「——以上が、佐世保深海棲艦掃討戦の顛末となります」
東京赤坂——市ヶ谷庁舎A棟の一室。
薄暗い室内に年若い男の淡々とした声が響いた。
背広姿の男が立つその奥。中央に鎮座する重厚な木製の机前に一人の歳若い自衛官の女が足を組んで座っていた。
女の名は
そんな才女は、男であれば諸手を挙げて求婚をせがむ美貌を崩し、緊張感のかけらもない大層つまらなさそうな声で答える。
「それで、マスコミへの対応は?」
背広の若い男は手元の資料に目を落とすと、職務忠実を是とする無駄のない返答をする。
「はい。防衛省及び海上保安庁はこの一件を公には貨物船の事故として処理しています。とはいえ突然の航路全域封鎖に加え、米海軍が先走って軍艦数隻を出動させたこともあり、各方面からの疑念の念も強く、釈明を求める声も上がっているようで」
宗像はため息を漏らした。
「はぁ、まったく。これだから向こうの連中は嫌なのよ。後先考えずに動いてもしものことがあったらどうするつもりなのかしら」
誰に言うでもなく宗像はわざとらしくかぶりをふって呆れると、額に手を置き、そして目を細める。
「……いえ、どうするもなにも、最初から責任は我々に押し付けるつもりか。あー嫌だ嫌だ。なんだって私たちのご先祖様はあんないけ好かない国に真っ向から喧嘩なんてふっかけたのかしら。おかげでそのしわ寄せを全部私たちが食う羽目になって。少しは子孫のこともかんがえろっつーの」
百年以上前の戦争に仕方のない文句をぶちまける宗像に対し、背広の男は慰めの言葉を送るわけでも、立場上外部に漏れてはいけない不躾な発言を諫めるわけでもなく、己の職務にのみ尽力を続ける。
「それと今回の一件について一つ気がかりな情報が上がっています。海上保安庁の海洋研究局によると回収した甲種敵性因子の死骸が通常確認されているものと大きく様相を異なっていたそうで」
背広の男のその言葉に、宗像は目を細めると声を低くして訊ねる。
「その死骸は今どうなっているの?」
「はい。最重要案件として即座に防衛省が介入した後、死骸及び解剖結果、現場検証の全ての権限を海上保安庁からこちらへ移譲。情報の一切を外部へ漏らさない処置を施しました」
「よろしい。まあ、それくらいしておけばひとまずは安心、か……大衆への無暗な不安の煽りは毒にしかならないし。……ただ厄介なのはその他ね」
「そのことについてですが、早速事件介入に対する海上保安庁からの抗議があったそうで」
「いいわよ適当に騒がせてなさい。あいつらが騒ぐことなんて今に始まったことじゃないし。まったく、ちょっとこっちが艦娘貸し出してやったくらいですぐに調子に乗るんだから世話ないわね」
「それともう一つ、今回の件をどうも公安が嗅ぎ付けたらしく、各所でキナ臭い動きを見せているとか」
公安。その単語に宗像は端正な顔を歪ませると吐き捨てるように舌打ちする。
「チッ、ハイエナ共が。相変わらず忌々しい連中ね」
「どうされますか」
「今は放っておきなさい。ただし、警戒は怠らないことね。どうも最近あそこの動きが妙なのよ。確か最近入ったっていう
「了解です。ではそのように手配を」
「あそうそう。それと念の為にも佐世保の第五係にも情報規制を敷いておきなさい。まあ察しの良いあの男に限って言えば下手な動きは見せないでしょうけど」
「……そのことについてですが。話によると、今回の件の対処にあたったのは播磨提督率いる佐世保第五係ではないそうです」
宗像は訝し気に眉を潜める。
「どういうこと? あそこの守りは彼に一任しているはずよ? 人事異動なんて話聞いてないけど」
「はぁ、そのことなんですが、どうもイレギュラーな事態が起きたそうで」
曖昧な説明をする背広の男に、宗像は露骨に苛立たし気にデスクを指で叩きながら男を睨む。
「端的に説明しなさい」
「はい。事件は第七管区内で発生し、表向きも第五係が対応に当たったとされていますが、実際に深海棲艦を撃破したのは別の部隊——第三管区の第七係だそうです」
