ビスマルクはダメマルク⁉   作:少佐5909

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第四話:お金がない!

 特殊生物災害対策室第七係の執務室はそれほど広くない。

 

 執務用の安っぽいアルミ製デスクと資料棚、客用のテーブルと安物の革張りソファ以外は何もない無味簡素な空間である。仮にも一対策室の部屋がこの扱いなのか、と言いたいところだが悲しいかなここは第七である。

 

 そもそも存在しないはずのこの第七係という組織はビスマルクの来日により新たに作られた言わば急造チームであり、体裁のためだけに用意された中身のないまさに箱物同然の組織であった。

 

 この埃っぽく薄暗い部屋はそんな第七の誕生した、悲しくも大して感動的でも面白くもない経緯を如実に表している。

 

 午後。いつものように執務室で始末書と月次報告書の作成に勤しむ安曇。その横ですでに秘書艦としての執務を終え、普段であれば退屈そうに来賓用のソファにふんぞり返ってコーヒーを啜り、つまらなさそうに日本のTV番組を見ているビスマルクが今日は珍しく安曇に話しかけてきた。

 

「アズミ、私思うの。今の第七は誰にも認められていない。誰しもがただのお飾り艦隊だと思っている。これは憂慮すべき事態よ。きっと本国の御歴々や私のパパ——ごほん、向こうの艦隊総司令官も納得いかないはず。このままでは国交にも影響が出かねないわ。そこで一つ私から提案があるの。艦隊を強化しましょう! まずは装備を増強して成果を出すの!」

 

 ビスマルクが言い終えてからしばらく。

 

 月次報告書に走らせるペンを止めた安曇は、引き出しから煙草を取り出すと火をつけゆっくりと煙を吸い、深呼吸するように煙を吐いた。灰皿に煙草を乗せるとゆっくり、こちらを見下ろすブロンドの美女、もといダメ戦艦ことビスマルクを見上げる。

 

「お前の気持ちはよくわかった。しかしいいか、よく聞けビスマルク。装備の強化には金が要る。この国ではお宅ら艦娘の装備は全て税金、つまりは国費、国の金で購入されているんだ。その額は途方もなく高い。砲弾十発だけでも乗用車が購入出来るし、艤装一式なら芦屋に二百坪の豪邸が立てられる。当然そんなものは私費では賄えない。だからこそ国が防備費用としてその払えない額を賄ってくれているんだ。そして俺たち公務員は公僕であり、国の意思は俺たちの意志でもあるわけだ。国の意向に従うからこその公務員。そしてその国がこう判断した。『これ以上お前らに出してやる金は無い』と」

 

 しばらくの沈黙。

 

「……要するにウチには金が無いってこと?」

 

 ビスマルクが瞼を下げて安曇を睨むと、アズミは気まずそうに目をそらした。

 

「……まあ、そういうことだ」

 

 ビスマルクは両手を挙げ、安いアルミの机を叩くと叫んだ。

 

「何馬鹿な事の言ってるのよ! 最低限の装備を揃えるのは上の義務でしょ! 現場が必要だって言ってるんだからその意向を汲むべきよ!」

 

「仕方ないだろ! 無いもんは無いんだから駄々をこねるな!」

 

「駄々なんてこねてないわよ! 大体ウチはまだ私含めて三隻だけなんだから予算だってまだまだ残っているはずじゃない!」

 

「ああそうだ。本来ならそのはずだった。だが事情が変わった」

 

「事情?」

 

「本来あるべき筈の予算はある費用に充てがわれる為に天引きされた。そのある費用ってのが何かしってるか⁉ 聞いて驚くな! この間テメーがぶち壊した倉庫街と防波堤と水門の修繕費だ!」

 

「うっ、そっそれは……」

 

 ビスマルクは机から手を引っ込めると後ずさる。

 

「そりゃあなぁ俺だって少しでもお前らに楽させてやりてぇよ?でも仕方ないよなぁ? 金が無いんじゃ何もできないんだから!」

 

「わ、私は悪くないわよ!」

 

「テメっ、往生際悪いぞ! いい加減己の罪を認めろ! そして俺に謝れ!」

 

「嫌よ! どうして私があなたに謝らなきゃいけないの! 過程はどうあれ結果的にテロリストを排除出来たんだからいいでしょ!」

 

「そういう問題じゃねぇんだよ!」

 

