鉄底海峡に待雪草を   作:在田

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Scavengers・前

「雪風は、行くんですか?」

 

 重い足を引きずるように歩を進めながら、春雨は問う。

 墓地区画からショートランド島へかけられた桟橋の上だった。

 

 ――龍驤が宣言した旅団への戦い。

 

 ショートランド島で初めてとなる、対艦娘を目的にした出撃。

 

 誰が行くのかわからない。龍驤が行くのも治安維持機構としてのプライドがあったから、ぐらいにしか思えない。

 

 同じ艦娘と争って、何になるのか?

 春雨には想像がつかなかった。

 

 ……確かに人類に敵対する組織だろう。だから自分たちとも敵同士かもしれない。

 だが戦う理由になるわけではない。戦うことから逃げてもいいと思った。

 

「行きます」

 

 雪風は自分たちの前を歩いている。とぼとぼ寂しげに、何か考えるように下を向いて。

 

 雪風の返答は、なんとなくわかっていたものだった。だが理由はわからない。

 それほど悩んでいるはずなのに、しかしその意志だけは明確に定まっているのか?

 

「どうして、ですか?」

 

「たぶん雪風は、あそこに行かないといけないんだと思うんです。あまりしたくないですけど」

 

「したくないのに、行くんですか?」

 

 聞いている自分が少しだけおかしかった。

 

 自分も深海棲艦と戦いたいわけではない。

 戦わなければいけない、艦娘という立場だからそうしているだけ。

 

 自分で艦娘になりたくてやっているのかはわからない。

 

 そもそも艦娘になる前の自分がどんな存在だったのかすらわからない。

 もしかしたらあの時の、鋼鉄の船だったかもしれないと思えるほどに。

 

「雪風は行きます」

 

 さっきよりも少しだけ意固地になったような、強い決意が垣間見える言葉。

 少しだけ、春雨は動揺する。

 

「……すごいですね。行きたくないのに行くなんて」

 

 旅団が何かをしようとしている。それはわかる。人類に良くないことをもたらそうとしているのも。

 止めなきゃいけないという理屈もわかる。

 

 だが現実感がなかった。

 ショートランド島は、元々人類が入ることのない場所だ。

 

 旅団が人類に何をして、その結果に春雨たちがどうなるのかという想像がつかない。

 もしかしたら旅団がどんなことをしても、自分たちだけはいつまでも同じ生活を続けるのではないか。

 

 同じ艦娘と戦って、傷つけて、傷つけられて、もしかしたら命まで失って……それほどまでのことをして、何の成果を得られるのか。

 

「何かが、待っているはずなんです。きっと雪風じゃないとわからないと思います」

 

「何か……」

 

 鉄底海峡――かつての戦いで激戦区と称され、いくつもの艦船が沈んだ場所。

 

 ふと、隣の夕立を見上げる。

 

「ぽい?」

 

 何も考えていないのか、あるいは考えていることを隠しているのか、夕立は首を傾げてあどけない笑顔を見せてくれる。

 

 ……ブイン基地にいたあの夕立とは違う夕立だということを、春雨は知っている。

 きっと夕立自身は知らないだろう。

 

 あなたはかつてブイン基地所属で、知らない間に基地から失踪したんですよ。

 そんなことを軽率に発言しても、夕立は知らないと一蹴して終わりだ。

 

 だが思うことはある。

 夕立も鉄底海峡に沈んだ過去を持つ。そして自分も、夕立がそうなる直前まで一緒に居た。

 

 だから今度は、一緒に居たいと思っている。

 

「……なんとなくですけど、それ、私もわかります」

 

 雪風に返答しておきながら、しかし夕立のことで頭がいっぱいになっていた。

 

 鉄底海峡ならきっと、夕立も行く。行くと言って聞かないだろう。

 

 遥か昔のゴーストの記憶で、独りぼっちになって沈んだ。そのことを夕立自身が一番知っているだろうにも関わらず、しかし夕立は一昨晩に同じことを繰り返した。

 トラック島へ行く途中の、深海棲艦との遭遇。春雨も衣笠や他の艦隊の皆を置いて、夕立はたった一人で深海棲艦たちへ大立ち回りをして、今度は勝利をもぎ取った。

 

 自分が沈むかもしれないとわかっていながら、しかし戦うことをやめていない。諦めていない。

 不思議であり、だが同時に夕立らしいとも思えた。

 

「春雨が行くなら、夕立も行く!」

 

 夕立が春雨の肩に手を回して、頬をすり寄せてくる。

 無邪気に、元気に……あれほどの戦いからまだ休んでいないというのに、しかし夕立は快活さを見せてくる。

 

 夕立の頬がとても熱かった。熱くて、でも離れてほしくない心地良さ。

 とても心強い存在。かつて失ってしまった姉。

 ……だから今度は失いたくない。

 

「夕立は一人じゃないってわかったの。だから春雨も一人じゃないっぽい」

 

 何気ないつもりだろう言葉が、胸に突き刺さった。

 一人でいなくなったはずの夕立が、一人じゃないと言った。

 

 一人になってほしくないと思っていた春雨を、同じように頬と腕で感じているのだろう。

 これほど夕立の頬が熱いなら、きっと夕立は春雨を冷たいと思っているのかもしれない。

 

 でも夕立が一緒に居てくれるなら確かに、春雨も独りぼっちではない。

 

 垂れてきた鼻水をすすって、涙を拭いた。

 

 ……以前の夕立は、どこかにいなくなった。

 夕立も雪風と同じように、何かを感じているのかもしれない。

 

「……じゃあ、私も行きます。夕立姉さんが行くなら」

 

 意固地になった雪風と同じような語調。

 きっと雪風も、今の自分と同じ何かを抱いているのだろう。

 雪風もきっと、春雨と夕立のように、誰かとの縁がそこにあるのだろうと。

 

「何があるのかわからないですけど……わからないからこそ、行きます」




分割3分の1の1つ目。

それぞれの決意と覚悟と理由のお話です。

まあ、それぞれ、ともなれば分割せざるをえなくなるわけです。
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