「第七係——」
宗像は虚を突かれたように目を大きくする。
「ってなに?」
「半年前に第三管区に新設されたドイツ艦娘を中心とする部隊です。まあ言ってしまえば外交用に用意されたお飾り用の部隊なわけですが」
「つまり実働性は皆無——ってことでいいのかしら?」
「ええ、本来はそのはずなんですが。どうもここ数か月ほどは頭角を現しているようで、テロリスト・艤装犯罪の検挙率だけなら第三管区内でトップに迫る勢いだそうです。ただし度重なる港湾施設の破壊と重要参考人の半殺し——もとい容疑者の意識不明重体が原因で第三管区内でも非常に問題視されているとか」
「それで、なんだってそんなふざけた連中が第七管区に居て、おまけに管轄外の区間で暴れたわけ?」
「どうも偶然第五係と演習を行っている最中に事件が起きたそうで、その時すぐに対応できる艦娘が第七係にしかいなかったとか」
「呆れた……それで、その馬鹿どもを率いる大馬鹿の指揮官さんは一体誰なの?」
「こちらです」
男は脇に挟んだファイルから一枚のプロフィール資料を持ち出すと、それを宗像の前に提示した。
「安曇恭弥。階級は二等海上保安正。現在ドイツ連邦海軍所属の艦娘ビスマルクを中心とした——」
「安曇? 安曇ってまさかあの安曇なの?」
渡した資料を受け取り確認するなり宗像は上機嫌に紅い紅を弓なりに吊り上げた。
宗像五熊は自衛隊内でも指折りの才女であると同時に、女性自衛官としての顔立ちの良さは最たる部類に含まれる。
加えて彼女の持つどこか鋭い冷たさと、その能力の高さに裏打ちされる謀略家めいた頭脳とそれを隠そうともしない、しかしその本質を一切さらけ出さない、どこか得体のしれない雰囲気は美女であることも相まって自衛隊内外問わず人気が高い。
しかし当の本人は男性をそういった異性として接することが一切なく、浮ついた噂も一切聞かない。
故に彼女はこれまで高嶺の花のような存在として扱われていたが、そんな彼女がこれほどまでに異性に対し情熱的な反応を見せたのがあまりにも予想外だったのか、眼前背広の男は鉄壁面も忘れ、思わず不思議に眉を潜めると思わず訊ねた。
「お知合いですか?」
「知り合いも何も、彼と超が付くほどの腐れ縁よ」
宗像は資料に載せられた安曇の顔写真を愛おし気に眺めると、その写真の顎から口元にかけてのラインを人差し指で優しく撫でた。
「それにしてもまさかあなたがねえ、恭弥。よりにもよってあなたが艦娘の指揮をするなんて、これってきっと運命じゃないのかしら」
宗像は恍惚に目を蕩けさせ、溢れる唾液を抑えるように薄桃色の唇に舌なめずりした。
「…………」
背広の男は相変わらずの無表情でじっと宗像を見据えた。そんな男の視線を悟ってようやく我に返った宗像は少し顔を赤くすると、こほんと咳払いして誤魔化すように脱線した話を修正する。
「——それで、出所はまだつかめていないの?」
「はい。我々防衛省の探知網を搔い潜って領海に侵入した深海棲艦、その侵入経路については未だ解明されていません」
「まあ無理もないでしょう。防衛省の打ち出した完全無欠の公式が相手。あの演算システムですら
「……お言葉ですが宗像情報官。我が国が所持する戦闘統合演算システムは完璧です。それはあなたが一番承知していることと存じますが」
男の反応が予想外だったのか、宗像はまるで年下の少年を弄ぶような加虐的笑みをたくわえる。
「あら、あなたが反抗するなんて珍しいのね」
「あれは我が国の国防費の半分以上を費やして作り上げたシステムです。そう簡単に否定されては浮かぶ言葉もありません」
「なら聞くけれど、あなたはどうしてあの深海棲艦が領海内に侵入出来たと思う?」
「それは……」
男は一瞬視線を横に移す。
「推測できる可能性としてはやはり探知網でしょう。十年間探知することのなかった代物です。再度システムを見直す必要があると思います」
「それはないわね」
宗像はばっさりと否定するとつづけた。
