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「ここよ」
「うへえ、こいつぁすげえな……」
この場にいる者の心を代弁するかのように、リアスの隣に並んだ私服の斬輝が感嘆の声を漏らす。その背中には様々な荷物が詰め込まれたリュックが背負われ、右手にはタテに長いボストン・バッグを下げている。
他の部員も皆私服で、当然荷物を持っているのだが、一誠はここに到着するまで息切れの連続・転倒の連続ですでに疲れているし、小猫に至っては相変わらずの怪力でもって一誠達の四倍近くの重量はあるであろう巨大なリュックを軽々と背負っているのだ。
駒王町から遠く離れた山奥である。多くの緑に覆われ自然にあふれているそこに、目的地はあった。
巨大な門扉を抜けた先に広がる広大な前庭は綺麗に剪定され、舗装された小道がゆったりと弧を描いてその先の建物へと続いている。手前には、ちょっとした湖まであった。
グレモリー家が所有する、それは人間界における別荘である。普段は魔力によってその姿を隠しているが、今回は要り様でそれも解除してある。
そのため、彼女達の目の前には豊かな自然はもちろんのこと、異様な面積を誇る木造洋館がそびえているのである。
一見すると、もはや山奥に潜む屋敷にしか見えない。
実際のところ、リアスも初めてこの場所を案内された時は少しばかり驚いた記憶がある。実家ほどの広さではないが、それでも人間界の基準で言えば充分過ぎるほどの土地であることは当時一六歳のリアスにも理解出来た。
そしてこの場所こそが、今回の『合宿先』である。
来るライザー戦に備えて、グレイフィアから与えられた一〇日間の猶予を有効的に活用するなら、やれることと言えばこれしかない。
休学届はすでに出してある。
異論を唱える者もいない。
だったら。
やるしかないわよね!
「さあ、中へ入って着替えたら、すぐに修業を始めるわよ!」
「おうおう、マジか。若干一名、すでに倒れてるんだが?」
「ほぉらイッセー起きなさい。休んでる暇なんてないわよ」
「そ、そんなこと言われたって……あの坂道は地獄ですって……ぜぇ、ぜぇ……」
「あはは……イッセーくんには、まだ無理があったかな?」
「……無様です」
みんなからもそんなこと言われちゃって……もう、だらしがないんだから。
仕方ないわね。
「斬輝」
「ったく……わーったよ。ほれ、立ちな」
言いながら、斬輝はうつぶせに倒れこんだ一誠の襟首を引っ摑んで、ひょいと持ち上げる。
あっという間に一誠の両脚は地面から離れ、その目線が斬輝と同じ高さになった。
「……え、ええ!? ちょ、先輩!? これ、立つっていうか、吊り上げられてるっていうか!」
「ほれほれ、良いから黙ってそのままにしときな。下手に喋ると舌嚙むぞお」
「うぎゃー!!」
そんな二人のやり取りを背後に聞きながら、リアスは別荘の中へと歩いてゆく。その真後ろを斬輝と吊り上げられた一誠が続き、最後尾には朱乃達だ。
「ぶっ、部長ぉ、助けてくださいよお!」
「それも一つの試練よ。頑張りなさいイッセー」
「うわーん! やっぱり部長は鬼です!!」
「なぁに言ってんだ兵藤」
「なに言ってるのよイッセー」
斬輝とリアスの声が、言葉こそ違えどシンクロした。
「こいつぁ……」
「私は……」
そして続く言葉も。
「悪魔だ」
「悪魔よ」
背後のイッセーを振り返るリアスは、妖美な微笑みを浮かべていた。
リアス・グレモリーが黒鉄斬輝と出逢ったのは、二年前の春、駒王学園入学式の日の教室だった。
まだ二年。
だがリアスには、もう二年、だと思える。
そんなもの?
もっと昔のことだったんじゃない?
