ハイスクールD×D 呪われし鉄刃   作:椎名洋介

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第四章 避けられぬ衝突

       

 

 

 ソファにどっかりと腰を下ろしたライザー・フェニックスは、ティー・カップに注がれたお茶の香りを嗅いでから、一口飲んだ。

 

「いやあ、リアスの『女王(クイーン)』が淹れてくれたお茶は美味しいものだな」

「痛み入りますわ」

 

 そう言って頭を下げる朱乃だが、その淡々とした言葉や態度から彼の訪問を歓迎していないのは明らかだ。

 実際、彼女の代名詞ともいえよう柔らかな微笑みすら浮かべていない。

 よく笑う者ほどキレた時が怖い、という話は、どうやら本当のようだ。

 ライザーは、斬輝の正面のソファに座る格好である。その隣に座らせたリアスの肩を抱く右手はしきりに彼女の髪を触り、空いた左手で彼女の白い太ももをさすり始める。

 当のリアスとしてはそのたびに彼の手を払うのだが、懲りていないのかあるいは反応そのものを楽しんでいるのか、ライザーはいっこうにやめる気配がない。

 その様子を、部員達は壁際で、斬輝もその中で腕組みの状態で眺めていた。

 ご婦人には親切に、なんて言うほど紳士じゃないが、それでも一般の常識は持ち合わせているつもりだ。

 そんな斬輝から見ても、とにかく目の前のライザーという男はいけ好かなかった。

 この男、やることがいちいち癇に障る。

 だが、抑えなければ。

 そして不死鳥の名を持つ男の手がリアスの胸へと伸びそうになったところで、

 

「いい加減にして!」

 

 耐えかねたリアスがついに立ち上がり、激昂した。

 だが当のライザーはニヤけた笑みを浮かべたままだった。

 まるで、嫌がらせを咎めても反省しない子供のように、悪びれることもなく。

 

「おいおい、落ち着けってリアス」

「何が落ち着けよ。いい、ライザー。以前にも言ったはずよ。私はあなたと結婚なんてしないわ」

「だがリアス、考えてもみろ。キミの御家事情は、そんなワガママが通用しないほど切羽詰まっているはずだが?」

 

 悪魔と堕天使、そして天使を含めた三すくみの戦争がいつから始まったのか、それは定かではない。

 せいぜい数万年前とする説がある一方で、それよりも昔から争ってきたとする説もあるのだそうだ。

 いずれにせよ、数百年前に戦争が終結するまで、かつて『七十二柱』と呼ばれる爵位持ちの純血悪魔一族のほとんどが根絶したという事実は変わらない。

 だが問題は、それだけではなかった。

 悪魔はその寿命を一万年以上有するために、その子たる悪魔の出生率が極端なまでに低いのである。純血悪魔の上級悪魔、その新生児が貴重とされるのは、そのためだ。

 ゆえに激減した純血悪魔の血を次の世代へと繫いでゆくことは、悪魔情勢が抱える大きな課題の一つであるといえる。

 そして、

 

「家を潰す気はないわ。当主も継ぐし、婿養子だって迎え入れるつもりよ」

「そうか! だったら……」

「でも!」

 

 リアスの実家……グレモリー一族は、まさにその戦争を生き残った純血の上級悪魔の旧い血筋なのである。

 

「……でも、私は私がイイと思ったヒトと結婚するわ。ライザー、少なくともそれはあなたじゃない」

 

 ライザーに背を向け、絞り出すように告げる彼女の言葉は、斬輝の考えを証明するのに充分だった。

 つまりはそういうこと。

 政略結婚、とかいうやつだ。

 裏付けは、グレイフィアがしてくれた。

 上級悪魔フェニックス家の三男坊・ライザー・フェニックスは、グレモリー侯爵家の次期当主・リアス・グレモリーの婚約者である、と。

 

「キミのお父さまもサーゼクスさまも、未来を考えてこの縁談を決めたんだ。転生悪魔達の新鮮な血もこれからの時代には必要だが、だからと言って純血の悪魔を途絶えさせるわけにもいかないだろう?」

