鉄底海峡に待雪草を   作:在田

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「もういい。言葉などすでに意味を成さない」


Mechanized Memories・②

 光が、海へ広がっていく。

 駆逐棲姫を中心にした淡い紫の光……ともすれば綺麗な炎にさえ、見える。

 

 ……彼女自身すらも焼き焦がしてしまいそうなほどの灼熱となって、その身から溢れ出す。

 だが、駆逐棲姫の表情は依然変わらない。それどころか体から溢れる炎を使役すらしているようにも見える。

 

 金色の光を纏い、青白い光を宿し、紫の光を迸らせる。

 

『えんじん出力ヲ再上昇……第二段階……』

 

「かつての人類を……世界を破滅させた力。この長門を、海へ沈めた、忌まわしき力だ……!

 可能性なんてものは、ただの妄言に過ぎない。所詮はヒトの招いた業に過ぎない。

 艦娘だろうと深海棲艦だろうと、人類だろうと……ヒトは、ヒトによって滅びる。それが必然だ」

 

 長門の言葉に……思わず雪風は記憶を巡らせる。

 ゴーストに焼きついた景色の一つ――二度も見た、巨大なきのこ状の雲。それを齎す眩い光。全てを焼きつくした圧倒的な暴力にして強大な紅蓮の衝撃。

 

 長門を沈めた、光……雪風も、名前が変わってしまった後だが、聞かされたことがある。

 かつての帝国を貪った二つの炎と、長門だけではない……それ以外にもたくさんの艦たちを、一斉に沈めた光。

 

「なんで……長門さん! 鉄底海峡に、そんなものがあるなんて!?」

 

「鉄底海峡はただの結節点に過ぎない。この地球に、海は一つだ。全ては一つに繋がっている」

 

 再び淡い紫の光が周囲へ散る……海を照らし、周囲を明るく染める。

 

 辛うじて、雪風たちにそれは届かない。艤装が展開する高磁圧――海に浮遊するためでもあるそれが、紫の光が触れるのを阻む。

 だがバチバチと火花が散るような音も聞こえる……艤装の高磁圧があるから安心、ではない。高磁圧が、紫の光に侵食されているのだ。

 

 ……長くは、戦えない。

 

「こんなのを、人間の住んでいる場所に入れたら……」

 

 衣笠の漏らした言葉に、思わず皆が顔をあげる。

 

 歴史に深く刻まれているはずだ――その力を使ってはいけない、と。

 それは人類に及ぶ被害が尋常では無いからこそだ。ヒトを歪め、大地を焼き、大気すら汚す……あまりの甚大な被害に、誰もが忌避することとなった力だ。

 

 だがあの駆逐棲姫こそ、旅団が……長門が用意した旅団の切り札。

 大きさが駆逐艦程度しかないなら無論、本島にもいるだろう艦娘で迎撃が事足りるかもしれない。

 

 だが紫の光は別だ。艦娘だけならいざ知らず……人類に対しては、近づくだけも甚大な被害を与えることができる。

 加えて並大抵の駆逐艦を凌駕する速度と機動性。更には戦艦に匹敵する攻撃力……どれほどの手練だろうと、侵攻を阻めない。

 

『モウイイサ長門。言葉ナンテ既ニ意味ヲ成サナイ』

 

 長門の言葉など、すでに駆逐棲姫の関知するところではないのだろう。

 

 視界に満たされた光の中――その中心点に立つ黒色が……駆逐棲姫が、動き出す。

 先程まで繰り広げていた異常な速度……それを更に上回る速度が、展開される。

 

『見セテゴラン。君タチノ力ヲ』

 

 それはもはや、単なる移動ですらなかった。

 残像すら霞む速度――実体がどこにあるかも判然としないままに、通り過ぎただけの風が暴風となって体を打ちつける。

 その場にいる誰もが、駆逐棲姫の所在を確かめることすらできず、照準を定めることさえも不可能となってしまう。

 

 砲声が響いて、どこから飛んできたかもわからない砲弾が水柱を作る。

 瞬く間に封じられる視界……打ち出される砲弾の量が、もはや艦隊のそれに等しいほどの数となって襲い来る。

 

 尋常ではない量の砲撃――無作為なのか、それとも狙いを定めているのかすらわからない。

 

 ――雪風には他の艦にはない、幸運がある。

 ありとあらゆる負傷を凌ぎ、放った弾は効果的な部位へ吸いこまれるかのように命中する、幸運と呼ばれる不思議な力が。

 

 だが背中で生じた爆発に、雪風の体は宙を舞っていた。

 ……雪風の魚雷発射管が、被弾に欠落したのだ。

 

 吹き飛ばされた衝撃よりも、背中を焼き焦がす火球よりも、もっと恐ろしいものが雪風にこみ上げる。

 

「え――?」

 

 今まで、ただの一度も被弾などなかったはずの雪風が、損傷を受けたのだ。

 

 幸運がなくなったというわけではない。

 幸運を以てして、「魚雷発射管への命中こそが最上の幸運と呼べる状況」となっているほどの猛攻であり……本来ならば、そもそも海の上に立っていることすらありえないほどの攻撃力なのだ。

 

 周囲に展開する紫の光も、金のオーラも、駆逐棲姫も……一艦隊でどうにかできる程度ではない。

 艦隊を、艦娘を……それだけではない。人類すらも滅ぼしかねない力だ。

 

 水柱に姿を見えなくなった駆逐艦たちを探しながら、唾棄する龍驤。

 

「腐ったな、長門も……」

 

「お前たちも薄々気づいているだろう?

 数世紀も跨いで、まだ戦争は終わらん。それどころか、私たちが鋼鉄の体だった頃から、戦争を起こす人類の、その醜さは一貫して変わらない」

 

 一瞬の戸惑いも逡巡もない、決して揺らがない長門の言葉。

 完全な断定――結論を出しきっていると言わんばかりの、結論ありきの言論。

 

 人類が敵であると……人類に味方する艦娘をも敵に回すと、決意を固めている。

 人類を諦めたと、長門は告げている。

 

「私だって誇りを持っていた。帝国の誉れだと、私こそが世界に帝国の名を知らしめる船だと、自覚はしていた。

 だが帝国は、人を捨てることを選んだ。国という幻想を維持するために、人の命を弾のように使うことを。

 ……結局は、その力で、呆気なく帝国は敗北を宣言した」

 

 長門の指す力とは、景色を埋め尽くす紫の光――高磁圧の不可視障壁を侵食する光だろう。

 

「ヒトは争いを繰り返し、この争いは未だ終わらない……。

 だが深海棲艦は艦娘と同等の存在だと、まだ本島の連中は信じ切っていないだろう。だからこそ利用できる。

 戦いに終止符を打つ機会……この期を逃したら、次はないかもしれない」

 

 龍驤は舌打ちした。

 戦いとはそれを行う両者があってこそ成立する。片方が戦いを辞めれば……辞めねばいけない状況にまで追い込まれれば、確かに戦いは終わるだろう。

 

 かつての帝国が、その力でそうなったように……ヒトを消費し尽くした結果に、自分たちの未来が途絶えると思い知る前に。

 

 長門はそれを再現しようとしている。

 再び同じ力を使い……それ以上の莫大な被害で、それを思い出させようとしている。

 

 ……いつぞや鳳翔から聞かされた「戦後の焼き増し」を、まさしく、長門は行おうとしている。

 

「お前もそうだろう? 雪風よ。

 艦娘である以上、戦い続ける運命を背負わされる……そのことを、恨んだことはないのか?」




ちょっと気合を入れて、このまま3日連続での投稿をします。
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