そう思うのは、彼と出逢ってからの毎日が、それ以前の日々とは違っていたからだろう。ある意味、人間らしい生活になった、と言ってもいい。
最初は一匹狼のような印象で口数の少なかった彼も、月日が経つにつれ、だんだんと心を開いてくれるようになった。一年生の秋のころには、むしろ彼の方から話しかけてくれるほどにだ。
学園の二大お姉さまとして全生徒の尊敬の的になろうとも、彼女の正体が悪魔であろうとも、彼は常に対等な立場で、同じ目線に立って『リアス』を見てくれる。彼といっしょにいる時だけは、自分が悪魔であることを忘れて一人の少女として振舞うことが出来たのだ。
無論、巻き込まなくてもいい彼を裏の世界へと引きずり込んでしまったという自覚はある。斬輝にとってそれが過酷な闘いの連続だったことも、理解しているつもりだ。
しかしそれでも、全ての始まりは彼と出逢ったことだった。
「ふうぅうぅううぅううう」
乱れた呼吸を整えるように、木場裕斗がゆっくりと息を吐き出す。口を開けてハアハアやるのではなく、鼻から胸いっぱいに空気を吸い込み、それを閉じた唇の隙間から口笛を吹くように吐き出すのである。
顔に次から次へと噴き出す汗を見て、リアスは長袖のジャージの中はもっと凄いことになっているのだろうと直感した。
いや、凄いのだろう。
なぜなら、
「ようし、いい感じだ」
そう言う斬輝の方は、ジャージのズボンに、その上は長袖の上着ではなく黒いタンクトップなのだ。
剝き出しの肩や腕はもちろん、その顔面にまで無数の汗が玉を結んでいる。その異常なまでの量が、二人のトレーニングの過酷さを如実に表していた。
朝の一誠と裕斗のトレーニングを終え、彼とアーシアを朱乃へと預けてから、昼まで斬輝による裕斗のトレーニングが始まった。
斬輝を近接戦闘のトレーナーとしてあてがったのは、リアスの判断だ。魔力を用いた修業は朱乃のような魔力の扱いに長けたものでなければならないが、こと接近戦において、黒鉄斬輝は少なくともこの場の誰よりも才能に恵まれているのだ。
それが彼の中にある
重要なのは、オカルト研究部において実力に関しては随一であるという、その事実なのだから。
そしてリアス・グレモリーは、その事実を正確に理解していた。
彼は格闘の天才だ。
『闘う』ことにおいて、おそらく彼の右に出る者はいないだろう。
少なくとも、
私たちの中では。
「だいぶ良くなってきたぜ」
言いながら、斬輝は右手に握った持参の獲物をひらひらと振って見せる。
金属製の芯に分厚くウレタンを巻いた、模擬戦闘用のブレードだ。打たれればそれなりに痛いが、泣きたくなるほどではない。重さは本物よりも軽いが、ウレタンの分だけ太くて空気抵抗があるので、斬輝に言わせれば木刀よりも練習用には向いているのだそうだ。
「どうする? 今日のところはもうやめとくか?」
無数の汗をにじませて、しかし斬輝は呼吸を乱してすらいない。おまけにその声音は、どこか楽しそうですらある。
両足で踏ん張って何とか息を整えようとする裕斗は、その問いにすぐには答えられなかった。
「ま……」
言いかけて、渇いた喉でも張り付いたのか、言葉が詰まる。
唾を飲み込んで、
「まだ大丈夫です。やれます」
「そうか。ま、俺はいいけどよ」
そう言って斬輝は肩をすくめる。それでも、なんだか嬉しそうに。
「鍛えるってことと、軀をいじめるってことは違うからな?」
「はい」
「判ってんならいいんだ」
じゃあもう一本だけな、とつぶやいて、斬輝は構えを取った。
それだけで二人の闘いを見守っていたリアスまでも、ぞっ、と鳥肌が立つのを感じた。
斬輝が本気で構えたとは思えない。現に、両足を肩幅に開いて右足を半歩だけ後ろへ引いて、右半身に構えた上半身は右の脇をわずかに開き、同じく開いた左腕を胸の前まで伸ばした格好なのだ。
腰を落としてすらいない。
なのに、
もう恐いのだ。
もしその切っ先がリアスに向いていたら、背筋を這い上がる悪寒は今の比ではないだろう。
