神様は人間を救いたいと思っていた
だから、手を差し伸べた
でも、その度に、人間の中から邪魔者が現れた
神様の作ろうとする秩序を、壊してしまう者
何もかもを焼き尽くす、死を告げる鳥――
雪風と、衣笠……砲を構える二人の艦娘が、しかし引き金を絞る勇気なく立ち尽くす。
対峙しているのは青葉……同じ艦娘であり、ショートランド泊地で戦いを共にしてきた仲間だったはずだ。
だが青葉は確固として砲を構える。同じ艦娘へ……雪風たちへ向けて。
「なあ、青葉……なんでそこまで、こだわらないといけないんや」
掠れた声を、よじった体から絞り出す龍驤。
まだ龍驤たちは、青葉がそうしている理由を聞いていない。
敵対するという意志をどこで固めたのか。
その思いの萌芽はいつだったのか。
そして、旅団がどう関係をしているのか。
「今度こそ、最後までやらないといけないとわかったんです」
「何が……一体そこまで、キミを駆り立てるんや?」
語る言葉などいらないとでも言いたげに、青葉は首を振る。
どこまでも穏やかに――努めて冷静で、むしろ笑顔さえ称えているというのに、彼女は離反を……さらなる争いを生み出そうとしている。
狂行に手を染めることなど、とっくにわかりきっているだろう。
それでも、彼女は貫こうとしている。
「私は、そこの雪風みたいに……死神になりたいってわけじゃない」
最初にその名前を口にしたのは、深海棲艦だ。
金色の瞳を持つレ級。雪風たちが初めて遭遇した、会話を可能とする深海棲艦。
死神。それはおぞましい名前として、誰もに印象されている。
関係する者は皆、敵味方を問わずに海へ沈み……しかし彼女自身は傷一つ負わないまま立ち続けている。
……艦隊を共にした暁もいなくなった。敷波も、鹿島も、比叡も……みんな海に消えた。
傍から見れば確かに、死をもたらす存在そのものだろう。
だが戦いの間、雪風はたった一度すら負傷の経験がない。
まるで他者の生存する未来を吸い取っているかのように。
「龍驤さん……私は、もう負けたくないだけなの。何にも、誰にも」
「だからって!」
「始めましょう」
食い下がろうとする龍驤を、青葉は強引に遮る。
研ぎ澄まされた視線――穴が空いてしまいそうなほど鋭いそれは、雪風に向けられる。
まともに睨み返せるだけの度量など、雪風にはない。
「殺すよ……あなたを」
反論の余地など残されていなかった。
口を開いたとしても、青葉の行動に全てが圧倒されてしまう。
轟く砲声が、雪風を襲う。
炸裂する海面と飛び交う爆風――しかし至近距離であるにも関わらず、雪風に命中はしない。
全身がずぶ濡れになっても、しかし行動を阻害されるような損傷は何一つない。
雪風も青葉と合わせて動き始めた。
並走――艦隊との距離を開けていく青葉と、付かず離れずの距離を維持する雪風――追いかける衣笠がいくら第二次改装を経ているとはいえ、元々高速戦闘を想定された駆逐艦と、持ち前の洞察力が未来予知にも等しい動きを実現させる青葉の動きには、翻弄されるしかない。
度重なる砲撃の往来――本来ならば駆逐艦如き、重巡の一撃で容易く行動不能へ至らせられるはずだ。
しかし実現しない……精確に狙いを定め、雪風の動きまで予測して放ったはずの弾は、虚空へばかり吸い込まれていく。
「これが……
本来ならば決してありえない『奇跡』の集合体にして『幸運』という名目に彩られた、最たる『恐怖』の象徴。
艦娘は、戦いの中で死んでいく。
いつから生きているかもわからず、いつ老いるとも知れない、時間の流れを強引に止められたかのような存在こそ、艦娘だ。
青葉は知っている……。
その事実を悟った駆逐艦・叢雲は、ブイン基地でその運命を覆そうとして、しかし果たせなかったことを。
その果てにこそ、叢雲は死という一つの結末を迎え……そしてまたどこかで、新たな叢雲として生きているのだろう。
同じくブイン基地で、戦うことを諦めた駆逐艦・吹雪もそうだ。
あまりにも長過ぎる時間経過の果てに、本来あった人格が破綻して艦娘としての責務を放棄するという行動にまで発展している。
……そして離反する前――雪風の葛藤がどこにあるのかを、青葉はわかっていた。
「雪風! あなたは信じているんでしょう!? いつか深海棲艦と艦娘が、人類が、仲良くなれるなんて!」
「はい! 信じています!」
青葉の砲撃は、雪風の足元を掠めて海中に没した。
雪風の反撃が、着実に青葉の艤装を削り取る――駆逐艦程度の些末な一撃だ。しかし僅かな威力とは言え、最も壊れやすい場所を的確に撃ち抜くことばかり連発されては、いくら堅牢な装甲を持っていたところで意味などなさなくなる。
死神と呼ばれるほどの恐怖は、そこに起因する。
撃っても撃っても当たらない。しかし雪風の攻撃は精確どころではなく削られる。
……それも、雪風の持つ幸運。