「父も兄も一族の者も、みんな急ぎ過ぎるのよ。だいたい、当初の話では私が『こちら側』の大学を出るまでは自由にしてくれる約束だったじゃない。……よりによって、相手があなただなんて……!」

 

 リアスの言葉に、斬輝は思わず喉の奥で唸った。

 このハナシがいつからリアスに持ち掛けられていたのかは知らないが、確実なのは彼女が昔から古いしきたりに囚われていた、ということだ。

 

「もう二度と言わないわ、ライザー。私はあなたと結婚なんてしない!」

「俺もな、リアス」

 

 突然立ち上がったライザーは、その手でリアスの顎を持ち上げ、ぐい、と引き寄せる。

 リアスはそれぐらいのことには動じないが、お互いの瞳がお互いの瞳を見つめる……いや、睨み合う格好になった。

 直後、二人から凄まじいプレッシャーが解き放たれた。

 そして噴き出されるのは、おびただしい魔力のオーラである。

 ライザーは、灼熱の。

 リアスは、深紅の。

 魔力量なんてものはよく判らないが、しかしライザーから発せられる殺気は、リアスに引けを取らない。おそらくこの二人が正面切って激突すれば、斬輝達がいる旧校舎など跡形もなく吹き飛ぶだろう。

 同じく背後からも、対抗する殺気と敵意を感じ取った。朱乃達だ。張り詰めた緊張感の中、いつでも闘えるよう備えている。

 

「フェニックス家の看板背負ってるんだ。このまま、はいそうですか、なんて引き下がれるか。名前に泥を塗られるわけにはいかないんだよ」

 

 だがリアスはすでに覚悟が出来ているのか、それくらいでは眉一つ動かしはしなかった。

 斬輝も、これがこいつの性格なのだ、と自分に言い聞かせることで、今にも目の前の男をぶん殴りたい気持ちを抑えつける。

 だが。

 

「悪魔の未来を護るためだ、俺は何としてもキミも冥界へ連れ帰るぞ」

 

 なんなら、とライザーは壁際のグレモリー眷属たちを視線で舐めた。

 

「キミの下僕をぜんぶ焼き尽くしたっていい」

 

 ついでに、と最後に斬輝を見据える。

 向けられたのは、明らかな殺意だった。

 なるほど、

 判ったよ。そっちがその気なら、こっちにも考えがある。

 

「そこの魔人とやらも消し炭にしようか」

「そいつぁつまり、売り喧嘩、てぇことでいいんだな?」

 

 反射的に、斬輝はそう応えていた。

 喰いしばった歯の奥から絞り出さらたその言葉は、低い響きとともにかすかにドスのきいた声になる。

 全員の視線が、一転に集まるのが判る。

 無論斬輝も、ライザーへと挑むような視線を投げながら。

 

「……なに?」

 

 そのライザーも、明らかに不機嫌そうな顔でこちらを見つめた。

 応えるのは、笑みである。

 

「貴様、たかが人間の分際で……!」

「あんたらンとこじゃ、俺は魔人て呼ばれてんだろ? だったら少しくらい話に割り込ませろよ。それともなんだ、魔人に突っ込まれたらマズいことでもあるのか?」

 

 それは、明らかな挑発だった。

 最悪の状況を脱するには、少なくとも奴のターゲットをリアスから移す必要がある。そして、その受け皿は俺で充分だ。

 

「そもそも家の約束をぶち破ってまで婚約させようなんて、妙な話だもんな。『そっち』にはまだ純血のオンナなんざゴロゴロいるだろうに」

 

 一歩踏み出して、一誠達よりも前に出ると、その分ライザーからのプレッシャーの圧力が増す。

 また一歩踏み出すと、さらに一歩踏み出すと、徐々にライザーのまとう炎のオーラがちりちりと皮膚を焼く。

 リアスを庇うような位置まで来て、斬輝はライザーに向き直る。

 

「純血の子孫が貴重だって話はよおく判ったけどよ、その相手がリアスだってのが納得いかねえな。ハタチ超えてりゃまだしも、こいつぁ俺と同いなんだぜ?」

 

