俺は何なんだ?
あまりにも傷の治りが速過ぎる。あの化物に襲われた時の傷は、永琳が治療してくれたおかげで速く治ったと思っていたが、永琳の仕事の手伝いをしている中でなんとなく薬の効果が分かるようになってきた。薬は万能ではない。飲んだだけで傷がすぐに治るようなものではなく、あくまで自分の治癒力で治すのだ。自分が注射された薬は治癒力を高めるものであるが、二日三日で骨折が治るものではないということは分かる。そして昨日包丁で切った指だ。今は跡形もない。異常な再生力が俺にいつの間にか備わっているようだった。永琳に聞けば何か分かるだろうか。
「でもなぁ、永琳と話すのは・・・」
昨日の一件でなんとなく気まずい空気が二人の仲で流れていた。自分はただ顔をあわせると、昨日の事を思い出してしまって恥ずかしいだけなのだが、永琳は血心の態度で嫌われたのだと思い込み、随分と落ち込んでしまっていた。
しかし、いつまでもこの身体の異変を放置しているわけにはいかないだろう。そうして重い腰をあげて永琳の研究室まで移動する。ドアの前で深呼吸をして勢いよく開ける。その音に気付いた永琳がこちらを向いて笑顔になるが、すぐに気まずそうな顔に戻った。血心は傍に座り口を開く。
「えいり「ごめんなさい!」んん?」
急に彼女は何を謝っているのだろうか。なにがと返そうと言う前に
「昨日のこと、急に馴れ馴れし過ぎたわよね・・・。ごめんなさい、もうしないから嫌いにならないで?」
目をぎゅっと瞑って震えた声で謝罪の言葉を放つ。それを聞いてやっと血心は気付いた。彼女は自分がずっと怒っているのだと勘違いをしていたのだろう。そんなこと露とも考えていなかった血心はすぐさま彼女の勘違いを正すため言い返す。
「いやいやいや、全く気にしていないし永琳は俺のことを思ってしてくれたんだろ。むしろ永琳がそこまで信頼してくれていたことが嬉しかったよ」
「本当?嫌いになってない?」
「なってない。こんな美少女に大切にしてもらってなんて幸せなんだろうと思うよ」
そう返すと永琳は安堵の息をもらし、美少女と言われたことで頬を赤く染めた。
勘違いが晴れたことでその場にほんわかとした空気が流れる。と、そこでやっと本題を思い出し、永琳にこの身体の異常な再生力の仕組みを解説してもらおうと、この都市にきてすぐに傷が治ったこと、昨日の切り傷がすぐに塞がったことを説明した。
永琳は少し考える素振りをして口を開いた。
「骨折のことは私も変だと思っていたわ。一応聞くけど能力は持ってないわよね」
「能力?」
「そう能力。私はあらゆる薬を作る程度の能力を持っているけどあなたはないの?意識してみたら分かるかも」
本当か疑心暗鬼だがとりあえず集中してみる。
「・・・・・・・・~~~~~~っダメだ!何も頭に浮かんでこない。やっぱり自分には何も力なんて」
「ない」と言おうとした時、突然脳裏に"アレ"が浮かんできた。この世界に来て初めて殺されそうになったあの化物。永琳のいう山のヌシの姿がこちらを見ている。赤い目が二つ、黒い毛並みで圧倒的な威圧感をむけている。その目はまるでどこに逃げても無駄だと言っているようで恐怖で身体が動かなくなる。動悸が激しくなり、汗がふきだし呼吸も浅くなる。その姿に驚いた永琳が駆け寄ってきた。
「どうしたの血心!」
その言葉にやっと現実に引き戻された。荒く息をする血心が震えた声で言葉を返す。
「あいつだ・・・あいつが俺の中にはいりこんでいる!」
あの化物と一緒に崖から落ちたときに、大量のヤツの血液が口や傷にかかり血心の体内に入り込んだ。それが原因となって血心の身体が変化してしまったのではないかというのが永琳の見解であった。
しかし妖怪の血が体内にはいっただけで人間が変化するものだろうか。そう疑問をぶつけると、普通はありえないらしい。正直なところ永琳もお手上げだった。あのヌシの血が特別だったのか、血心の血が特別で妖怪の血が入り込んだことで進化をしたのか答えはでないままだった。
血心はひどく怯えておりソファーに丸まっている。今まで生きてきた中で初めて感じた恐怖。あの化物の脅威から命からがら生き延びたというのに、ヤツの力は血心に入り込んでしまった。今まで永琳と研究室に引きこもっていて気付かなかったが再生能力だけでない、身体能力も格段に上っていたようだった。人間とは程遠い、しかし妖怪かといわれれば永琳が即座に否定した。人間の身体で妖力がなくあのヌシの姿にも変身しない、半人半妖ともいえないよくわからない存在。
永琳はその血心を見てあえて何も言わず、ずっと隣に座っていた。これは永琳にはどうすることもできない、血心自信が受け入れるしかないのだ。
一日考え続けた。ヤツの力が俺の中に生きている。恐怖、不安、困惑、混乱、絶望、様々な感情が頭の中で暴れまわっている。
ふと寝息が聞こえ顔をあげる。永琳が隣で座って眠っていた。
「ずっと一緒に居てくれていたのか・・・」
彼女を見ていると自然と笑みがこぼれる。こんな正体不明の俺を都市に連れて帰り治療をし、衣食住も提供してくれた。今でも言葉はなくとも一緒に居てくれている。彼女が居なければとっくにのたれ死んでいただろう。いくら感謝してもしきれないほどの恩がある。彼女を見ているとさっきまでの不安な感情が消えていくような気持ちになった。
「まだ俺には克服することなんて出来ないんだろうな・・・」
この言葉は諦めにも聞こえるが、彼の目は絶望してはいなかった。今答えを出す必要はない。でもいつかはきっとこんな自分を受け入れられるような気がする。その時には永琳に心からお礼を言おう。その時俺は初めて前に進めるのだろう。
毛布を持ってきて永琳に被せてやる。男の隣で熟睡するとは警戒心がなさすぎるというかなんというか、クスリと笑みを浮かべて頭を撫でてやると、くすぐったそうに笑顔で身じろぎをする
「おやすみ永琳」
そう言って自分も眠りに落ちた。
永琳が朝起きると隣に居たはずの血心がいなくなっていた。まさか、と思い走って玄関に向かおうとするとキッチンからベーコンの焼けるいい香りがただよってきた。安堵の息を吐いてドアをあける。そこには昨日より晴れやかな顔の血心が「おはよう」と声を掛けてきた
「おはよう血心」
そう言って笑みを浮かべた永琳もキッチンに立ち皿をだし朝食の準備を始める。その様子は長年連れ添った夫婦のように見える。テーブルに朝食を並べ二人が席に着き食べ始める。
「今日は何をするんだい?」
「そうねぇ今日は新しい薬の開発でもしましょうか」
と永琳が言い終った直後、都市中に広がるサイレンが大きく鳴り響いた。
平穏な日常は突如壊れていく・・・・