鉄底海峡に待雪草を   作:在田

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「戦いの中にしか、私の存在する場はない。
 好きに生き、理不尽に死ぬ。それが私だ。肉体の有無ではない。
 戦いはいい。私には、それが必要なんだ。」


Mechanized Memories・①

 太陽は、水平線の向こうへ隠れてしまった。

 七人となった艦隊が進む海はすでに、日差しに揺らめく青から月光が瞬く深い紺へと変貌している。

 

 ……限界なんてとっくのとうに迎えた後だ。旅団の度重なる猛攻を乗り越えて、仲間を失い、それでも彼女たちは戦うと決めた。

 自分たちのために、そして、未来のために。

 

 ソロモン諸島……その中心点、鉄底海峡。

 

 何度となく足を運んで尚、おぞましい寒気に慣れない場所。

 数世紀も前の戦いで幾多もの艦船が沈み、そして今も、何人もの艦娘が命を落とした場所。

 

 そして、旅団を執り仕切る戦艦・長門がいるとされている場所。

 

「ヴェールヌイ。調子はどうだ?」

 

『良好ダヨ』

 

「ならば結構だ」

 

 海の闇に潜み、長門がそこを見やる。

 

 真っ黒な空。見下ろす満月の下……月光が波に揺らめくのをかき分けて、一つの光が水面の奥に生じる。

 金色の光。深海棲艦たちが眼に宿してきた青白い光に似て……しかし非なる仄暗さを称えた光。

 

「あらゆる戦闘経験が思念となり、渦巻く場所となったこの鉄底海峡という領域。

 そして無数の戦場を渡り歩いて不死鳥と呼ばれるまでに至った、君の頭脳。

 これほどの条件を揃えた存在が負けるとは思えないが……」

 

 ――光から、姿を表す。

 金の光を纏った真っ白な肌に、青白い瞳を備えて、漆黒の艤装に身を包んでいる。

 

 それは駆逐艦と同程度の大きさでしかない。艦娘と比べて……長門と比べても小さなものだ。

 

 だが誰もが、その異様さ、異質さ、異常さを感じずにはいられないだろう。

 

 そこに居る深海棲艦は、たった一体のはず……艦隊にも、長門にも、それは等しく同じように見えている。

 だがそうではない――そう思える何かが、たった一体に凝縮されている。軍団と呼べるほどの膨大な量の、何かが、その内側に秘められている。

 

 ……艦隊は、思い出す。

 何度となく訪れることとなった現況の一つ――最近頻繁に現れることの多かった、飛行場姫という巨大な深海棲艦。

 あれほど巨大な存在へ至るために、くべられた思念の数は計り知れないだろう。

 

 その中に……いや表面として、かつて響と呼ばれ、そしてヴェールヌイと名を変えた艦娘が加わっている。

 すでに艦娘という肉体を捨てて、深海棲艦へと、ヴェールヌイは姿を変えた……そう判断せざるを得ない。

 

『長門、君ガ求メテイルノハ、果テナキ戦イノ世界ジャナイノカイ?』

 

「そうだ。その後に来る破滅も含めてな」

 

『ダッタラ、ソノ意味で、()()ノ思惑ハ一致シテイル。

 人類ト深海棲艦、ソシテ艦娘――勢力ノ棲ミ分ケガ作ル秩序ナンテ、()ノ生キル世界ジャナイ』

 

「それを破壊するために、この作戦に参加した……艦娘を辞めたと?」

 

 淡々と言葉を連ねる長門……厳然と、確固たる何かを常に抱え持つ矜持の口調は、未だに揺るがず、途絶えない。

 

『戦イノ中デシカ、()()ノ存在スル場所ハナイ。

 好キニ生キテ、理不尽ニ死ヌ。ソレガ()ダ。肉体ノ定義ナンカジャナイ。

 戦イハ良イ。()()ニハ、ソレガ必要ナンダ』

 

 尚も、その深海棲艦は告げる。だが声は、口から発せられているようには聞こえなかった。

 

 深い、目に見えないほど奥深くにある、海の底から語りかけるような……そこから足首を掴んで、今にも引きずり込まんとするような怖気のする声。

 誰もが寒くなる背筋を、怖気で震えるのを、堪えきれなかった。

 

 衣笠は、雪風は、春雨は、思い出す――目にしているのと全く同じ金色の輝きを持ったレ級を。

 死して尚蘇り、何度となく艦隊へ立ちはだかった、化物を。

 

 絶えきれずに、龍驤が声を出す――足首を、背筋を掴みかけている寒さを振り払うように。

 

「それが、あんたら旅団の最終兵器か……。ほんま、イカれとるわ」

 