「領海に二万基設置された探知レーダーに加え、この十年間海上自衛隊が航空機と潜水艦の数を増やして領海警備を厳重にしていた。万に一つとしても網の目を掻い潜るなんてことはあり得ないでしょう。まあ、でも実際に深海棲艦は出現したわけだし、そのおかげで誰が責任を取るのかで防衛省は上も下も大騒ぎなわけだけど」
宗像はまるで自分はその渦中の外にいて面白おかしく騒ぎを観察しているかのように微笑んだ。
そんな宗像の態度が気に入らなかったのか、背広の男は再び訊ねる。
「であれば宗像情報官。あなたの意見をお聞かせ下さい。今回の一件。その顛末をどのようにお考えなさっているのですか?」
「あなた、探偵小説は好き?」
「まあ、嗜む程度には」
話しが見えないのか、男は訝しげに眉を潜める。
「内から鍵の掛かった密室に他殺体が一つ。では問題。犯人はどうやって犯行に及んだ? あ、もちろん隠し通路とか小細工はなしよ?」
「それは……最初から居たのではないですか。犯人がその密室に」
「うーん、いい線はいってるけど残念外れよ。第一中に犯人が残っていたんじゃ密室殺人は成立しないでしょ?」
「申し訳ありませんが宗像情報官。私はそのような話をするためここに——」
「分かってるわよ。まったく遊びをしらない男ね。まあ私に付き合ってくれたんだし答えくらいは教えてあげる。正解は——自殺よ」
「自殺?」
「ええ。厳密には他殺体を殺したのは本人とでもいうべきかしら」
「ふざけているんですか?」
「ふざけてなんかいないわよ。自殺を他殺に見せる話もちゃんとあるし。それに自分で自分を殺すのだって立派な他殺よ?」
「それはどういう意味で」
「己に潜む己の否定。自分の中にある別な自分を殺したってこと」
「言っている意味がよく分かりません。自己とは一元的なものであり、その意識に他者が介在することは生物学的にもありえない話です」
「頭が固いわね。もう少し柔軟に物事を捉えなさい。そうねえ、あなたの凝り固まったインテリ脳にも分かり易く伝えるならこうね。犯人は解離性同一性障害だった」
「二重人格と?」
「というよりは人格の多面性ね。人間にはそれぞれ環境に応じた様々な側面がある。そして時にそれは相いれず許しがたく憎悪に満ちることも。そして時にその感情は理性すらも逸脱することがある」
「つまりは自己嫌悪、と」
「まあざっくり言えばそうなるわね。だから犯人は殺害成功と共に死んだってこと」
「よくわかりませんね。それと今回の顛末と一体どのような関係に?」
「簡単な話よ。深海棲艦は突如領海内で発見された。そして誰もその侵入に気づけなかった。なら答えはこう。
「それはどういう——」
「話しは以上よ。これ以上報告がないのなら退室しなさい」
「しかし——」
「聞こえなかったの? 話は以上よ」
宗像の有無を言わさぬ威圧感に、男は頬の筋肉を僅かに引き攣らせゆっくりと首を下げる。
「…………了解です」
男は無表情の下に言い表せない不満を蓄えながらしぶしぶ退室した。
そして一人になった部屋で宗像はつぶやく。
「さて、一体誰なのかしらね。危険な玩具で弄ぼうとする大馬鹿な連中は。私たちに正面から喧嘩を売ろうだなんていい度胸しているじゃない」
宗像は不敵に笑みを浮かべた。それはおそらく自衛官としての宗像のものではなく、彼女が元来持ち得る性質。まるで獲物がまるまると肥えるその時を楽しむような、卑賎で獰猛かつ下劣な人格。
そんな彼女の本性を知る人間は少なくともここにはいない。
そう。ここには、である。
「まずは情報の出所ね。あの深海棲艦、間違いなくアレは贋作。例の存在を知っているのはごく一部の関係者だけだし——となると答えは一つ、か」
宗像は大層めんどくさそうにため息を漏らした。
「さて、このどうしようもなく面倒な顛末、どう片付ければいいのかしらね。ねえ、恭弥。あなたならどうする?」
♦
某日。東京都某所。雑居ビルの二階。
環境保護団体《日本海洋環境保護協会》のプレートが提がる事務所、その室内に数人の男が集まっていた。
