ビスマルクはダメマルク⁉   作:少佐5909

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第二話:彼女の夢

 

 事情は分からないが、特に断る理由もなかった安曇は二つ返事でOKを出した。その時、鉄壁面を崩さない普段の彼女にしては珍しく嬉しそうな表情だったと思う。仕事が終わり、ビスマルクの外出許可申請を通した後、二人は庁舎を出た。

 

 安曇は普段の制服からチノパンとポロシャツに、ビスマルクも普段の戦闘服ではなく、チノパンにブラウス、サングラスというラフな格好だった。

 

 私用外出に際して海保官も艦娘も制服である規範は特に無いが、大抵の人間は私用の際私服を着ることが殆どだ。

 

 理由は外でのトラブルをなるべく起こさない為。掃討戦が終わり深海棲艦が海上から殆ど姿を消して既に十年が経過しているが、今なお社会情勢はあまり良くない。外出の場合は正体を晒さないのが艦娘と海保官のセオリーであった。

 

「しかしまあ、なんだ。新鮮だな。その恰好は」

 

「そういえばまだ日本に着いてから外出するのは初めてだったわね。でも問題ないでしょ? これなら誰も私を艦娘とは思わない」

 

「うん、まあ……そうだけど」

 

 得意げにそう言うビスマルクに安曇は若干気まずそうな表情を浮かべる。

 

「む、なによ。何か不満でもある?」

 

「いや、不満とかそういうんじゃないんだけどさ。なんというか別の意味で目立ちそうな気が……」

 

「目立つ? どうしてよ」

 

 本人はあまり自覚が無いようだが、彼女は外国人であることを差しい引いても美人だ。ブロンドの癖のない長髪に加え、涼やかな目元、出すところは出して締まるところは締まっているプロポーション、日本人ではありえないほどすらっと長く伸びた足は嫌でも周囲から目立つ。

 

「ほんとこいつ見た目だけなら最高なのにな」

 

「何か言ったかしら?」

 

「なんでもねえよ。ほら、さっさと行くぞ」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 

 さっさと歩きだそうとする安曇に対し、ビスマルクは不自然にそこから動けずにいた。

 

「どうしたんだよ」

 

「分かってるけど、その……この国に来て街に出るの初めてだから……」

 

 不安げな表情で何かを乞うように上目遣いをする彼女の指先は、僅かに震えていた。

 

 安曇は察した。故にため息を漏らし、気まずそうに頭をぽりぽりと掻く。あまりこういうことをするのは性に合わないと、そう思いながらも昼時に彼女から誘って来たことを思い出し観念する。今日くらいは我慢してやろう。

 

 安曇は若干強引にビスマルクの細く白い手を掴むと強く引っ張った。

 

「え⁉ ちょっと!」

 

「さっさと行くぞ。いつまでもこんなことしてたら店が閉まっちまう」

 

 その後有無を言わせず安曇は歩き出した。

 

「そ、そう。分かったわ。仕方ないわね。今日だけよ、今日だけ」

 

 ビスマルクは頬を紅潮させながらまるで自分に言い聞かせるようにそう呟いた。そして彼女は気づいていなかったようだが、彼女の小さな手から伝わる震えはいつの間にか消えていた。

 

 十分ほど歩いた二人は海沿いの小さなビルに入った。階段を上り、二階にある木調の扉を開けると、若いウェイターが二人を出迎える。

 

 店内には琥珀色のスポットライトに照らされた小洒落たカウンターバーがあり、そこにはいくつものビールサーバーと、奥の壁張のガラス窓からは横浜の宝石のように輝く夜景が広がっていた。ここは海と夜景が楽しめるビアバーである。

 

「へえ、ヨコハマにもこんな場所があったのね」

 

「最近見つけたんだ。週末はいつもここに行く」

 

「ずるいわよ。アズミだけ。今度から私も連れて行きなさい」

 

「嫌だよ……疲れを癒すために飲むのになんでまた疲れにゃならんのだ」

 

「それってどういう意味かしら?」

 

「そのままの意味だよ」

 

 その後カウンター席に腰を下ろした二人はビールジョッキを片手に乾杯。

 

「へえ、中々おいしいじゃない。ここのビール」

 

「ドイツから直接仕入れているんだと。流石に本場のビールならお前も文句は——」

 

「お代わりよ!」

 

「早っ⁉ ってか人の話を聞けよ」

 

「いいじゃない。美味しかったらビールなんてなんでもいいのよ」

 

「飲ませ甲斐の無い奴だな……まあ、美味しいならそれでいいけど」

 

 ビスマルクが四杯目のビールを煽りだした頃に、ようやく本題へと入った。

 

「……実は私ね、本国に送還させられるかもしれないの」

 

「いいじゃん」

 

「良くないわよ!」

 

「お前本国に帰りたがってじゃないか。初めて会った時からずっと」

 

「確かにその通りだけど、すこぶる腹の立つ男ね……」

 