 生き残った純血の女性悪魔がリアスだけであれば判らなくはないが、事態はそこまで末期ではないはずだ。事実、生徒会にも悪魔の者がいるとさえ言われているのだから。

 だとすれば、これほどまでリアスに執着する理由としては、悪魔の未来のため、というのは弱過ぎる。

 それが何かしらの陰謀にせよ下心にせよ、悪魔の未来というのはあくまでも二の次で、本当の目的は別にあるはずだ。

 

「小僧……さっきから聞いていれば!」

 

 直後、じゃっ、という鋭い音とともにライザーの周囲の空間がゆらめく。

 瞬間的な加熱で大気が膨張し、一種の蜃気楼を形成したのだ。しかし空気のゆらめきは瞬時に解け、代わりに灼熱の炎がライザーの軀にまとわれる。

 どういう原理か、その炎が触れているであろうテーブルやソファには燃え移る気配がない。

 どうやら任意の対象を燃焼させることが出来るようだ。斬輝もこぶしを握り、体内に蠢く無数の『虫』達にいつでも暴れられるよう命令を下す。

 だが、

 

「お収めください、斬輝さま、ライザーさま」

 

 剣呑な雰囲気を打ち破ったのは、しかし事の成り行きを見守っていた銀髪のメイドだった。目の前の二人よりもさらに上回るプレッシャーをぶつけてきたのだ。

 表情を崩すことなく、グレイフィア・ルキフグスは淡々と言い放つ。

 

「わたくしはサーゼクスさまの命を受けてこの場におりますゆえ、これ以上ことを荒げるならば、一切の遠慮は致しませんよ」

 

 思わず彼女の方を向いた斬輝は、それから目を見開いた。

 ただ『そこ』に立っているだけだというのに、彼女にはまるで隙が無いのである。

 微動だにせず、動く気配がない。

 だが言い換えれば、その気になればいつでもあらゆる攻撃手段を行うことが可能なのだ。

 まったく、やっぱり悪魔ってだけあって、どいつもこいつもバケモノじみた強さしてやがる。

 リアスの兄貴の眷属、というのもその理由に含まれるのだろうか。

 苦笑して溜め息をついたのは、ライザーだった。

 

「……最強の『女王(クイーン)』と称されるあなたにそんなことを言われたら、さすがに俺も怖いな。バケモノ揃いと評判のサーゼクスさまの眷属とは、どう足搔いたって勝てる気がしないよ」

「旦那さま方も、おおかたこうなることは予想しておられました。正直申し上げますと、今回が最後の話し合いの場だったのです。よって、決裂した場合の最終手段を仰せつかっております」

「最終手段?」

「どういうこった……?」

 

 怪訝そうな表情を浮かべるリアスに続く格好で、思わず斬輝も呟いた。

 だがライザーは何かを察したのか、唇の端に浮かべるのは笑みだ。

 そして、最強のメイドは進言した。

 

「お嬢さまがそれほどまでにご意志を貫き通したいということであれば、ライザーさまとレーティング・ゲームにて決着を、と」

「レーティング・ゲーム?」

 

 聞いた覚えのある単語だ。

 なんだっけ?

 

「それって、どこかで……」

 

 壁際の一誠が、そう言ってハテナを浮かべる。

 助け舟を寄越したのは、木場裕斗だった。

 

「爵位持ちの悪魔が行う、下僕を闘わせて競うゲームだよ」

 

 ああ。

 思い出した。

悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』を宿した下僕悪魔を闘わせる、いうなれば悪魔界のエンターテイメントのようなものだ。それぞれ主であるリアスが『(キング)』、朱乃が『女王(クイーン)』、木場が『騎士(ナイト)』、小猫が『戦車(ルーク)』、アーシアが『僧侶(ヴィショップ)』……そして一誠が『兵士(ポーン)』である。

 それは人間界のボード・ゲームであるチェスの駒の配置に他ならない。

 もとは他勢力への対抗手段とする少数精鋭制度の過程で誕生したといわれているが、駒それぞれが持つ特性の違いなどが爵位持ちの悪魔に受けたのか、今となっては眷属自慢のようにゲーム感覚でお互いの下僕悪魔を競わせるようになったらしい。

 戦闘経験を積ませるため、といえば聞こえはいいが。

 だが名前の通り『ゲーム』である以上、そこには厳然たる規則が存在する。

 

