鉄底海峡に待雪草を   作:在田

83 / 97
High Fever (Sweetest Thing)・①

 深海棲艦を十六体。艦娘を三人――その全てを倒した。

 

 戦闘を終えてどうにか得た、束の間の休息。

 勝利という言葉で飾るには、あまりにも虚しい静寂。

 

 それどころか、旅団の艦娘三人が残した言葉が、皆が被っている海水よりも重く、冷たい粘度で体にまとわりつく。

 

「……旅団は、これからどうするのかな」

 

 もはや誰かに問いかけるつもりすらない、衣笠のささめき。

 先程まで展開されていた砲声と爆音の残響よりも、それは胸の深いところで反芻される。

 

「わかりません。ただ、あの人たちが、私たちが行ってきたものと別の戦いをするということだけしか……」

 

 春雨に肩を預ける神通が返答する。

 全身の至る所を赤く黒く、痛々しく焦がしても尚、その瞳に戦意の熱は途切れていない。

 

 妙高は、艦娘が生まれてきたことそのものを無意味だと言った。

 利根は、艦娘が戦い続けて、虚しい結末しかないことを告げた。

 高雄は、艦娘が続けてきた戦いに、終わりがないことを話した。

 

 ……だが聞かされたところで実感などない。

 それはここにいる艦娘で、雪風以外の誰も経験したことのない、未来であり、同時に過去の話でもある。

 

「私たちを否定する? この戦争を、終わらせるようなことを?」

 

 夕張が考えを巡らせる。

 艦娘を否定し、戦うことを否定し、戦った未来を否定し……ならば旅団は、戦いを終わらせることを考えているのではないか?

 

 艦娘が不要になる世界……戦うことのない世界……艦娘が戦わなくていいという観点では確かに、その通りだろう。

 

 皆が俯く中で……最後尾にいた龍驤がいつの間にか、皆の中心点で顔を上げている。

 真っ直ぐ前を、行くべき先を見つめている。

 

「大義名分なんてどうでもええわ。奴等が具体的に何をするか、それが肝心や。

 それを知るために、ウチらは進んでいる。最低でもウチはな」

 

 よろめく金剛の傍らで、肩を貸そうかと手を差し伸べる。しかし優しく笑顔を浮かべながら首を横に振る。

 

「まだまだ戦えマース」

 

「そか。なら行こか。

 旅団なんて始めからよくわからんもんに、いつの間にか乗っ取られていたウチらの現実を取り戻すためや」

 

 雪風がふと、そう告げた龍驤の横顔を見つめる。

 戦いに引き締められた顔……既に目的を決めて、決意と覚悟以外の全てを捨てた、清々しい横顔。

 

 ……それが、羨ましいと思ってしまった。

 それの何を羨ましいと思っているのか、雪風自身もわからなかったが。

 

 考えようとしたが、その時間はなかった。

 

 遠くから聞こえてきた、空を切る音。

 ひゅー、と息を吸い込むような、しかしそれよりも甲高く、間延びした音。

 

 音の正体を、誰もが知っている――だからこそくたびれていた皆の背が悪寒と共にこわばる。

 

「散開!」

 

 龍驤の号令よりも早く、蜘蛛の子を散らすように各々で駆け始める。

 次の瞬間に、今まで自分たちのいた場所が巨大な水柱を立てて炸裂した。

 ……超・遠距離からの砲撃。

 

「金剛!」

 

「わかってマース!」

 

 噴き上がった海水の雨を一様に被る。

 急制動に飛沫を巻き上げながら巻物を一気に開く龍驤と、応じるべく周囲を睥睨する金剛。

 

 どこに敵がいるのか……龍驤が制空権を確保すれば後手であろうと取り返しが可能になる。

 

 砲弾の音に気づいてから避けられるほどの距離。

 そんな射程で砲弾を撃てる艦娘の種別など、戦艦以外にない。

 戦艦級の射程圏内にいるのなら、同じく戦艦である金剛の視野にも入るはずだ。

 

「……見つけたヨ。二人」

 

「深海か!?」

 

「Noネ……伊勢と、日向。空にいくつか艦載機も飛んでるワ」

 

 龍驤が巻物に甲板機能を降臨させ、炎に包まれた式神が甲板を駆け抜ける。

 敵を見つけた方角を、金剛が指差した。

 

「それじゃあ、行くよ! 神通、那珂!」

 

 一目散に駆け出したのは、川内だった。

 意気揚々と、夜戦でない限り見ることができないような溌剌さ。

 遅れて、呼ばれた姉妹たちも走り始める。

 

 ……戦艦級を相手取るに、駆逐艦では火力不足を招くのは確かだ。

 かといって同じく戦艦の金剛は、先の高雄との戦いで砲塔の半数を焼失している。

 衣笠も、半身を敵の爆撃に焦がしている。

 

 駆逐艦以上の火力を望めて、同時に圧倒的な距離を超えられる速力を持つ艦娘。

 川内と那珂……そして被弾こそあるが、神通。

 この三人こそ、今、先陣を切るに相応しい。

 

「……頼むで、華の旗艦たち」

 

 慌てて呼び止めようとしたが、むしろ龍驤が感心すら抱くほどの適切な即断だ。

 

 遅れて夕張と、駆逐艦たちが走り始める。

 

 まだ敵の砲撃がどの感覚で、どれほど正確に飛んで来るのかが掴めない。

 だが把握しようと、いつまでもここにいたらやられてしまうのも明白だ。

 

 故に速力のある艦娘はすぐに走り始めないといけない。

 一刻も早く、それを阻むために、そして撹乱するために。

 

「私たちも!」「そうネ」

 

 金剛も、衣笠も、龍驤も、彼女たちについていく。

 

 同じ艦娘で、戦艦とはいえ、敵の戦力は二人だ。

 ならば戦える。先に進むことができる。

 

 ……だが一瞬だけ抱くことの出来た希望も、すぐに踏み躙られる。

 水面を突き破り、真っ黒な姿を表す深海棲艦。

 

 伊勢と日向の間に、次々と立ちはだかるように数を増す……再び、合計十六体。

 

 思わず歯ぎしりをしたのは、龍驤だけではないだろう。

 

 今度は金剛や衣笠の一方的な遠距離砲撃は頼りにできない。

 一体一体を相手取り、奥にいる二人の砲撃も掻い潜らねばならない。

 それを可能にできるのは、最後尾となった三人ではない。

 

「頼む……頼むで、皆」

 

 軽巡と駆逐艦……特に、先陣を切った川内型の三人だ。

 一瞬で作り上げられる絶望的な状況。

 しかし走り始めた艦娘たちは、戦うと決めた彼女たちは、立ち向かうことでしか現状を乗り切る術を知らない。

 

「行け! 道を作るんや! ウチらが進むべき道を!!」




お待たせして申し訳ありません。

最終決戦の第二ラウンド。複数箇所に分裂した『Vendetta』から、突破口を切り開くための突撃戦です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。