鉄底海峡に待雪草を   作:在田

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High Fever (Sweetest Thing)・②

 十六体もの深海棲艦が間断なく繰り返す砲撃。奥からは二人の航空戦艦による遠距離砲撃。

 

 対抗するべき手段は、今ようやく再びの甲板を顕現させた龍驤の艦載機たちと、先陣を切る艦娘たちによる突撃。

 ……傍目からして、無謀極まりない戦い。自分たちのすぐ前に、真横に、砲弾の爆発が起こる。直撃すれば負傷は否めない。

 

 それでも艦娘たちは進む。

 いつ被弾の痛みに苦悶するとも知れず、命すら奪われかねない道を、真っ直ぐに切り開く。

 

 その中でも、最も被弾する可能性の高い先頭を立つのは、川内型の三人。

 合流して間もないのに呼吸を揃える那珂と、多大な負傷があっても最前へ並ぶ神通。そして、彼女たちを庇うように前へ前へと突き進む川内。

 三人の表情に緩みはない。決して怯まず、断じて淀まず、活路を創り出すべき決死の覚悟が溢れている。

 

 本来ならすでに撃ち始めても良いはずの距離を割って、しばらく。

 

 すぐ後ろで怯え半分に唇を噛みしめる駆逐艦たちに、那珂がふと振り返って笑顔を見せてやる。

 安堵させるには至らないだろう。だが引き裂けそうなほどに張り詰めた緊張の糸は多少なりとも解れる。

 

 ……少ない砲弾で確実に捉えるために、そして戦いに根を詰めすぎた艦隊全体の暗い顔を、短時間でケリを着けたという自信へ転換するべく。

 

「撃てぇえ!」

 

 砲弾が自分の真横を掠めるその瞬間、もしかしたら被弾していただろうその瀬戸際まで引きつけた。

 

 即応した艦隊の砲撃音が轟く。それぞれの放った衝撃が重なって一つの波動になり、波となって艦隊から放射状に広がる。

 あまりにも近すぎる距離だからこそ、着弾までのタイムラグは少ない。視界を埋め尽くすほどに広がる爆炎と襲い来る熱波。

 

 ……だが川内の望む状況を作り出すには、その爆風に怯んでいる暇すら許されない。

 

「駆逐艦、食べ残しは任せたよ!」

 

「はい!」

 

 川内の揚々とした掛け声に、その背中を見つめていた雪風たちが散開する。

 

 それを確認するまでもなく、川内型の三人は熱を纏う黒煙へ突っこむ。

 向こうに控える敵への電撃戦。誰よりも前を走り、誰よりも被害を与え、後に続く全員が少しでも安心できる道を作る――そのために。

 

 川内が真っ白なマフラーに口元を隠しながら、後悔も反省もない謝罪を告げる。

 

「ゴメンね。無茶なことに付き合わせてさ」

 

「大丈夫。お姉ちゃんが無謀なことは皆わかってるよ!」

 

「それに……どうせ私たちも同じ考えですから」

 

 那珂は明るく吹き飛ばすように、神通は呆れ混じりに微笑んで、返す。

 

 神通も那珂もどうせ、川内のように先頭へ立っていたら同じ選択をしただろう。

 始めから選択の道連れもこの三人しかいない。

 

 川内も二人がそうするだろうことをわかっていた。だからこそ後悔も反省もない。

 頬が緩んでいることを二人に悟られないようにしていても、二人はわかる。

 

 黒煙で呼吸さえ躊躇う熱気に囲われていようとも、この三人ならば乗り越えられないものはない。

 ……それほどまでに互いを信頼している。

 

 そして黒煙を突き破ると同じくして、不意に、黒煙ごと海が吹き飛ばされた。

 尋常ではない衝撃。津波の如く押し寄せてくる海水ですら、火傷しそうになるほどの熱量。

 

「きゃ――っ!」

 

 爆発音に紛れる那珂の悲鳴と、金属がひしゃげる甲高い異音。

 

 しかし三人共が、バランスこそ崩しかけるも減速を一切行わないまま、たわんだ海の上に体勢を立て直す。

 

 揃って互いを脇目に確認する。

 

 那珂は負傷こそ少ないものの砲塔が支柱ごとひしゃげて損傷。

 神通は利根との戦闘で上半身に被弾。

 川内は依然として無傷だが弾の消耗が激しい。

 

 それぞれの負傷・損傷度合いを済ませた後の、一瞬のアイコンタクトだけで三人共戦いきれる意思が潰えていないと確信する。

 

 挑むべき先――前方遥か彼方に、二人はいる。

 航空戦艦・伊勢、並びに日向。旅団。今回の敵。

 だが川内にも、神通にも、那珂にも、旅団に対する恨みも、二人に対する因縁もさしてありはしない。

 

 だが仲間を滅ぼそうとする敵だ。仲間の描く未来を踏み躙ろうとする障害だ。

 それだけで、川内が戦う理由になる。

 

 兵器なら仲間の死に悲しむ感情など要らない。だが最初は兵器として生まれた自分たちが、感情を持って生まれ変わった。

 それには理由があると思っていた。

 

 神通と暮らし、那珂と再会し……そして今、共に肩を並べている。

 すでにその時点で、果たされたようなものだと思えた。

 

 そのために戦えればそれでいい。

 この三人で戦って、仲間のためになれるのなら――!