裕斗はさっきから三〇分ばかり、撃ち合いを続けている。突きでも打ち込みでもいい、何とか斬輝の軀に一撃を当てるために、彼が持つ技術の全てを駆使して挑んでいるのだ。
だがその全てが遮られ、流され、避けられてしまう。駒の特性をフルで活用しても、一発も当てられないのだ。
格が違うというのは、こういうことだ。
だから、恐いのだ。
リアスですら。
対する裕斗は、正眼の構えだ。
きっと、裕斗はこの何倍もの恐怖と必死に闘っているに違いない。
だが彼に勝てなければ、ライザーに勝つことなど到底不可能だ。
そしてその斬輝でさえも、ライザー相手に勝てるかどうか……、
「来な」
斬輝のその言葉が、合図になった。
「ぃああぁあっ!!」
気合とともに、裕斗が一気に間合いを詰める。
左足で大きく踏み込みながら真っ向上段で打ちに行くのは、やはり疲労ゆえの判断力の鈍りのせいだろうか。
当然、当たるわけなどなかった。
斬輝は、振り下ろされたブレードを腰をひねるだけで回避する。
あっさりと上体が開いて、その真正面を裕斗の振り下ろしたブレードが空振りする。
瞬時の判断で、切っ先が床に落ちきる寸前に、手首を反転させる。
右の体側でブレードを一回転させながら、裕斗は相手に背を向けて、左足を軸に身をひねった。胴よりも先に首を返しておくのは、斬輝が教えたものだ。
そのまま、右足を踏み込んで斬輝の腰のあたりを、両手で握ったブレードで一気に薙ぎに行く。
「ほっ」
遮られた。
斬輝としては、ブレードの切っ先をわずかに上げただけだ。たったそれだけの動きで、裕斗の全体重を乗せた一撃はあっさりと撥ね上げられたのである。
見事な見切りだった。
マズい、とリアスは直感した。
裕斗は両手で握りしめてしまったために、撥ね上げられたブレードもろとも両腕が持ち上がってしまった。
上体が、完全にガラ空きになったのだ。
そして、
「せいっ!」
勝負は決まった。
ひらりと円を描いた斬輝のブレードが、そのまま手前へと引き絞られ、一気に裕斗の腹部へと打ち込まれたのだ。
『
当然だ。『
それでも、瞬時に腹筋を緊張させて衝撃を緩和させようとするあたり、裕斗自身も鍛錬を怠っているわけではなさそうだ。
だが、威力そのものは耐えきれなかったらしい。裕斗はお腹を押さえて、たまらず膝をつく。
「おいおい、大丈夫か!?」
さすがに力加減を間違えたか、と斬輝が駆け寄る。
リアスも、二人分のタオルを用意しておく。
「すいません、黒鉄先輩」
「無理に喋るなって。ミゾオチにでも入ったか?」
「いや……、そこまでじゃないですけど……」
斬輝に肩を貸してもらって立ち上がった裕斗は、でも、と続ける。
「参りました。完全に僕の負けです。あれだけ打ち合って、まさか一発も当てられないなんて」
「いやまあ、そうは言うがな、お前さんだって、そうそう筋は悪くねえよ。最後のあれは疲れからの油断だろうが、基本的なことは出来てんのさ。午前中にお前さんが兵藤の奴に言ったみてぇに、お前さんはちゃんと周りが見えてる。だが、一つだけ、決定的に足りないものがあるんだ。判るか?」
「足りないもの……?」
「理由だよ」
斬輝は、そう言った。
「理由?」
「お前、俺に当てることしか考えてなかったろ?」
「あ、はい……まあ」
それさ、と斬輝はこちらに歩いてきて、リアスの手から二人分のタオルを取った。
一枚は裕斗にやって、もう片方で顔の汗を拭く。
「要はな、考えてることが違うんだよ。お前、今の打ち合いで何回死んだか、判るか?」
つまり、さっきの一手を含め、本当なら斬輝に反撃を喰らっていたはずの回数、だ。
「あ、ええと……すみません、よく覚えてないです」
「じゃ、リアスは?」
「え? 私?」
おう、と言いながら、斬輝はタオルを首にかける。
「最初から俺達の打ち合いを見てたんだ。多少は判るだろ?」
「そ、そうね。えと……三回、くらい?」
正直言うと、私もよく覚えてないのだけど。
