海棲艦が喋るようになれば、人類との対話が可能になる。

 対話の果てに、争いという形ではない別の終着点があるのではないか?

 

「でも雪風は思うんです。旅団が、戦いを終わらせてくれるんじゃないかって」

 

 旅団がそのために動いているとすれば、もしかしたらむしろ協力するべき存在なのではないか。

 

 雪風たちが決死の状況となった時……旅団の鹿島も、高雄も妙高も利根も、深海棲艦の艦隊だって助けてくれた。

 等しく春雨たちも経験した。トラック泊地の明石――潮を助ける手助けをしてくれて、帰る時には装備や燃料の面倒すら見てくれた。

 

 故に旅団が味方だとすら思えるのは、むしろ道理だ。

 そもそも艦娘たちの組織が、わざわざ艦娘に敵対する理由がない。

 

「じゃあ響は、そのために行ったのですか?」

 

 電の何気ない言葉。響が戦いを終わらせるために行動しているのではないか。

 雪風が思う旅団の印象を語るならば、そうなるだろう。それを電も感じ取っている。

 

「そうだといいんですけど……」

 

 ……だが春雨の中で、まだ腑に落ちないところがある。

 

 単に戦争を終わらせるだけなら、直接人類へ協力を仰げば良かったはずだろうに、行動へ移さなかった理由。

 

「でも青葉は旅団に行ったよ。戦うために。誰と戦うのかは知らないけどさ」

 

 戦艦・長門という人物が、川内の脳裏をかすめる。

 

 青葉にとうとうと語りかけていた長門。

 青葉が失踪してしまった原因なのか、あるいは理由など初めからあった上で最後のひと押しだったのか……だがそれをきっかけに、青葉は艦隊から外れて、消えてしまった。

 

 ……考えれば考えるほど、複雑になっていく。

 失踪した青葉は何を求めた? 響は何のために行動してる? 長門は、どうして旅団という組織を作ったのか?

 

「なんで旅団は、戦おうとしているのでしょう? 戦うつもりがないはずなのに」

 

 拭いきれない不安が、春雨の首をもたげる。

 

 ……何より、旅団が人類と離反しなければならない理由がわからない。

 本来なら守るべき人類を、なぜ敵対視するのか?

 それについては誰も知らない。わからない。

 

 対話に戦力は不要だ。だが旅団は尚も戦力を求めている。

 

 何かの原因があり、人類に宣戦布告してまで、しかし目的は戦闘ではない。

 ならば戦力を要する理由が、最初の原因か至るべき手段にあるはずだ。

 

 だがそれを知っているだろう人物は、旅団と同じく、戦後を知る雪風のみ。

 

 雪風は記憶を辿る。終戦の前。何と戦ったか。何を見たか?

 

「大きな雲」

 

 帝国の二箇所で起こった大きな光、爆発。

 雪風は知っている。他のどんな兵器と比類することもできない大きな力こそが、終戦へ舵取りをさせた大きな理由だったと。

 

 この場にいる誰もが知らない。知る前に暗い海の底へ閉ざされてしまった。

 

 圧倒的な力。深海棲艦でもそれほどの武力はない。海を覆えるだろう圧倒的な物量のみだ。

 

 だがもし……それに代わる大きな力を持つことができれば?

 

 旅団は艦娘だけの組織。大本営のバックアップなしでまともに勢力を広げることすら不可能だ。

 だが深海棲艦という莫大な力を味方にすれば? 人類を脅かすことなど容易だろう。

 

 一瞬で背筋が凍りつくのを感じた。

 

 旅団が何を考えているのか、仔細まではわからない。

 

 だが雪風がふと思った考えが、最も納得できる。

 ……確認が必要だった。長門が何をしようとしているのか。

 

 本当に平和的な解決なのか? あるいはそもそも、人類を滅ぼすことすら厭わないのか?

 

 しかしやがて、一つの声が島全体に響き渡る。

 今まで使われることのなかった設備。提督の執務室から、艦娘全員にその声を行き届かせるためのスピーカー。

 

「……あー。これで聞こえとるんか? そうっぽいな」

 

 聞こえてきたのは龍驤の声だ。泣き腫らしたような震えた声で、なぜか自棄糞気味にマイクへ叫びかけている。

 

「ショートランド泊地の艦娘に。龍驤や。

 まあ小さい泊地やし、ウチのこと知っとるやろ?

 でも、みんな司令官のことを知っとるか?