男たちは各々が不満に満ちた表情で今にも割れんばかりの風船のような顔をしながら、論理的思考など空の彼方に各々が感情を爆発させている。
「もう我慢ならん! 国の連中、一体いつまでこの事実を隠蔽しているつもりだ! これでは我々の活動努力が水の泡ではないか!」
「まったくだ! 海保の連中め……せっかく我々が用意した土産を処理したあげく、あまつさえそれを無かったことにした! 断じて許されざる行為である!」
「こうなればもう一度国交省と防衛省に直談判しましょう! そうすれば彼らも目を覚ますはず。真の海の支配者が一体誰なのか。そして人類がいかに矮小で卑賎で傲慢な存在なのかを!」
男たちは口々に自分たちの言葉の正当性を唱える論議、もとい稚拙な自己満足の披露大会が始まった。
そんな中、室内の奥にひっそりと座る一人の男がゆっくりと立ち上がった。
他の男たちが陰気な雰囲気を醸し出す中、その男だけは明らかに異質だった。高級なスーツに身を包み油ののった黒髪を撫でつけ、整えられた髭からは一切の不潔感が無く、手入れの行き届いた靴が差し込む陽光に照らされ嫌味のないシックな輝きを放っている。男は白い手袋のはめられた両手を軽く数度叩くと、張り付けたような笑みで陰気な怒号を唾と共に吐き散らす男たちをなだめる。
「まあまあ皆さん。お気持ちはよ~~く分かります。しかし今は我慢の時。ここで堪えなければ我々の大願は成就しません」
すると唾を吐き散らしていた男の一人が、席を立った彼を嫉妬深げに睨み付ける。
「……財前さん。あんたはまだ新入りだ。悪いがこれは海尊教の幹部たる我々の重要な会議だ。新入りのあんたがここに座っていられるだけありがたいと思った方がいい」
「第一なんでこんな得体のしれない男が我々のみ座ることの許されたこの席にいるんだ!」
するとまるで火ぶたを切ったように次々に他の幹部たちからも文句の罵声が飛び交う。
苛烈な感情の矛先は国や役所から次第に財前と呼ばれる男へと変えてゆく。
するとそれまで事態を静観していた柔和な顔の男が立ち上がり幹部たちをなだめる。
「まあまあ落ち着いてくださいみなさん」
「会長……」
「でもそいつは……」
会長と呼ばれた男なおも柔和な顔を崩さず続ける。
「確かに
するとそんな会長の言葉を待っていましたと言わんばかりに財前が会話を引き継ぐ。
「お言葉ありがとうございます。会長。ですが私もまだまだ若輩者。メンバーとして認められるには日が浅いことも充分承知しておりまるゆえ、なにとぞご容赦ください」
「いえいえ、こちらこそ。我々と共に、海祖神であらせられる深海棲艦様の御光を一日でも早く愚民たちに思い知らせてやりましょう」
「もちろんです。そしてすべては来るべき日の為に」
「ふん、道化め」
そんな声が聞こえるが財前は構わず壁際に移動すると、巧みにその場にいる全員の視線を誘導させ、壁一面に張られたある地図を見上げる。
そこに記されていたのは東京湾湾岸区域を中心とした詳細地図と数多の海図。そしておびただしい程の色とりどりのピンが立ち、付箋が貼られ、手作りの駒が設置され極彩色のカオスな芸術作品が形成されている。
そして壁の中央。その上に一際大きな文字でこう記されていた。
《海上保安庁式典・艦娘観艦式及び大規模演習大会詳細図》
そこには本来民間人が知りうるはずのない当日の警備体制から観艦式における艦娘の移動配置図に至るまで、事細かくすべての情報が記されている。
財前は両手を広げ、まさしく道化のような素振りで宣告した。
「さあ、新世界の幕開けです」
♦
自衛隊横須賀病院。その一室にオイゲンの姿があった。
佐世保に出現した深海棲艦の事件から三週間。ネ級は活動を停止し、その後気を失ったオイゲンは急きょ佐世保の米海軍病院へと運ばれ、命に別条がないと判断されると現在の横須賀病院へと移されていた。
窓の外には五月晴れが広がり、微かに潮の香りを残した涼しい海風が窓の外から流れ込みオイゲンのブロンドの髪を揺らす。