「とんでもねえ。六回だ」
「うそ!?」
「本当ですか!?」
「ああ、マジだ」
そして六回のうち二回は、それが絶体絶命のピンチだったことにさえ、裕斗とリアスは気づいていなかったということなのだ。
「何でだと思う?」
六回も死んだ理由、だ。
「僕の鍛錬が足りないから、ですかね?」
「違うな。鍛錬が足りなくてヘタってだけなら、勝てやしねえが負けもしねえさ。さっきも言ったろ? 考えてることが違うんだよ。俺も含め、お前さん達が欲しいのは実戦での実力だ。そうだろ?」
ああ、そうだ。
だからグレイフィアから与えられた一〇日間の猶予を、修業という形でありがたく受け取ることにしたのだから。
「お前、もし俺に一発でも打ち込めたら、どう感じてた?」
斬輝の問いに、裕斗は少し考えるそぶりをしてから、
「……嬉しいって感じたと思います」
そう答えた。
「そこだ」
「え?」
「お前さん、勝つために闘ってんのさ」
「勝つために……」
「ああ。当てて嬉しいって思うってことは、勝つために闘ってるってことだ」
「あ……はい」
「いいか、勝つことじゃなくて、生きることを考えろ。それが血みどろの殺し合いだろうがゲームだろうが変わらねえ。実戦で大事なのは、勝つことじゃねえ。生きて戻ることだ。そうでないなら、自分の魔力を爆発寸前まで上げて、捨て身で相手にぶつかりゃいい。そうすりゃ勝てる」
「どうして? それだと自分も死んでしまうじゃない」
口をはさんでから、リアスは気がついた。
「ああ、そう……だから、生きること、なのね?」
特攻をかければたしかに勝てるが、それは同時に負けでもある。
勝利とは、敵を倒すことではない。
敵を倒して、自分も生きて戻ることこそが、真の勝利なのだ。
「そういうこったな」
そう言って、斬輝は笑う。
白い歯をのぞかせた、にんまりとした笑みになった。
すると彼の右手が、そのまま裕斗の頭に伸びる。
「でもお前、マジで筋はいいぜ。リアスの『
「本当ですか?」
「おう。お前さんの最大の武器は、その速さだ。だったら、それを伸ばせ。一つずつ確実に身につけろ。いいな?」
「はい」
よし、と軀の汗をあらかた拭き取ってから、斬輝はこちらを向いた。
「そんじゃ、そろそろ昼飯にするか」
「ええ。そうしましょう」
でも、とリアスは続けた。
「その前に二人とも、一回シャワーに入って来なさい。そんな汗でびっしょりの状態じゃ、あなた達も気持ち悪いでしょ? その間に作っておくから」
「判りました」
「お。そんじゃ、お言葉に甘えて一汗流してきますかね。午後には塔城の奴も見なきゃならねえしなあ」
そう言って斬輝は、裕斗を連れて別荘の方へと戻ってゆく。
その時だ。
「……え?」
リアスの頭に突然、映像が流れてきた。
燃え盛る炎。
紅蓮の中に立ち上がる二人の影。
一人はその軀をずたずたに引き裂かれているのに対して、もう一人は完全無欠なまでの肉体を維持している。
逆巻く炎の壁に阻まれてそのシルエットまでは見えないが、この二人が何をしているのかは想像がつく。
死闘だ。
どちらかが倒れるまで……死ぬまで終わることのない、それは殺し合いなのだ。
真っ先に直感した。
あれは斬輝だ。
斬り刻まれ、引き裂かれ、それでも倒れ伏すことなく歯を食いしばって立ち上がっては不敵な笑みを浮かべて挑み続ける、その姿はリアス・グレモリーの知る黒鉄斬輝そのものだ。
ならば、おそらく彼が闘っている相手は……。
そこまで考えて、リアスは戦慄した。
うそ。
そんな。
まさか。
これが……これがこの先待ち受けている現実だとでもいうの!?
自分に未来予知の力があるとは、到底思えない。
だが。
だとしたら。
今、彼女の胸の奥深くに広がってゆくこの感覚は、何なのだろう。
底なしの沼のように広がってゆく暗いこの感情は、何だというのだろう。
「斬輝……」
その名を呟くたびに、ひどく胸が痛む。
なに?
この胸騒ぎは、いったい何だというの?