 

 急加速。砲弾の炸裂並の勢いで飛沫を巻き上げる主器が、回転数の限界を超えて呻り散らす。

 突き飛ばされるような前進の衝撃。敵へ差し迫れと意識を突き動かす衝動。

 

 鋭くなる眼光、噛みしめる奥歯。

 

 立ちはだかる深海棲艦の群れ――わらわらと殺到してくる敵たち。

 

 砲撃に開口したハ級の喉奥へ、一射。

 同じく腕の砲口を向けたチ級へ、魚雷を投擲。

 あまりにも近すぎる距離に体当たりを試みようとするリ級の、懐へ潜り込む。

 

 その全てが数秒に満たないまま終わる。向こうからすれば赤い残像と白いマフラーが靡く様子しか見えなかっただろう早業。

 

 だがあろうことか、二人の姉妹はそれに呼応を合わせている。

 

 川内が屈む直前。

 狙いを定めようとしていたホ級が、更に遠く――砲塔を一つ失った那珂の魚雷に狙われていたなど想像を回すこともできないまま海に没する。

 

 懐へ入り、屈んだままの川内。

 顔のすぐ横。屈んでいなければ胸の部分があったあたりに、鈍い光を放つ刀剣があった。

 

 川内に気を取られていたからだろうか、視覚外から飛びこんできた神通の抜刀に、リ級は気づけなかったのだ。

 故に背後から串刺しにされて――半身を切り裂かれた勢いに血反吐を吐く前に、首を一閃される。

 

 三人の、呼吸が揃っていなければ不可能な芸当。

 ――それでも、まだ半数ほどの深海棲艦が眼前に残っている。

 

 頭を失い倒れるリ級と、立ち上がる川内。

 血を振り払った刀を鞘へ収める神通。

 高速で二人を追い抜き、最前へ躍り出た那珂。

 

 ……すれ違いざまに、今度は私とばかりにウィンクを飛ばせる度胸の強さに、さすがに川内も神通も、頬を釣り上げるしかない。

 よりによって今しがた負傷したばかりなのに……それでも那珂は最前線へ、最も被弾しやすく、最も視線を集め、最も輝く舞台へ、登った。

 

「行って来い……」「行ってらっしゃい……」

 

「「那珂!」」

 

「はぁーい!」

 

 その声が遠く、明るく響き渡る。

 

 即座に浴びせられる砲弾の雨。夥しい水柱が一面に広がる。

 それらを一斉に吹き飛ばすほどの爆発も起こった。火球が海水を蒸発させ、水蒸気と黒煙が立ちこもる。

 

「艦隊のアイドル!」

 

 それでも、声は続いた。

 

 被弾でボロボロになり、確かに今、那珂はよろけている。

 しかし意気揚々と躍り出たステージに、彼女は燦然と輝いているようでさえあった。

 

 見上げた空――かつての記憶が蘇る。

 

 慌てるように彼女へ殺到する、いくつかの翼があった。

 瑞雲たち。

 

 爆弾の雨に、気づけば見上げていたのは空ではなく水面だった、かつての記憶。

 

 凍りつきそうになる顔――両手で頬をぱしっと叩いて、見上げる。

 

 しかしその腹から爆弾が覗く前に、神通と川内の掃射がそれら全てを花火の如き爆炎に還元する。

 

 那珂だけが、そこにいるわけではない。

 那珂だけが、かつて華の二水戦と呼ばれた戦隊を率いたわけではない。

 

 目尻にふくれてきた涙滴を隠すように、目を細めて笑顔を作り直す。

 

 ――その時になって、川内と神通は驚くことになる。

 那珂の近くにいたいくつかの深海棲艦たちが、不意の爆発で海へ飲まれて行く。

 

 誰も気づかないだろう。

 那珂が被弾した直後……もっとも苦悶するはずの時に、それをこらえて魚雷をばら撒いていたなど。

 

 ……ちょっとした我儘を通すことにして、涙を吹き飛ばさんばかりの笑顔で、両手を――かつて届かなかった大空へ伸ばす。

 その大きな度胸で皆が走るべき道筋を照らすため、より一層元気に叫ぶ。

 

「艦隊のアイドル――永遠のセンターの、那珂ちゃんだよー!!」




川内型が揃ったなら、こういう展開はしなきゃいけないんだろうな、と思い、そこそこ力を入れました。
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