すると個室の扉をノックする音が鳴る。基本的に艦娘と一般人が接触することは防衛機密上禁止されている為、来訪者はオイゲンの知り合いか、はたまた軍の関係者に限られていた。オイゲンがどうぞと告げるとその人物が戸を開き入ってくる。
「おう、元気そうだな」
入ってきたその人物にオイゲンは目を丸くして驚いた。
「提督⁉」
安曇はバツの悪そうな顔で入室すると、土産の果物が入ったバスケットを傍のテーブルに置き、制帽を外す。
「俺が見舞いにくるのがそんなに珍しいか?」
「いえ、そういうわけではないんですけど、ただ提督が来ることなんて今まで無かったから……」
ビスマルク・レーベ・マックスは毎日ではなくとも足しげく病室には顔を出してくれており、佐世保でも一度だけ時雨と播磨提督も見舞いに訪れてくれたことがある。しかし入院してから三週間、安曇だけは一度も顔を出していなかった。
それは当の本人もそれは承知していたらしく、口ごもりながらぽりぽりと頭を掻いた。
「俺もあの後色々忙しかったんだよ。事後処理とか各方面への説明と謝罪周りとか、あと事後処理とか」
どうやら相当こっ酷く叱られたらしい。本来の管轄部署ではない第七管区で無断出撃を行ったのだから、この始末は当然と言えば当然かもしれない。
「それで今日やっと時間が開いたからこうして顔を出してみたんだ」
「はぁ、それはどうも」
安曇の余所余所しい態度に釣られ、何故かオイゲンまでもが余所余所しくなってしまう。
「まあ、そのなんだ。元気そうでなによりだ」
「お、おかげさまで」
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れる。安曇が妙に沈黙しているのも気になるが、対するオイゲンも慣れない相手にどう接すればいいのか分からず戸惑ってしまう。
すると突然安曇はかぶりをふってオイゲンに頭を下げた。
「オイゲン。この間はあんなことを言って本当に済まなかった」
「ふぇ、て、提督⁉」
予想だにしていなかった安曇の行動にオイゲンは思わず顔を赤くして戸惑う。
「お前が初めてここに来た時に俺は随分と酷いことを言ってしまったらしい。俺自身はそんなつもり全然なかったんだが、そのことで演習の後にビスマルクから問い詰められて、白状したらこっ酷く叱られてな」
「あははは……」
たしかにビスマルクなら上官相手にでもやりかねない。二人の言い合う姿を思い浮かべてオイゲンは苦笑した。
「言い訳するわけじゃないんだが、どうも俺は昔っから相手の気持ちを考えるとか気にするってことが得意じゃないらしい。だから相手が傷つくようなことでも平然と言ってしまうし、よくそれで喧嘩にもなった。俺が今みたいな扱いを受けているのも、まあ俺のこんな性格が原因みたいなもんだ」
そういえば聞いたことがある。ビスマルクによると安曇はここに来るまえの外務省でも周囲からは相当毛嫌いされていたらしい。大方空気も読まずに周囲の反感を買うようなことでも口走ってしまったのだろう。
「だからまあ、俺の言葉なんて適当な悪口だと思って聞き流してくれると助かる。本当に悪かったとは思っているが、できれば今回のことは——」
「いえ。それはできません」
「オイゲン……」
「だって、提督の言葉が全部間違っていたとは私思わないんですから」
オイゲンは微笑みながら告げた。
「提督の言うとおり、あの時の私は妹であることを免罪符にしてビスマルク姉様に依存していました。姉様の為だと言い訳して、本当は姉様が遠くなるのが怖かっただけなのに、身勝手に嫌なことを全部姉様に押し付けて逃げようとして……私、最低です。でも、いえ、だからこそ私はちゃんと向き合いたいと思いました。ビスマルク姉様と向き合って、ただ見ているだけじゃない。横で一緒に同じものを見れるようになろうと決意することが出来ました。それに気づかせてもらえたのは、提督。あなたのおかげです。だから敢えて言わせてもらいます。あの時の
「ふ、あははははは!」
