鉄底海峡に待雪草を   作:在田

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10.Day after Day〈下〉
Vendetta・①


 向かうべきはソロモン諸島の最奥。

 鉄底海峡。

 

 そこに旅団がいる。戦艦・長門がいる。何かを起こそうとしている。

 

 髪を巻き上げる風をかいくぐり、波を切り裂いて艦娘たちは進む。

 その数は十人。本来の艦隊よりも大規模な部隊。

 

 淀みなく前を望み、唇を強く引き締める。

 撃つための砲を持ち、駆けるための缶を背負い、戦うための意思を抱いて。

 

 誰かの命令ではない。自分たちの意志で出撃した。

 それぞれの理由が、覚悟が、決意があって、ここにいる。

 命を失う恐怖も、仲間を失う怯懦も、それを飲み込んだ上で、艦娘たちは戦うことを選んだ。

 

 空は明るい。真上から降り注ぐ陽光が、体を貫こうとしているかと思えるほどに肌を焼く。

 

 艦娘たちと雲の間を、いくつかの翼が走る。

 空を飛ぶ鳥たち。そして龍驤の放った艦載機たち。

 

 弧を描いてどこまでも続く水平線の向こうへ、妖精さんたちも目を凝らしている。

 

 ……そして、龍驤の耳にそれが飛びこむ。

 

「見えたで、深海の奴らが何匹かおる」

 

「迂回します?」

 

「Noネ! ここで全部、片づけるヨー!」

 

 囁くような衣笠の問いかけを、金剛が極めて明るい勇猛さで吹き飛ばす。

 反対はない。皆が艤装へ意識を張り巡らせる。

 

 既に艤装から連動している戦闘用のOS。視界にいくつも明滅する表示枠の数々。

 肉体の不調がないか、あったとしてそれを補える闘志があるのか?

 

 その全てを確認し終えた時に、龍驤が叫ぶ。

 

「ウチの子たちが先周りする!

 金剛と衣笠が射程に入り次第砲撃や。他は衣笠の砲撃開始で前進。一気に叩くで!」

 

 まだ海を走る艦娘たちに、水平線の向こうにある姿は捉えられない。

 だが姿が見えたからと言って、撃てば当たるわけでもない。

 

 だからこそ、空というアドバンテージを持つ艦載機が先行できる。

 

 まず射程が長いのは戦艦である金剛だ。次いで重巡の衣笠。

 他の軽巡と駆逐艦はむしろ、長距離での戦闘ではなく肉薄した白兵戦の方が本領を発揮できる。

 

 無駄のない、一網打尽にできるだろう攻撃の算段。

 無論、異を唱える者もいない。

 

 早々に空の翼たちが遥か向こうへ消え、遠くに赤い炎と黒い煙が巻き上がる姿が見える。

 

「……多いで。十六や」

 

「No Problem! 私が半分はもらうヨー!」

 

 前進を続ける艦隊の中で、金剛が真っ先に轟砲を響かせ、砲煙を巻く。

 

 弧を描く砲弾たちを見届ける前に、水雷戦隊が主器の回転数を最大限まで上げた。

 

 飛沫を散らして、七人の艦娘が踊り出る。

 雪風、春雨、夕立。その後ろに川内、神通、那珂。やや離れて夕張。

 

 遥か遠くで、一際大きな爆発が巻き上がる。

 金剛の砲撃が着弾したのだと気づく前に、二度目となる金剛の斉射と、衣笠の追撃が放たれた。

 

 ……春雨が息を呑む。衣笠が砲撃したとなれば、その前を進んでいる自分たちは、すでに軽巡ぐらいの射程範囲に入っていることは確実だろう。

 

 海上を塗りたくる黒煙からようやく、その黒い姿を視認できた段階だ。

 まだ自分たちの射程に捉えることはできない。

 

「夕張、始めるね」

 

 気づけば、前進している中でも後ろに位置する夕張が砲撃を始める。

 併せて、龍驤と金剛、衣笠と夕張の四人による先制が通った。

 

 ……龍驤の告げた十六体が、しかしどれほど減ったのか。

 

 深海棲艦と戦うのは艦娘の使命だ。宿命とも言える。

 だが今回の出撃に限っては違う。

 同じく艦娘である旅団との戦いだ。

 

「まどろっこしいな」

 

 龍驤の悪態に、苦笑する金剛。

 

 旅団と戦って得られるものは、実のところ金剛にはない。

 だからこそ尚更、その道を阻んでいるだけの深海棲艦が鬱陶しく思える。

 

