鉄底海峡に待雪草を   作:在田

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「ならば、生き延びるが良い。君にはその権利と義務がある。」


Mechanized Memories・④

 ……一つの戦いが、終わった。

 

 先程までそこら中に満ちていた紫の光もない。駆逐棲姫からは金のオーラも出ていない。

 その瞳の奥に……小さな、ごくわすかな青白い光だけが残されていた。

 

 冷厳な満月が、全てを見下ろす。

 静粛な夜闇の下、月光を水面が冷ややかに反射する。

 

 駆逐棲姫と、春雨……酷似した二人の体が、寄り添うように波間を揺れていた。

 

 遅れて、艦隊の皆が訪れる。

 ……見下ろしてくる夕立の手が、春雨の額を撫でる。

 

「夕立姉さん、ごめんなさい。恨まれても……しょうがないですね」

 

「……こんな時に、誤って欲しくなんかないっぽい」

 

 そうはにかんだ春雨に、夕立の手がびくりと強張った。

 何かを果たしたと、喜悦する笑顔。

 溢れた涙が、春雨の顔にぽとりと落ちる。

 

「これで、良かったですか……?」

 

「……」

 

 春雨の問いかけに、艦隊の誰もが答えられなかった。

 春雨のやったことを、正しいとも悪いとも、言えない。

 彼女を犠牲にしてまで得られる結果として喜ぶべきなのか、それとも全く違う何かなのか……。

 

 それを知る者は、ここに一人もいない。

 

『月ガ……』

 

 ぼそりと、小さく溢れた声があった。

 ――駆逐棲姫。

 春雨の隣に、同じように浮かぶ深海棲艦。

 

 記憶が巡る。

 かつて――この全ての始まりに、二人の艦娘が、同じ月を眺めていたことを思い出す。

 

 ヴェールヌイだけがその意識を支配しているはずだった。

 だが、駆逐棲姫の中に眠っていた別の人格が……深海棲艦へ染まりきっていた艦娘たちの魂が、再び目を覚ます一瞬があった。

 

『月ガ……綺麗……』

 

「そう、ですね……お月さま……綺麗ですね……」

 

 春雨が微笑む。

 

 駆逐艦・ヴェールヌイがその中にいる――暁も。

 

 そして……同じく月を見上げていた二人……綾波もいる。

 春雨がずっと探し求めていた、いなくなってしまったもう一人の姉も。

 

 同じ海に揺らめいて、同じ今際を超え……ようやく、春雨は出会ったことに、純粋に、笑顔を作っていた。

 

「もう、二度と……こんなことしないでくださいね」

 

 力なく震える春雨の手が、駆逐棲姫のそれを握る。

 微かに、駆逐棲姫も握り返した。

 

 ……二人の体が、海に消えていく。

 暗い海の底……水面の向こうにある、深く静謐な世界へ、還っていく。

 

 戦争は、幾多もの死を繰り返す。

 ……春雨の遺した言葉が、長門へなのか、駆逐棲姫へなのか、それとも艦隊へなのか……今更、それを確かめることはできない。

 

 しばらくの沈黙が、艦隊を横たわる。

 すぐ足元にあるはずの波の音が、とても遠くから聞こえた。

 

 ――バイザーを深く被り直して、龍驤が告げる。

 

「……これで、これで満足か? 長門。ぶっ壊れているのは、貴様や」

 

「認めがたいな……ヒトの可能性など」

 

 長門の声に、怨嗟が滲む。

 旅団の最終兵器は無くなった。

 幾多いたはずの団員も、残り少ないだろう……もしかしたら、長門だけなのかもしれない。

 

 それでも長門は自らの結論に従う。言葉を吐き出す。

 

「私の一生を……全てを破壊したあの汚れた力を、私は決して忘れられないだろう。

 だが、お前たちの選択だ。

 これからも深海棲艦の猛攻は留まらないだろう。

 この戦いはいずれ、全てが破滅するまで続くと知れ」

 

「長門さん……」

 

 ――雪風が、顔を上げた。

 いつになく表情が引き締まっているのは、迷いを捨てたからだろう。

 

 ありとあらゆる戦いに居た、逃れられない運命だと知った。

 様々な人の思いを背負って、しかし自分だけでは力不足に届かない現実も知った。

 助けられたかもしれない命を、何度となく取りこぼしてきた。

 

 それでも雪風には、積み重ねてきた経験がある。

 

 これまでに悩み続け、戦い続け……泣き続けて……。

 ようやく雪風は答えを出せた。

 

「深海棲艦は、別の可能性だって作っています。

 お互いの対話です。

 きっと誰もが幸せになれる……そんな終戦が、今までの私たちが見てきたものとは違う未来が……きっと、あるはずです」

 

 ……長門はしばらく、黙したままだった。

 雪風の言葉を受け止めているからなのか、それとも何かを考えているからなのか……。

 だが告げられた言葉は、明確な決別だ。

 

「……もしお前たちの言う未来があるのなら、生き延びて、証明してみせろ。君たちにはその権利と義務がある」

 

「勿論や」

 

 答えたのは龍驤だった。

 顔を上げて――この海のどこにいるとも知れない長門を睨みつけて、龍驤は告げる。

 自信満々を漲らせて……その言葉を、これからも嘘にしないためにも。

 

「生き延びてみせるで。ウチらが、戦い続ける限り。

 ……ソロモン海のようには、いかせへんで」

 

 長門の返答は……なかった。

 どこかへ去ったのだろうとわかる。

 

 ……長く、長く続いた旅団との戦いが、終わった瞬間だった。

 失った命は多く、その被害と影響がどこまで及んでいるのか想像もつかない。

 だが、ようやく終わった。

 

 海の上で……雪風が、艦隊を振り返る。

 全員が全員、ボロボロとなった艦隊へ――六人の艦隊へ。

 

 ゆったりと口を開いて……その言葉に、全員がうなずく。

 

「帰りましょう。ショートランド泊地に」




さて、最後のバトルシーンゆえ、気合を入れて連投でした。

これにて『鉄底海峡に待雪草を』の本編は終わり……残すは1編のエピローグのみ。

来週の更新で、最終回でございます。
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