突然笑い出した安曇にオイゲンは顔を赤くする。
「ちょっとなんで笑うんですか!」
「いや、お前あれだけ散々言われておきながらありがとうって……気持ち悪っ」
「酷い! せっかく人がお礼を言ったのに! もうっ、提督の馬鹿!」
頬を膨らませぷりぷりと怒るオイゲンに安曇は「悪かった」と謝罪した。
「確かに何言ってんだコイツとはおもったけど、でも嬉しかったよ。ありがとう。今までこうして俺の言葉をちゃんと聞いてくれる人なんて誰もいなかったから」
安曇は少し寂しくも恥ずかしそうにではあるが、笑ってオイゲンに素直な気持ちを伝えた。オイゲンにとっても安曇が初めてであったと同様に、安曇にとってもオイゲンのような物の捉え方の出来る人間はおそらく初めてだったのだろう。
「…………」
「ん? どうしたオイゲン」
安曇の言葉に突然閉口したオイゲンは頬を朱色に染め顔を俯かせてしまう。
「顔が赤いぞ。どこか身体の調子が悪いんじゃ……」
安曇が顔を寄せるとオイゲンは慌てふためき後ろに下がった。
「な、なんでもありません。別にどこも悪くなんかありません!」
「お、おう……ならいいけど」
「ところで提督、一つずっと気になることがあるんですが、着任したあの時ははぐらかされていましたけど、結局提督はどうして姉様にここまで付き合おうと思ったんですか? それだけが今まですっと不思議だったんです」
「ああ、そのことか。まあ、なんつーか、きっと放っておけないんだよ。あいつのことが」
「放っておけなかった?」
「あいつには俺には無いものを、俺がとうの昔に捨ててしまったものをまだちゃんと持っている。俺は心のどこかでそれを腹立たしく思う反面、それをとても憧れたんだ。嫉妬だな。だからあいつの為に何かしてやりたかったんだと思う。要するにだ。お前と同じだよオイゲン。お前がアイツを慕うのと同じように、な」
「……一緒だ」
不意にオイゲンの口からそんな言葉が零れた。
『あいつのことが放っておけなかったからよ』
佐世保でのあの日の晩、ビスマルクも同じことを言っていた。ビスマルクに何故安曇を慕うのかと問うた時、彼女もまた安曇と同じことを思っていたのだ。
自然、オイゲンの口元が小さく弓なりに曲がった。
「じゃあ提督もビスマルク姉様のことが大好きなんですね?」
「……まあ概ねその所見で間違ってはいないんだが、どうもそう言われると恥ずかしいな」
安曇は若干照れくさそうに頬を赤くする。
「えへへ。私と提督は、ビスマルク姉様大好き同盟です!」
「ビスマルク姉様大好き同盟……なんだそれ。変なの」
安曇が噴き出して笑うと、オイゲンもつられて笑い出した。
安曇が病院を後にして駐車場に戻ると、そこにはレクサスのドアにもたれ、退屈そうに空を見上げるビスマルクの姿があった。ビスマルクは安曇が戻ってきたことに気が付くと顔だけを安曇に向ける。
「あら、もう終わったの?」
「まあな」
「そう。まあちゃんと伝わったのならそれでいいけど」
「お前は一緒に行かなくてよかったのか?」
「べつにー。だって私がいたんじゃ話にならないでしょ」
「お前が人に気を使うとかちょっとどうしたの? 時雨に頭殴られておかしくなった?」
「あんたねえ……いい加減にしないと本当にどつくわよ?」
そんな軽口を言い合いながら二人は車に乗り込むとエンジンをかけた。
「それで、あの子はどうだった?」
「ああ。笑っていたよ。なぜか顔も真っ赤にしてたけど。まだ体調も本調子じゃないんだろ」
「へ、へぇー。そう。まあ、いいんじゃない? 別にあの子がまだそうと決まったわけじゃないし……それに私だって……」
ぶつぶつと何かを呟き始めるビスマルク。
「どうかしたのか」
「なんでもないわよ‼ ホラ、さっさと車出して!」
突然挙動不審になったかと思えばオイゲン同様に顔を赤くして怒鳴るビスマルクに、安曇は呆れた様子でため息を漏らす。
「そんじゃあ帰りますか」
そう言って安曇はエンジンキーを差し込むとアクセルを踏み込み病院を後にした。