ありとあらゆる状況そのものを覆しかねない、運命そのものを捻じ曲げてしまう能力。
自覚しているのかしていないのか……一丁前に威勢の良い返事を返せる雪風に、青葉は嫉妬すら覚えてしまう。
「無理よ死神! あなたはどうせ戦い続ける!」
敵として前に立ち、青葉は改めて実感する。
これほどに恐ろしい敵はいない。雪風一人と戦っているように見せかけて、その実、雪風に味方する周囲の環境全てから敵視視されているような疎外感と恐怖を覚える。
自分が走っている海――その波でさえ、いつ自分に牙を剥くかわかったことではない。
運命を元に物理法則すら歪められているとさえ思えてしまう、二人の戦闘。
それを眺める龍驤たちに……再び、暗い闇の底から、甘く誘うような声が手を伸ばす。
どこからか響が、二人の戦いを見つめている。
『青葉にも、旅団に加わる資格があった。あの絶望の戦いを生き抜いた異分子だった』
艦娘たちの頭に等しく焼きつけられた記憶……大昔、もはやそれが自分たちとすら思えないほど証拠の失われた時代の記憶。
艦娘が鋼鉄の船舶という体を持ち、人間という乗員に動かされて戦っていた時代。
その真偽すら疑ってしまいそうになる龍驤でも……その記憶が頭の中に棲み着いていることだけは確かなのだ。
旅団は――響は、それを絶望の戦いと称する。
結着を知り、結果を感じ、結末を悟り――そうして終戦という結論の時代を生きた艦、ならではの言葉。
『そして今の青葉は、片腕を失って艤体になってでも、戦いを辞めなかった。
それどころか、響たちまで組みしようとする執念に驚いたよ』
響は冷淡に語る。単なる感想としての言葉を、とうとうと並べる。
『雪風が――死神が戦いで生き残り続ける限り、他の何者をも焼き尽くす宿命がある。
それと青葉の、戦いに身を投じる執念。
……そのどっちが本物なのか、響は知りたいんだ』
雪風の発砲――再び青葉の艤装、それも砲塔の駆動部分がネジ曲がり、擦れ合う金属の軋みが青葉の耳に突き刺さる。
ひしゃげた装甲が食い込んだ部分があまりにも悪い場所だったのか……砲撃すらできなくなったことを確認した。
「やっぱり……こうするしかないのね!」
一瞬に旋回し、並走していたはずの雪風に距離を詰める青葉。
砲撃が届かないのは確かだ。
――一気に詰められた距離。肉薄する青葉の顔に、驚愕の表情を隠しきれない雪風。
身構えることも許さない。
……ようやく青葉の攻撃が届く。首根っこを掴まえる。ただそれだけの攻撃が。
青葉の両手に、雪風の首が包まれて、軽々と持ち上がる。
海を駆けていたはずの足が離れて、力なくぶら下がった。
喉を、潰す。
「……ぁっ」
自分の手の上で、苦悶に歪む顔があった。
軽々と掲げられた自分の手首を、震える手が力なく掴む。
爪を立てて引っ掻いたところで……首を絞める力は決して緩まない。
皮膚が割けて、右腕から血が溢れて、左腕から機械義肢が露出する……それだけだ。
「雪風。こうするしか、あなたが死ぬ手段はない」
艦娘は、老いず、病まず、死ぬ時は戦いの中だという風説すらある。
深海棲艦になってしまうという、もう一つの手段も提示された……しかし青葉は知っている。
雪風ほど被弾すらない艦娘ならば、妖精さんを失うこともない――つまり深海棲艦へ至ることすら能わない。
雪風自身も、戦いに巻き込まれ続けることを嘆いていた。
ならば、雪風がそれから逃れる手段は……死ぬ手段はどこにあるのか?
艦娘である前提を揃えながらも、艦娘である以上の幸運を備えている雪風に――死神とすら呼ばれるほどの存在に、終わりをもたらす存在は、どこにいるのか?
そのことまで、響はわかっているのだろう。
わかっていて尚、響は語る。
『生き残ったどちらかを倒せば、響こそ本当の死神になれる。
戦争に終わりをもたらすことができる存在に』
響の声を聞いて、思わず龍驤が口を開いてしまう。
「イカれとるんちゃうか。理屈が破綻しとる」
『何も悪いところなんて、ないじゃないか。
それにしても、いいのかい? 黙って見ているだけなんて』
「あれはウチの責任やけど、ウチがする戦いじゃない……見てみ?」
龍驤が見つめる視線の先……雪風を持ち上げる青葉。
その左腕が、大きな火球に包まれて砕け散った。
衝撃に吹き飛ばされる二人の体が、煙の尾を引く。
青葉も雪風も、飛び交う鉄片に衣装も艤装も肌も、ずたずたに引き裂かれた。
――再度片腕を失い、倒れ行く最中……青葉は遠くにその姿を見る。
「衣笠……!」
さて、ようやくこのシーンを描ける時が来ました。
ACVD編でやりたかった部分の一つにして、「死神部隊」と死神の逆転現象。
ですがまだあの台詞だけまだやっていません。
次の話で、この戦いに結着を着けます。
(というかこれ以上膨れ上がったらキャパオーバー…)