「いーやー! 絶対に謝らない! 私は悪くないわ!」

 

「こーんのダメマルク! 今日という今日は許さんぞ!」

 

「相変わらずうるさいですねあなた方は……」

 

 呆れた様子で第七の執務室のアルミ戸を開き入ってきたのは監察艦の大淀だった。

 

「あ、オーヨド」

 

 大淀は長い黒髪を掻き上げ眼鏡のフレームに触れるとため息を漏らす。

 

「廊下にまで聞こえていましたよ。次からはもう少し声量を押さえてください」

 

「すみません……」

 

 バツの悪い顔で安曇が謝罪すると、大淀はまるで保護者が困った子供を相手するように問うた。

 

「それで何があったんですか?」

 

「それが実は……」

 

 結局なし崩し的にではあるが、現状第七の大きな問題の一つである予算不足の問題を大淀に説明した。

 

「ふむ、それでお金がない、と」

 

「ええ。これじゃあいつまでたっても私の本当の力が示せないわ」

 

「そこまで仰るのならさせてあげましょうか?」

 

「させるって何を?」

 

「力を示させてあげるんです」

 

 そう言って大淀は手に抱えていた黒い革製のファイルを開くと、そこから安曇に一枚の書類を手渡した。

 

「これは?」

 

「ここに来た本来の用事でもあるわけですが、演習の申請用紙です。」

 

「演習?」

 

「ご存知ないのですか? 艦隊訓練を一部隊で行うにはどうしても限界があります。そこで他の部隊と合同で模擬戦闘を行うことで互いを高め合うというものなのですが……これ実は公開演習なので公式に記録されるんです」

 

「公式に記録……まさか」

 

 何かを察した安曇に大淀は機嫌よく笑う。

 

「ふふ、察しが良いですね。提督の数少ない美点です」

 

「うるせぇ」

 

 そう言いながら安曇は受け取った演習申請用紙に目を落とす。ビスマルクも興味が湧いたのか、机側に移動すると後ろからひょっこりと安曇の横に顔を出して申請用紙を見た。

 

「アズミアズミ、それでその公式の記録がどうだっていうのよ」

 

「公式に記録されるということは、そこでの訓練内容は内外問わず多くの人間の目に晒されるということだ。当然演習する側も気合を入れて臨むだろうし、お偉い方もその演習を見ることになる。つまり、その艦隊の実力が手っ取り早く上に伝わるということだ」

 

「ということは!」

 

 ビスマルクは顔を輝かせ安曇を見た。

 

「ああ。そこで良い戦績を納めればそれだけ上も俺たちを注目するだろうし、予算の見直しという可能性も十分に考えられる」

 

「やったわ! これで万事解決ね!」

 

 安曇の方に手を乗せ身体を揺らしながら喜ぶビスマルクに、安曇はため息を漏らした。

 

「お前なぁ、そう簡単に言ってくれるなよ」

 

「要は勝てば良いんでしょ? 私はドイツが誇る超弩級戦艦ビスマルク型のネームシップよ。この最強の私にかかればこの国に敵なんていないわ!」

 

 ビスマルクは腰に手を置くと、混じりっ気のない自信と疑わない勝利の確信に鼻を鳴らした。

 

 当然ではあるが、安曇と大淀の顔は白けきっている。

 

「私が言うのも何ですが、彼女を見ていると無性に引っ叩きたくなりますね」

 

「そう思うならさっさとこのアホを本国に送還するか俺をこの任から解いてくれ」

 

「どちらも私の権限では不可能です。諦めてください」

 

「ですよねー」

 

「ちょっと! 聞こえてるわよアズミ! 大体何よ、その普段以上に無精に満ちてる死んだ魚みたいな眼は! そんなに演習組むのが面倒なの?」

 

「当然それもあるが問題は、誰が俺たちと演習を組んでくれるのかということだ」

 

「どういうこと?」

 

「勝とうが負けようが演習での戦績は今後に響く。そんな重要な試合に、俺たちみたいな問題児の艦隊と演習したがる奴がいるか?」

 

「まずいないでしょうね」

 

 間髪入れずに大淀が当然だと言わんばかりに答えた。ビスマルクは慌てて聞き返す。

 

「で、でも探せば一つくらいあるでしょ?」

 