さっきから、まるで彼が目の前からいなくなってしまうような、そんな絶望への不安が押し寄せてくるのだ。
だが。
それでもリアスは、斬輝の背中をただ見つめることしか出来なかった。
「ふっ!」
鋭い呼気とともに胸の中心へと突き込まれる拳を、
「ほっ」
斬輝は後方へ飛び退りつつ左の内受けで流した。
着地後、素早く地面を蹴って白髪の少女へと弾丸のごとく飛び込む。そのまま相手の側頭部を打つのは、踏み込みつつ放つ右後ろ回しである。
少女はこれを両方の前腕で防ぎ、その反動を使って真横へと跳躍する。
「やるな、嬢ちゃん」
腰を深く落として、斬輝は唇の端を器用に吊り上げた。
先輩だって、と着地と同時に囁きで応えるのは、莫迦力が取り柄の塔城小猫である。
「『
「お前さんだって、小さい分すばしっこくて厄介だぜ」
「……小さいって言いましたね!」
突如、爆裂の勢いで小猫が水平への跳躍でこちらに向かってくる。その声音には、明らかな怒気が込められている。
「ああ、言ったぞお!」
何を勘違いしてるのかは知らんが。
ぶん、と大気を切り裂いて襲い来る右のストレートを、斬輝は両腕を十字にクロスさせてブロックする。
「ぬう!?」
ずしん、と肩まで衝撃が伝わり、両腕の骨が軋みをあげる。
体格を考えると、異様なまでの重さだった。常人ならば両腕が砕け、次の瞬間には頭を正面から叩き潰されていただろう。
「いてぇな、こんちくしょう!」
喚くなり、斬輝は相手の腕を強引に払いつつ、腰のバネを最大限に生かして左の裏拳を放つ。相手の頭を打ち抜くか、と思われた拳は、しかし空を切った。塔城小猫が、信じられないほどの瞬発力で上体を反らし、そのまま地面に手を突いて反転したのである。
着地したリアスの『
「先輩……?」
顔を上げた小猫は、しかし斬輝の両腕を見てその表情をわずかに曇らせた。
「あ?」
見ると、斬輝の前腕は早くも鬱血し、赤黒く染まり始めている。『
「それ、大丈夫ですか?」
「あー……、ちょっと待て」
言ってから、斬輝は両腕を交差する。
大丈夫、動く。血管が破れても、肉が潰されたわけじゃない。
「平気だ。これくらいなら、明日の昼ぐらいには治るだろう」
「ごめんなさい、つい……」
「謝る必要はねえさ。闘いってのは、いつ何が起こるか判らねえから面白えンだからな」
それに、と斬輝は再び構えを取る。足を前後に大きく開いて右半身に構え、右手は腰に、開いた左手を前に突き出した格好だ。
「それに敵を倒すなら、必要なのは相手よりも速く動いて一撃でも多く叩き込むことだ」
「一撃でも、多く……」
小猫は自身の拳を見つめ、それから斬輝の瞳を見据えた。
「判りました」
そう言って、小猫も腰を落とす。
「続き、お願いします」
「よおし、そう来なくっちゃあな」
応える斬輝は、笑みだ。
地を蹴ったのは、同時だった。
そして二人の拳が激突した時、
二人の拳を中心にして戦場となった森林に爆発的な衝撃が起こった。
「もう、無茶しないの。まだ初日なのよ?」
「悪かったって。やりあってるうちに、楽しくなっちまってな」
応えて、窓際のベッドに上半身裸で腰を下ろして背中を向けた斬輝は、肩越しに振り返って笑みを浮かべる。その額には、包帯が巻かれていた。
リアスが巻いたものだ。
そして彼女はそのまま、キング・サイズのベッドに膝立ちになりながら、いまだに彼の手当てを続けている。ジャージのままだが、袖は両方とも肘まで捲り上げて。
「まったくもう、あなたって人は……」
別荘における、斬輝の寝室である。
ここは基本一部屋に二人が寝泊まり出来る構造になっているが、男子の人数の都合上、斬輝が一人部屋となっているのだ。
木の枝か何かで強く擦ったのだろう、背骨の上に斜めに走る中指ほどの長さの切り傷に向けてピンセットでつまんだ消毒液を押し当てると、
「いで! おい、いてぇってば」
「泣きごと言わない!」