 まだ敵の射程圏内に自分はいないだろう。

 だからこそ、悪態を漏らすほどに焦りを見せる龍驤をからかいたくもなる。

 砲撃の合間の装填。その瞬間にだけ表情を緩めた。

 

「でも私たち艦娘のお役目ネー」

 

『その役目は却下したいところじゃな』

 

 龍驤が顔をあげる。金剛が顔を再び引き締める。

 

 通信に割り込んできた、重巡・利根の声。

 

 瞬時に周囲を見渡していた神通の声が続く。

 

「……見えました。三人います」

 

「旅団やな。今度は何の用や?」

 

『次にあなたたちが出撃するとすれば、きっと私たちを邪魔するのだろうと、旅団長からのお達しです』

 

『今なら大丈夫です。引き返しなさい』

 

 妙高と高雄の冷厳な返答。

 

 その直後に聞こえた砲撃音で、川内が叫んだ。

 

「散らばって!」

 

 前へ直進していた七人が、蜘蛛の子を散らすように軌道を変える。

 砲撃音が聞こえたかと思えば、皆のすぐ近くで水面が次々に炸裂を起こした。

 

 ……先程まで金剛たちの砲撃で黒煙まみれだった一帯が晴れて、いくつもの深海棲艦が顔を覗かせる。

 

「さすがに全部は無理だった……かな」

 

 艤装のレバーを握り直す夕張。

 

 すぐ近くまで駆け寄ってきた川内が、通信を切って声を潜ませた。

 不安げに寄せられた眉根と、同じように散らばる深海棲艦たちを見逃さない横目。

 

「なんだか、連携が出来すぎている」

 

「……それって、敵の?」

 

 声もなく頷いた川内が、首に巻かれた真っ白な布を不器用に緩めてから、離れていく。

 

 すぐに照準を変え、遠くに見えた三人へ向ける。

 当てずっぽうのつもりで放った魚雷。それができるほど数を持てる夕張だからこその特権。

 

 その方角に深海棲艦はいない。だが伸びていく雷跡を阻んだのは、旅団の三人ではなく深海棲艦だった。

 吹き上がった飛沫に、後方の龍驤たちも疑念を顔に表す。

 

「……ぐる?」

 

「吾輩たち三人だけで、貴様らを相手にできるとは思っとらんぞ」

 

 内容とは裏腹に、深海棲艦たちの群れと合流を図る利根たち。

 

 牽制砲撃に動きを乱される駆逐艦たちの背中と、その間に陣形まで整える敵の艦娘と深海棲艦たちを交互に見ながら、金剛が早速敵陣目がけて仰角を調整する。

 

「そいつらは、始めから連れだったってことですカ?」

 

「ようやるわ」

 

 鼻で笑い飛ばす龍驤。

 戻ってきた翼たちを受け入れるべく巻物を展開して、甲板の機能を顕現させる。

 

「行ったれ、金剛、衣笠。こっからはキミたちの出番になる」

 

「近くの人とペアを! どんな布陣で来るかわかんない!」

 

 今度の号令は川内が発した。

 

 雪風は川内と、春雨は神通と、夕立は那珂と距離を縮めてから、前を挑む。

 

 見える限り、深海棲艦の数は九。そして旅団の三人……合計十二の、艦隊二つ分にもなる敵の数。

 こちらも普段の艦隊より数は多いが、数だけでなら分が悪い。

 

 すぐにでも交戦できるほど距離は縮まっている。だが誰も一発も砲声を鳴らさない。

 

 ……改めて、思わされる。

 深海棲艦と艦娘が同じ艦隊を組んでいる異常さに気圧されている。

 

 演習ではなく実戦で……命を奪い合いをするという間柄を、艦娘同士で行わなければいけない。

 

 ……覚悟ができたつもりでも、まだ怖いのだ。

 

 だが艦娘たちに、引き返すという考えはない。

 戦って、目的地へ辿り着かなければいけない。

 決意が彼女たちの足を前へ押し出す。

 

 きつく引き締められた表情を見てか、高雄が瞼を閉じた。

 嘆息と共に手袋をはめ直す。

 

「……諦めてくれるのが、一番良かったんですが」

 

 横の妙高と利根と顔を見合わせて、同じように覚悟を口元に表す。

 妙高が自分たちの元へ集まった深海棲艦たちを見回す。

 

「でも私たちも、戦いから逃げるつもりはありませんから」

 

 利根がふと顔を上げる。艦娘も深海棲艦もない、ただの青が見えた。

 これから起こる戦いなど素知らぬ顔で見下ろしてくる、綺麗な空。

 

「見せてみるのだ。貴様らの実力を」




大変お待たせしました。下編、スタートします。
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