「お嬢さまもご存知の通り、公式のレーティング・ゲームには成熟した悪魔しか参加出来ません。しかしそれが非公式……それも純血悪魔どうしのゲームであれば、半人前の悪魔でも参加が可能です。この場合は多くが……」

「身内どうし、または御家どうしのいがみ合いよね。まったく、どこまで私の生き方を弄れば気が済むのかしら……っ!」

 

 引き継いだリアスが、ため息交じりにそう言った。その声には、明らかな苛立ちの響きがある。

 つまり、最初から手は打たれていた、ということだ。

 

「こりゃあ、見事にハメられたな。ハナッから仕組まれてたわけか」

 

 苦虫を噛み潰したように呟く斬輝に、リアスも唇を嚙んだ。

 

「なあリアス」

 

 ライザーだった。

 

「念のため訊いときたいんだが……、キミの眷属は、その魔人を除いたこの面子で全てなのか?」

 

 そう言って壁際に視線を移したライザーは、一人一人の顔を見た。

 兵藤一誠。

 アーシア・アルジェント。

 姫島朱乃。

 木場裕斗。

 塔城小猫。

 ……その数、実に五人。

 

「だとしたらどうなの?」

 

 リアスの問いに、応えるのは嘲笑だった。

 

「おいおい、本気なのか? 俺はゲームを何度も経験してるし、勝ち星も多い。キミは経験どころか、まだ公式なゲームの資格すらないんだぜ。そんなキミが、眷属もロクに揃ってない状態で俺とやり合おうってのか?」

「どっ、どういう意味だよ!」

 

 一誠だ。

 

「ここまでの出来レースは初めてだって言いたいのさ」

 

 なぜなら、とライザーが指を鳴らすと、それに反応するかのように再び部室に魔法陣が展開される。

 オレンジに彩られたその紋章は、さっきも見た、フェニックス家のそれだ。

 そして、噴き上がる炎。

 炎のカーテンの向こう側で、今度顕れるのは十数人を数える影だ。

 炎が霧散し、魔方陣も消滅する。

 そこに立っていたのは、女戦士達だった。

 そう。

 女だ。

 全員が女なのだ!

 体操着姿の小柄な双子の娘がいる。

 太ももまで剝き出しの丈の短い白装束に赤いハッピを着込んだ棍を携えた少女もいる。

 胸元が大きく開いた派手な衣装に身を包んだ魔術師のような出で立ちの女、髪色を除けば瓜二つの獣耳娘や西洋の甲冑を纏う女剣士、そして縦に巻きが掛かったライザーによく似た金髪を持つ少女……。

 総勢一五名。

 

「ウチの可愛い下僕は駒が全て揃っているんだからな」

 

 フルメンバー!

 挑戦的な笑みを投げてくる彼女達は、斬輝の基準でも充分、美女や美少女だと言える。

 そしてその全員が、ライザー・フェニックスの眷属悪魔なのだ。

 それを端的に表せるのは、ひとつだけだ。

 すなわち、

 ハーレム、である。

 真っ先に鼻声を上げたのは、やはりというかなんというか、一誠だった。

 

「美女美少女揃いが一五人も!? ライザー・フェニックス……なんて恐ろしい……羨ましい奴なんだあ!」

「ったく、あの莫迦……こういう時くらい我慢しろっての!」

「お、おいリアス。キミの下僕くん、俺を見て号泣してるんだが?」

「……その子の夢がハーレムなのよ」

 

 もはや、斬輝もリアスもただ呆れるしかなかった。そりゃそうだ、ライザーの下僕からですら、キモいですわ、なんて聞えてくる始末なのだから。

 だが。

 

「……ほう、そういうことか。ユーベルーナ」

 

 何かを得心したらしいライザーは、手近な下僕を呼び寄せた。

 ユーベルーナと呼ばれた女魔術師は、言われた通りライザーの傍まで来ると、その潤んだ瞳をライザーへと向ける。

 そして、

 

「なっ……!?」

 

 次の瞬間、斬輝は全身に虫唾が走るのを感じた。

 何してやがるんだ、こいつは!