 安曇はアルミの椅子を軋ませ後ろにもたれると天井を見上げた。

 

「さぁ、どうだかな。それもこれも、やってみないことには分からない」

 

「ならやるに決まってるじゃない! 善は見送れよ!」

 

「見送ってどーすんだよ。急ぐもんだよ普通は」

 

「そうよ! 善は急げよ!」

 

 こうして第七は予算獲得のため他の艦隊に演習を依頼することとなった。

 

 そして三日後。執務室に第七の面子が集まった。

 

 第七にある安いアルミの回転椅子に深く腰掛けると、さび付いた鉄の擦れる不愉快な音が漏れる。腕を組み、安曇は重いため息を漏らしながら、アルミ机の上に置かれた朱印のない真っ白な演習申請用紙を見下ろした。

 

「——で、結局誰も手を挙げなかった、と」

 

「どうしてよぉぉぉ!」

 

 ビスマルクはアルミ机を勢いよく叩くと叫んだ。心なしか机が若干凹んだ気がする。

 

「当たり前だ。前にも言ったろ。俺たち問題児と演習組んでも向こうにはメリットなんて微塵もないんだ」

 

「でもでもでも! 一つくらい相手してくれたっていいじゃない! この国は助け合いの精神なんじゃなかったの⁉」

 

「んなわけあるか。この国にあるのはそんなお綺麗なもんじゃねぇよ。あるのは既得権益の保守と同調圧力が生み出す歪んだ共同意識と、それらを都合よく美化する為に鍍金で飾られた綺麗事だ。この国でそんなもん期待してても後ろ指指されて影で笑われるだけだぞ。まぁもうとっくに笑われてるだろうけど」

 

「しかしそれでも一つもないというのは流石に参ったわね……」

 

 申請用紙を手に取りそうぼやくマックスにレーベも同調した。

 

「うん。せめて似たような境遇の人とかいれば喜んで組んでくれるだろうけれども……」

 

「それだ! ナイスレーベ!」

 

「へ?」

 

 突然安曇に褒められたレーベはわけがわからず、慌てた様子で磁器のような白い頬を薄桃色に染める。

 

「レーベの言う通り似たような境遇の部隊は必ずいるはずだ。海保の予算にも限界がある。となれば当然優秀な部隊には予算が回されるだろうし、反面そうでない戦果の少ない部隊には俺たちみたいに予算は回りにくい」

 

 しかしレーベは小首をかしげる。

 

「ならどうして提督が演習の公募を募った時誰も手を挙げなかったんだろう」

 

「挙げなかったんじゃなくて挙げ辛かったんだろうな」

 

「どういうこと?」

 

 レーベは問うた。安曇はマグカップの冷めたコーヒーを不味そうに啜りながら答える。

 

「自分から手を挙げるということは、つまり積極的にその部隊と演習を組みたいと意思表示するようなもんだ。普通あるいはそれ以上の実力を持つ部隊であれば、当然みな演習を組みたがってもおかしくない。だが悲しいかな相手は問題児ばかりで予算もロクに回されない弱小艦隊ときた。そんな艦隊と積極的に演習がしたい、なんて言っちまえば周りの艦隊はどう思う?」

 

 レーベは少し悩んだ末妥当な回答を選ぶ。

 

「うーんと、変わった艦隊だな?」

 

「それもあるが、そうじゃない。それ以上に、自分で自分の艦隊には実力がないと大っぴらに触れ回ることになるからだ。そうなれば当然上からの評価にも少なからずこの艦隊は向上心の低い、やる気も実力もない艦隊だと思われかねない」

 

「なるほど……周囲の目が気になって言い出したくてもうまく言えないってことか」

 

「そういうこと」

 

 レーベは眉を八の字にして呆れたように笑う。

 

「なんというか……日本人って面倒くさいね」

 

「全くだわ! 周りばかり気を使わないでもっと自分に正直であるべきよ!」

 

 ビスマルクは豪語した。

 

「テメーはもう少し周りに気を遣え!」

 

 叱咤されるビスマルク、その脇でマックスが安曇に鋭い視線を送る。

 

「それでどうするの? その腹立たしい顔は何か策はあるんでしょう?」

 

「ああ。何単純なこった。垂らした釣り針に魚が寄ってこないのなら、こっちから魚の口に釣り針を放り込んでやればいいのさ」

 

