ハイスクールD×D 呪われし鉄刃   作:椎名洋介

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 ストックなさ過ぎて、一つの話を2つに分けるという暴挙に出ることをお許しください。


第九章 それぞれの気持ち

       

 

 

 ゲームは始まったものの、なにもすぐに行動を開始するというわけではない。

 リアス達はまず駒王学園のマップを拾げ、こちらの陣地と敵の陣地の位置関係を確認することにした。

 木場の提言と相手への牽制もあって、こちらはまず新旧どちらの校舎にも隣接する体育館を取ろうという意見で固まった。

 屋内であるために、機動力に優れた『騎士(ナイト)』よりも破壊力に長けた『戦車(ルーク)』の方がうまく特性を活かせるだろうということで、体育館に向かうメンバーの一人に小猫が選ばれる。

 

「それじゃあ、まずは防衛ラインの確保と行きましょうか。裕斗と小猫は森にトラップを仕掛けてきてちょうだい。朱乃は二人が戻り次第、森周辺……空も含めて幻術をかけてくれるかしら」

 

(キング)』の指示に三人は返事を返して、部室を出てゆく。

 それから一誠はリアスによって駒の封印の一部を解かれ、現時点で彼が持っている本来の力を開放してもらった。

 まとうオーラの量が先ほどまでとは比べ物にならないものになっているということは、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)は一〇日間の修行でかなりの力をつけたらしい。

 

「アーシアは回復要因だから、私とここで待機ね」

「わっ、判りました!」

「なあリアス、俺はどうすればいいんだ?」

「そうね……ッ、ちょっと待ってて」

 

 その時だ。

 

「……ええ、聞えるわ」

 

 リアスである。耳に手を当て、それは誰かからの通信のようだ。話を終えると、今度は不敵な笑みに変わる。

 

「誰からだ?」

「朱乃よ、準備が整ったみたい。みんな聞いてちょうだい」

 

 その一言で、空気が変わる。

 

「これから作戦を伝えるわ」

 

 リアスの宣言は、この場に留まらず罠を仕掛けに出かけた部員達へ通信機を通じてオカルト研究部全メンバーに届いている。

 彼女が紡いだ一言一句を聞き漏らすことなく頭に叩き込んだ斬輝は、ふう、と一息ついてからリアスに告げた。

 

「なかなか思い切ったな」

「ええ。人数が少ない分、作戦の意外性を突くのはアリだと思ったの。だから斬輝にはイッセー達のサポートをお願いするわ」

「いいぜ、最初は様子見と行こうか。こいつらの修行の成果も見てみたいしな」

 

 ま、ヤバくなったら助けてやるさ。

 そう言いながら一誠の肩に手を乗せ、ぐっと力を入れる。

 

「頑張れよ。お前の力、しっかりこの目で見させてもらうぜ」

「期待してるわよ、イッセー」

「は、はいッ!」

 

 拳を作り決意の炎を灯した後輩の姿を見て、自然と口許が緩む。視線を向けるとアーシアは安心したような、そしてリアスは慈しむような微笑みをたたえている。

 それから一誠は部室を後にし、罠を張り終えた小猫と合流しに行った。

 

「それと……」

 

 一誠を見送ってからその笑みがこちらに向いて、すっとリアスは斬輝のそばまで寄ってくる。

 腕を伸ばせばお互いに抱き合うことも出来てしまいそうなくらいの距離まで近づいたと思うと、彼女は少し頰赤らめながらこちらを見つめてつぶやいた。

 

「斬輝も、この一〇日間みんなの修行を見てくれてありがとう」

「んん? ああ、そのことか。気にしなくていいさ。おかげで俺もだいじなことを思い出せた」

 

 そう言い返して、思い出すのはあの夜のことだ。

 リアスが斬輝の腕の中で声を上げて泣いていた。

 胸に沁みた彼女の涙は、今でも鮮明に憶えている。

 あの日、彼に出来たのはただ彼女の全てを受け止めてやることだけだった。

 お前は一人じゃないと、俺がそばにいるぞと伝えてやることだけだった。

 今、彼が出来るのはそれだけじゃない。

 拳を握ること。

 闘うこと。

 それこそ今、彼がやるべきことでもあるのだ。

 

「勝つぞ、リアス。あの焼き鳥をぶん殴って、ハッピーエンドにしてやろうじゃねえか」

「ふふっ、そうね」

 

 なら、とリアスは笑みで斬輝の横に移動すると、ひょいと身を乗り出した。

 両腕は首っ玉に優しく巻きついて、顔はわずかに上向いている。踵が浮き上がって爪先立ちになると、お互いの顔の位置がほとんど同じになった。

 リアスの行動に気づいたアーシアは声をあげ、顔を赤くしながらあわあわと口許を手で覆う。

 気づいた時には、左頬に柔らかな感触があった。

 その正体がリアスの唇だと頭では理解出来ても、突然のことにしばらく呆気にとられていた斬輝はしぱしぱと目を瞬かせた。

 

「……これはおまじないよ。みんなが……あなたが無事にこの闘いを切り抜けられるようにって」

「あ、ああ……」

 

 呆然とする斬輝は、キスされた頰を確かめるように片手でさすりながら生返事を返すだけだ。

 だが、意を決した少女の言葉はまだ終わってはいなかった。

 

「死なないでね」

 

 その言葉で目が醒めた。焦点をリアスに合わせると、赤らんだ顔をうつむかせて、縋るように斬輝のマントを摘んでいる。

 レーティング・ゲーム中の死亡は「事故」として処理されるらしい。人間に比べてはるかに長命で頑丈な悪魔が命まで落とすことは滅多にないだろうが、悪魔に比べてはるかに短命で脆弱な人間の軀だとそうはいかないだろう。