 海の向こうに見えた、たった一体の深海棲艦――かつてヴェールヌイだったもの。それ以外に渦巻いた様々な思念が、ヴェールヌイを結節点として寄り合い、一つの体へ宿したもの。

 ――駆逐棲姫が、目を開いた。

 

「なんと呼ばれようと構わん。私からすれば、イカれているのは全てだ。人間も深海棲艦も、私達もな――そこに、例外はありえない」

 

 金色を纏い、青白い光を眼の奥に宿し……駆逐棲姫が動き出す。

 一瞬に波を引き裂き、二股に別れた水飛沫だけを残して、こちらへ……艦隊へ。

 

「来るよ! 準備して!」

 

「もう君たちしか居らん。頼むで……!」

 

 衣笠の叫びに、龍驤が雪風の肩を叩く。

 雪風が、夕立が、春雨が……三人の駆逐艦が決意に首肯し、前へ踏み出す。

 

 その姿を望み……春雨が息を呑んだ。

 何かの因果関係があるはずだと迷いながら、しかし思い当たる節などない。

 白い肌、黒い艤装、青白い眼……違う点はいくつもある。だが顔立ちも、髪型も、体型も……。

 

「私と、そっくり……」

 

「動揺せんでええ! 中身はただの深海棲艦や!」

 

 すぐさま背中を打ち付ける龍驤の叱咤。

 駆逐棲姫が、再び言葉を継ぐ。

 

『ソウダネ。()()()()()()()()()

 デモ君ダケジャナイ。モットタクサン……数エ切レナイグライノ思念ガ、一緒ニナッテイル。

 モウ、()ハ単ナルゔぇーるぬいデスラナイ』

 

 それを聞いて、思わず眉根を潜めたのは、夕張だった。

 

「思念の、統合体……」

 

 脳裏を巡るのは、とある艦娘――いや深海棲艦かもしれない、一人の重巡……加古。

 かつて沈み、しかし戻ってきた、全身が機械で出来ていた艦娘。

 

 その姉妹艦である古鷹と、第二次改装の過程で結合を果たし……そしてどこへともなく消えてしまった、二人の艦娘と深海棲艦の集合体。

 

 その時夕張が行ったのは、古鷹という艦娘に、加古という艦娘の艤装を括りつける程度でしかなかった。

 

 だが、これほどまでに、ヴェールヌイの意識を鮮明に残したまま会話ができる深海棲艦と出会うのは、もしかしたら初めてかもしてない。

 それほどまでに色濃く艦娘としての意識を、残した……とすれば。

 

「まさか、艦娘と深海棲艦を結合させたの……!?」

 

 尚も接近してくる駆逐棲姫目掛けて、夕張は速やかに艤装を構える。

 

 衣笠も金剛も龍驤も、艤装のほとんどが使い物にならない。

 三人の駆逐艦だけで足りない火力と射程を、夕張が補わなければならない。

 

 しかし、尋常ではない速度で動く駆逐棲姫へ狙いを定める一瞬に……飛来してくる砲弾を、回避する暇を見つけられなかった。

 

「きゃぁあ!」

 

 思わず上げた悲鳴。顔をかばうべく交差させた両腕。だが巻き上がった爆音に全てを塗り潰されてしまう。

 脇に括りつけていた艤装が、木っ端微塵に砕け散る。弾丸の衝撃で引っ張られることすらないほどの圧倒的な威力……さながら戦艦に等しいほどの威力。

 

 ――だが威力だけではないことを、金剛はしかと目に焼きつけていた。

 駆逐棲姫が瞬時に砲撃し――夕張に着弾した場所。夕張の構えていた艤装の、砲口へ吸いこまれるように砲弾が飛び込んだのだ。

 

 思わず、かつての記憶を垣間見てしまう……。

 かつて自分が深海棲艦を疑っていた艦娘による、振り向きざまという一瞬に行われた正確無比な砲撃を。

 

「……綾波が?」

 

 思わず、その姿を見つめてしまう――その奥に、綾波の姿が宿っているのではないかと。

 

 その真偽を確かめることなどできない。

 

 駆逐棲姫の動きは、まともに目で捉えられないほどの速度だけではなく、本来ならあるだろう慣性すら度外視しているとしか思えないどに複雑で急激な軌道を繰り返している。

 この夜闇で、まともに見えるのは切り裂かれた白波と、駆逐棲姫が纏った光の残像だけだ。

 

 まともな戦いのセオリーが、全く通用しない奇天烈な動き。

 すでに始まっているはずの駆逐艦たちの掃射が、一発たりとも命中していない。

 夕立の放っている砲弾も、同じく。

 

 ――しかしすぐ眼前に現れた駆逐棲姫に、僅かながら隙を見たと思えた。その刹那を畳み掛けるしか活路はないと。

 放った砲撃は、確かに彼女を捉えたはず……だった。

 

