衣笠が、彼女を臨む。
対峙し……しかし渦巻く葛藤の奔流が言葉にまとまらず、結局口を開けない。
一緒にいたはずの川内型が……最後となった神通までもが、ついにいなくなった。
悲しみに明け暮れる暇など、敵は与えてくれない。
かつての味方であったとしても……今の彼女は、敵としてそこに立っている。
こうなることを――味方と砲口を向けあうなど、艦隊の誰もが望んでいない。
「……どうせ、こうなるとは思っとったけどな――」
龍驤がバイザーを被り直して、その姿を捉える。
絞り出すように、敵であることを認められないと嘆くように、そうではない事実を求めるように……問い掛けた。
「――やはりそう来るんやな、青葉。どうにか、逃してくれへんか?」
「だめですよ。龍驤さん――」
今しがた夕張へ弾を飛ばし、神通を撃ち貫いた……青葉は、淀みない顔で艦隊を臨む。
下唇を噛みしめながら、顔を向けることで精一杯になっている衣笠とも、目を合わせた。
決意と覚悟を済ませた顔。凛として揺らがない表情。
「もう少し、付き合ってもらわないと」
吐き捨てられた言葉は静かだが、厳然として確固たる意志が通っている。
皆をも貫かんとする冷たく刺々しい意志に、緊張で肌をぴりぴりと焼かれそうだった。
……そこまでの過程に何があったのか、龍驤たちは知らない。
かつての青葉と姿が変わり、頭の後ろで結っていたはずの髪も、解かして海風になびいている。
第二次改装を受けたのだと悟るのは簡単だ。だがそれに至った心情を推し量ることはできない。
その理由も、きっと青葉は語らないのだろう。
「なんで、そこにいるのよ……青葉!」
身体をくの字に折り、声を上擦らせるほどに絶叫する衣笠を目に収めても……青葉は、淡々と艤装を構えたのだから。
「さぁ、始めよう。私は戻ってきたの――戦場に」
「嫌! なんで……っ!」
溢れ出た感情を統御できず、滲む涙と共に首を横に振る衣笠。
だが最初の砲声は青葉が轟かせる。
……真っ先に、衣笠へ。自身の妹へ。
刹那に、首根っこを掴まれた衣笠がそのまま真横へ放り投げられる。
「悠長なことやってる暇はないデース!」
金剛が……艤装の大半を失ってボロボロになっても、戦意だけは失わないままの彼女が叫びかけた。
すぐ横を通り過ぎた砲弾が、炸裂する。
まともに喰らえば、いくら高速戦艦とはいえ、今の金剛では死を免れない一撃。
金剛の即応――一切の逡巡なく吐き出された砲弾。
かつての仲間という認識は当然ある。だがそれ以上に、今の仲間を守るために、敵を排除する以外の術を、金剛は持てない。
一気に接近する青葉に、皆の背筋が凍りつく。
金剛のように思い切れるほど、皆の覚悟は硬いものではない。
今までの旅団とは違う。
かつて共に出撃したこともある仲間なのだ。その事実も記憶も、決して覆らない。
そんな青葉が敵対する理由も、皆は知らない。
起き上がった衣笠が、尚も叫ぶ。
「なんで! なんで旅団なんかに!!」
叫ぶだけでよろめいてしまう衣笠……その肩を、夕張が支える。
まだ夕張の負傷は浅い。先程のも直撃とまではならなかった。
だが次は……もし直撃すれば、神通と同じ末路を辿ることに変わりはない。
「旅団に加わったつもりはないよ。ガサ……。
ただ、私の目的が、旅団と近いところにあるとわかったんだ。それだけだよ」
淡々と告げながらも、青葉はたった一人で砲撃を繰り返す。
金剛に、龍驤に、夕張に、慌てふためく駆逐艦たちに……その中でも特に、雪風へ。
降り注ぐ砲弾の雨を受けて尚、雪風は傷一つ負わない。
全て、避けようとして避けたわけではない。奇跡的に、全てが命中しなかっただけのこと。
一気に散開する駆逐艦たち……後退する龍驤と金剛を差し置いて、雪風は前進する。
見る見る、青葉との距離を詰めていく。
向き合う二人の視線が交わると同時に、青葉が艤装ごと砲を構える。
開かれた砲口が雪風を向いている……狙いを定める青葉の表情に曇りや陰りが一切見えないことも。
瞳孔……瞳の奥を垣間見て、雪風は歯噛みする。
今の青葉は、間違いなくトリガーを引ける。それを気づいた次の瞬間に、雪風の真横を暴風が駆け抜ける。
危うく体勢を崩しそうになる衝撃……戦艦のそれほどではないとはいえ、実際に被弾するよりも、胸を締めつける痛みがあった。
間違いなく青葉は、雪風を狙っていたはずだ。
しかし外れた。青葉が甘かったのではない。
それが、雪風の持つ『幸運』だからこそだ。
今までの戦いで、雪風はまともに被弾することはなかった。そしてこれからも、ないのだろう。
それでも雪風には、つい先日まで艦隊を共にしていた青葉と対峙しなければいけない事実が、辛い。
首からぶら下げた砲を抱え持つ……深海棲艦ならともかく、本当は向けることすら嫌な相手に、向ける。
振り絞るように、声を出さないわけにはいかなかった。