 突然ライザーがユーベルーナの顎に手を当てがったかと思うと、その唇を奪ったのだ。

 ただのキスではなかった。

 触れた唇の間から器用に舌を滑り込ませ、相手もそれを受け入れたうえで舌どうしを絡ませ貪り合う……それはディープ・キスなのだ!

 それも、婚約の縁談を持ちかけている相手の女の前で!!

 

「何してやがる……」

「スキンシップさ」

 

 透明な糸を曳いてユーベルーナから唇を離したライザー・フェニックスは、そう言って笑みを浮かべる。

 それから一誠へと視線を投げると、それは嘲笑になった。

 

「お前じゃ一生こんなことは出来まい、下級悪魔くん」

「ぐっ! う、うるせえ! その調子じゃ、部長と結婚した後もそうやってイチャイチャするんだろ! この種まき焼き鳥野郎!」

「なっ! 焼き鳥だと!?」

「よせ、兵藤」

 

 声を荒げるライザーとは対照的に、低い声で斬輝はブーステッド・ギアを展開している一誠をなだめた。

 

「け、けどよ先輩! こんな奴と部長は不釣り合いっすよ!!」

「んなこたとっくに判ってんだ。だがおめぇがしゃしゃり出てきたところで何が出来るよ?」

「そっ、それは……」

 

 自分でも、不愉快かつ不機嫌な感情が声になっていることに気づいていた。

 だがそれでも、訊かずにはいられなかった。

 自分で自分を、抑えられなかった。

 

「ライザーてめぇもよお、リアスと結婚したいんじゃねえのかよ」

「ああ、したいね。今すぐにでも」

「そのてめぇが、なぜ、そんなことしてやがる」

「愛してるからさ」

「なに?」

「英雄色を好む……、たしか人間界のことわざにあったな。いい言葉じゃないか。俺は眷属一人ひとりを愛してるんだ」

 

 なんだ?

 なんだ、これは!?

 

「無論、リアスのことだって愛すつもりさ。俺の女の一人としてな」

 

 下卑た笑みを浮かべての言葉にリアスはライザーを強く睨み、軽蔑の視線を向けた。

 斬輝も、似たようなものだった。

 

「こいつ、どこまで……!」

 

 腹の底で、得体の知れないナニカがふつふつと煮えたぎっている。行くアテのない『ナニカ』が、彼の中でくすぶり、今か今かと爆発を心待ちにしていやがるのだ。

 そして、

 

「……そうか」

 

 そういうことか。

 そういうことだったのか。

 途端に理解した。

 目の前の男が、何を目的にこの婚約を成したいのか。

 リアスがなぜ、ここまでこの男との婚約を嫌悪し、破談に持ち込みたいのか。

 

「……よぉく、判ったぜ」

「何がだ、小僧」

「兵藤の言うとおりだな。世間知らずの焼き鳥三男坊は、とんだ女ったらしだってことだよ」

「な……なんだ、と?」

「あんたのことだ、ライザー。そんだけ周りに女侍らせといて、それでいてまだリアスと結婚したいだあ? そいつは虫が良すぎるぜ。結局のところ、ハーレム要因が一人増えるだけじゃねえか。そりゃあこいつに嫌われて当然だろうよ」

「貴様!」

 

 過剰に反応したのは、今度はライザーの眷属悪魔達だった。

 

「ライザーさまに対して、何たる無礼な!」

「謝れ!」

「取り消しなさい! 今すぐに!!」

「さもないと!」

「バラバラにしちゃうんだから!」

 

 口々に喚きたてるそいつらも、

 

「黙れ!」

 

 ひとたび腹の底から声を張り上げてやれば、一瞬で押し黙る。

 

「言っとくが俺ぁ、女を殴るのは趣味じゃねえんだ。相手が人間だろうが悪魔だろうがな。だがお前らが俺達の敵になるってンなら話は別だ」

 

 それから斬輝は、真っ直ぐにライザーを睨みつけた。

 

「容赦しねえぞ」

 

 応えるのはかなりの威圧を伴う怒気をはらんだ声音だった。

 

「小僧、自分の立場をわきまえてモノを言ってるんだろうな」

 

 貴族としてのプライド、というものだろうか。

 だが、それでも斬輝は容赦しなかった。

 人間として。

 