「……ぽい」

 

 砲弾の炸裂に立ち上る水柱――その天辺に、聳える満月。

 月の光と、金色の光。

 

 鏡月を背に、駆逐棲姫が宙を舞っている。

 

 駆逐艦程度の砲撃で、吹き飛ばされたというわけではない。

 駆逐棲姫は敢えて砲弾を足元に受けて、その勢いで空へ舞い上がったのだ。

 

「あれは……夕立っぽい?」

 

 まさしく自分と同じはずだった軌道――破天荒な戦い方と全く同じ発想を、駆逐棲姫は実現している。

 

 だが、それに驚いている間にも、駆逐棲姫が距離を詰める。

 気がつけば、夕立の体は吹き飛ばされていた。

 

「……ぁぅ!」

 

「大丈夫!?」

 

 痛みを感じるよりも前に……吹き飛ばされた体が衣笠に受け止められる。

 

 ……困惑と後悔に眉を八の字にする衣笠が見下ろす。

 衣笠も金剛も龍驤も、まともに戦うことができない。だからこそ彼女たちに託すしかない。思いを委ねるしかない。

 

「ぽい!」

 

「よし、ならお願い!」

 

 押し出された背中と共に、夕立は歩を踏み出す。

 

 ……今まで、自分のように動き回る敵など相手取ったことがなかった。

 それも、夕立自身よりも何倍もの速度で実現するなんてことも、初めてだ。

 

 だが夕立は知っている。自分だけが戦っているのではない。

 今この場にいる皆が……砲弾という形で加勢できなくとも、一緒に戦っているのだと。

 

 一人で戦っているつもりだったからこそ、その心細さ故に、破天荒な動きを行おうとしていた。

 だが今はそうではない。皆と戦っているなら、皆と肩を揃えて戦うべきだと。

 春雨も、雪風もいる……今ならば。

 

 飛び交う砲弾の数々は、駆逐棲姫の異常な速度に翻弄された。まともに命中する機会を見ない。

 

 だがそれは、三人の駆逐艦が展開する軌道でも同様だ。誰かが近づき、離れ――誰かが撃ち、避け――誰かが庇い、庇われる。

 陣形が織りなす間断のない攻撃の連続――駆逐棲姫がたった一人で可能とする圧倒的な速度と軌道に、三人だからこそ拮抗する。

 

 最初は雪風の放った弾だ。駆逐棲姫の足――もはや巨大な箱のようにしか見えないそこへ着弾し、真っ赤な炎を噴き上げる。

 

「今!」

 

 呼応するように、他の二人の砲撃も続く――。

 夜闇の中、真っ赤に燃え上がる炎目掛けて、新たな砲弾が断続した火球を生み出す。

 

 ……同じく駆逐艦ならば、それで一網打尽にできるほどの盛大な砲撃――気づけば三人は駆逐棲姫を囲み、前後左右すらも封じ込めて砲撃を重ねる。

 燃え上がる炎が……駆逐棲姫を包んだ。

 

 長門が、口を開く。

 

「馬鹿な……こんなことが……」

 

 どれほど強靭な肉体となろうと、異常な速度を誇ろうと、同じ駆逐艦クラスだ。ならば同じ駆逐艦の放つ砲撃に対して、戦艦並みに耐えきれるというわけでもないだろう。

 

 あとは沈むのを待つだけ……。

 

 そう思っていた一瞬の安堵が、炎と共にかき消される。

 燃え盛っていたはずの、火球の中心……まだ姿を留めたままの駆逐棲姫が、そこにいた。

 

「……とでも、言えば良かったか? だがこの程度の反撃は、想定の範疇だ」

 

 全身のあちこちが焦げ、黒煙を靡かせる駆逐棲姫。

 

 その体が……金色を纏っているはずのそれが、淡い紫の光を宿し始める。

 

 駆逐棲姫……かつてヴェールヌイと、綾波と、夕立と呼ばれた艦娘が……飛行場姫や金色のレ級と同種の深海棲艦が……ありとあらゆる、鉄底海峡に沈んだ思念たちの集合体が、三人の駆逐艦を……艦隊を、一瞥する。

 

 ヴェールヌイ――かつて響と呼ばれた艦娘……その意識が、一つの、ようやく叶えられた夢を、語る。

 

『征コウ、暁……』

 

 その名は、遥か以前に雪風が撃ち貫いた、深海棲艦と化した艦娘の名前。

 ヴェールヌイの――響の姉に当たる艦娘。

 その魂までもが、駆逐棲姫の中に同居しているのだと、今さらに艦隊は知る。




長らく、おまたせしました。

最後の戦いを開始します。
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