ビスマルクはダメマルク⁉   作:少佐5909

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第九話:海戦潮流

 佐世保第五観測所の報告によると深海棲艦の数は一体。重巡ネ級。比較的数の多いリ級に比べその数は希少であるが、同時に重巡の中では上位個体にあたり、海自ではそれを甲種と呼称している。

 

 近海から深海棲艦が姿を消して十年。この突然の凶報は士官たちを動揺と困惑の渦に叩き込んだ。領海内での深海棲艦出現により分屯基地内が慌ただしくなる中、安曇は携帯端末で大淀と連絡を取っていた。

 

『場所は先日輸送船が事故を起こした場所に近く、おそらく事故の原因もこのネ級によるものと思われます。ただ現在ネ級側からの攻撃のような動きは確認されていませんから、現状推測の域でしかありません』

 

「なるほど。しかしなんだって十年ぶりに深海棲艦が本土付近のましてやこんな軍港の目の前に現れたんだ」

 

『それについても現在目下調査中とのことです。先ほど赤坂でも統合幕僚本部が各幕僚幹部・米軍関係者・内閣府関係者及びその他の機関に緊急招集をかけたそうですから、まだ誰も現状の全てを把握しているというわけではなさそうですね』

 

「まてよ。それってつまり、誰もあのネ級の領海侵入を予測できなかったってことか?」

 

『そういうことになります。はぁ……、この様子だとまたしばらくは赤坂も荒れそうですね』

 

「胃薬、買ってきましょうか?」

 

『結構です。そもそも、私のストレスの大部分が誰のせいなのか分かった上で言ってるんですかそれ』

 

「わーるかったよ。そっち戻るときなんかお土産買って帰るからさ、ね? そんなに怒んないで」

 

『あーなんだか急に長崎にある和泉屋本店の五三焼カステラが食べたくなってきましたねぇ。でもあれこちらではあまり出回っていないそうなんですよ。こまりましたねえ』

 

「はぁ⁉ ふざけんなよ! あれ一箱千円以上するんだぞ⁉」

 

『十箱』

 

「いや、あのだから……」

 

『十箱』

 

「いや、あのね? 今月俺金欠だから……」

 

『十五箱』

 

「だぁぁぁ! 分かりました買います買いますちゃんと買って帰りますゥ!」

 

『あらそうですか。頼んでもいないのにお土産を買っていただけるなんて、なんだか申し訳ありませんね。それではお土産期待してます♪』

 

 そう言い残すと大淀は一方的に通話を切ってしまった。

 

「あのクソアマ……いつか眼鏡叩き割ってやる……」

 

 苦虫をかみつぶしたような表情で怨嗟を漏らしながら端末をしまう安曇の元に、演習から帰投した第七の面々が集まってきた。

 

「アズミ、全員集合したわよ」

 

「おう、みんなお疲れ。よく頑張ってくれたな」

 

「例の深海棲艦、どう対処するつもりなの?」

 

「今さっき播磨提督とそのことについて話してきた。現在佐世保には第五係の艦娘たちが補給のために一時帰投している。機を見て彼女たちを出撃させれば被害も最小限に——」

 

 その時、播磨提督に伝令が入ると深刻な様子で安曇に声を掛けた。

 

「すまないが安曇提督。事態はそう悠長なことを言ってられなくなったらしい」

 

「なにかあったんですか?」

 

「座標αに留まっていた対象が移動を開始した。約十八ノットで佐世保湾への侵攻を開始している」

 

「今すぐ播磨提督の艦娘を出撃させることは出来ないんですか?」

 

「だめだ。補給には時間がかかる。それに佐世保湾から外洋に出て接敵するまでの時間もだ。それまでにネ級が島に艦砲を撃つ可能性もある。動き出した以上、即刻対処するのが望ましい」

 

「となると、現状ネ級の居る場所から最も近いここしか……しかし自分たちだけでは……」

 

「ああ、時雨も演習とはいえ先ほどの戦闘で艤装も万全とは言えない。そもそも今着装している砲塔艤装は演習用の型落ちだ。万全の態勢で臨むのであれば一度佐世保に戻らねばならない。それは君のところも同じだろう」

 

 安曇は歯を軋ませる。

 

 播磨の言うとおり、ただでさえ艤装は演習用の型落ちな上に、先ほどの戦いで皆ボロボロであり万全とは程と遠い。とてもじゃないが、出撃許可を出せる状態ではなかった。

 

 しかし、そんな中たった一人、彼女だけが手を挙げた。

 

「なら——私が出ます」

 

 プリンツ・オイゲンは迷いなき眼で安曇を見る。

 

「馬鹿言うんじゃない。一人で出て何ができる」

 