 自信ありげにそう語る安曇に他の三人は不安げに互いを見やる。

 

「まあ見てろって。明日にゃ真っ赤に色付いた申請用紙を持ってきてやんよ」

 

 

 

 ♢

 

 

 

 後日。執務室に朱印の押された書類を持って安曇が戻ってきた。

 

「おう演習取れたぞ」

 

「うそ⁉ どうやって!」

 

「すごいね提督!」

 

 珍しく感嘆するビスマルクとレーベに安曇は嬉しそうに自慢した。

 

「いやぁ、それほどでもあるな!」

 

「いいからさっさと教えなさい。ケツに主砲刺すわよ」

 

 本気でやりかねなさそうなマックスの低い声に慌てた安曇は、尻を抑えながら「じょ、冗談だ。それにこの間切れ痔治ったばかりだからそっち系の脅しは止めてね? 尻に悪い」と謝る。

 

 ビスマルクが淹れたコーヒーを受け取り安曇は席に座りながら答えた。

 

「まぁ簡単だ。ここ数日、予算委員会の五年前から前回期までの監査報告書と来期の予算折衝報告書を漁って、ここ数年急激に予算分与の減った艦隊を洗って、上手く乗ってきそうな艦隊に絞ってこちらから名指しで演習を依頼した」

 

「急激に予算の減ったって、一番予算の低いところじゃダメだったの?」

 

 角砂糖を一つ二つと上機嫌にコーヒーカップへ放り込む安曇に、ビスマルクはどこか不満げに訊ねる。

 

「わかってねぇなぁ、人の心理ってのを。ずっと底辺這ってる奴よりも急激に地位を落としたやつの方が危機感や切迫は大きい。精神的な余裕が無いから少しでも回帰できるチャンスがあれば藁をも掴む思いで飛びつく。加えて向こうから能動的に飛びつかせるんじゃなくて、こっちから敢えて下手に近づいて演習をさせて欲しいと乞うこともポイントだ。こっちから近づけばそれはつまり俺たち第七が相手よりも格下であると宣言することになる。そうすることで向こうから近づくリスクを極力減らせることができる。加えてウチは新しく出来たばかりな上に問題ばかり起こしている艦隊ときた。当然向こうは俺たちに勝てるだろうと踏むだろう」

 

「要するに、相手のこちらに対するリスクの一切を排除したということね?」

 

「そゆこと。まぁ正確にはリスクの排除じゃなくて隠蔽とでも言うべきなんだろうが、まぁそこは結果オーライ。こうして演習を組むことも出来た」

 

 そう言って安曇は朱印がいくつも押された演習申請用紙を見せびらかせた。

 

「それで、勝算はあるんでしょうね?」

 

 ビスマルクの問いにコーヒーを啜って一言。

 

「分からん。というかこのままなら確実にこっちが負けるだろうな」

 

 あまりにもあっけらかんかつ適当な言い様に、執務室の全員が勢いよくずっこけた。

 

「あなたね! 真面目に話してる⁉」

 

「ああ俺は至極まっとうだ。向こうの戦力を鑑みれば、贔屓目に見ても俺たちが勝てる可能性は三割も無いだろう」

 

「じゃあどうするつもりなのよ! まさか本当にこのまま相手の思惑通り負けるつもりじゃないでしょうね!」

 

「んなわけあるか。ちゃんと次の手くらい打ってあるよ」

 

 そう言って安曇は席に座ると、手元の見慣れない数枚の顔写真が貼られた書類に手をかけた。

 

「それよりも、今は目下の問題を解決しなければならない」

 

「「「目下の問題?」」」

 

「ああ。実を言うとだな。その相手の艦隊というのが、佐世保にある第七管区の所属でな。そこまで行くのに艤装やらなんやらと運ぶ為の金がいる。ざっと見積もっても百五十万。残りの予算と合わせても今のウチじゃとても用意できない」

 

「それくらい上が援助してくれないの?」

 

「するか馬鹿。演習するのだってタダじゃないんだぞ。最低限の金以外は予算から捻出するしかない」

 

「もう金金金金!! この国は本当に金ばかりこだわるわね!」

 

「何を言うか、資本主義の本懐だろ」

 

「それで、資金繰りのアテは?」

 

 安曇は椅子にもたれ、気だるげに天井を見上げた。

 