「生憎昇進には興味のない男でな。諦めた人間ほど強い者はこの世に存在しない」

 

「凄いわ。微塵も尊敬できない」

 

「だから俺はこんなことしてんだよ」

 

「でもそれとこれとは話が別よ」

 

 ビスマルクは一口ジョッキに口をつけた。

 

「……私にはこの国で戦果を出す必要があるのよ」

 

「戦果って……お前なあ、戦争はもうとっくの昔に終わってんだぞ?」

 

「それくらい分かっているわよ。でも手ぶらじゃこの国から帰れない。手ぶらで帰ったんじゃ向こうでの私の未来は無いも同然だわ」

 

「いやいや、艦娘の経歴なら充分でしょ。職なんて引く手数多だと思うけど」

 

「そういう問題じゃないの。まあ、もし仮に再就職なんてしようとしても家が許さないでしょうけど」

 

「そういやお前の家って確か向こうじゃ名家なんだって?」

 

「ええそうよ。元は割に古い騎士の家系だったけど、ウィーン体制以降も軍事面で政治の中枢にいることが多くて、帝政以降分断されるまではそれなりの地位にあったそうよ」

 

「あった、のか」

 

「ええ。当然よ。あなたたちヤーパンなら身に染みているでしょ? 彼の戦で何を失い、何を突き付けられたのか」

 

「まあ、授業で学んだ程度のことならな」

 

「ともかく、今でこそ何百年の歴史のある名家だなんて身内は触れ回っているけど、所詮は中身のない薄っぺらなプライドよ。そんなとうの昔にくすんだ栄光に未だすがり付こうとして、つまらない体裁を守るためだけに必死になるあの人たちを見ていると、こっちまで悲しくなるわ」

 

「それで艦娘になることを選んだのか?」

 

「ええ……半分は親が家に箔を付ける為というのもあるけど、もう半分はあの家に関わらずに済むから。でも結局は現実から逃げる為の言い訳でしかないわ」

 

「言い訳、ねえ」

 

「でも戦争は終わった。深海棲艦という敵は消えて、これ以上私が大きな戦果を得ることもなくなった。その途端に実家から飛び出してきた話は何だと思う? 縁談よ縁談。私もう笑っちゃったわ。あの人たちにとって、私は家の名前を輝かす為の道具でしかなかったのよ。縁談の殆どは軍の名家か政治家を輩出する元貴族ばかり。どうしてあの人たちは人の威光にすがり付いて、自分で何かを勝ち取ろうとは思わないのかしら。私を見て何も思わなかったっていうの。これじゃあ私本当に物みたいじゃない……」

 

 ビスマルクは一気にジョッキを煽った。

 

「だから私は目を覚まさせてやるの。本国のあの人たちに。それに私の人生は出世の道具じゃない。私の人生は、私が決める!」

 

 そして大きく深いため息を漏らした。息が酒臭い。相当酔っているらしく、頬は紅潮し、普段は固く鋭い目つきも今はとろんと微睡んでいる。

 

「……その為にもこの国で何としてでも力を証明しなくちゃいけないのだけれど」

 

 ビスマルクはカウンターテーブルに頬を付けた。どうやらひんやりとしているのが気持ちよかったらしく、頬をすりすりと擦った。

 

「どうして何も上手くいかないのよぉ~~。みんな私に冷たいし、私の事のけ者にしてくるし……私が何したって言うのよぉ」

 

「いや、半分以上は自業自得だと思うぞ……」

 

「ふん、別にいいもん。どーせ私は嫌われ者ですよ。私だって、別に好きで……こんな……こと……」

 

 それ以上彼女の愚痴は聞こえなかった。そのかわりすうすうと静かな寝息が彼女の口からこぼれる。

 

「ったく。飲み過ぎなんだよ。ダメマルク」

 

 これ以上は飲めないだろうと判断し、会計を済ませ彼女を起こそうとするが一向に起きない。

 

 結局、安曇が一人でビスマルクを負ぶって彼女の住む隊舎まで送ることとなった。

 

「なんで俺がこいつのお守りまでせにゃならんのだ……」

 

 一人ぶつぶつと文句を言いながら彼女を背負い夜道を歩く安曇の額には大きな汗の粒が浮き上がっていた。

 

「くそ、こんなデカい図体しやがって、子供かお前は……」

 

 愚痴を漏らすが、返ってくるのは小さな寝息だけである。

 

「そ、それにしても……」

 

 安曇は背に伝わる二つの大きな柔らかい感触に鼓動を高鳴らせていた。

 

「こいつ、結構デカいな」

 

 むにゅりと伝わる感触からなるべく意識をそらすよう足早に隊舎へと向かう。

 

 その時、耳元に僅かであるが小さな寝言が聞こえた。

 

「アズミ……あり……がと……」

 

 その声に一瞬心臓が早くなるのを感じた。そしてそんな反応をしてしまった自分自身を否定するかのように安曇は小さくぼやく。

 

「気にすんな。これも提督の仕事だ」

 

 

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