抗議の声を制しつつも、リアスはさらに手当を続ける。
もうすでに、両腕や顔、頭の手当てを済ませた状態だ。
そしてそれでも、まだ処置出来ていない傷がある。あとはこの背中に散乱する傷口を処置すれば、大丈夫だろう。
午後は一誠と小猫の組手の後、斬輝と小猫が組み手を行っていた。
場所は、すぐ近くの森の中である。
午前中の裕斗のトレーニングと同様、斬輝がトレーナーとして小猫と組んだのだ。
そして、かれこれ二時間ばかり。
「あなた達の帰りが遅いから気になって行ってみたら、二人とも生傷だらけで倒れたまま動かないんですもの。さすがにびっくりしちゃったわよ」
だが、二人が気絶したわけではなかった。
単に疲れ切って、立ち上がる力すら残っていなかったのだ。
すぐに朱乃を呼んで、二人を別荘へと運び込んだ。
まさかあの重さをもう一度味わうことになるとは思わなかったが。
一誠とアーシアにはすでに魔力を応用した夕食作りに励んでもらっているため、小猫の方は朱乃に任せている。リアスはそのまま斬輝の寝室へと連れてゆき、そして持ち寄った救急箱で治療を始めたというわけだ。
「……ほら、これでおしまい!」
言い置いて、リアスは大きな絆創膏を貼った斬輝の背中を、ぱん、と力強く叩く。
「だーっ! だからいてぇってば! もう少し優しくしてくれよ」
「心配させた罰よ」
「この悪魔」
「何をいまさら」
「ぶう」
「ぶうじゃない」
「……はいはい、俺が悪うございました。どうもすいませんね」
わざとらしくそう言って、それはイタズラがバレた時の子供が開き直った時のようだ。ベッドの上に投げ捨てられた黒いタンクトップを手に取ると、早くも傷が治癒し始めているのか滑らかな動きで着込み、そのままベッドに横になる。
仰向けから、左腕を枕にする恰好でリアスに背を向ける。
拗ねちゃった。
頑固な彼のことだ、ちょっとやそっとじゃ機嫌を直してはくれないだろう。
はてさてどうしたものかと思案していると、部屋のドアがノックされた。
「部長さ~ん、斬輝さ~ん、いらっしゃいますか~?」
ドアの向こうから聞こえてくるのは、アーシアの声だ。
「お夕飯が出来ましたよ~!」
「そう、判ったわ。すぐに行くから、他のみんなも呼んじゃってもられるかしら?」
はあい、と陽気な返事を残し、シューズの足音が去ってゆく。
「ほら、いい加減あなたも……」
扉の方へ向けていた視線をベッドへ戻すと、
「……あら?」
そこに横になっているはずの斬輝の姿がない。
「なにやってんだ?」
続く声は、リアスの真横からである。
「え? ……きゃあっ!」
咄嗟に振り向くと、目と鼻の先の距離に斬輝の顔があった。突然のことで体勢を崩し、ベッドに背中からダイブしてしまった。すぐに体勢を立て直し、斬輝を睨む。
「ちょっと、おどかさないでよ!」
「トレーニング後の飯と言ったら肉に決まってるからな。俺達も行くぞ! 肉が待ってる!!」
そう言うと、彼は軽やかな足取りで歩き出してしまう。
一人取り残されるような格好になってしまったリアス。
「心配して損したかも……」
斬輝の機嫌の変わりっぷりを見て、やっぱり彼もご飯に弱いのね、なんて思ってしまうリアスだった。
その数分後、リアスは幾つもの皿に取り分けられた大量のジャガイモ料理の前にナイフとフォークを構えたまま机に突っ伏している斬輝を目撃することになる。
先日、今更ながらスマホアプリの「ハイスクールD×D BorN リアスアラーム」を買ってみた。七〇種類ほどの撮り下ろし音声をセットアップすると、日笠陽子さん演じるリアスが指定した時間に起こしてくれるという、例のあれである。
いやあ、本当に色々なボイスが収録されているもんだから、妄想が止まらないこと┓( ̄∇ ̄;)┏
ちなみに次回、かなりの難産で、まだ手間取っております。二週間後を目処に書き上げたいところ……。音沙汰なかったら、察してくだせえ(^^;;