先陣を切るのは、那珂となった。
すでに艤装のほとんどがなくなっている。
それと引き換えに、敵の深海棲艦は数えるほどにしか残っていない。
最初は十六体いた深海棲艦たち……すでに半数以上をいなしたのは、神通と川内を含めた三人。
後続となる駆逐艦が追いつくよりも先に、那珂たちは突き進む。
それがどれほど危険なことか、わかっていても。
「行っくよー!」
那珂の声はいつも明るい。
これほど危機的な状況で、さらに危地へ飛び込むというのに。
腕の単装砲からの砲撃。二人も追いかけるように掃射する。
……すでに伊勢と日向は、遠くではない。
遠くではないのなら、距離を詰めることは可能だ。
敵が放り出した魚雷が一気に距離を詰めてくる。
前進しかしていないのだから当然だ。
だからこそ、前進するのをやめない。
迫り来る雷跡へ、装填をギリギリに間に合わせた砲で撃ち抜いた。
盛大に噴き上がる水柱をひらりとかわし、水を被ってでも、前へ向かうための迂回路を最小限に留める。
……その間に、那珂は自分を通り過ぎて前へ突っ込んでいく川内を見た。
「もう! 那珂ちゃんがセンターなのに!」
いじけるようなブリっ子をしながら、那珂は一瞬だけ、川内と目を合わせる。
……川内もすでに気づいているのだろう。
「へへっ。お先に!」
だからこそ川内は前へ出た。
既にボロボロの単装砲ぐらいしか持っていない那珂の代わりに、戦ってやる、と。
遠く、自分たちへ挑んでくる川内型の三人を見つめながら、二人は話す。
基部が支える砲塔を、砲口を定めながら。
「……驚くべきか? 伊勢」
「そうだね。あんなになってまで、戦おうとしている――」
一見冷静そうに語る日向、対して苦虫を噛み潰したように表情を歪める伊勢。
先に向かった三人の重巡。彼女たちが引き連れた、味方である深海棲艦たちの半分。
それら全てが壊滅となり、そして残されたもう半分も川内型の三人が悉く海へ葬っていく。
……これまで旅団が続けてきた研究と、その失敗。そして賛同してくれた同士たちを。
憎いとは思わない。人類に反逆しているのは自分たち……そして、人類に味方しているのは彼女たちだろう。
そして彼女たちが動いている理由が、人類による命令なのだとすれば……。
痛ましく、情けない話だ。
「――どうせ意味なんてないのにね」
だからこそ伊勢は、それを打ち破らないといけない。
……少数の犠牲を強いてでも無力を思い知らせ、諦めさせなければならない。
ちょうど接近してきた川内は、軽巡とは思えないほどに速すぎる。
となればもう一人……ちょうど動きを止めた、笑顔の絶えない軽巡へ、砲口を定める。
「砲撃」
轟砲は、その距離が近ければ近いほどに、体ごと鼓膜を揺さぶってくる。
また敵の深海棲艦に魚雷を発射した川内が、その衝撃に目を見開いた。
ようやく手の届きそうな距離まで近づいた伊勢の砲撃。
すぐ後ろで轟いた爆発に、思わず振り返る。
「……那珂!」
ついさっきまで那珂の居た場所。
そこに広がっているのは巨大な炎と、朦々と立ち込める煙。
ほぼ瀕死に近い状態で、戦艦クラスの砲弾が直撃したのだ。
「……くっ」
返ってくるかどうかさえわからない返事を待つ前に、川内は身を躍らせる。
そう、それはわかりきっていたことだ。
軽巡が三人、対して十六体の深海棲艦と二人の戦艦。
分が悪いのは始めから承知の上で、彼女たちは前に進むと決めたのだ。
途絶えそうになっていた道を切り開くという、苛烈極まりない戦陣。
後悔も悲嘆も、その暇すらない。
しかし踏み出した足を、止めざるを得ない瞬間が訪れる。
「ちょい待ち!」
耳へ飛び込んできた号令――龍驤の叫声。
そして、幾多もの艦載機が接近する羽音。
眼前に残された何体かの深海棲艦へ、上空から殺到する爆弾の数々。
次の瞬間には、目の前は火の海と化していた。
深海棲艦たちの、耳をつんざくような慟哭が、轟音の隙間から溢れ出る。
眼前にいた深海棲艦が、跡形もなく海の中へ消えゆく。
……危うく忘れかけていた。
戦っているのは、川内たちだけではない。
後ろには龍驤たちがいる。負傷した金剛と衣笠と、夕張と、駆逐艦たちがいる。
彼女たちのために、川内は突き進んでいたのだと。
ただ道を作るだけではない。ただ我武者羅に敵を倒すのではない。
彼女たちがそこを通るために。皆に希望を示せるように。
残されたのは伊勢と日向――たった二人の戦艦のみ。
悲しみ嘆き悔み憂う暇がないなら、せめて共に作り上げようとした道を、最後まで作り上げてみせる。
それが姉妹として……残された者としての責務。
「うぉぉおおおお!!」
主器の速度を極限まで振り絞って、もはや爆発に近い飛沫を撒き散らす。
敵がどうとか、川内にはもはやどうでもいい。複雑なことを考えたくもない。
ただ、皆のために自分のできることを果たすのみだ。
発射管に残された魚雷を全て放つ。
「なあ、伊勢と日向……キミらも旅団なんやろ?」
通信を飛ばす龍驤の声など、耳に入っていなかった。
後ろにいる。自分を待っている。それだけで充分だった。
こちらへ砲口を向けた日向と、視線が合う。
一切の狼狽も葛藤もなく、逡巡も躊躇もない――研ぎ澄まされた冷厳な眼。
――自分と、同じだ。
それを悟るよりも早く、川内は急旋回に身を捩る。
さっきまで自分の居た空間を駆け抜けていく、巨大な砲弾。
それが通り過ぎるだけにも関わらず、一つの爆風とさえ思える風圧が、まだ御しきれるはずだった川内の姿勢を掻き乱す。
耐えきれずに海面を転げ回る。空転にきりもみする視界でも、川内は決して敵を見失うことはなかった。
『そうだ』
「なら答えてくれや。キミらは何をするんや? キミらが戦うなら、キミらの勝利って何や?」
一瞬のうちに立ち上がって、再び肉薄する。
今は、夜ではない。
川内の好きな、夜に身を隠して縦横無尽に動き回れる夜戦ではない。
だがそうしている時よりも、激しい鼓動を打ち鳴らす自分の心臓を……脈動に揺れる自分の体を、喜んでさえいた。
弟子である綾波もいなくなった。敷波もいなくなった。
その悲愴が川内を突き動かしているのではない。
『……変な質問ね、龍驤』
今、こうして戦っている。戦えている――それが嬉しくて嬉しくて、たまらない。
ちらりと後方を見て、神通が自分とそう離れていない場所にいるのを確認する。
神通の口元に浮かぶ笑み――きっとそれも、自分と同じものなのだろうと、わかる。
龍驤たちが、伊勢と日向が、何を考えているのかなど知ったことではない。
既に空となった魚雷発射管を投げ捨てて、再び爆進する。
『旅団は、勝利など望んでいないさ』
少しだけ悲しそうに告げる日向に、川内はようやく手を伸ばす。
……やっと届いた。たどり着けたと。
その歓喜に鼓動を踊らせて――。
眼前で放たれる伊勢の砲撃に、体を撃ち貫かれることになろうとも。
さてこの「High_Fever (Sweetest_Thing)」の話も次で一区切りが着きます。
自分で言うのはアレですが、ACVDのミッションモチーフなの、ほとんど忘れてますね、これ。