犠牲はいつも付き纏う。
那珂が、川内が、神通が……そして、青葉が、たった一度の出撃でいなくなった。
旅団。戦艦・長門が率いているという組織。それも残り少ないと彼女自身が告げていた。
龍驤たち艦隊が知るのは、駆逐艦・響。それ以外にいるのか二人だけなのかは定かではない。
今までの戦いで失われた艦娘の数は、もはや数え切れない。今回の戦いでも、少し前からも、歴史を遡って……ずっと過去の時代から、艦娘の死は繰り返されている。
同じように艦娘はそれだけ生まれて、戦って、中には艦娘を辞めるべく解体処理を受けて、人間になる艦娘もいる。
艦娘と、人間の少女……その見分けが困難であるほどに、外見に明確な差異などない。
「長門が、人間だった……? どういうことネ?」
「違う。長門だけやない」
――艦娘はどうやって生まれるのか。どうやって増えるのか。
見た目がこれ以上ないほどまでに人間と酷似しているのなら、本来ならすぐに思い至るべきことだ。
しかしショートランド泊地の艦娘は気づかなかった。
戦争であまりにも長い時を経て、泊地から人間の姿が消えて艦娘だけの楽園となり、繰り返されてばかりの戦闘と訓練の日常が、記憶からも記録からも、それを忘れ去ってしまった。
艦娘と人間が酷似しているのなら――艦娘が人間になれるのなら――人間が艦娘になることだって、おかしくなどない。
「なるほどね。じゃあ、私達も、元・人間ってわけ……」
衣笠の唇からぽとりとこぼれ落ちた言葉が、水を打ったような静寂へと波紋を広げる。
姉妹だった深海棲艦の青い血を浴びて、どこもかしこもおどろおどろしいほどの藍に染め上げられた衣笠が、自分の肩を抱きしめる。
人間と艦娘――その肉体としての違いを選り分けるのは、組み込まれた艤装との接続システムの有無……そして意識的な面では、ゴーストと彼女たちだけが呼称する、過去の大戦を生き抜いた船の記憶の有無。
考えてみれば、そうだ。元より、衣笠が浴びている真っ青な血も、衣笠が感じている自分自身という肉体も……本当なら、人間の頃のままだった、ということになる。
青葉は一度、左腕を失った。艤体という機械の体をつけることにした。ゴーストに従って、艦娘として、一隻の戦闘艦艇としての責務を全うしようとした。
その終着点に何を見ているのか、戦争を終わらせるためなのか……雪風という艦娘に何かを見出していたのかは、今となってはわからない。
深海棲艦となった彼女の血は、透明感のない青一色だった。海よりも濃く、しかし深みを見せない藍色。
艦娘である衣笠たちの血は、赤い。
……人間の血は、何色なんだろう?
そんなことを思って……もしかしたら自分も人間だったかもしれないことに……しかし過去を巡ろうとすれば、鋼鉄の艦艇だった記憶しか出てこない……そんな自分に、怖気がした。
それは衣笠だけではない。
提督という人間がいると信じて止まず……しかし失望を味わった龍驤も、その悪寒に体を震わせる一人だ。
自分が人間だったかもしれない。しかし肉体が鋼鉄だった過去しか、頭の中にはない。信じるべきはずだったゴーストすら偽物かもしれない。
自分が提督という人間と結ばれた過去があったかもしれない。しかし思い出せない。
それよりも前に自分が人間だった過去があったかもしれない。しかし思い出せない。
少し前……初めて旅団の襲撃に遭った頃。沈んだはずの加古を名乗る艤体を調査していた頃。
青葉に、妖精さんや艤体を信用しているかを、尋ねられたことがある。
その頃はまだ泊地に居た古鷹はもっと奥、ゴーストすら疑っていたが……当時の自分に、改めて問いかけたところで、「考えすぎや」と一蹴しただろうことは間違いない。
「ほんま、今更やな――」
だが……今、動揺する艦隊に、龍驤は檄を以て叱咤しなければならない。