「どうしてですか!? 私たちが戦う必要なんて、どこにも――」
砲声と共に巻き上がった巨大な飛沫が雪風を飲み込む。
黙れ――そう言外に叩きつけられるような切迫が、波動となって吹き飛ばさんと襲いかかる。
「私にはあるの! そういう風にしか、私は生きれないって気づいたの!」
「そんなの……」
間違っている、と切り返そうとして、しかし踏み留まる。
青葉の求めている生き方がどんなものなのか……知らない。
そして、雪風自身が「戦いから抜け出せない」と思っていることも、そうだ。
……伊勢を倒す瞬間、龍驤は「戦ってこその艦娘」と言った。
何も言い返せないまま……一気に肉薄する青葉から、逃げるように脇へ飛び退くしかない。
「雪風、戦おう。私たち艦娘は戦うために生まれたんだ。私はそれに従う……雪風は、従わないの?」
減速することなくターンを効かせ、なおも雪風へ向かおうとする青葉。
青葉は今、雪風しか相手を見ていない。今の青葉に雪風がどう映っているのかを確かめようもない。しかし間違いなく、青葉が雪風へ何らかの執着を抱いているのは確かだ。
だが無論、艦隊に雪風一人しかいないはずもない。
青葉の艤装――表面の装甲が赤く爆ぜ、破片と灼熱が飛び散る。
「青葉!」
一気に接近してくるのは、衣笠だ。
仲間を助けるために、そして実の姉の凶行を止めるために。
かつてない憤怒に滾った顔で、波をかき分け驀進する。
黒煙の尾を引き、舌打ちと共に距離を稼ぐ青葉。
――不意に、青葉へ通信が入る。
『少しは調子が取り戻せたかい、青葉?』
「そうだね」
その声は、艦隊の全員にも届いている。
単なる通信ではない。深くで手をこまねくような、暗いところで引き釣りこもうとしているような、冷たく響く声。
身震いする雪風と春雨。違和感に表情を歪める衣笠。脳裏に浮かぶ顔の……金色の目をした深海棲艦。戦艦レ級ではない。
眉根に皺を作り、瞼を伏せた龍驤が問いかける。
「……響?」
記憶にある限りでは、深海棲艦が……それも、金色の目を持つレ級しかできなかったはずの、おぞましさ。
艦娘である響が可能にしている原理を、龍驤たちは思い至らない。
旅団が――響と、長門が、何を考えているのかすらも。
『ならばテストは問題ないだろう。青葉、帰還して一度体制を立て直してくれ』
「……確かにまだベストじゃない」
構えていた艤装を背中にマウントし、手袋を調節する青葉を、皆が見守る。
旅団に加わったつもりはないと、青葉は発言した。
だが加わっていなくとも、協力という関係は既に構築されているのだろう。
雪風が固唾を飲み込む。艦隊で一番、覚悟ができていない艦娘として――あるいは、もっとも心らしい心を持ったままの艦娘として。
「でも、このまま戦う」
顔を上げた青葉……どこまでも真っ直ぐに、敵意という敵意すらない、純粋すぎるほど真っ直ぐで、だからこそ凛とした美しさを称えた顔。
艦隊に居た時は違う。抱え込んでいた葛藤を振り払った清々しさ。
何を求めて、青葉がそこにいるのか。
……任務だから、使命だから、ではない。
青葉は、利害も目的もない、単純な欲望でここにいる。
衣笠と対峙して、雪風を執拗に狙っている。
眼前に対峙する衣笠が、その真っ直ぐさに狼狽し、気迫に圧されて、一歩、退いてしまう。
隠しきれない困惑も、既に青葉は読み取っているのだろう。
「ごめんねガサ。私はそいつを見逃すわけには、いかないんだ」
「なっ……なんでよ!? 同じ艦娘なのに!」
「言ったでしょ、ガサ」
改めて、青葉は艤装を持つ。
艦隊皆が動揺しているとわかりきっているからだろう。目の前で堂々と、被弾した艤装を確認して、稼働状態を確認する。
機能そのものは依然問題ないと判断したのか、青葉はまた、構え直す。
「私は、そういう風にしか生きられない。古鷹がいなくなった日から、きっとそれは決まっていたんだ。
旅団が作り出した戦争という状況は、その目的のための仕掛けだった。私はそう思うよ。
でも私は従いきれない」
衣笠と相対しているにも関わらず、青葉の瞳孔に映るのはまた別の何かだ。
もっと遠く、そして大きな何かを、青葉は見上げている。
『そうか……ならば君の好きにするといい』
「少しの間だけど、お世話になったよ、響……」
瞼を伏せ、青葉は遠くに見ていたそれから意識を切り離す。
……それっきり響の声は聞こえなくなった。
だが青葉は、戦う意志を表した青葉は依然そこに居る。艤装を構えて、臨戦態勢で衣笠に、雪風に、艦隊に、たった一人で立ち向かっている。
躊躇も狼狽も逡巡もない、厳然で確固とした決意と覚悟で、告げる。
「死神を……雪風を殺すことで、私の役目を果たすんだ」
……おまたせしました。対青葉戦(マギー戦)の更新です。
膨れ上がらない限り、これ含めて3話で終わるでしょう……そうじゃないと原作リスペクトにならないし……。