「ああそれと、プリンツが退院したら打ち上げよ!」
「お前、あいつには絶対酒を飲ませるんじゃないぞ。ありゃ酒乱だ」
着任初日のオイゲンの暴挙を入れこまれた舌の感触を思い出しながら、安曇は強くビスマルクを横目で睨む。
「わ、分かってるわよ」
流石にあの時のことは反省していたらしく、ビスマルクも若干申し訳なさそうに唇を尖らせた。
そんなビスマルクを見て安曇は口の端を僅かに上げるとわざとらしくため息を漏らす。
「まったくお前は相変わらずのダメマルクだな」
「あー! また言った! 安曇、あなたいい加減その呼び方止めなさいよ!」
「嫌だね! そう言われるのが嫌なんだったら、オメーはもう少し自分の行動を顧みて反省しろ!」
「なにをー! アズミだって人の事言えないじゃない!」
「俺はちゃんと反省してますゥー」
「うっさいわね、この足クサ中年甘党おやじ!」
「あぁ⁉ テメ今なんつった!」
「あぁん? やる気⁉」
ビスマルクはドスの効いた怒鳴り声と共に運転中である安曇の襟首をつかんだ。
「馬鹿! 運転中に首を掴むな!」
「うるさい! アズミだって……その、も、もう少しくらい私に……」
突然頬を朱に染めもじもじしだすビスマルク。しかし運転を妨害されている安曇はそれどころではなく。
「あ? なんか言ったか? 上手く聞き取れなかったぞ!」
「べ、べべべつになんでもないわよ! ってちょっとアズミ! 前! 前!」
動揺するビスマルクが車線前方を指さすと、脇から大型トラックがこちらへと突っ込んで来ていた。
「んぎゃああああああ‼」
間一髪トラックを避けた二人の悲鳴を乗せながら、レクサスは蛇行運転をしつつも、確実に前へ前へと進んで行った。
ビスマルクはダメマルク!? 第一部 完
あとがき
ビスマルクはダメマルク!? いかがでしたでしょうか? 当初思い付きの一発ネタだったビスマルクはダメマルク!?(以下:ビスダメ)がよもやここまで続くとは思いませんでした……これもひとえに読んで下さる皆様のおかげです。ありがたやありがたや……
さて、ここからはこれからの話を。ビスダメはまだまだ続きます!イエーイ!
というか全体の話の構成のまだ半分も消化しきれていないんですよね。色々やりたいネタもありますから。ですがひとまずここで第一部としての区切りを入れたいと思います。第二部の構想も大凡練ってある状態ではあるのですが、如何せん時間がありません。なんとか年内には投降を再開させたいとは思っているので、それまでどうか生温かく見守っていただけると幸いです。早ければゴールデンウィークまでには…
あとこれは若干の不安要素でもあるのですが、エピローグでもお察しの通り、オリキャラがちょくちょく増えてきます。もちろん主人公はビスマルクであり艦これ世界の主軸でもある艦娘なわけで、あくまでもオリキャラは世界観を補強するフレーバーと思っていただければ助かります。第二部も艦娘はばんばん出しちゃいます。ビスマルクと因縁の生まれたあの艦娘との戦い。そしてついにドイツから第五の刺客である奴が来ます。うっ…一体なにツェッペリンなんだ…
とまあこんな具合に色々皆さんに楽しんでいただけるよう、ビスマルク含めドイツ艦娘達の魅力をより引き立たせれるよう頑張って面白可笑しい作品にしていきたいと思いますので、みなさん何とぞ拙作、ビスダメをよろしくお願いします!
それではまた逢う日まで! アデュー!
【次回予告】
ビスマルクはダメマルク!? 第二部 激突!紅蓮鉄火の観艦式~横須賀大規模艦娘演習大会編(仮)
全国から集まる選りすぐりの艦娘達による鮮烈怒涛の演習大会。果たして勝利を勝ち取るのはどの艦隊なのか。己が基地の栄誉とプライドをかけた戦いの火蓋が今切って落とされる!
……そのはずだが、超問題児ビスマルク一行第七係が関わって演習大会がタダで済むはずもなく!? 飛び交う罵声! 唸る怒号! ポテトは主食か副菜か!?
新たな敵の不穏な影が動く中、各々が思惑を胸中に新たな戦いが始まる!