「問題はそこなんだよなぁ……公務員である以上副業を持つことは許されないし、ポケットマネー出すにしてもとても一人じゃ払い切れる額じゃない」

 

「あら、そんなことなら簡単よ。私の実家の口座から引き出して——」

 

 ビスマルクの言葉に安曇は血相を変えて叫んだ。

 

「わー⁉ 馬鹿止めろ! 絶対に言うだろうと思ったが、それだけは止めろ!」

 

「どうしてよ! せっかく私が私費を投じようとしているのに!」

 

「それが問題なんだよ! 忘れてないか? お前たちはあくまで来賓扱いだ。勉強のためにここにいるのであってこの国の艦じゃない。もしドイツから不明瞭な大量のユーロがそれも公務員の一部隊の予算に流れ込んでみろ! それこそ外交上の大問題だ! この艦隊は解散! 当然責任を追われて俺も退職! 海保どころか外務省にすら戻れなくなるし、下手すりゃ牢屋にぶち込まれるんだよ!」

 

「ご、ごめんなさい……考えがなさ過ぎたわ……」

 

 よほど安曇の表情に鬼気迫る緊迫したものがあったのか、ビスマルクは珍しく素直に謝った。

 

「分かってくれたらそれでいい。こんな格好してるけど俺も一応外務省の端くれだからな」

 

「うーん、でも具体的に金策となると何がいいんだろう? 就労は勿論論外として、財産を売り払うというのはどうかな?」

 

「レーベ言っておくが、俺にはこんな金額賄えるような固定資産は持ち合わせていないからな」

 

「使えない男ね」

 

「全くだわ」

 

「一人暮らしで悪かったな! お前らだけにゃ言われたかねぇよ!」

 

「それに時間ももうあまりないよ? 短期間で大量の金が手に入る方法となるとかなり限られてくるんじゃないかな」

 

 カレンダーを捲りながら一週二週とレーベは指折りに数える。

 

「株とか?」

 

「時間の問題が……」

 

「FXなら」

 

「初心者にはリスクが大きすぎる」

 

「そういえば腎臓ってどうして二つあるのかしら」

 

「おいマックス! 後になるに連れて物騒だぞ! というかサラッと俺の身体を売ろうとするな!」

 

「あら誰があなたみたいな中年オッさんの脂肪の垂れただらしのない肉体に欲情すると思うの? 自惚れるのも大概にしなさい」

 

「罵倒ついでに俺のコンプレックスこじ開けるのやめてくれない? いや、まだ三十代だし? 体力だってそれほど衰えてるわけじゃないし、脂肪だって見た目だけなら二十代とそこまで大差も……」

 

「……フッ」

 

 哀れな者でも見るようにマックスは冷笑した。

 

「お、おい! なんだその見透かしたような嘲笑は! 俺の十年後を知っているかのような笑いはなんだ!」

 

「なんでもないわよ。ただの思い出し笑いよ。……ええ、ただの思い出し笑い。」

 

「と、とにかく今は目前の問題だ。これを解決しないことには何にもならん」

 

「とは言ってもなあ」

 

 うーんとレーベはうなった。

 

「そう簡単に思いつくものでもないでしょ? 正攻法が使えない以上、その手のアングラに詳しい人でなきゃ対処のしようがないんじゃ……」

 

「正攻法……アングラ……あっ、あるかもしれない」

 

 安曇が閃いたのか、指を鳴らした。

 

「あるって何が?」

 

「金策のアテ」

 

「えっ、それって誰なの?」

 

「いや、まだ憶測の域を超えないから本人の名誉のためにもあまり言わない方がいいんだろうけど……」

 

「いいからさっさと教えなさいよ!」

 

「……仕方ないか。こりゃ賭けだ。俺の知る限り、一番金が好きそうで、なおかつ八方美人で表にも裏にも顔が効く正真正銘腹黒銭ゲバ女といえば、奴しかいない——」

 

 

 

 ♢

 

 

 

「それで、私ですか」

 

 監察艦執務室に少女の冷え切った声が響いた。

 

「はい。その通りでございます」

 

 恭しく頭を下げる安曇達第七の面子を、大淀は汚いゴミでも見るような目で見下ろした。

 

「喧嘩売ってます?」

 

「滅相もございません!」

 

「誰が八方美人の腹黒銭ゲバ女ですか! 名誉毀損で訴えますよ⁉」

 