「さあな。わきまえるも何も、人間と悪魔のどっちが偉いかなんてのには興味がないもんで」

 

 ちらり、と美しい紅の髪の少女に目をやる。

 ともかく、と次にライザーに向き直った時、ライザーの背後で、ふと赤いハッピが動いたのが見えた。

 間違いない、不意打ちを狙うつもりだ。

 

「てめぇがリアスを力ずくで連れてくってぇなら、ぶん殴ってでも止めてやる」

「なんだと?」

「聞えなかったのか?」

 

 だがな、嬢ちゃん。

 不意打ちってのは、相手に気づかれちゃ意味がねえのよ。

 

「斬輝くん!」

「先輩!!」

「斬輝!?」

 

 棍棒を手に驚くべき速さで肉薄する少女の存在に気づいて声を上げた一誠達は、しかし続く斬輝の動きを把握できなかったに違いない。

 しかし、斬輝は避けなかった。

 受け止めもしなかった。

 ただ、左腕を無造作に振り抜いた。

『武器』は出さず、素手で。

 たったそれだけのことだった。ごりん、というわずかな手応えとともに、少女は直角に吹き飛ぶ。

 

「ぎゃん!」

 

 奇妙な悲鳴とともに壁へと叩きつけられたハッピの少女は、壁に放射状の亀裂を残しながら床へと落ちると、それきり動かなくなった。

 斬輝は拳を見つめて、

 

「女ぁ殴るのは嫌いだ、つったじゃねえかよ」

 

 ぼそり、と不機嫌そうにつぶやいた。

 加減はしたが、おそらく失神くらいはしているだろう。

 ざわり、とライザーの眷属がざわついた。

 それは無論、主であるライザーを驚愕に染めるにも充分なものだった。

 

「ミラ!?」

 

 ライザーは急いで他の眷属にミラと呼ばれた眷属を介抱させると、そのまま憤怒の視線をこちらにぶつけてきた。

 

「貴様、よくも俺の眷属を……!」

「先に吹っ掛けてきたのはそっちだろうが。それにさっきも言ったろ? 容赦しねえって」

 

 自分から喧嘩を挑むことは無かったが、何かしらの因縁をつけて絡んでくる連中は少なくなかった。そしてそのことごとくを、彼は切り抜けてきたのである。

 無論、返り討ちにしてだ。

 売られた喧嘩は必ず買う。

 どんな相手であろうと。

 それが黒鉄斬輝という男だった。

 そこには何一つ例外はない。ひとたび挑まれれば、彼は躊躇することなく『闘う』ことを選ぶのである。

 そうやって生きてきた以上、それ以外の選択肢など存在しないのだから。

 今回も、そのつもりだった。

 買おうとしているのだ。

 売られた喧嘩を。

 ……そして、

 

「……判った」

 

 それが、不死鳥の答えだった。

 

「ならば魔人とやら、そこまで言うのなら貴様もこのゲームに参加しろ! この借りは、そこで返してやる!!」

「いいね」

 

 即答だった。

 

「言っとくが、俺の拳は効くぜえ」

 

 そういうわけだからよ、と背を向け、視線を相手に据えたままで、斬輝はリアスに声をかけた。

 

「この勝負、受けろ」

「え? で……でも、それじゃあなたが……」

「構わねえよ」

 

 言いながら、肩越しにリアスを振り返る。

 彼女の瞳が、かすかにきらめいていた。

 

「俺はこいつをぶん殴れるし、上手くいけばお前さんも自由になれる。ウマい話じゃねえか。どこに断る理由があるよ?」

 

 だけど、と逡巡し続けるリアスに向かって、斬輝はさらに追い打ちをかけた。

 

「言っとくがな、俺は別に、お前に巻き込まれただなんてこれっぽっちも思っちゃいねえからな。個人的にこいつが気に入らねえから、俺から首ぃ突っ込んでんだ。……伊達に三年も同じクラスにいるわけじゃねえんだ、こうなった俺がどうなるか、お前なら判るよな?」

 

 だから。

 頼む。

 受けてくれ。

 俺にこいつをぶん殴らせてくれ。

 かつて、お前が俺に言ってくれたように……。

 