「――こんなところで、立ち止まっとる暇はないで! ウチらの体が人間でも、記憶だけが艦でも、未来がバケモンでも……。
今いるウチらは間違いなく、ウチらや! 艦娘や!!」
喚呼を上げて、艦隊に声を響かせる。
その実、他の誰よりも、龍驤こそがその言葉を欲していたからに過ぎず、また先日の黒い機械――提督のことを思い出して、嗚咽に震え始めた体を、その悪寒から脱するために身を振り絞る必要があっただけのことだ。
「ウチは、行くで。もっと奥や。何があっても……あの長門を、ぶん殴ってやらんと気が済まんのや」
……赤道の程近く、ソロモン諸島という熱帯で、寒さなど感じている場合ではない。
すでにショートランド泊地から相当の距離を取っている。だからこそこんな僻地で、また泊地のことなど思い出したくもない。
彼女たちはすでに提督へ反旗を翻し、独断で出撃している。
その挙げ句に被害を生み、損傷を来し、死人を出している。
「金剛は、どうする? もう戦えんやろ? 衣笠もや。その艤装じゃ撃つことすら難しいんやないか?」
これ以上の負傷など誰も望んでいることではない。だが連戦を重ね、これ以上に戦わなくていいはずもない。
金剛も衣笠も、そして龍驤も、一発でも砲を撃てれば僥倖というまでに損傷が激しい。
これからの戦いは雪風たち駆逐艦たちに頼らざるを得ないだろう。
「引き返すなら今や。ソロモンまでは長いで」
「Nonsense!」
真っ先に声を張り上げたのは、金剛だった。
ボロボロの体でも白い歯を見せて笑顔を作れるほどに強い心根を持っているのは、おそらく彼女だけだろう。
「一緒に戦うヨ。サイゴまで」
「……わかった。ほな、よろしく頼むわ」
その強さがどこから来ているのか、何が彼女を強くさせているのか……鼻孔にほんのりと紅茶の香りを思い返した龍驤は、笑顔から目を背けてしまう。
「了解ネー!」
「……衣笠は?」
龍驤が背けた視線に、衣笠はいる。
すっかり青葉の血を浴びて青くなった体で、まだ海にうずくまっている。
艦娘として戦うことを目指した青葉。艦隊のために身を粉にすると誓った神通。人間の生活に憧れを抱いていた潮。犯した罪の断罪を求めてトラック泊地に居続ける明石……それと、以前に治安維持機構を共にした古鷹と加古。
彼女たちが求めていたものはそれぞれに違い、方々に散った。そして龍驤も己の目的に従っている。
……では、衣笠の目的は何だ?
青葉がいなくなった今……衣笠は何を求めて、この戦いにいるのか?
「行くわ。どうせ帰り道なんて、皆と一緒じゃないと無理だしね」
青くなった体を持ち上げるように、衣笠は立ち上がって、大きく伸びをする。
背中を向けたままの彼女が、どんな顔をしているのかは伺いしれない。だが片手が目元を拭った瞬間を、見て見ぬふりした。
人であろうと、艦娘であろうと、深海棲艦であろうと……衣笠がやるべきことは、自分の心に従うことだ。
今は、仲間と共に海を往きたいと思っている。龍驤のような正義感や義憤があるわけではない。だが仲間が戦うというのなら、自分もそこにいないと気がすまない。それだけだ。
振り返って、衣笠は笑顔を貼りつける。青が目元だけ横に擦れていても、誰もそれを笑わない。
「行きましょう」
「……そやな。きっとウチらを待っとる奴らのためにも」
脱力した笑顔を浮かべた龍驤が、笑みの種類を切り替えて白い犬歯を覗かせる。
残された七人の艦隊は舵を取る……長い戦いの間、ずっと向かっていた場所へ。
鉄底海峡……彼女たちの、因縁の地へ。
どうしても整理をつけるべきだと判断し、一呼吸を入れます。
……モチーフであるACVDなら、もう間髪入れずに続けちゃうんですが、
もう上編の段階で一回その型を壊しているようなものなので、別にいいだろう、と。