 顔を真っ赤にして怒る大淀に安曇はしらばっくれた態度で答える。

 

「いやぁでも他に頼るアテがなくて。出向したてで問題起こしまくって俺ここじゃ完全に孤立してますし」

 

「当たり前です。今更何言ってるんですかアホですか?」

 

「辛辣ゥ! でもでも〜大淀さんってここじゃ一人だけ所属も自衛隊で海保との連絡役も担ってる訳だしぃ〜、色々事情には詳しいじゃないですかぁ? それに〜噂じゃ警備部や管区長官の弱みを握ってて、毎晩長官たちを肘掛にして豚野郎呼ばわりなんかして、裏でこの庁舎を牛耳ってるなんて噂も聞きますし〜」

 

 その言葉には流石の大淀も聞き捨てならなかった様子で、顔を赤くして問い詰める。

 

「ちょっ、誰ですか! そんな根も葉もない噂を流しているのは!」

 

「さぁ? 俺も風の噂で聞いただけですし、もしかすると今以上に広がるかも知れませんねぇこの噂」

 

「この……よくもやってくれましたね」

 

「さぁ、なんのことでしょう」

 

 歯を鳴らしながら睨む大淀に、にやにやと下衆な笑みをわざとらしくこぼす安曇。そんな彼に大淀はため息を漏らした。

 

「はぁ……まったく、あなたという人にはつくづく呆れます。仕方ありません。いいでしょう。今回だけは特別です。流石に金品の貸与、とまではいきませんが問題にならない仕事の斡旋くらいはしてあげましょう」

 

「ありがとうございます! 流石我らのラブリーエンジェルオオヨード!」

 

「調子乗ってると本当に消しますよ?」

 

「ウッス」

 

「それでどんな仕事を斡旋してくれるの?」とビスマルクが話題を引き継いだ。

 

「そうですね、直近のものであれば……」

 

 そう言いながら大淀は机の下から黒くて分厚い皮の手帳を取り出すと、指を追って何かの項目を探した。

 

「あっ、これならいいんじゃないですか?」

 

 すぐさま大淀は固定器ではない、私物と思しき妙に質量のある無骨なガラケーを取り出すとどこかへとかけ始める。

 

「もしもし、ええ私です。実は例の件で……ええ、丁度人手になりそうな人材が数名。ええ……ええ」

 

 大淀は一瞬レーベとマックスをみるとすぐにまた電話に戻った。

 

「いますよ。なら問題ありませんね。ええ。こちらこそよろしくお願いします」

 

「あの……一体何の電話で?」

 

「あなた方には再来週、とあるイベントに参加してもらいそこで売り子をしてもらいます」

 

「はぁ、売り子、ですか」

 

 そんなんで予算の帳尻が合うのか、と言わんばかりに納得のいかなさそうな安曇をよそに、レーベがビスマルクの袖を引っ張った。

 

「ビスマルク、ウリコって何?」

 

「うーん、そうねえ。多分キャンペーンガールみたいなものかしら」

 

「概ねその認識で問題ありません。そこでもし一定の目標を達成することが出来ればあなた方が必要とする予算分の金額を援助するとのことです」

 

「え、本当に⁉」

 

「もちろん。私のツテですからその辺りの安全は保証します」

 

「良かった、これで無事に演習に出られるわ!」

 

「うん、本当に良かったよ」

 

「では詳しい内容については後日連絡しますので、今日はここまでです」

 

「ありがとうオーヨド。やっぱりあなたは頼りになるわ!」

 

「いえいえそれほどでも。お困りの時はいつでも相談してくださいね。そのために私はここにいるようなものですから」

 

「それじゃあ俺も今日はこの辺で」

 

 全員が監察艦室を出ようとする中、安曇だけが呼び止められた。

 

「待ってください、提督」

 

「まだ何か?」

 

「はい。あなたにだけはどうしてもお伝えしておかなきゃいけないことがあります」

 

 大淀の目はいつになく真剣だった。

 

「そのイベントのことなのですが、少々特殊なものでして……」

 

 特殊。その一言に大淀の真意の全てが隠されていた。そして安曇はその意味を機微に察知すると、それまで誰も見たことのない程に真剣な表情で答える。

 

「……分かった。話を聞こう」

 

 こうして第七の金策活動が幕を開けた。

 

 

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