旅団と深海棲艦……一斉に始まった砲撃が、水面を破く。
噴き上がった海水でびしょ濡れになった夕張が、それぞれに展開する陣形を見定めた。
九体の深海棲艦と三人の艦娘たち――三体と一人で三つの小編成。
それぞれに菱形を作った上で両端が前に出ている。
全体で見れば鶴翼を型どりながら、二重の短い梯形陣を形成。
対して、単縦陣で接近して、どうにかペアを作ったばかりの自分たち。
鶴翼の外へ出ることは今更困難だろう。だがこのままでは包囲で一網打尽にされる。
「……まだ、戦うつもりなんですね」
「お生憎様。戦うために来たんだから!」
呆れるような妙高。
ふと、足元の炸裂に顔を覆いながらを進路を切り替えつつ、悪態をつく。
艦娘同士で戦うことへの怯えを、隠しきれる自信がない。
また海水を頭から浴びたばかりなのに、尚も額に冷や汗が浮かぶ。
唐突な味方の声に少しばかり驚いた。
「そっちこそどうなのよ?」
直後、すぐ後ろから響いた砲声に振り返る。
衣笠。砲煙を風に流し、今までなら結っていたはずの髪を靡かせている。
第二次改装を終えたからなのか、今までよりも大人びて、凛とした顔つきで妙高を望む。
「戦い抜きます。その覚悟がありますから」
「覚悟ね……」
まだペアを組んでいない夕張へ、衣笠が脇に寄り添う。
「あんたたちが何をしようとしているのか知らないけど……覚悟なんかで成し遂げられるのかしら?」
覚悟とは、打ち勝つためのものであり、乗り越えるためのものだ。
障害、苦難、試練……様々あるものを耐え忍ぶことこそ可能にするだろうが、しかし達成を望むには覚悟では足りない。
戦い続けていれば、いずれ勝利が来る……そんな幻想を抱く者の作り出した偶像に過ぎないと、衣笠は思っている。
「旅団の目的のためには、覚悟が一番大事なんです」
妙高の艤装で、砲塔が回った。
衣笠も構えて、砲口を向ける。
ほぼ同時に轟く砲撃音と、空中に広がる火球。
爆轟の衝撃が熱波となり、夕張と衣笠に襲いかかる。
……同一射線上での、砲弾同士の激突。
艦隊戦で滅多に起こるはずのない空中での爆発が意味するのはそれしかない。
衣笠も妙高も、熱に当てられて正面を直視できないでいる。
だが、この瞬間こそ攻撃を与えるべき瞬間だ。
夕張も思わず離していた手を、再びレバーに向ける。
そして熱に閉じようとする瞼をこじ開け、陽炎に揺らめく視界を覗こうとした時……。
赤と白の衣装に身を包む味方が、敵の一体を屠るのが見えた。
計十二もの敵を相手取るとは思えない、命知らずの度を超えた接近戦。
「那珂……?」
「はーい! 那珂ちゃーんスマイル!」
風に溶ける黒煙の向こうで、たった一人、悠然と敵へ肉薄するシルエット。
さながら踊るようでありながら、しかし滑らかな動きに敵の砲撃をさらりとかわしてのける。
「那珂ちゃんはー、今が一番幸せだよー!」
間髪入れず繰り出された魚雷が、二体目に命中する。
吠える重巡リ級目がけて、ようやく夕張が追撃を浴びせた。
那珂が離れた瞬間、胸部から炎の炸裂が生じ、沈黙する。
「戦っていることが……?」
「そう! お姉ちゃんたちと一緒に戦っているから!」
疑念を隠しきれない妙高の問い掛けに、敵味方問わず溌剌とした那珂。
過酷な渦中で笑っていられるのは、那珂が持ち得る、一種の覚悟だからこそ。
……曰く、川内型の三人が揃っているこの状況こそが、那珂にとっての幸せの状況なのだと。
「きゃ――っ!」
しかし次の瞬間に、那珂の肩に括りつけられた魚雷発射管が爆裂して、火炎と破片を散らす。
接近戦ゆえの狙われやすい弊害。
それを放ったのは、紛れもなく妙高だった。
「ですが私たちの……旅団の目的が叶えば、この戦いは終わるんです。
……私たちは、戦わなくて良くなるんですよ?」
息を呑む夕張。
艦娘が戦わなくて良くなる……そんなことがあるなど、思っていなかった。
夕張は戦いの最前線へ立たされていない。泊地で艤装の修理に回ることの方が多かった。
だが、だからこそ思い知らされることもある。
修理しても修理しても、毎日毎時とも言えるほどのペースで、損壊した艤装が工廠へ担ぎ込まれる。
泊地の艦娘は常に戦っている。誰かが戦っていなくても、別の誰かが。
妙高の告げたことが、一つの理想に思えた。
戦うために生きてきた艦娘が戦わなくてもよくなる。
それは平和を意味しているのではないかと。
……だが、衣笠は違った。
那珂を庇うべく一気に前進して、最前へ躍り出る。
「戦いを終わらせるために、また別の戦いを起こしたの?
