深海棲艦を十六体。艦娘を三人――その全てを倒した。
戦闘を終えてどうにか得た、束の間の休息。
勝利という言葉で飾るには、あまりにも虚しい静寂。
それどころか、旅団の艦娘三人が残した言葉が、皆が被っている海水よりも重く、冷たい粘度で体にまとわりつく。
「……旅団は、これからどうするのかな」
もはや誰かに問いかけるつもりすらない、衣笠のささめき。
先程まで展開されていた砲声と爆音の残響よりも、それは胸の深いところで反芻される。
「わかりません。ただ、あの人たちが、私たちが行ってきたものと別の戦いをするということだけしか……」
春雨に肩を預ける神通が返答する。
全身の至る所を赤く黒く、痛々しく焦がしても尚、その瞳に戦意の熱は途切れていない。
妙高は、艦娘が生まれてきたことそのものを無意味だと言った。
利根は、艦娘が戦い続けて、虚しい結末しかないことを告げた。
高雄は、艦娘が続けてきた戦いに、終わりがないことを話した。
……だが聞かされたところで実感などない。
それはここにいる艦娘で、雪風以外の誰も経験したことのない、未来であり、同時に過去の話でもある。
「私たちを否定する? この戦争を、終わらせるようなことを?」
夕張が考えを巡らせる。
艦娘を否定し、戦うことを否定し、戦った未来を否定し……ならば旅団は、戦いを終わらせることを考えているのではないか?
艦娘が不要になる世界……戦うことのない世界……艦娘が戦わなくていいという観点では確かに、その通りだろう。
皆が俯く中で……最後尾にいた龍驤がいつの間にか、皆の中心点で顔を上げている。
真っ直ぐ前を、行くべき先を見つめている。
「大義名分なんてどうでもええわ。奴等が具体的に何をするか、それが肝心や。
それを知るために、ウチらは進んでいる。最低でもウチはな」
よろめく金剛の傍らで、肩を貸そうかと手を差し伸べる。しかし優しく笑顔を浮かべながら首を横に振る。
「まだまだ戦えマース」
「そか。なら行こか。
旅団なんて始めからよくわからんもんに、いつの間にか乗っ取られていたウチらの現実を取り戻すためや」
雪風がふと、そう告げた龍驤の横顔を見つめる。
戦いに引き締められた顔……既に目的を決めて、決意と覚悟以外の全てを捨てた、清々しい横顔。
……それが、羨ましいと思ってしまった。
それの何を羨ましいと思っているのか、雪風自身もわからなかったが。
考えようとしたが、その時間はなかった。
遠くから聞こえてきた、空を切る音。
ひゅー、と息を吸い込むような、しかしそれよりも甲高く、間延びした音。
音の正体を、誰もが知っている――だからこそくたびれていた皆の背が悪寒と共にこわばる。
「散開!」
龍驤の号令よりも早く、蜘蛛の子を散らすように各々で駆け始める。
次の瞬間に、今まで自分たちのいた場所が巨大な水柱を立てて炸裂した。
……超・遠距離からの砲撃。
「金剛!」
「わかってマース!」
噴き上がった海水の雨を一様に被る。
急制動に飛沫を巻き上げながら巻物を一気に開く龍驤と、応じるべく周囲を睥睨する金剛。
どこに敵がいるのか……龍驤が制空権を確保すれば後手であろうと取り返しが可能になる。
砲弾の音に気づいてから避けられるほどの距離。
そんな射程で砲弾を撃てる艦娘の種別など、戦艦以外にない。
戦艦級の射程圏内にいるのなら、同じく戦艦である金剛の視野にも入るはずだ。
「……見つけたヨ。二人」
「深海か!?」
「Noネ……伊勢と、日向。空にいくつか艦載機も飛んでるワ」
龍驤が巻物に甲板機能を降臨させ、炎に包まれた式神が甲板を駆け抜ける。
敵を見つけた方角を、金剛が指差した。
「それじゃあ、行くよ! 神通、那珂!」
一目散に駆け出したのは、川内だった。
意気揚々と、夜戦でない限り見ることができないような溌剌さ。
遅れて、呼ばれた姉妹たちも走り始める。
……戦艦級を相手取るに、駆逐艦では火力不足を招くのは確かだ。
かといって同じく戦艦の金剛は、先の高雄との戦いで砲塔の半数を焼失している。
衣笠も、半身を敵の爆撃に焦がしている。
駆逐艦以上の火力を望めて、同時に圧倒的な距離を超えられる速力を持つ艦娘。
川内と那珂……そして被弾こそあるが、神通。
この三人こそ、今、先陣を切るに相応しい。
「……頼むで、華の旗艦たち」
慌てて呼び止めようとしたが、むしろ龍驤が感心すら抱くほどの適切な即断だ。
遅れて夕張と、駆逐艦たちが走り始める。
まだ敵の砲撃がどの感覚で、どれほど正確に飛んで来るのかが掴めない。
だが把握しようと、いつまでもここにいたらやられてしまうのも明白だ。
故に速力のある艦娘はすぐに走り始めないといけない。
一刻も早く、それを阻むために、そして撹乱するために。
「私たちも!」「そうネ」
金剛も、衣笠も、龍驤も、彼女たちについていく。
同じ艦娘で、戦艦とはいえ、敵の戦力は二人だ。
ならば戦える。先に進むことができる。
……だが一瞬だけ抱くことの出来た希望も、すぐに踏み躙られる。
水面を突き破り、真っ黒な姿を表す深海棲艦。
伊勢と日向の間に、次々と立ちはだかるように数を増す……再び、合計十六体。
思わず歯ぎしりをしたのは、龍驤だけではないだろう。
今度は金剛や衣笠の一方的な遠距離砲撃は頼りにできない。
一体一体を相手取り、奥にいる二人の砲撃も掻い潜らねばならない。
それを可能にできるのは、最後尾となった三人ではない。
「頼む……頼むで、皆」
軽巡と駆逐艦……特に、先陣を切った川内型の三人だ。
一瞬で作り上げられる絶望的な状況。
しかし走り始めた艦娘たちは、戦うと決めた彼女たちは、立ち向かうことでしか現状を乗り切る術を知らない。
「行け! 道を作るんや! ウチらが進むべき道を!!」
お待たせして申し訳ありません。
最終決戦の第二ラウンド。複数箇所に分裂した『Vendetta』から、突破口を切り開くための突撃戦です。