足元へ迫りくる魚雷を撃ち抜いて、炸裂に噴き上がった水柱へ飛び込む。
一瞬の間、敵の姿を見失うこととなった駆逐ロ級の真正面へ躍り出る川内。
表情など窺い知れるはずもない青白い双眸が、驚愕に歪められたように見えのは気のせいか。
一斉射。大量の砲弾を浴びせて間もなく、ロ級は海に沈む。
「上々デース。このまま一気に、押し潰しまショウ」
通信に聞こえた金剛の声は、かつてないほどに獰猛な怒りを見せていた。
遠くに見える利根が、そうさせたのだろう。
神通の被弾で、春雨が慌てて駆け出していくのを尻目に、雪風は敵の猛攻をかいくぐるしか出来ない。
……目と鼻の先に、高雄がいる。
少し前まで同じショートランド泊地で共に暮らしていた艦娘が、今は敵となって立ちはだかっている。
「金剛さん……」
「雪風は戯言に耳を傾けなくていいヨ。このBattleに集中してネ」
努めて優しくかけようとしたのだろう。しかし通信で聞こえたのは冷厳な命令と、隠しきれない憤怒だ。
金剛の砲撃。
それまでと変わらないはずの砲音が、いつになく鼓膜を突き破らんばかりの衝撃を伴っているかとさえ思ってしまう。
爆轟と共に、高雄と、その周辺の海がまとめてめくれ上がった。
「そもそも、いつ終わるかわからないのにそんなことを悲観することが、Nonsenseネ]
「そう。この戦いはいつ終わるかわからない……もしかしたらずっと続くかもしれません」
壁のようにめくりあげられた海水――その向こうから、高雄の声が聞こえる。
淀みなく芯の通った声。
「私たちはずっと戦ってきたのヨ? 今更そんなことを、気にするノ?」
「それこそ、頭がどうにかなりそうだと思いませんの?
戦うための道具として蘇って……しかも私たち艦娘には替えが効く。
いつまでもいつまでも戦うことばかり続けて、気が狂いそうだと思ったことはないのですか?」
「……Nothingネ」
金剛の冷淡な返答。
比叡も、榛名も、霧島も失った。
それでも金剛は艦娘をやめないで、戦っている。
何が彼女をそうさせているのか……それは誰にも判らないことだろう。
同時に、遠くからあまりにも大きな爆発音が轟いた。
利根がいた場所……同じくそこにいたはずのリ級も、その周囲の海ごと焼き尽くしそうな爆発。
空に見える龍驤の艦載機たちが、一斉に踵を返して後方へ戻っていく。
……あれほどの爆撃を受けて、艦娘とは言え原型すら留めていないだろう。
「これで、利根もいなくなったネ。あとはYouだけ。今なら尻尾巻いて帰ってもいいワ」
金剛は腕を組み、遠くに屹立する高雄を睨む。
同じように、高雄の表情も固く引き締められている。
だが次に発せられた言葉は、ひどい感傷に浸されていた。
「……愛宕は、元気?」
「元気ヨ。とてもとても……こっちが心配になるぐらい。
妹に迷惑かけるのは、お姉さんじゃないネ」
もはや私怨に近い。今でも泊地で笑顔を振りまいているだろう高雄の妹を思いながら、殊更に強い怒りを視線に載せる。
それを高雄もわかっているだろう。しかし気に留める様子もなく、高雄はゆったりと前進する。
「私の妹だから、元気でさえいれば大丈夫。心置きなく……役目を果たせるわ!」
轟砲と共に、高雄の周囲を砲煙が渦巻く。
金剛の足元に、側面装甲に、頭の電探に、砲弾が着弾する。
そこここで着弾の爆発と炸裂が巻き起こった。
「替えがあるのに、心配するなんて駄目ね……」
膨れ上がる爆炎を見つめながら、高雄は呟く。
いくら戦艦とはいえ、重巡の一斉砲撃を受けて平然としていられるはずもない。
……あとは周囲の味方を次々に屠っていく川内と雪風。だが軽巡と駆逐艦なら、火力で負けを見ることはない。
そう思って、金剛のいた場所から視線を逸らした時だった。
「替えなんて、ない!」
叫び声が煙の奥から広がった。