もっとたくさんの犠牲を生むって、ちゃんとわかってたの!?」
犠牲……それこそ覚悟を口にする者が尊びそうな言葉だろう。
犠牲なくして結果は望めない。故に犠牲は必要だと。
夕張も衣笠の背中を追いかけた。
爆炎によろめく姿を見せた那珂を守るべく、彼女へ近づいた駆逐イ級へ砲撃を浴びせる。
「わかっていましたとも!」
妙高の迫撃。
再度、衣笠との間に爆炎を炸裂させる。
あまりにも近すぎる火球。大波のごとく体を一瞬で飲み込む煙。鼻腔を突き上げる焼け焦げた火薬の臭気。
それでも妙高は、その向こうにいる衣笠へ叫ぶ。
「そのための覚悟です! 私たちで戦いを終わらせるための犠牲になることを厭わないと!」
「だったら……!」
絞り出すような衣笠の声が聞こえた時には、轟砲と共に妙高の艤装が弾け飛んでいた。
詰まっていた弾薬の誘爆に、妙高の体が宙を飛ぶ。
爆煙をかいくぐり、煤と火傷だらけになった衣笠が刹那に距離を詰める。
「お姉ちゃんは……青葉は! どうしてそっちに行ったのよ!?」
喉元へ突き刺さんばかりの勢いで飛び出た腕。
妙高は見た。見てしまった。
衣笠の頬を伝う涙は、決して煙で眼を燻らせたのではないのだろうと。
青葉が旅団に加わったことは、言伝で知っている。
だがその真意を聞き出せたわけではない。
確かに青葉たちの戦闘を援助した時もあった。
だが時間があまりにも限られていて、彼女とまともに言葉を交わすことすらしなかった。
衣笠が涙を流す理由など、妙高は知らない。
「一番そういうこと嫌いなはずなのに!」
「本人に、聞かれてみては如何ですか……」
「だったら、会えるんでしょうね?」
怒気に満ちた問い掛け。
以前喉元に突きつけられたままの砲口と、貫くように睨みつける視線。
――そんなことなど、知るはずもない。
「彼女も気づいたんじゃないですか?
私たち艦娘が生まれてきたことが、そもそもの間違いだ、って」
激憤に目の色を変える衣笠を前にして、妙高は薄く笑ってみせる。
視界の片隅に一体だけ味方が残されたことを確認する。
駆逐イ級。先程夕張の砲撃を浴びてボロボロになっておきながら、しかしまだ戦意の青白い光を目に宿している。
衣笠の死角――自分しか見えていないだろう彼女の、ほぼ後ろにいる。
「初風!」
「えっ……」
叫びかければ、衣笠の警戒はそちらへ向く。
そちらへ砲を向けようとするだろうことも。
武装の一切を失った妙高は、動き始めた衣笠の砲を精一杯に握りしめた。
自分の喉元へ食い込ませるように。
……少しでも、かつて艦娘だった駆逐イ級の不意打ちを防がれないために。
衣笠は牽制のつもりで連装砲を振るおうとしたのだろう。
だが妙高に砲を掴まれ、引き剥がそうとした手に力がこもる。当然、引き金にかかっていた指にも。
発射された砲弾が、首の中心に妙高を割断する。
頭も胴体も、そして衣笠をも巻き込むほどの近距離に爆煙を散らせる。
それとほぼ同じ瞬間。那珂の傍らに立つ夕張の追撃が今度こそ駆逐イ級を屠り、海の底へ打ち砕いた。
……その駆逐イ級が本当に初風であったかどうかなど、夕張は意に介していない。
ただ、敵の深海棲艦から、味方を助けるための、咄嗟の一撃だった。
さて更新。気がつけば80話!
激化する戦闘描写に自分がついていけるかわかりませんが、それでも最高のパフォーマンスでお届けしたいと思いつつ、最近風邪ばっかり引いています。