「敵の足止めくらいなら私一人でも十分です。時間を稼いで、その間に第五の方たちに来てもらえば——」

 

「今は砲塔も演習用に換装している。砲弾は実弾に換装すれば問題ないが……そんな状況で敵の前に踊りだしてみろ。格好の的だぞ。出撃の許可は出来ない」

 

「それでも私が出ます! 出させてください。ここから私が出撃すれば最短で敵に接敵できます!」

 

「オイゲン、いい加減に——」

 

「私だって艦娘です‼」

 

 オイゲンは今まで聞いたこともない程の大声で叫ぶと、拳を爪が食い込むほどに握りしめ、双眸が安曇を捉える。

 

「出撃の——許可を‼」

 

 

 

 ♦

 

 

 

 宇久島から佐世保へと延びる水道を、三十三ノットの白波と飛沫が駆け抜ける。その白波を遮るものは今この水道のどこにもいない。

 

 深海棲艦の出現は無用の混乱を避ける為現在は首都及び米軍、自衛隊、佐世保港湾局のごく一部の人間にしか通達されていない。港湾局では深海棲艦の出現に伴い、往来する船舶を一時佐世保外に留めるか、あるいは湾外から出ないように一時停泊を促していた。

 

 その為現在洋上には動く船舶は一隻もいない。

 

 彼女、プリンツ・オイゲンを除いては。

 

『オイゲン、敵影は確認できたか?』

 

「いえ。ですがまもなく目視領域に入ります。ネ級の動きはどうです?」

 

『依然進行中だ。それも不気味なくらい真っすぐに進んでいる。おそらくこちらの動きもまだ悟られていないはずだ。砲撃可能範囲に入り次第攻撃を開始しろ』

 

「了解です」

 

 オイゲンは軍帽のつばをつまむと水平線の先を凝視した。そして——

 

「いた!」

 

 水平線のその先に小さな黒点を捉えた。間違いない。ネ級である。

 

「こちらプリンツ・オイゲン敵を視認しました。これより戦闘状態へ移行します」

 

 オイゲンは砲弾を装填すると目測計算、そして電探による位置情報及び風向風圧湿度などの情報を艤装本体で統合、自衛隊の戦術統合ネットワークへと送信し、そのフードバックを元に、仰角を定めた。

 

「Feuer‼」

 

 火炎と共に二十.三センチ砲から唸り轟く爆音とともに砲弾が発射された。砲弾は僅かな曲線を描きながら見事ネ級に着弾。赤黒い爆炎が海上に吹き立つ。

 

「一弾目、着弾! 次は——」

 

 不意にオイゲンの口が閉じてしまう。

 

「あれって……ネ級?」

 

 思わずそんな言葉が飛び出すがそれも無理は無かった。

 

 眼前に映るネ級の姿は大凡オイゲンの知るものとは大きく異なっていたからだ。

 

 本来白いはずの髪は艶やかで長い黒髪となり、肌の色も深海棲艦特有の蒼白いものではなく、人間のような肌色で血色も良い。

 

 そしてなによりもオイゲンを困惑させたのが。

 

(反撃——してこない?)

 

 ネ級は反撃をしないどころか、オイゲンの攻撃などまるで意にも介さない様子で、ただひたすらに佐世保へのある陸へと向かって進んでいく。

 

(だったら、もう一発!)

 

 オイゲンは次弾装填すると再び砲撃。そして命中したが、またしてもネ級はこちらを無視して進行する。

 

「あれ……どうして」

 

『オイゲンどうした。対象の動きが止まらんぞ』

 

「それがいくら砲撃してもこちらに見向きもしないんです」

 

『なら振り向いてもらうまでラブコール(砲撃)し続けろ!』

 

「っ、了解!」

 

 オイゲンは唇を結ぶと砲撃を再開した。それでもネ級は青い体液を流しながら無視し続ける。

 

「ぐっ……もう! 無視しないでよ!」

 

 思わず声に出して怒鳴ってしまうが、通常深海棲艦に人間の言葉は通じない為無意味である。オイゲンもそれは承知していたが、それ故にネ級の行動に思わず声を漏らした。

 

 ネ級はまるでオイゲンの呼び声に反応するかのように振り向いたのである。

 

 エメラルドに発光しているはずの目は黒く、その深い瞳でじっとオイゲンを捉えた。

 

 そして突然ネ級は声を上げて気味の悪い嬌声を上げ始めた。

 

「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃgggggggg」

 

 その声は地獄の餓鬼の如くあまりにもおぞましく汚い。オイゲンの肌を粟立たせた。

 

 するとそれまで一向に無視し続けていたネ級が突然回頭すると、オイゲンめがけ一直線に突進してきた。

 

「な⁉」

 