黒煙が晴れて、姿を表す金剛。
片方の側面装甲はひしゃげて、もう片方はなくなっている。真っ白な装束の袖が焦げて失われていた。他は軒並み、煤煙に包まれて黒く染まっている。
しかし金剛は毅然と立ち続けていた。断じて淀まぬ表情で。
「私の妹は! 比叡は! 榛名は! 霧島は! もういない!」
発砲の衝撃が、辺り一面の海へ放射状に広がった。
重巡と戦艦では砲撃の威力が大きく変わる。一種の爆発にも似た砲火と共に、衝撃でにわかに後退する金剛。
「もう、いないの!」
……悲しみを推し量ることなど、誰にもできない。
四姉妹揃ってショートランドへ来た金剛が、しかし妹たちに先立たれた悲しみをわかることはない。
金剛自身ですら、胸に蟠る気持ちの制御がつけられないのだから。
――飛来する赤色の軌跡を見て、高雄は戦慄する。
被弾する恐怖に、ではない。
金剛の怒りに、だ。
「狂ってます! そんな悲しさを背負ってなんて!」
一気に前進する高雄。
真横で波を穿つ炸裂が体を吹き飛ばしそうになっても、砲塔が着弾に火球を作り炎上しても、危うく頭を吹き飛ばさんとした砲弾に頬を掠められても。
……金剛という戦艦を倒すために、駆逐艦と同じく至近距離から砲弾を叩き込まなければならないと覚悟して。
「あなたも知っているでしょう!? 深海棲艦も、かつての私たちだと。
なら戦うことなんて無意味です! いつ終わるかもわからないなら、生き地獄でしかないのに!?」
青いジャケットに、炎が乗り移った。
元より海水に濡れた服。そうそう燃えはしないだろう。
……だが今の高雄に、それを判断することできなかった。
そもそも、服が燃えている熱さすら、金剛に対する情動にかき消されて気づけないのだから。
「私たちは戦うために生まれたネ! なら、戦い続ける!」
「そんなことをさせる人類に、何も思わないんですか!」
……ようやく高雄が、金剛と距離を詰める。
それぞれの砲口から飛び出た砲弾が重なり、爆轟を撒き散らす。
大気そのものが燃え上がるような灼熱。
それでも二人は、決して互いの視線を逸らさない。
「深海棲艦と私たちが同じ魂を持っているのに、どうして戦わなければいけないのですか?」
「考える必要がどこにあるんですカ? 元から私たちは戦うための存在だったネ」
再びの砲撃。すでに距離は発砲と着弾のタイムラグがないほどに近い。
砲火の閃光が視界を埋め尽くした瞬間には、互いの砲弾は虚空へ追いやられていく。
「仲間を撃ちたくない。そう思っていました」
「同じことを考えていたネ。でも何も進まないヨ」
再び、二人は肉薄する。
腕を伸ばして互いの服を掴み、勢いのままに額をぶつけた。
脳震盪を起こしそうな痛みが、意識までもを揺さぶる。
頑強に作り上げられた信念が、それぞれの瞳の奥で燃えている。
「私は、あなたが嫌いです」
「私もネ」
甲高い金属の軋みをあげながら、それぞれの砲声があがる。
……戦艦と重巡。結果は見えているも同然だった。
それぞれの艤装が爆ぜ、砕け、粉々に破片を散らす。
もう高雄に艤装は残されていない。
爆発に身を燃やして倒れ行く高雄を、立ち尽くしたままの金剛が見つめる。
ついさっきまで繰り広げていた爆音ではなく、人一人が倒れこむ小さな飛沫。
だが、いつまでも金剛の耳に残る音。
「……馬鹿め、と言って差し上げます」
「そんなことを考える方が馬鹿ネ。どうせ意味なんてないのに」
金剛の返事が届くかもわからないうちに、高雄は海へ飲まれていく。
青い海に、残響さえうるさく思えるほど静かに、その姿は消えていく。
消える寸前に高雄が浮かべた表情を、金剛は忘れないだろう。
同じことを考えておきながら、全く別の結論を出した相手を認めることなど、金剛にはできないだろうから。
ちょっと遅れましたが、更新です。