 彼女はそれを恐れているのだろうか。

 

「リアス……」

「約束してちょうだい。……私、この闘いが終わったらあなたに伝えたいことがあるから……だからお願い。絶対に死なないで」

 

 ……いや、違う。

 ああ、そうか。

 途端、何かがすとん、と胸に落ちた気がする。それは欠けていたパズルのピースのようで、けれどはまった途端にすべての謎が解き明かされたかのような感覚に陥った。

 そういうことか。

 

「死なねえよ」

 

 全てを理解した時、反射的に斬輝はそう応えていた。

 

「心配すんな。俺は死なねえよ。なんてったって、俺は魔人だからな」

 

 自信たっぷりにそう言うと、安心させるようにリアスを抱き寄せてやった。

 これでもかと言うくらい抱きしめた。

 

「だからお前は、安心してやるべきことをやれ。『(キング)』なんだろ? シャキッとしろシャキッと」

 

 それに、と言葉を続ける時、抱いたリアスの肩がぶるり、と震えたのが判った。

 だから最後の言葉は、リアスにしか聞こえないくらいのボリュウムに抑えて言った。

 

「俺も、お前さんに言っとかなきゃならねえことがあるからな」

「え……?」

 

 碧い瞳をこちらに寄越すリアスに、斬輝はそれ以上語らなかった。

 後は、すべてが終わってからだ。

 胸の奥に生まれた感情と、

 リアス・グレモリーの気持ちに答えるのは。

 抱擁を解いてマントを翻すと、悠然と扉の方へと歩いて行く。

 

「斬輝……ザンキ!?」

 

 行ってくらぁ、と言い残して、斬輝は部室を後にした。

 扉を閉めた時、胸が引き裂かれるような気持ちがした。

 

 

 体育館に乗り込んだ『敵』は二人。

 裏口からの侵入、と可能な限り気配を殺していたようだが、『侵入した』という事実にこちらが気づいてしまえば意味などない。

 だが、どうやら相手もセオリーは判っているらしい。彼女達にも別動隊はいるだろうが、少なくともセンターにあるこの施設を手放すつもりではなさそうだ。

 ライザーの予想したとおりである。

 

「さて、それじゃ行きましょうか」

 

 正面口に集合して四人の先頭に立つ長身の女性は、胸元などが大胆に開いた青いチャイナ・ドレスを纏う女格闘家だ。

 そんな彼女の隣に立って、ミラはぽつりと提言した。

 

「ねえ雪蘭(シュエラン)。もしあの中に『あいつ』がいたら、私にちょうだい」

 

 雪蘭と呼ばれた女格闘家は、少し驚いたようにミラへと視線を向ける。小柄なイル・ネル姉妹も、不思議そうに彼女を見上げた。

 

「ミラ……?」

「私は、たしかにみんなの中じゃ一番弱いわ。……けど、それでもライザーさまの『兵士(ポーン)』なのよ。それなりの自負だってある」

 

 なのに、と棍を握りしめるミラの力が強くなり、怒気がこもった言葉は喰いしばった歯の隙間からこぼれる。

 

「気がついたらみんなに手当されてた。下僕悪魔ですらないただの『人間』に、手も足も出なかった……」

 

 それがたとえ、こちらから仕掛けた不意打ちを見破られていたからだとしても、だ。

 

「彼が許せないの?」

「違う……」

「なら、今あなたが思ってることは何?」

 

 応えなかった。

 いや、応えられなかったのだ。

 この気持ちは、いったい何だ?

 悪魔と比べればはるかに脆弱な人間ていどの存在にあしらわれた恥? それもある。

 ライザー・フェニックスの下僕としてのプライドをへし折られた屈辱? 嘘ではない。

 だがどれも、ミラの中にある『一番の気持ち』ではないのだ。

 ならば……。

 一つの結論に至ったミラは、目を俯かせて呟いた。

 自分の気持ちを理解した途端、あの男へと向けられていた怒りは自分への哀しみへと変わった。

 声はわずかに震え、目に映る鉄製のドアが揺れる。

 

「……悔しい」

 

 彼我の実力差を知らしめてやるつもりが一撃で沈められたことが。

 何よりも、それで気を失ってしまった自分自身の実力が。

 ……そうか。

 悔しかったんだ、私……。

 

「お姐ちゃん……」

 

 心配そうにつぶやく双子の声が聞こえる。

 だがこのメンバーで最年長である雪蘭の声音は、優しくて、それでいてどこか楽しそうだった。

 

「いいじゃない」

「え?」

「悔しいって思えるのはいいことよ。その悔しさをバネにして、立ち上がって、前よりも強くなればいいんだから」

「前よりも、強く……?」

 

 見上げたミラに目線を合わせるように片膝をついて、そうよ、と雪蘭はうなづく。

 

「今の自分に甘んじてたら、そのうち足もとをすくわれちゃうもの。……もっとも、だからといってあの子達に負けるつもりはないけどね」

 

 それに、と言いながら雪蘭は立ち上がり、ドアノブに手をかけた。

 

「人間だから、って相手の実力を見誤らないこと。彼の目、よく見た?」

「目?」

「相手の動きをよく『見て』、それでいて最低限の動作で対処出来るだけの思考力と判断力、それに瞬発力もある。あの子、闘うことに関して言えば一流よ」

 

 前を向きなさい、と雪蘭は言った。

 

「彼をギャフンと言わせたいなら、昨日までの自分を超えること。いいわね?」

「うん……判った……!」

 

 目尻に溜まった涙をぬぐって、ミラは力強くうなづいた。

 得物をしっかり握りしめて。


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