 オイゲンは慌てて回避運動をとるが間に合わない。ネ級は主砲を展開すると砲撃を開始した。

 

 砲撃は直撃し、轟沈こそ免れたが艤装の損傷が激しい。

 

 どうやらこめかみが切れたらしく、軍帽の中から額にかけて大量の流血が溢れるが、そんなことに構っていられる余裕などどこにも無かった。ネ級は再び弾薬を装填すると今度はオイゲンに接敵。そしてオイゲンの第一砲塔を打ち抜くと尾のように伸びた主砲をたわませオイゲンの腹部に殴りつけた。

 

「がはっ……‼」

 

 オイゲンは血を吐きながら五メートルほど後方に飛ばされ海面に叩き付けられる。

 

 三半規管がゆすられ思わず嘔吐してしまう。意識もあいまいになり、艤装端末からも大破のエマージェンシーコールとバイタルの危険を知らせる警報が耳をつんざくように鳴り響く。

 

 それでも身体は思うように動かない。

 

 そして今度はネ級に首もとを掴まれるとそのまま体ごと持ち上げられる。

 

「ぐっ……」

 

 抵抗しようとするが、遠のく意識の中、オイゲンは指先一つ動かすことすらままならない状態で、抵抗の余地などどこにもなかった。

 

「ビスマルク、姉様……‼」

 

 死に目の間際。薄れゆく意識の中、オイゲンは最愛の姉の名を口にした。

 

 

 

 私は何故戦うのか。

 

 栄誉の為でもビスマルクに認められる為でもない。

 

 ああ、そうか。私はただ——あの人の隣に立ちたい。立って、一緒の景色を見たい‼

 

 提督の言う自己満足や保身の為ではない。ただそれだけのことを望んでいただけだ。

 

 

 

「だかっら……私はこんなところじゃ、死ねない‼」

 

 オイゲンは目を大きく開き、最後の声を振り絞って叫んだ。

 

「喰らえええええええええ‼」

 

 残った主砲を展開。全門開き、爆炎に巻き込まれることもためらわず、一斉射した。

 

 爆炎と爆風がオイゲンの身体を押し出し、海面に叩き付ける。同様に主砲の接射を直撃したネ級も吹き飛ばされ海面に叩き付けられた。

 

「これで終わった……」

 

 自身の勝利に安堵して膝を落とすオイゲン。しかしそれでもなお、ネ級は死に落ちはしなかった。

 

「うそ……」

 

 両腕を吹き飛ばされ、それでもネ級は不可解な嬌声で這うようにオイゲンに迫る。

 

 すでにオイゲンの艤装も大破しておりこれ以上まともな攻撃は出来なかった。

 

「だdのぱ@dv、ヴぁpvwんrぴ」

 

 最早声ですらない音を漏らしながら這うネ級。しかしその顔には先ほどとは違い変化が見られていた。

 

 怨嗟に満ちた黒いその目から、何か透明なものが零れ落ちる。

 

 ネ級は泣いていた。

 

 それが生理的なものなのか、それとも痛覚によるものなのかは分からない。ただオイゲンにはその涙が、とても悲しく苦しく寂しいものに見えた。

 

 そしてネ級はオイゲンを見据えると、先ほどまでの嬌声とは程遠い、澄んだ酷く落ち着き払った声で告げた。

 

「あり……わたしを——」

 

 次の瞬間、ネ級の居た場所に爆音とともに水柱が立ちあがり、ネ級の言葉はかき消されてしまった。

 

「プリンツ‼ 無事なの⁉」

 

 後ろから聞き慣れた最愛の人の声がする。振り向くと、そこには焦燥に駆られ急いで駆けつけたビスマルクの姿があった。

 

 オイゲンが崩れるように倒れると、それをビスマルクが慌てて抱える。

 

「プリンツ! しっかりして、プリンツ!」

 

「ビスマルク姉様……どうしてここに?」

 

「あなたが心配で安曇に頼んで無理やり出撃させてもらったのよ」

 

「そう、ですか。へへ……私ったら、こんな情けない姿見られちゃうなんて……」

 

「馬鹿! なんでこんなになるまで無茶をしたの! あなたは足止めをするだけでよかったのに」

 

「それじゃあだめです。資格を証明しなくちゃ……私が姉様の隣に居る為の資格を——」

 

「資格? もう……ばかね。そんなもの関係ないでしょ」

 

 ビスマルクは目じりを赤くしながら震える声でオイゲンの身体を抱きしめる。

 

「あなたはわたしの可愛くて、誇れる、立派な妹なんだから……」

 

「そう、ですか。ビスマルク姉様、私、最初からここに居たんですね」

 

「ええ、当然よ。これまでも。これからも」

 

 

 

 

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