 顔は? 最近いつ会話した?

 ……ウチは覚えとらん。たぶんみんなもそうやろ」

 

 むしろ当然過ぎて誰もが失念していたことを、龍驤は語る。

 また嗚咽に上擦った声で、それでも喋り続ける。

 

「今な、執務室におる。

 提督なんて、いなかったんや。あったのはパソコン。それだけ。

 ウチらは居もしない提督の命令聞いて、深海の奴等と戦ってきた。

 旅団とも戦った。

 でもいつからや?

 いつからウチらは艦娘で、いつから戦ってきた? 昨日か? 去年か? 十年? ……百年かもしれんな」

 

 どこか懐かしそうに龍驤の声が上気した。

 

 ……龍驤の中で、一人の存在が思い浮かんでいる。

 鳳翔――百年以上も同じ姿のまま、艦娘を続けてきた一人。

 旅団の一員として、そして龍驤に戦争という状況を告げるべくして訪れた、今は亡き一人。

 

 もしかしたら龍驤も、同じ時を知らない間に過ごしてきたのかもしれない。

 

「初めから、ウチらは戦うように仕組まれてきたんや。

 産まれた時から、本土を守るためってやつで。

 結局人形遊びみたいな戦争に、ウチらはずーっと付き合ってきた。

 だから戦ってきた記憶だけが、ウチらの現実。

 旅団が何かしようとしとる。それはみんなもわかっとるはずや。それもウチらだけが持っている現実。

 何かどエラいもんを、向こうは持っている。そんな気がする。

 たぶんここでやることやんなきゃ、ウチらはずーっと人類の人形ごっこに付き合わされることになる」

 

 川内も神通も顔を上げて、スピーカーをじっと見つめている。

 

 ……先程まで春雨と雪風と、ひたすら繋ぎ合わせてきた言葉のパズルを、龍驤は一人で完成させているような気すらする。

 龍驤なら、自分たちが知らない何かを知っている気さえする。

 

 その龍驤が声を裏返らせてでも、泊地中に伝えようとしている。

 

「ウチらの現実が、人形遊び、戦争ごっこにずっと弄ばれてきた。

 たぶん旅団も似たようなことを思っとる。だから旅団は終わらせるつもりなんや。

 このごっこ遊びどころやなくて、ウチら艦娘も、人類も。

 ウチらはショートランドの艦娘や。

 深海棲艦との最前線に、残された最後の砦や。

 ウチらのことを弄んだ人類を守る……いけ好かん話やけどな、でもウチらが生きてきたことも、戦ってきたことも全部否定されるのは嫌や」

 

 雪風がはっと顔をあげる。

 

 今、雪風だけが辿り着いたはずの結論。

 莫大な力。きっと龍驤も悟っている。それだけでなく使い道と結果までもを予想づけている。

 

 戦ってきたことの全否定。それは負けることではない。

 その全ての努力が、全く関係のないところから足蹴にされることだ。

 

 戦争を終わらせる手段。

 確かに、決着がつけばそれまでだ。

 

「――明日の〇五〇〇。

 同じ艦娘と、こっちから事を構えるんや。今までで一番イヤな戦いになるで。

 でもウチは行く。

 今まで戦ってきたことも、考えてきたことも、思いも……。

 忘れてしまった部分も含めて、全部ウチらのものやって言いつける。

 ウチらの現実を、自分で取り戻すんや。

 同じこと考えてるやつだけ、ついて来てや」

 

 ――そしてスピーカーは沈黙する。

 

 龍驤の語る現実は、ゴーストの記憶ではない。

 今まで自分が生きてきた現実を受け入れられるか?

 

 自分たち艦娘を兵器だと割り切り、今まで戦ってきた諦念がある。

 このまま戦い続ける日常が待ち受けている絶望がある。

 

 それを乗り越えて、現実を観測する人格として、積み上げた記憶と、見ている現実も、これからに馳せるべき思いを取り戻す。

 

 一人の艦娘として、生きている身体を持つ者として。

 その誇りを手にするか、手放すか?

 

 それぞれが顔を見合わせ、しかしすぐに逸らす。

 考えていることは皆同じだ。

 

 行くか? 行かないか?

 龍驤について行けば、艦娘と砲弾を交わし合うことになる。

 

 覚悟があるのか? と。




というわけで分割したこの話も更新です。

本当に地続きぶった切りなのはちょっと申し訳ない限りです。


……ただ、次はもっと分割するんですよね。
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