「お嬢さま、いかがいたしましょうか?」

 

 再度グレイフィアの問いに、しかしリアスは応えることなく、真っ直ぐに斬輝の瞳を見据えていた。

 そこにあるのは、一抹の不安だ。

 だから斬輝に出来るのは、そんなリアスに向かっていつも通りの笑みを浮かべることだった。

 唇の端を釣り上げた、不敵な笑みをだ。

 それから、やがて観念したかのように肩を落とすと、次に顔を上げたリアスは冷徹なまでの視線をライザーにぶつけた。

 

「判ったわ。レーティング・ゲームで決着をつけましょう」

 

 リアスは一歩、前へ出る。

 斬輝と仲良く肩を並べる格好になった。

 

「覚悟なさい、ライザー。必ずあなたを消し飛ばしてあげる!」

 

 その言葉を聞いたライザーは、にたり、と笑みを浮かべ、

 

「決まりだな」

 

 そう言った。

 

「ああ、決まりだ」

 

 斬輝も相手を睨み据えながら、そう応える。

 では、と間に立つのは、グレイフィアである。

 

「両者のご意向は、わたくしグレイフィアが確認させていただきました。今回は特別な措置として、リアス・グレモリーさまのチームに黒鉄斬輝さまを加えた変則ルールにて執り行うこととします」

 

 また、とグレイフィアは付け加える。

 

「ライザーさまとリアスさまの経験、戦力を鑑みて、期日は一〇日後とします」

「一〇日後……」

 

 反芻するリアスに、充分だ、と応えるのは金髪の女ったらしである。

 

「リアス、キミなら一〇日もあれば下僕を何とか出来るだろう?」

 

 その言葉にリアスが否定の色を出さなかったのは、つまるところ思い当たる節があるからだろう。

 相手はフルメンバーであるのに対し、こちらは斬輝を入れても立ったの七人なのだ。これは単純な戦力差にとどまらず、戦略を練るうえでも、また相手との闘いにおいても重要な意味を持つ。

 すなわち、都合一人で二人を相手取れるほどの実力を身に着けなければ、このゲームに勝つことはほぼ不可能と言っていい。

 あくまで理論上の話だが、それが事実であることに変わりはない。

 リアス・グレモリーおよびその眷属悪魔達は、経験がまったくと言っていいほどない。

 つまりこのハンデは、少しでもマシに闘えるための準備期間として与えられたも同然なのである。

 

「一〇日後を楽しみにしているぞ、リアス」

 

 それと、と怒りの炎を宿らせた瞳が斬輝をとらえた。

 ご丁寧に、指まで差して。

 

「貴様もだ。必ず殺してやるから、首を洗って待っておけよ」

「大きく出たな」

「身の程をわきまえない人間にはちょうどいい報いさ」

 

 次はゲームで逢おう。

 そう言い残して、ライザー・フェニックスとその眷属悪魔達は旧校舎から姿を消した。

 

 

 オカルト研究部に属する生徒達の一〇日分の休学届が提出されたのは、翌朝のことだった。

 

 

「……やはりそうなったか」

「はい。最後の機会を無駄にしてしまい、申し訳ありません」

「気にすることはないよ、これは私達も読んでいたことだからね。それに、リアスらしい」

「ですが、お嬢さまに勝ち目があるとは……」

「ああ。ないだろうね」

「それを判っていながらあなたは……!」

「私は選択権を与えたに過ぎない。それに、これはリアスの判断だ。グレモリー次期当主としての、ね」

「……はい」

「ただ……」

「はい?」

「ただ、斬輝くんが参加するのだとすれば、あるいは……」

「それは、もしかしてあの時の?」

「ああ。数百年前の、あの時だ。もし彼に宿る力の源があの男のものと同質の物ならば、おそらくライザーくんは初陣のリアス達にかなり苦戦させられることになると思うよ」

「しかし、それでも……」

「そのために、リアスに一〇日の猶予を与えたんだろう?」

「ええ」

「なら、信じよう。もしかしたら、大番狂わせを起こすかも知れない。ともかく今の我々に出来るのは、リアス達の闘いを見守ることだけだ。いいね?」

「承知しました」

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